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側仕えと反撃

 喉が痛いほど叫んだ。

 レイラが邪竜と手を組んで神国を壊していき、人々もまるで死んだかのように静かになっていた。

 私だけが動けている。私しかいない。

 それなのに力が出せずにやられてしまっていた。


「お願い、目を覚まして! レーシュ!」



 呼び掛けても、レーシュは目を虚ろのまま、レイラから渡された剣を振り上げた。

 避けなければ死ぬ、だけど後ろのレイラ達を狙えばレーシュを殺すと言っていた。

 それならば受け止めるしか無い。

 レーシュは剣を振り落とすが、レーシュ自体の腕前は高くないため、真剣白刃取りで簡単に受け止められた。

 力比べならまだ私の方が上だ。


「レーシュ! 起きて!」



 何度も呼びかけても答えない。レーシュの後ろから、カサンドラとピエトロが走り出していた。

 こんな絶好のチャンスに相手が待ってくれるはずがなかった。


「カサンドラ! どうして貴女も敵なの!」


 カサンドラとは友人だと思っていた。

 それなのに彼女に一切の躊躇いはない。私を殺そうと殺気を放っていた。


「すまないが、主の命令は全てに勝る。何もできないのなら、骸になった後に私が活用してやろう!」



 カサンドラは剣を腰の鞘から抜いた。ピエトロも鎌を持って飛び上がり、上から鎌を振り落としてきた。どちらもレーシュもろとも私を斬るつもりだ。


 ……もうダメだ。


 諦めて目をつぶりかけた。だがその時、急な地震が起きた。



「ゴラァアアアアアア!」


 そして大きな雄叫びと供に、地面が割れて、滝のような水が下から上へと舞い上がった。


「げげ! ぐわわわわあ!」



 ちょうど水が上がった場所はピエトロのアゴの位置で、まともにくらったピエトロは吹き飛ばされた。

 先ほどのおたけびの方を見ると、大聖堂の屋上に大男が胸を張ってその存在を大きく示していた。


「てめえら、よくも俺をあんなちんけな世界に閉じこめやがったな!」



 海賊王ウィリアムはぶち切れていた。どうやって黒いもやから脱出したのか分からないが、私以外の者達も目を見開いて、彼の登場に驚いていた。

 ウィリアムは見下ろしており、その目はレイラへ向いているようだった。



「領主の姉ちゃん、俺があんな気持ち悪い世界にいつまでもいると思っていたのか、あぁん?」


 レイラはすぐに驚きから微笑に変わり、素直に褒め称える。


「流石は海賊王ね。あちらの世界から自力で帰ってこられる者がいるのは予想外だったわ。あちらから加護を持って帰ったから力を失っていないのね」

「ごちゃごちゃうるせえ!」



 ウィリアムはレイラ目がけて飛び降りた。

 足で踏みつけようとしていたが、レイラはぎりぎりで躱した。

 しかしウィリアムはすぐに追撃するため、大きな腕を振り上げて何度も攻撃する。


「貴様! レイラ様へ何をする!」



 私へ攻撃しようとしていたカサンドラは、レイラを守るために離れていく。


「雑魚は退いてろぉぉ!」


 ウィリアムはカサンドラの剣を拳で割った。

 そしてカサンドラの立つ地面から水を出して、それをまるでシャボンのようにカサンドラを包み込ませた。

 もがくがカサンドラは出ることができない。


「しばらく泳いでろ」


 ウィリアムの加勢でどうにか希望が湧いてきた。

 そしてその希望は、もっと大きくなった。

 窓を割る音が聞こえたかと思ったら、そちらから白い神官服を着た男が加速しながらやってくる。


「エステルさん! 援護に来ました!」

「ラウル様!」



 ラウルは急病で寝込んでいると発表があったが、そんな様子はなくピンピンとしている。

 前と変わらない速さで動いているので、彼もまたウィリアムと同じく加護を失っていないのかもしれない。


「モルドレッド! 目を覚ませ!」


 ラウルは懐から羊皮紙を取り出した。

 羊皮紙が光り出すと、淡い光がこの大聖堂の敷地内へ降り注いだ。

 するとレーシュの剣を持つ手が緩まっていった。


「遅いぞ、ラウル……すまなかったエステル」



 レーシュの目に光が戻っていた。前の彼に戻っており、彼からゆっくりと私を抱きしめてくれた。


「よかった……戻ってくれて……」



 周りでも同じように意識が戻った者達が椅子の上が騒がしくなりだした。


「私達は一体どうして……」

「そうだ邪竜が――うわぁあ!」

「ま、魔力が……とられていく……」


 現実に戻された者達は一気に大混乱を起こす。

 正気を取り戻したとしても、まだ危機を脱出したわけではない。

 邪竜を倒さねばならぬが、私は力を失ったままだった。

 私は慌ててレーシュに頼った。


「どうしよう! 私も加護がなくなって力が出せないの!」


 どうしてウィリアム達はこれまでと変わらない動きができているのだろう。私も力が戻ったのかと思ったが、そんなことはなく、全く力が出ない状況のままだった。

 しかしレーシュは落ち着いていた。


「ああ、俺に良い考えがある。もう少し待て」



 そんな悠長にしている場合では無いが、彼がそう言うのなら待つべきだろう。

 ウィリアムはレイラ相手に押していた。

 レイラが何も無い空間から剣を放出しても、その拳で簡単にはじき返していた。



「前会ったときとは比べものにならないわね。あっちの世界で良い鍛錬場があったのかしら?」

「あん? あっちの海を制覇しただけだ! 所詮、まやかしだったぜ! こっちの世界の海はもっと広いぞぉぉお!」



 ウィリアムの拳が剣ごとレイラを殴り飛ばした。

 レイラは軽い舌打ちをして、手を地面につけて綺麗に着地した。


「エステルちゃんの次に私が強いと思っていたけど、今では貴方の方が上かもね」

「俺様をてめえみたいな女の物差しで測るんじゃねえ」


 レイラは「それもそうね」と素直に認めた。


「まさかあちらの世界がこんな弊害を生むとは思わなかったわ。貴方の加護は荒波を乗り越えるごとに強くなる。まさに海賊王に相応しいわ。だけどね……」


 レイラの雰囲気が変わった。武器を持たずにウィリアムと格闘をしようとしていた。


「舐めているなら、そのままくたばれえええ!」


 ウィリアムは走りだしてレイラへ拳を振るう。

 だがレイラはその攻撃をギリギリで避けて、ウィリアムの懐へ入り、手をウィリアムの腹に向ける。


「一騎当千、突き」


 レイラの手から剣が現れ、ウィリアムの腹を貫こうとした。


「ぐっ!?」


 ウィリアムの体は鋼鉄のように硬いがそれでもダメージは受けている。

 ウィリアムは腕を振り回して、レイラを追い払おうとしたが、肘を右手のてのひらで止めて、さらにまた腹に手を当てる。


「一騎当千、突き」


 ウィリアムはその攻撃の支点を見抜かれて、満足な力を出せない。

 何度もその攻撃を食らい続けて、とうとう地面へ膝を突く。

 レイラはウィリアムを見下ろした。


「貴方の動きは全部読めるわ。たとえ私より強くとも、私にはこの頭がある。癖が丸見えよ」

「くそっ……ただの小娘じゃねえな……」

「ふふ、ここが海の上なら変わってたかもしれないわね」



 このままではウィリアムも倒されてしまう。

 私は応援に行こうとしたが、すでに水から解放されたカサンドラがピエトロと供に私達の前に立ち塞がった。



「残念だが、エステル。お前達はここで待っててもらおう」

「そうだ、そうだ! あの生意気半裸野郎の首が飛ぶまで倒れていろ!」



 今の私ではこの二人の相手も厳しい。だがラウルが私の横に立ってくれた。


「私もお相手しよう。エステルさん、無理はなさらずにもうすぐこちらの反撃の時ですから」

「ラウル様も……一体これから何が起きるというのですか?」



 レーシュもラウルもこれから何か起きることを確信していた。

 そしてそれはすぐに分かった。


「ぐおおおおおおおおお!」



 空に浮かぶ邪竜フォルネウスの突然の叫び声に耳を手で覆う。

 あまりの絶叫に耳を塞がないとおかしくなりそうだった。

 邪竜に集まっていた魔力の光が突然動きを止めて、それが逆流するようにみんなへ帰って行く。

 するとレーシュは声を弾ませた。


「効いたようだな。餌に毒が入っていたら吐き出さないとな」


 邪竜の体が少しずつ小さくなっていく。それでもまだまだ大きいが、確実に弱体化しているようだった。さらには黒いもやがどんどん薄れていき、身動きが取れなくなっていた者達も動けるようになった。

 レーシュは、少しほっとした様子だった。


「ラウルに座標を伝えて、魔方陣でパスを作った後に神の涙を拡散させたが、ようやく効き出したか」


 レーシュとラウルはお互いに頷き合っており、いつの間にそんなことをしていたのだ。

 まるでこのことを知っていたかのような動きに驚く。

 教王も叫び出していた。


「どうなっておる! 王国の貴族達を逃すな!」



 教王に味方している神官達が一斉に攻撃しようとする。

 それよりも早く王国の貴族達の一部も動き出していた。

 レイラの弟であるシルヴェストルが真っ先に声を上げたからだ。


「アビ・ローゼンブルクが告げる! 戦える者は剣を取れ! 戦えぬ者達は海賊王の船まで逃げろ! 撤退する! ナビ・コランダム、そなたらは騎士達と連携して撤退の殿を務めよ!」

「かしこまりました!」


 シルヴェストルの命令にコランダムも快く承諾した。他の領主達も同じように海へと逃げようとしていた。貴族と神官の戦いが勃発した。


 空で苦しんでいる邪竜の眼がこちらを睨んでいた。


「おのれ! 贄のくせに我の食事を邪魔をするか!」


 邪竜は息を大きく吸い込んだ。


「神の炎に灼かれて死ね!」



 邪竜は口から灼熱のブレスを吐き出した。レーシュの足では避けられない。

 それならば私が盾になろう。


「第二の型、(なずな)!」


 私はレーシュの前に立って、邪竜のブレスを斬った。そして斬撃がブレスを斬った後も邪竜へと向かっていく。


「我の炎を斬っただと……」


 邪竜は前足で私の斬撃を止めたが、そこから血が流れていた。


「スプンタマンユの意志……まだ我に刃向かうか」



 邪竜は私へ殺気のこもった目を向ける。ようやく私を敵として認識してくれたのだ。

 手を何度か握って調子を確かめる。


「よし! 力が戻った!」


 私は手に持っている剣を邪竜とレイラへ向けた。


「私は最後まで諦めないわよ! レイラ、貴女にも説教が必要のようね!」


 レイラの目的はまだわからない。それでもこの状況を起こしたレイラにはしっかり叱らないといけない。

 それがおそらくは私のやるべきことだろう。

 レイラは私を悲しそうな顔で見つめてくる。



「残念だけど、それは叶わないわ」



 空が光り、目が一瞬だけ眩んだ。

 するとレイラの身に空から雷が落ちるのが見えた。


「レイラぁああ!」


 今のは神の雷だ。雷を放ったのは邪竜であるため、私は許さないと怒りが込み上がってきた。しかしいつの間にか邪竜が姿を消していた。

 あれほど大きな巨体がどこへいったというのだ。


「贄どもが夢を持つな」


 レイラの声が聞こえた。レイラの中心に砂ぼこりがたっており、それが急に吹き飛ばされた。

 レイラの体は無事で特に外傷はない。

 だがその姿からは禍々しい力の波動を感じた。

 まさに先ほどの邪竜のように。

 レイラの口からおぞましい声が出る。


「我の名前はフォルネウス。天、地、海、全てを統べる者なり」


 レイラの体を邪竜が乗っ取ったのだ。

 私は邪竜を倒すために、レイラを斬らないといけないのか。

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