側仕えと英雄の呪い
レイラの体を乗っ取ったフォルネウスが立ちはだかる。
フォルネウスが右腕を掲げた。
「我のしもべ達よ。加護を与えよう」
目に見えて何か起きたわけでは無いが、敵の神官達の動きが前よりも良くなっている気がした。
さらにカサンドラとピエトロにもとてつもない力が宿ったかのように、私の直感が警戒するべきと告げていた。
「レーシュ、下がって!」
私はレーシュより前に出た。それと同時に敵も動き出して、私へ攻撃をしかけていた。
「あはははは! 死ね、死ね、剣聖!」
ピエトロの鎌が私を振り抜こうとする。剣で受け止めるのは危ない気がしたので受け流した。
すると地面がまるでバターのように抉れた。
ピエトロの力が前とは別物だった。
だけど技量が上がったわけではない。ピエトロは何度も攻めてくるが、剣舞の舞いを使って攻撃を避け、空いた隙を使って横一文字を食らわせた。
「ぐえっ! あれ、痛くないや!」
刃がピエトロの腹で受け止められた。それならばと体中の血を腕へと集中させた。
「天の支柱!」
さらに力を込めた一撃でどうにか押し返したが、それでも後ろへ下げるので精一杯だった。
「私もいるぞ!」
カサンドラも素手で私へ攻撃を仕掛ける。やはり彼女の速さも上がっており、目で追いきれなくなっていた。
だけど私は体の反応だけで彼女の拳を避けた。
剣を使いたいが間合いに入られているので、一度剣を手放して私も素手で相手する。
彼女の拳を腕を掴んで止めた。
「レイラの目的は何! どうして邪竜なんかの味方をしているの!」
「しれたこと。フォルネウス様に付かねば死ぬのはレイラ様の方だ。ずっと悩まれていたのだ! 結局はフォルネウス様を倒せなかったお前達の時間切れだ。それともお前達のためにレイラ様へ死ねと言うのか?」
カサンドラは迷い無い目で私に敵意を向ける。もしかするとずっと彼女は助けを求めていたのかもしれない。
どうすれば私は彼女を救えるのだ。
カサンドラは腕がダメだと分かるや、回し蹴りに切り替えた。
一瞬だけ考え事をしてしまったため、私は反応が遅れて、横っ腹に一撃を受けて吹き飛んだ。
「ぐっ!」
吹き飛びながらもすぐに体勢を整えて地面へ着地した。すると私の目の前にレイラの姿をしたフォルネウスが現れた。
「お前は神に一番近い位置にいるな! だからといって図に乗るな」
レイラの手が私をかざされると急激に体が重くなり地面に体が吸い寄せられた。
「くっ……そ!」
押しつぶされる力に私の体が悲鳴を上げ始める。
「このまま死ね」
みしみしと音を出して、何も出来ずにやられてしまう。せっかく力が戻っても私は彼女すら救えないのか。
「うおおおお!」
野獣のおたげびのような声と供にウィリアムが割り込む。
同じくウィリアムも強い重力波に飲まれるが、彼はそれに耐えていた。
「一天四海、荒波!」
ウィリアムは大気から水を集めて腕へまとわせる。水は回転しながら渦を巻き、それをフォルネウスへと放つ。
大きく空へ吹き飛んだフォルネウスだが、全くダメージを受けた様子はない。
しかし私はやっと解放され、体が軽くなった。
「ふんっ、無駄なことを」
フォルネウスは吹き飛びながらも手を前にやって何かしようとしていた。
「嬢ちゃん、あいつの相手はしばらく俺がしてやる。一瞬だけやつの動きを止めろ!」
「うん……でもウィリアムでも……」
やられてしまう、だがウィリアムは分かっていた。まるで死地に行く決断した顔で、私へ笑いかけた。
「海までいけばしばらく持ち堪えてやる! その間に気持ちを整理しておけ!」
ウィリアムは私の迷いを見抜いていた。
彼は私のために命をかけてくれるのなら、私も自分のできることをやらねばならない。
私はフォルネウスへ向けて殺意を集めた。
「第七の型、蘿蔔」
フォルネウスの体が硬直した。だがわずかに指が動いている。
相手の本能を脅かす技だが、完璧には決まっていないのだ。
「ほう、奇怪な技を使う」
ウィリアムは「上等だ!」と飛び上がってレイラへさらなる追撃を放った。
またさっきの技を放つ。しかし次はあちらも反撃をして、自分の周りに炎を出現させる。
こちらまで熱波がやってくるほどだった。
「ぐおおおお! こんな火に海が負けるわけねえだろうが!」
ウィリアムは灼かれながらも拳を振り切ってフォルネウスをさらに海まで殴り飛ばした。
ウィリアムも海まで建物をつたって消えていく。
おそらくウィリアムの力が強くなってもそんなに長くは保たないだろう。
その間にピエトロとカサンドラだけは倒して戦力を減らさなければならない。
「お姉ちゃん!」
呼びかけられて振り向くとフェニルが走ってきていた。
「エステルさん、剣あげる」
ヴァイオレットが私が落とした剣を投げて渡してくれた。
「ありがとう!」
ヴァイオレットも一緒にいるため、これでこちらの戦力が増える。
しかしラウルは別の大聖堂の方へ走り去っていた。
「エステルさん、こんな時に申し訳ない。神使様をお救いに行ってきます!」
神使は先ほど教王に引きずられてどこかに連れ去られていた。
彼女も心配だが私もそちらへ手が回らないので、ラウルに任せるのが一番だろう。
だがレーシュは舌打ちして、ラウルを追いかける。
「っち! あいつは教王に逆らえないだろうが。エステル、俺もあいつを追いかける。お前は目の前のことだけに集中していろ!」
「う、うん!」
レーシュもまたラウルを追いかける。私の力が残っているのならまだ最高神は完全に邪竜へ取り込まれていないはずだ。
ピエトロを倒して神使の加護を復活させたらまだこちらに勝機があるかもしれない。
だけどその時、レイラはどうなるのだろうか。
「まだ迷っているのか!」
目の前にいつの間にかカサンドラが攻めてきていた。小さな短剣で斬りつけてくるので私はステップだけで避けた。
さらに後ろからピエトロが加勢しようとしていが、それをフェニルとヴァイオレットが防いだ。
「お姉ちゃん! この道化師は僕たちがどうにかする! その人は任せた!」
「うん! でもそいつは幻覚を見せてくるから気を付けて!」
フェニルは親指を上げて任せろと言う。ヴァイオレットもいるのなら上手くサポートしてくれるはずだ。私はカサンドラだけに集中すればいい。
「お前とこうして戦うのは二回目だな」
「そうだね。だからこそ分かるはずでしょ。今のカサンドラに私は負けない!」
カサンドラのナイフを手刀で落として、無防備になったカサンドラへ一撃を与えればいい。
だがそれを誰かが割り込んだ。
「死体?」
教王に付いていた神官だった。もう死んでいるようで顔も真っ青になっており、目も生気がない。
それなのにどうして動いているのだ。
「これが私の加護、魑魅魍魎。生者でも死者でも操れる。戦争の時こそ輝く!」
今も貴族と神官が大勢戦い死んでいる。一般の国民すらも亡くなっている状態で、どんどんカサンドラの方へ死んだ者達が集まってきた。
「こんなので私を倒せると思っているの!」
操られた死体を避けて私はまたカサンドラを斬ろうとした。
しかしカサンドラは上手く死体を利用して逃げる。
「思わないさ。だが時間さえ稼げば私達の勝利になる。お前は優しすぎる。死体を辱めることができなくて攻撃できないのだろう?」
私は言い返せず歯を食いしばった。時間が経つごとに死体が増えていき、カサンドラを守る者が増えていく。
カサンドラは私から攻撃を受けないように上手く立ち回る。
それどころか死体は私へ剣を振るってきた。
「くっ!」
動きは遅いが、百人を越えだしてきたため、私が避ける場所もどんどん狭まる。
このままではいずれやられてしまう。
「ごめん。私は――」
甘いと言っていられない状況で私は剣を振ろうとした時、目の前の死体と思っていた男から声が聞こえてきた。
「たす……け……」
「……んっ!」
慌てて剣を止めた。目の前の男は瀕死ではあるが、紛れもなく生きているのだ。
カサンドラは嗜虐的な顔で私を笑っていた。
「誰が死体しか操れないと言った」
その言葉に私の頭に血が上っていく。
「カサンドラああぁ!」
殴り飛ばしてやりたいのに前に進めない。
どうやれば彼女へ近づけるのだ。
「エステル、私はお前が心底嫌いだ」
カサンドラは急に怨嗟の籠もった目で私へ独白する。
「だけど友人でもあると思っている。だがな、お前はレイラ様を迷わせる」
「私が?」
私がどうしてレイラを迷わせるというのだ。カサンドラはなおも続けた。
「お前がいるせいで、レイラ様は常に危険な橋を渡られる。神使から消される可能性があってもお前を信じた。そして今日、その審判の日が来た」
カサンドラは手を強く握ると、操られている者達の動きが速くなっていった。
とうとう逃げ場を失い、後ろが壁になっているところまで追い込まれた。
「レイラは何を望んでいるの?」
「フォルネウス様ごとお前に殺してもらうことさ」
耳を疑った。彼女はこれまで私へ目を掛けてくれたのは、私に殺されるためだったのだろうか。
カサンドラは懐からお面を取り出して、それを顔に付けた。
それに私は心当たりがある。前に一度会ったときに、シャーヴィと名乗ったヴィーシャ暗殺集団の幹部だ。
「お前がコランダム領へ向かう前に、私はヴィーシャ暗殺集団の三部衆シャーヴィとしてカジノで会ったな」
レイラから誘われて護衛としてカジノに行ったときのことだ。
そのときにシャーヴィとして会っていた。
まさかカサンドラが犯罪組織に身を置いていたとは考えもしなかった。
お面のせいで表情が見えないが、彼女からの殺気がどんどん増していく。
「あの時、レイラ様はお前に味方になって欲しいと言っていた。だがな、お前は神を殺す道を説いた。お前がああ言わなければ、レイラ様はフォルネウス様の神使として、今頃は世界を統べていたのだ」
レイラを送り返した帰り道で、カサンドラと会ったことを思い出す。
あの時にカサンドラからレイラの元を離れるようにお願いをされたのは、レイラを守るためだったのか。
カサンドラは気持ちを昂らせるように私へ想いをぶつけてきた。
「だがまだ間に合う。お前を消せば彼女はまだ神使として生きていける!」
彼女に操られている者達はどんどんこちらへ迫ってくる。
私は決断をしないといけない。
その時、周りから悲鳴が聞こえてきた。
空を見るといつの間にか多くの種類の竜が人間を襲っていた。
カサンドラは「援軍だ」と呟く。
「あれはフォルネウス様の小聖霊達だ。三大災厄とは比べたら弱いが、反抗する者達を黙らせるにはちょうどいい」
現在はフォルネウス側に付いた神官達と小聖霊達に多くの騎士や平民の冒険者、そして神使側の神官が混戦をしている。
時間が経てば経つほど被害が増えていくだろう。
その時、私を呼ぶ声が聞こえた。
「おい、剣聖! 何をもたもたしている! わしを助けないか!」
その声に聞き覚えがある。ブリュンヒルデのお父さんが都合良く助けを呼ぶ。
わざわざ助ける義理がない者だが、ここで私を呼んだことで周りへどんどん気持ちが伝染する。
「剣聖がいるのか? こっちだ! 助けてくれ!」
「何をしているんだ! 三大災厄を追い払ったんだろ!」
「貴族を優先したまえ! 金ならいくらでも出すぞ!」
「神国を救え!」
叫び声の中でどんどん希望にすがる声が大きくなっていた。
彼らにとって剣聖が唯一の希望になっているのだろう。
私がすべきことは全員を助けること?
私はやっと冷静になれた気がした。
みんなの絶叫が聞きながら、辺りを見渡した。
誰もが逃げ惑い、戦っているのは一部の者だけだ。
そして最後に私はカサンドラを見て、呟いた。
「どうして私が全部やらないといけないのよ」
そんなに大きな声を出したわけでも無い。
それなのに全員が聞こえていたかのように一斉に一瞬だけ静寂になった。
カサンドラすらも固唾を飲んでいた。