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側仕えと兄弟愛

 カサンドラを倒した直後に地震が起きた。

 ウィリアムが海まで邪竜を吹き飛ばして時間を稼いでくれたが、おそらく彼はもう――。


 ウィリアムも朝に会った時とは別人のような気迫を漂わせていたが、それでも邪竜と比べることはできない。

 邪竜の力に衰えを感じなかった。それどころかどんどん力が増しているように感じた。



 ウィリアムの無事を祈りつつ、自分の中へ意識を集中させる。そして加護へと問いかけた。


 ――ありったけの力を貸しなさい。


 自分の加護は鍛錬をするだけの加護だが、試練を乗り越えるたびに力を与える。

 どんな武器でも使えるようになり、剣を通して戦えば相手の気持ちすら理解できる、そして剣を使えば勝手に最適な動きをする。


「私が剣だ」


 加護に封じられていた力が全て解放していくようだった。

 敵が神様なのに出し惜しみしていいわけがなかった。己を一つの剣と見立てることで、自分の心が研ぎ澄まされる気がした。

 空から声が降ってくる。


「贄共、覚悟は出来たか?」


 空に浮かぶ邪竜は、レイラの顔で私達をまるで虫けらのように見下していた。

 空へ両手を掲げ、一帯を焼き尽くせるだけの巨大な黒い炎を出現させた。

 一撃でここにいる人間を皆殺しにするつもりだ。

 それは邪竜の信徒であっても。


「ふぉ、フォルネウス様、お待ちを!」

「に、逃げろ!」


 邪竜の信徒に関わらず、全員が待避始めた。

 しかし邪竜は無慈悲にもその炎を落下させた。

 このままでは私の大切な人たちまでもが死んでしまう。

 ありったけの息を吸い込んで、血を加速させる。

 己という剣を十二分に発揮しなければここで終わりだ。


天の支柱(てんのしちゅう)!」


 力が増していき、続いて落ちている鋼の剣を拾い上げ、上を向いて剣を構えた。


華演舞(かえんぶ)!」


 さらに血液を回して、速さを上げる。体中の血管へ負担が掛かっているのが分かる。

 体温もどんどん上昇していき、体が悲鳴を出す。

 だがさらに私はこれから放つ衝撃に耐えるために、血液を加速させて己の体を強化した。



甲羅強羅(こうらきょうら)!」


 体から湯気が立ち上り始めた。傷跡や耳、目からも血が流れ始める。

 長くは保たないが、ここを凌がなければ逆転すら出来ない。

 地面へ足をふんばり、心を無にして己の剣を信じた。


(せり)(すずな)の合わせ技、奥義ナナクサガユ」



 空へ向けて突きを高速に打ち出した。己がこれまで出したことのないほどの速さで大気を突いていく。押し出した空気の塊がどんどん空へと上がっていき、邪竜の炎とぶつかる。

 炎の熱が全身を灼きそうなほど熱い。だけどこれは私が止めねばならない。


「うりゃああああああ!」


 瞬きの間に千回の突きでは足りない。もっと速く、鋭く、正確に大気へ当てなければならない。

 まるで永遠に感じるほど時間の流れがゆっくりになる。

 体が痛くて、痛くて、たまらない。



「ほう、我の炎を止めたか」



 私の押し出した大気と邪竜の炎はまるで相殺するかのように空の上で爆発を起こした。

 周りの瓦礫すら吹き飛ばして、立っている者達は等しく吹き飛ばされた。

 悲鳴が聞こえてくる。全力の一撃を放ったがそれでも最悪を防ぐのが精一杯だった。

 私もどうにか剣を地面に突き刺して踏ん張れた。

 しばらくあの大技は使えないが、それでも攻撃を止めてはいけない。

 爆風が収まってきたので、次の行動へ移る。


繁縷(はこべら)!」


 足に力を込めて、空気を蹴った。空を飛び、一直線に邪竜へと向かった。


「レイラぁああ!」


 剣を思いっきり振り切った。だが不可視のシールドが私の剣を止め、大きなスパーク音を出す。


「我はフォルネウスなり!」


 レイラの背中から黒い拳が生えて私へ襲いかかる。受けるのは危険だ。空中で前転をしてその攻撃を避け、さらに近づく。

 剣を思いっきり振り上げた。


天の支柱(てんのしちゅう)!」


 力一杯に剣を振り落とした。不可視の盾があろうとも邪竜ごと地面へ落とした。

 地面へ落下してもレイラの体は、地面へ到着する前に減速して、衝撃を逃がしていた。


「ちょっと骨が折れるわね。どうやったら勝てるか思いつかない」



 ここまで攻撃に手応えがないのは初めてだ。しかし諦める理由にはならない。

 その時、炎や水、風、土などの魔法が次々に邪竜へと降り注がれた。

 私は下を見ると、シルヴェストルの指示で一斉に魔法を放っているようだった。


「皆の者! エステルへ当てるな! 魔法で援護しろ!」


 貴族達は返事をしてどんどん魔法を放っていく。

 レーシュもまたどんどん他の者達へお願いをしていた。


「邪竜の源は魔力だ! 消費させればその分だけ勝つ可能性が上がる! どんどん攻撃しろ!」



 それに続いてラウルも声を張り上げていた。



「神官達よ! 王国の騎士達に負けるな! あと少しで我らは悪神の支配から逃れられる! 私の神器グングニルと供に攻めよ!」


 ラウルは空へとグングニルを放り投げると、どんどん巨大化していく。


「どうせそこまで効かないだろうが、私も出来ることをする!」



 グングニルへ力を込め終わり、それを放つ。

 一直線に高速で飛ぶ。私でもあれを受けるのは危ないだろう。

 だが邪竜は怯えること無く笑うだけだ。


「ふんっ、その前に止めて――」


 しかしレイラの体の動きが止まった。グングニルがそのままシールドに当たって大きな音を立てながら貫通した。

 空を見上げると私以外に、もう一人だけ空を飛んでいた。

 それはヒヒイロカネの冒険者で私の友人のオルグだった。

 鷹がオルグを足で掴んで飛んでいるようだった。


「へへん! どうやら生身の肉体は動物の威嚇に正直らしいな」



 オルグは加護の力で一瞬だけ動きを止められる。

 邪竜は顔を歪ませており、いらついているのは明白だった。


「ちょこざいな!」


 邪竜は後ろに生えている腕を使ってグングニルとぶつけ合う。

 しかしグングニルの方が威力が上のようで、レイラの体を後ろへと押した。

 だがすぐにもう一本の腕を生やして、グングニルを殴り返して地面へ倒した。

 グングニルは魔道具のため、すぐに姿を消して、ラウルの手元へ元の大きさで帰った。

 倒せなかったが大きなチャンスがやってきた。


「今ならシールドもない!」


 私は空気を蹴って地面へと急降下した。


「我は神なり!」


 レイラの周りから雷が現れ、私へ襲いかかる。

 だがその動きは単調であるため簡単に避けながら、相手へ近づいた。


「レイラから離れろ!」


 剣を振ると、相手も黒い腕でガードする。

 だが私は力を思いっきり込めた。


天の支柱(てんのしちゅう)!」


 全力で振った剣が相手の腕を両断した。だがすぐにもう一本の腕で攻撃が来るため、バク転しながら逃げた。

 流石にこれまでの疲労で、二回連続で斬る力が無かった。

 しかしこのチャンスを逃してはならない。


「お姉ちゃん援護する! ヴィー、いくよ!」

「分かった!」


 フェニルとヴァイオレットがいつの間にか、邪竜の近くまで忍び寄って、追撃をしていた。

 しかしフェニルとヴァイオレットの攻撃を邪竜はその場に気合いを放つことで吹き飛ばした。


「贄ごときが夢を持つな。我は竜神! 貴様らは我に食われとけばいいのだ!」



 レイラの体からおぞましい力が更に増していくのを感じた。

 すると急に体が動かなくなった。

 それはこの場にいる者達、全員が同じく動けないのだ。

 それは私も同じだ。


「神の前である。人間は我の前で等しい時間を歩めると思うな」


 動け、動け、動け!

 私は最初の時のようにこの止まった世界で動こうとした。

 だがそのたびに激痛が走る。

 無茶のしすぎで体に限界が迫っているのだ。

 吐き気が込み上がり、口の中から血が溢れた。

 邪竜はフェニルを見て、怒りで血管が浮き出ていた。


「こいつもスプンタマンユから特別な加護をもらっておるな。こざかしい! 才能が開花する前に死ぬがいい」


 レイラの体で詠唱を行う。

 動けないフェニルに防ぐ手立てがない。


「やめろ! 私を狙え! その子はまだ元気になったばかりなの! 私を狙え――ッ!」


 いくら叫んでも邪竜はこちらを向かない。

 それどころか口元が笑っていた。私の焦りを楽しんでいるのだ。


「我は竜神フォルネウスなり。我の全ての敵を葬り去らん。神の鉄槌を等しく与えてやろう!」


 レイラは手を前に出して、フェニルへと照準を絞った。

 手の前に光の渦が現れてバチバチと音を鳴らす。

 その渦はどんどん大きくなった。そこから感じる力は邪竜の最大級の技だと直感した。


「竜滅」


 フェニルの元へ黒い光が放たれた。時間がゆっくりに感じられ、何かしなければフェニルが死んでしまう。

 それは死を与える何かであった。



「フェ――ッ!」



 私はまた体中の血液を何度も早めた。音速では間に合わない。

 もっと速く、さらに速くならないと間に合わない。力ずくで神の時止めから抜け出して、フェニルを守るために駈けだした。

 到着は光とほぼ同時だ。撃退は不可能であるため、私はフェニルの前で腕を広げた。


甲羅強羅(こうらきょうら)! 御形(ごぎょう)! 甲羅強――」


 体を最大限強化していく。だが闇の光が当たった瞬間に意識が刈り取られそうになった。

 背中が熱くて痛い。


「だめだ! お姉ちゃん! 逃げて! 体が溶けてる!」


 フェニルが叫ぶが、ここで逃げたらこの子が死んでしまう。

 足でどうにか踏ん張るが、どんどん後ろへ押される。



「がはっ――ぶはっ――ごはっ」


 体がずたぼろになっていき、内臓がやられて血がどんどん口から出てくる。

 言葉にならない痛みに目の前が点滅する。


「お姉ちゃん! お願いだよ! ぼくは死んでもいいから、お姉ちゃんは死んじゃだめだ!」



 フェニルが大粒の涙を流していた。

 私は少しでも安心できるように、無理矢理に笑顔を作った。


「大丈夫よ……かはっ……絶対に守る……から。お姉ちゃんは強い……だよ」


 意識が何度も飛びそうになる。だけど絶対に気絶なんてダメだ。

 私が弟を守らなくてどうする。



「ほう……神の破壊に耐えるか。だが――そ――おわ――」



 邪竜が喋っている言葉が聞こえない。ただ地獄のように思えた時間を過ごした。

 まだ私は立っているのか、それとも倒れたのか分からない。


 フェニルは無事なのか。

 レーシュは私のことを気にせず戦ってくれているだろうか。

 レイラは――。



「――ちゃん! お姉ちゃんッ! お願いだ! 目を開けてよ!」



 痛みが続く中で、私を呼ぶ声が聞こえてきた。

 寒くて熱くて、頭が痛い――。


 フェニルの声のような気がした。



「ルーナさん! お姉ちゃんを助けて! 何だってするから!」

「やってる! やってるけど――こんなのどうすればいいのよ……腕も足も無いのよ……」


 ヒヒイロカネの冒険者で、姉のように優しくしてくれたルーナが何か困っているようだった。

 二人とも涙を流して、必死に私を呼びかける。

 フェニルにルーナを困らせるなと注意したいが声が出ない。

 だけどフェニルが無事で嬉しかった。


「フェ……ぶはっ……がはっがはっ……」


 私は咳き込むと同時に首が下を向いた。

 そこには私の足の部分が無かった。

 無茶をし過ぎたかな。


「エステル! 回復薬を持ってきました!」

「エステル殿! 死なないでください!」


 私の元護衛騎士のシグルーンの声だ。そしてもう一つ、いつも元気な声が悲痛なものになっているのはブリュンヒルデだろう。

 ブリュンヒルデは涙声だった。思えば色々と彼女とも一悶着があった。でもこうして泣いてくれるくらいには、信頼が得られたのだろう。

 私にとっても可愛い妹のような存在だ。


 大げさだと言って安心させたいが、声が出しづらい。手で口を押さえたいが腕の感触もない。

 他人事に感じるのは、死が迫っているからだろうか。

「フェ……」


 どんどん眠くなってきた。みんな何かしら助けようとしているのは分かる。

 だけどもう寝たら起きれない気がした。

 フェニルが涙を流しながら叫んでいた。


「もう喋らないで! お姉ちゃんは死んだじゃやだよ! やっと僕は手が掛からなくなったんだよ! お姉ちゃんは幸せになれるんだよ! ぼくは――ッ、ぼくは――ッ!」


 フェニルの言葉にみんなが顔を背けていた。


「べつに……不幸じゃ……ぶはっ……なかっ――がはがはッ!」


 眠い。もう眠りたい。これを伝えたら寝よう。いいよね。


「これから……恋びとを……子どもも作って……幸せに……」


 そうだ。フェニルがいつか元気になって、幸せな道を進むのを応援したかった。

 私よりも賢いこの子を、一生懸命に生きるこの子がどう幸せになるのか知りたかった。

 そしてもう一つ――。


「レーシュと……結婚するのに……これじゃ……」


 こんなぼろぼろの身体だとレーシュはどう思うのだろう。

 私は貴族のように綺麗ではない。もしかするともう愛想を尽かされたかな。

 目がもう開けられなかった。


「お姉ちゃん! お願いだ! 誰かッ! 医者はどこ! ぼくは何でも真似できる! いないのか

 !」



 フェニルの声が聞こえるのに、まるで子守歌のように意識が沈んでいく。

 どんどん周りが静かになっていき、私の眠りを止める者はいなくなった。


「んっ……」


 急に唇に何かが触れた気がした。最後にそれが何だったのかを知りたくて目を微かに開ける。

 そこには唇を血で汚したレーシュが居た。


「エステル……」



 レーシュの顔が見えただけで嬉しい気持ちが溢れそうになった。

 だけどもう言葉は出ない。彼はきっとこんな姿の私でも愛してくれるはずだと、なぜだか確信できた。

 もう思い残すこともない……。

 痛みがどんどん和らいでいく。

 私は世界へと溶け込んだ。

 そして誰かが言った気がする。


「一騎当千」


 と。


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