側仕えとシャーヴィの決着
私は海の魔王を倒した時から剣聖という呼び名をたびたび言われることがあった。
海賊の人たちやレーシュに好意的な者、最近では陸の魔王の討伐に参加した者達からも慣れ親しむようにその名で言われてきた。
市場でもたくさんの人たちが愛着を持って話しかけてくれる。
だがここにいる者達は縁もゆかりもなく、私はレーシュの付き添いで来ただけだったので、ただの他国という印象しかなかった。
もちろん困っている人がいれば助けるし、見知らぬ土地の人とは交流するのは楽しかった、
だけど、この非常時に手を取り合わずに助けだけを待つのは、神頼みのようで好きでは無い。
だからこそ私は脱力して、こう言った。
「どうして私が全部やらないといけないのよ」
竜の姿をした小聖霊が暴れている中で、人々の叫びが一時中断した。
するとなぜかブリュンヒルデのお父さんが一番噛みついた。
「こんな時に何を冗談を言っている! 人を助けるのが好きなら、こんな時こそお前の仕事だろうが!」
あまりにもうるさいので、私は殺気を飛ばした。するとブリュンヒルデのお父さんは泡を吐いて倒れた。大領地の当主なので誰かが守ってくれるだろう。
「とうとう剣聖エステルもお怒りか」
カサンドラは小さく笑った。私がもう敵ではなくなったと思ったからだろうか。
だけどそれもまた違う。
「ごめんね」
私へ迫る死体達を剣を横に振り切って、風圧でなぎ払った。
「なっ!?」
カサンドラは油断していた。私が絶対に死体達に攻撃することは無いと。
一直線に彼女との道が出来た。足に力を込めて、地面を強く蹴り出した。
「華演舞!」
彼女の間合いまで全力で走り、そして彼女へ剣を振るった。
だが相手も邪竜の力で反応速度が上がっていた。
持っている短剣で私の剣をさばく。
「油断したよ! まさか其方の嘘を見抜けないとはな」
「嘘じゃ無いわよ」
「なんだと?」
戦いながら外野の者達へ叫んだ。
「あんた達の国だろうが! 自分の国くらい自分で守ってみせろ!」
怒りがそのまま剣に伝わり、カサンドラの短剣を粉砕した。
「くっ! またまだ!」
だが流石は暗殺者だ。すぐに予備の短剣をどこからか取り出した。
何度短剣を出そうとも全て破壊すればいい。その時、周りから批判の声がやってきた。
「むちゃくちゃだ。あんたは強いから言えるんだろ!」
「そうだ、そうだ! 俺たちは巻き込まれた平民なんだぞ!」
「貴族をまず助けろ! 我々がいなくて国があると思うのか!」
好き勝手に言い続ける者達へ現実を突き付けないといけないようだ。
「ならそのままでいろ! 最高神が食われているのにこれまでの生活が維持できると思っているの! 生き残りたいなら自分で戦え! 私達の領民を見習え! こいつらは少なくとも三大災厄には立ち向かったぞ!」
私の叫びにローゼンブルクの騎士達は喝采をあげた。
コランダムが筆頭に味方を鼓舞する。
「聞いたか、お前達! 我々は剣聖に頼りにされておる! 邪竜からの支配が終わる瞬間に立ち会いたい者は、このまま私と供に戦え!」
コランダムが騎獣に乗って剣を高く振り上げると、彼の派閥の者達がそれに呼応するように剣を振り上げていく。
コランダムは竜の小聖霊達を自慢の剣で首をどんどん落としていく。
「エステル殿、こちらは任せてください!」
ブリュンヒルデもまた誰よりも果敢に敵を撃破していた。兄のトリスタンも妹を援護しながら、私へ一瞥だけして、まるで早く戦いを終わらせろ、と言っているようだった。
「エステル! 俺も戦うぞ!」
シルヴェストルの声が聞こえた。
港の方からも戦えない者達を送っていった者達がどんどん帰ってきていた。
「シルヴェストル様、どうか無茶だけはおやめください」
レイラの護衛騎士だったジェラルドがシルヴェストルを守ってくれるようだ。
そのほかの私が知る貴族達も戦いに協力してくれた。勇気ある行動を見てそれでも自分で動かないなら、もうどうしようもないだろう。
カサンドラもまた私を鼻で笑った。
「強者の言い分だな。戦ったのはあくまでも騎士や戦士達だ。非戦闘員に無茶を言う」
「私だって側仕えだ!」
カサンドラの短剣を全て破壊尽くすと供に、私の剣もガタが来て剣が粉々になった。
お互いに完全に素手での戦いになった。
「そういう意味で言ったわけではない!」
カサンドラの拳が私を襲う。だが迷いが無くなった私は、もう頭ではなく、体の反応でそれを避けられる。
頭を下げて攻撃をかいくぐり、相手の懐へ入った。
「お前はレイラ様の友人ではないのか! 彼女が生きる道は覇王の道しか――」
カサンドラは最後は情で訴えかけてきた。だがもうそんな言葉に心を揺らされることは無かった。
「人に恨まれる人生が幸せになるわけないだろうが!」
拳を相手の腹の下から振り上げて持ち上げた。カサンドラは胃液を出し、苦悶で喘ぐ。
彼女は腕を振り回して逃げようとするが、遅いので簡単に避けられた。
さらに私は彼女の体に一撃を与える。
「離れろ!」
彼女の加護によって操られた死体達が私へ攻撃を仕掛けてきた。
一旦距離を取る。
「くっ……これが私の最後の攻撃だ……」
カサンドラはだらんと脱力したと思ったら、急加速してこちらへ迫ってきた。
疲れている体から出る速度ではないので、限界を越えているのは明らかだった。
彼女の拳を手で受け止めると、じんじんと腕が痺れてきた。
「自分を加護の対象にしたのね」
「ああ、長くは保たんが、お前を倒せるのならこれくらいの代償なんて構わん!」
カサンドラは体から血を流しながらも、捨て身で攻めてくる。
だが動きが単調になった分、私としてはやりやすい。大ぶりになった時に私は前へ踏み込み、思いっきり頭を後ろに引いて、相手の頭へ頭突きをした。
「ぐっ!」
大きく仰け反るカサンドラへ最後の言葉を掛けた。
「貴女は最初から間違えていたのよ。本当に大切な人なら、ただ従うだけじゃなくて、貴女が道を示すべきだった」
カサンドラへこの言葉が届いているのか分からない。だけど私は伝えずにはいられなかった。
「邪竜を倒すのを諦めて、それを正当化した時点で、貴女は保身に走っているのよ! お前が守りたかったのは誰の未来だッ!」
カサンドラの目が一瞬だけ揺らいだ。そして軽く笑って私の一撃を待つように、何もしなかった。
私の拳が彼女の中心を捉え、力を一点に集中させた。
「第一の型、芹!」
カサンドラが吹き飛び、後ろの壁まで激突した。さらにその壁すら壊して、もっと奥の壁を突き破っていく。
そしてようやく勢いが完全になくなり、彼女は地面に倒れた。
しかしそれでも彼女は立ち上がる。おそらくは最後の加護の力だろう。
彼女の鎧はぺしゃんこで、外装はもうぼろぼろになっていた。
「結局勝てずに……終わったな……出会った頃と一緒だ……もう片腕が無いことも言い訳に……でき……ん」
最後の言葉を言い残して、彼女は前のめりで倒れるのだった。
~~~☆☆☆~~~
私は彼女との出会いを思い出す。
カサンドラは、片腕を無くした状態で私の村へ来た。
暴れる彼女を気絶させて、隣の村まで医者を全速力で呼びに行って、どうにか彼女の腕を施術した。
それから何度も脱走しようとする彼女を一撃で倒して、そのたびに村へと連れて帰ったのだ。
少しずつ打ち解けてからは、やっと彼女も村で安静にしてくれるようになったのだ。
貴族なのに彼女は平民や貴族という大きなくくりで馬鹿にすることは無かったため、村の生活にもなじんでいた。
だけどたまに彼女は卑屈になることがあった。
茶碗でスープを飲みながら自嘲するのだ。
「私はこのとおり褐色の肌だ。貴族から心無い言葉を何度も掛けられ、親からはもっと努力を求められた。だけど力があれば誰もが黙り、私は笑っていられたんだ」
貴族世界のことを知らない私はただ大変だとしか思わなかった。
「でもカサンドラは、そのスープを飲んで、こんな美味しいスープは初めてだって笑ってたし、フェーとのゲーム中に、その手があったのか!、って叫んでいる時は顔がにやけていたよ」
カサンドラは私をまじまじと見た後に、改めて飲んでいるスープに目を向けた。
「そうなのか……」
「うん。結構笑っているよ。それに頑張っていればいつかは誰かが見てくれるはずよ。貴女が笑うのに気付いてくれる人にね」
それが最後の会話だった。次の日に彼女が家を出ようとしているのが分かったが、傷もほとんど癒えたので、黙って見送ったのだった。
彼女とはまた会える気がしたから。