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側仕えと当たり前の日常

 レーシュが捕まり、私も牢屋に入れられたが無事の切り抜けられた。

 前に助けたネフライトが私を牢屋から出してくれたのだ。

 さらにはレーシュの後見人になってくれるというおまけ付きで。

 あまり貴族事情に詳しくない私でも、今回の手助けは破格だと分かった。



「この度は私めの命を救ってくださりありがとうございます」


 ネフライトの部屋でレーシュが感謝を捧げる。

 後から話の顛末を聞くと、別の貴族からはめられたらしい。

 内容はよく分かっていないが、私の雇用先も守られたことに安心した。

 もちろんレーシュが助かったことも喜ばしい。

 ネフライトは優しい微笑みを浮かべていた。


「エステルも私を救けてくれたもの。このくらいでしたら軽いものよ。でも、わたくしが救ったのはわたくしへの暗殺未遂だけ。もう一つは御自分でどうにかしてくださいませ」

「当然でございます。これだけの頂き物があってさらにお願いをするほど私も厚かましくありません」



 お互いの関係は事務的で、まるで友好とは程遠かった。

 だがこれが貴族の普通なのだろう。

 私もとやかくいうつもりはない。


「ねえ、エステル?」



 黙って話を聞いていると、次は私へ話が向いた。

 レーシュと話をしている時よりも表情豊かで、私としても話しやすい。

 そんな彼女がねだるような顔をするので、女の私からでも可愛く思えた。



「貴女とはもっとお話をしたいの。またどこで会えないかしら」

「えっと、残念ながら平民の私ではドレスが用意できません」



 新しい服ですら最近やっと買えたのを喜ぶような私が、現在の給金一年分でも払えないドレスなんて用意できない。

 特にネフライトはお嬢様の中でもお嬢様のため、そこらへんの金銭感覚なんてないだろう。

 手を口元にやって驚いているのがその証拠だ。



「まあ、でもそれなら大丈夫よ。モルドレッド、用意して差し上げなさい」

「かしこまりました」



 当然のように命令をするネフライトにも驚くが、全く間を置かずに返事をしたレーシュに避難の目を向ける。

 色々と良くしてくれるのは嬉しいが、これ以上お貴族様と関わり合いたくない。

 その気持ちが伝わったのかレーシュがこちらへ向く。



「エステル、君のために格別な衣装を用意しよう。それと前の嘘の報告は気にしていないからね」

「は、はい」



 ネフライトを救けたことについて前に聞かれたが知らないで通したのだ。

 ひしひしとしっかり報告しろと怖い目を向けられている。

 しかしやはり貴族間の上下関係は厳しいようだ。

 レーシュがネフライトのお願いを聞くことは当たり前のようだったので、身分差というのは平民と貴族よりも、貴族同士の方が大変そうだ。



「ネフライト様、アビが入室の許可を頂きたいそうです」



 私とレーシュは思わずドアの方を見た。

 まさか先ほどの件で伝え忘れがあったのかと緊張が走る。

 しかしネフライトは特に驚くことはなく、自然に、どうぞ、とすぐに返事を出した。

 入室してきた領主はどこか愉快げに見えた。


「皆さん、お揃いのようね」


 こちらへ優しく微笑んだ顔は先ほどまでの冷徹さはない。

 それなのに背中が寒くなるのはどういったことだろうか。

 近くで見るとより一層綺麗だが、それでいてどこか儚げでもあった。

 同性から見ても憧れる美貌で、髪を結い上げてさらに大人の魅力が漂わせており、よくレーシュが鼻を伸ばさないものだ。


「レイラ、いいのかしら?」

「大丈夫よ。ここにいるのは、ネフと立場の低い貴族だけですもの」


 どこか引っかかる言い方だが、ここで突っ掛かったとして立場を悪くするだけだ。

 ネフライトと違ってあまりこの人により良い印象を抱けない。

 すると急に私にだけ笑いかけた。


「そんなに怖い顔をしたらだめよ。私にそんな顔をしていることがバレたら、その子が生きていけなくなる」



 私はハッとなり、自然と力の入った顔から力を抜く。

 せっかく生き残ったレーシュの立場を悪くしてしまう。

 領主はネフライトの向かいのソファーに腰掛け、出されたお茶に口を付ける。

 普通は毒味をさせるはずなのにそれが必要ないほどの信頼があるようだ。



「そういえばエステルは知りませんよね? レイラの相談役や派閥の管理をしているのがわたくしなの」

「もっと普通に友達と言ってくださいな」

「それもそうですわね」



 まるで普通の乙女のような会話だ。

 先程の部屋で起きたことは夢のように思えるほど、冷徹な領主なんて存在しないように思えた。

 気が緩みかけた時に、領主の言葉が私を再度引き締めさせる。


「ねえ、モルドレッド?」


 領主は妖艶な笑みを浮かべて、レーシュの名前を呼んだ。

 まるで甘えるような声に、こんな声も出せるのかと驚く。

 ただ女好きのレーシュでも、デレデレとすることはない。


「なんでしょうか」

「わたくしの領土にダニや蝿っていりませんの。特に毒を振り撒くような害虫はね」

「心得ております」

「反領主派ってどうしてわたくしの心を煩わせるのかしら。どこかにいないかしらね、有能な害虫駆除をしてくれる殿方は?」



 ごくりとレーシュの喉が鳴った。

 反領主派に付いているレーシュにきついことを言う。

 だが彼も裏切られているので、ここは領主の話に乗るのが一番ではないだろうか。



「私が必ず──」

「知っていると思うけど、私は言葉より結果でしか判断しませんの」



 意地悪な人だと思う。

 まるでレーシュが赤子のようだ。

 レーシュは姿勢を正して顔をキツく引き締めた。


「それではこれよりやることが増えましたので、また後日よりよい報告をさせていただきます」



 レーシュから部屋を出るぞと目で言われたので、喜んで一緒にでる。

 あまりこんな張り詰めた空間に残りたくない。

 ネフライトは少し残念そうな顔をしていた。


「エステル、また招待状を送るね」

「はい、機会があれば」


 ネフライトから誘われたのでとりあえず返事をしていく。

 だが帰りの馬車で、あそこは曖昧に笑っておけと注意された。

 言葉を出したらもう覆されないらしい。

 怖い世界だ。


 廊下を歩いている最中にジールバンとすれ違った。

 お互いに止まって、目の奥をバチバチとさせる。

 今すぐ切り裂けと言われたら私は進んで剣を振ろう。



「今までの恩を忘れおってからに」

「これからゆっくり返させていただきます。それでは、領主様のためやらなければいけないこともありますので」



 まさかレーシュがここまで強気に出るとは。

 しかしジールバンは私にも同じく強い恨みのこもった目を向ける。

 切先を向けたことを怒っているようだ。

 だがすぐに不気味な笑いを浮かべ、何か良くないことを思いついたようだった。



 屋敷に戻る頃には夜も深くなっている。

 今日は本当に一日が長く感じて、まさかこの屋敷を見ることがこんなに落ち着くとは。

 サリチルも私たちの心配をしていたようで、レーシュが戻ってきたことに心の底から喜んでいた。

 執務室に戻り、私もソファーでお茶を飲むことを許された。



「でもそうなるとこれから大変ですね。派閥から出されたのでしたら、どこの庇護に入りましょうか」

「考えられるのは領主の庇護だけだろう。反領主派にとって今回の薬物は大きな汚点になる。それを差し出せば少なくとも利用価値はあると思ってくれるだろう」



 椅子に深く腰掛けて、だらんとしていた。

 よっぽど今日のことは疲れたようだ。


「ネフライト様の派閥ではダメなのですか?」

「あれはダメだ。裏がありすぎる」



 ──領主様の方が怖いような気がするけど。



 レーシュにとって何か基準があるようだ。

 平民の私にも優しくしてくれる方だったので、ネフライトのどこに裏を感じるんだろう。

 ただ貴族社会で生きてきたレーシュが決めたことなら従うしかない。



「まあ、そうは言っても贅沢は言ってられない。どちらでも庇護に入れるのなら万々歳だ。当面の目標はジールバンたちの証拠探しだな」

「証拠って何ですか?」

「今回の麻薬とネフライト様の暗殺に絡んでいることは間違いない。正直暗殺の件は証拠がないのではどうしようもない。だが麻薬に関しては、まだ証拠を隠しきれていないはずだ。サリチル、金はある程度使ってもいいから少しでも情報を集めろ」

「かしこまりました」


 サリチルはすぐさま動き出す。

 レーシュは机の中をゴソゴソとしていた。

 そして一枚の手紙を渡してきた。



「俺の知っている中でも腕に自信のある名医への紹介状だ」



 ──お貴族様御用達のお医者様に払えるお金はありませんよ。



 普通の薬ですら金額が高いのに、お医者様ならもっとお金が掛かる。

 私は恨むような目で見ると、レーシュはため息を吐いた。


「俺持ちでいい」

「本当ですか!」

「ええい、近い!」


 思わず興奮して顔を近づけたら手で顔を押し退けられた。

 ヒリヒリとするが、もしかしたら弟の病気が良くなるかもしれない。


「でもどうしたのですか? こんなに給金ももらっているのに」

「お前がいなければ今回は危なかったからな。給料に色をつけたまでだ。ただ──」


 言葉を一度切って、悪魔の笑みを浮かべていた。


「もう二度と隠し事するなよ」

「は、はい! 必ず言います! っあ、そういえばもう一つだけ」



 レーシュは頭を抱えて、やっぱりまだあったのかとぼやいた。


「それは俺にとって汚点にならんだろうな? 話してみろ」

「えっと、舞踏会の日にラウル様と領主様の騎士を殴って気絶させて──」

「お、ま、えはどうしてそんな大事な話を言わない!」



 急に立ち上がって、鬼のような顔で怒り出した。

 あわわ、とどう言い訳しようかと思っていたが、レーシュはまた座り直して頭を押さえる。


「その後に恨みを買われていないか?」

「ラウル様は私が犯人だと気付いていないみたいでした。もう一人の騎士様も私の顔を覚えてなかったので多分大丈夫だと思います」

「護衛騎士はまだしも、槍兵の勇者に気付かれずに気絶させただと!? だからあの店にもお前と二人でいたのか」



 自分の中で納得できたのか特に何も言ってこなかった。

 しかし領主の騎士に手を出すのはまずかったかもしれないと今更ながら思う。


「あのプライドの高い護衛騎士だ。どうせ覚えていても領主に報告なんてできまい。今後はネフライト様がお前を招待するだろうから、その時のことを逐一報告しろ」

「分かりました」



 どんどん貴族社会に踏み込んでいる気がする。

 でもこの仕事を辞めるわけにもいかない。

 サリチルが帰ってきてから交代して、私も家に帰った。

 階段を上って、家のドアを開けようとするとちょうど開かれた。


「じゃあねフェニル君」


 お兄さんが私の家から出てきた。

 そして私と目があった。


「あっ……」


 ──そういえば昨日の夜は約束の日だった。


 貴族に捕まっていたとはいえ、約束をすっぽかしたことには変わりない。

 それなのにフェニルの面倒まで見てくれていたなんて。

 すぐさま頭を下げてお詫びをする。



「昨日はごめんなさい!」

「えっ、ああ! それよりも大丈夫だったか!? 昨日はお貴族様に連れて行かれていたから心配したんだよ!」


 お兄さんから両肩を掴まれる。

 その顔が必死な顔になっており、本気で心配してくれていたんだ。


「うん、誤解って分かったからもう大丈夫」

「そうか……本当によかった」

「でもどうしてあそこにいたの? 確かあそこは花街だったよね?」


 そういうところにいるのだから理由は一つしかない。

 少しばかり汚いものを見るように見てしまった。

 しかし彼もすぐに慌てて否定した。


「違うよ! あれは仕事で行っていて、前にお店だったところが売られたから、また売れるように修繕していたんだ! それにお昼は普通の通りだから!」



 少し邪推をしてしまったようだ。

 ああいう場所だから思わず反応してしまった。

 それに確かにお昼は普通の女性も周りにいた気がする。


「そうよね。お兄さんがそんなところ行くはずもないもんね」

「え……うん。もちろんだよ」


 一瞬目が泳いだのは気のせいだろうか。

 ただこの埋め合わせはどこかでしないといけない。

 切り出そうとする前に先にお兄さんが喋り出す。



「よかったら、今度こそ行かない?」

「えっと……ちょっと予定が分からなくて」



 レーシュはこれから犯人探しをするため不定期で家を空けると言っていた。

 その時には私も護衛として付いてくるように言われているので、簡単に約束ができないのだ。



「ならまた日にちがわかったら教えて! 俺も合わせるから」

「う……うん」


 これまで異性として意識をあまりしてこなかった反動か、こうやってぐいぐい来られることに戸惑いと嬉しさもあった。

 弟の世話も焼いてくれるので、私としても満更でもない。


 ただどうしても胸の奥で突っかかりがあった。

 自分の言葉で表現ができず、理由も説明できない。


「じゃあ、今日はこれから仕事だから、また会おうね」


 頭をぽんッと撫でられて、彼とは別れた。

 そして部屋に入ると、フェニルが反応した。


「お兄さん? 忘れ物?」

「フェー、ただいま」


 私がそう言うと、フェニルは固まったように見た。

 そして涙を流しながら走ってきて私に抱き付いた。


「よがっだ! がえっで、きでくれて!」



 いつも帰ってくる私が当たり前だったからこそ、突然帰って来なくなったことで不安だったのだろう。

 もう彼には私しか家族がいない。

 それでもお兄さんにも弱音を吐かずに我慢していたはずだ。



「ごめんね。お姉ちゃんはずーっとフェーと一緒にいるからね」



 私は心に決めた。

 レーシュの紹介でもらった医者に診せて完治したらこの仕事を辞めよう。

 私の幸せはきっとこちらなのだから。

 泣き疲れたフェニルは机に座って、私もお昼の準備を始める。

 すると突然フェニルが立ち上がった。


「お姉ちゃん、今日は僕が作るよ!」

「どうしたの急に?」


 お手伝いは助かるが、まだ小さなフェニルに火を使わせるのは危ない。

 しかしやる気のあるのにそれを阻害したくもない。


「なら一緒に作ろうか」


 適当な木の板を持ってきて、フェニルが作業しやすいようにする。


「でも男の子が料理覚えても使わないよ?」

「いいの。お姉ちゃんが少しでも楽できるなら覚えたい」

「うふふ、ならお願いしようかな」


 少しばかり包丁の手ほどきをした。

 やはり覚えが早く、もうすでにみじん切りを覚えた。

 キャベツの千切りをすぐにできるようになった。


 ──フェーって本当に器用ね。でもこんなに早く薄く切れるものなの?


 前に村の女の子にも料理を教えたことがあったが、もっと雑だった気がする。

 それを一度教えただけでこんなにできるなんて。


「どうしたの?」

「ううん、フェーって本当に器用だなって。私に似たのかしら」

「お姉ちゃん、マチルダさんみたいなことを言うようになったね」


 達者な口をする弟の頭を叩いた。

 おばさん扱いしたことに対してお仕置きをする。

 この子は口が達者なのは、誰に似たのか分からない。

 二人で笑い合って、いつもより美味しい朝食を取った。

 フェニルがまた寝たのを確認してから市場に出る。


「久々に美味しいものを作ってあげたいな」


 これから冬が深くなれば美味しい食事も取れなくなり、質素な物になっていくのは明白だ。

 最後に美味しいものを食べたいと思っていると、私へ注がれる視線に気付いた。

 レーシュの家に来る暗殺者たちと同じ香りがする。

 このまま家に帰るのは危険な気がしたので、遠回りになるが少し道を外れる。

 路地に入ったところで、三人の男たちに囲まれた。

 全員が深くフードを被っており、顔を見せないようにしているようだ。


「大人しく捕まれば何もしねえ」


 フードの男は威圧的な声で言ってくる。

 捕まえようとしているのに何もしないとはどういう了見だ。

 答えないでいるとジリジリと距離を詰めてくる。

 ただあまり実践慣れていないのか、これまでやってきた暗殺者より素人臭さがあった。



「今なら見逃してあげるから帰りなさい」



 こんな輩なら相手にするまでもない。

 騒ぎを起こしたくないので素直に帰ってくれるのが一番だ。

 だが逆効果だったみたいで、ターゲットの私から言われてムカついたようだった。


「使用人風情が調子に乗りやがって! やれ!」


 一斉に私を捕まえようと飛び込んでくる。

 だがそれよりも早く私は全員の首元に一撃を加えた。

 近づく前に地面に伏せた。

 さてどうしたものか。


 風切り音が聞こえた。


 遠くから私目掛けてナイフが投擲されたのだ。

 止めようかと思ったが、私の勘が避けるように言った。

 ナイフの刃から赤い液体が付いているのが見え、おそらく毒が塗られている。

 触れただけでも危険だと分かったので、首だけ動かして最小の動きで避けた。


 ──他にも仲間がいるのかな?


 しかし人の気配が多すぎてどこにいるのか絞りきれない。

 殺気も上手く隠しているので、近くまで行かないと察知できない。

 これまでの暗殺者と比べて実力があるのが分かる。


 また風を切る音が聞こえた。


 それも至近距離で。

 すなわち近くまで来ているのに気が付かなかったのだ。

 頭を下げると迫っていたナイフが通り過ぎていく。



 ──さっきの毒ナイフ!?



 同じ輩が投げたのだろうか?

 そこで信じられない光景を見る。

 ナイフが突如として方向を変えたのだ。


 ──どうなっているの!?


 またこちらへ迫ってくる。

 噂に聞く魔法なのかもしれないが、そんな物を対処した経験なんてない。

 またもや避けてもすぐに方向転換する。

 キリがなく、私は真正面からナイフを受けることにする。


「はぁああああ!」


 ナイフの刃に触れないように柄を握る。

 だがナイフは止まらずこちらを刺そうと力が込められていた。

 しかしやがて力を失ったようにこちらへの攻撃の意志がなくなった。


「ただのナイフよね?」



 毒で赤く濡れていること以外は普通の刃物だった。

 どうしてあのような奇想天外な動きをするのか分からない。

 これはすぐにでもレーシュに報告したほうがいいかもしれない。


 またもやナイフが飛んできた。

 だがそれは私の足元に突き刺さった。

 そしてそのナイフには何かが彫ってある。


「やっぱりお前か、そこで何をしている?」


 ナイフを取ろうとすると声を掛けられた。

 レーシュがサリチルと共に行動をしており、私に気付いたようだ。

 倒れているフードを着た男たちを見て、呆れた顔をしている。


「こいつらがお前を襲ったのか。どうせ簡単に捕まえられると思ったのだろうが見誤ったようだな」

「でも一つおかしいことがあったんです」


 私は持っている毒ナイフをレーシュに見せた。


「それがどうした?」

「このナイフ、私が避けたらまるで意志を持っているように私を何度も襲ってきたんです。魔法で何か心当たりありますか?」

「魔法にそんなおかしなものはない、が……」



 レーシュは延びている男たちの服を漁る。

 そして首元を見て何か確信したようだ。


「こいつら、ヴィーシャ暗殺集団の下っ端だな」


 レーシュが私を手招きするので首元を見ると、ナイフのマークが彫られていた。

 どうやらヴィーシャ暗殺集団と呼ばれるマークらしい。

 国でも有名な暗殺集団らしく、お金を貰えばどんな依頼も達成すると噂されている危ない連中だ。



「本当にナイフが意志を持って動いたんだな?」

「はい。掴んでからしばらくして普通のナイフに戻りました」

「それなら間違いない。それは“加護”を使ったと言うことだ」



 聞き慣れない単語を聞いた。

 レーシュは舌打ちをして忌々しそうにしていた。



「あのガリガリ貴族、金に物を言わせて厄介な奴を雇いやがって」

「そんなにやばいのですか?」

「ああ、特別な才能がいる“加護”を持っている暗殺者なんて三人しかいない。ヴィーシャ暗殺集団の三分衆の誰かだ。考えられるのは、トップのヴィーシャ以外だろうがな。国家予算並みの報酬が必要なトップを領主の側近程度が出せるわけがない」



 私では想像することもできない料金が掛かることだけはわかった。

 しかし貴族社会は本当に殺すか殺されるかの世界のようだ。

 早くこの世界から足を洗いたい。


「そういえば何か文字が彫ってあるナイフもありましたよ」


 地面に刺さっているナイフを掴んだ。

 持ち上げて文字を読み上げる。


「えっと、弟は……預かった──?」



 手がふるふる震え出した。

 これは誰に出した伝言だ。

 頭の中が真っ白になっていく。

 ナイフに無意識に力が入っていき、柄からヒビが入って刃までも粉々になった。


「おい、落ち着け!」


 レーシュの手が肩を揺さぶる。

 だがそれを気にしている場合ではない。

 一刻も早く家に戻らないといけない。


「エステルさん、馬車を待たせて──」



 サリチルの言葉が聞こえてきたがそれを無視した。

 走った方が早いのに、馬を使う理由はない。

 買った荷物を放り投げて走り出し、二人を置いてすぐさま家に戻るのだった。

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