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側仕えと脱出の時 レーシュ視点

 玄関からまっすぐ進むと、奥の部屋に親父の部屋はある。

 何度か俺も入ったこともあり、魔法学については隠し部屋の中で教えてくれた。

 勉強くらいなら自室ですればいいのだが、それが出来ない理由があった。

 外に洩れてはいけない研究があったからだ。

 部屋に入ると書斎になっており、その隣の部屋が親父の個室だ。



「少々お待ちください」


 俺はみんなを待たせ、書斎の本棚の本をずらして、魔方陣を見つけた。


「ラウル、この魔方陣に魔力を通してくれ」

「承知した!」


 俺は魔力を失っているので魔方陣を起動できない。

 ラウルが魔方陣に触れると光り輝き、本棚が勝手に動いた。

 すると先まで棚があった場所が空いてくぼみが見え、そこには小さな玉が腰の高さの位置で配置された。

 俺は指を切って血を出し、その玉に血を当てると、床に階段が現れた。

 俺たちは地下へ下りていく。


 リシャールは手をあごにやってにやにやしていた。


「ふむ……隠し部屋か。今は懐かしいものだな。昔は隠れて女達を招いていたがそれも昔だ」



 隠し部屋の使い方は人それぞれであり、俺や親父は何かを隠すために使ったり、リシャールのように女遊びで使っている者もいる。


 ラウルは少し顔色を変え、聞くに堪えないと首を振った。

 フェニルは俺へと耳打ちをした。


「ラウル様ってお姉ちゃんがよくナンパするって言ってましたが、隠し部屋をそのように使わないのですか?」

「神国では隠し部屋の意味が少し違うからな。主に己を律する必要があるときに使うんだ。たとえば断食をする間とかな」

「わざと食事を抜くのですか!?」


 フェニルはあまりぴんと来ていない様子だ。

 農村では食べられるときに食べ、空腹をどうやって凌ぐかを考えるはずだ。

 ラウルも最後の部分は聞こえていたようで、気前よく話し出す。


「さよう。我々は貴族とはいえ神に仕えるのですから、自分だけ幸福であってはなりません。時には自分が貴族であることを忘れ、民の一人であることを思い出すために隠し部屋を使います」



 隠し部屋なら自分が許可した者以外は基本的に入れないので、禁欲にはぴったりの場所だろう。

 ただしそれはまじめな神官だけだがな。

 王国の文化もあちらに混じって、リシャールと同じような使い方をしている者達もいるはずだ。

 リシャールも混じってくる。


「禁欲なんぞ百害あって一利なし。我慢ばかりなんぞ人生とはいえないだろ」


 その言葉にラウルは眉をひそめた。


「お言葉ですが、欲を正しく制御することで今の生活に満足を得るのです」



 二人の意見は真っ向から対立する。少しだけ空気が悪くなるが、フェニルは何やら考え込んでいた。


「一体どちらの言うことが正しいんだろう。どちらとも一理ありますし……」



 ヴァイオレットはつまらなそうに口を尖らせる。


「フェー難しい顔してるよ」

「禁欲なんてこれまで考えたことなかったからね。ヴィーも何か我慢してたりしてる?」

「うん。フェーが育つのを待ってる」


 ぺろっとヴァイオレットは舌なめずりをする。

 それが何を意味するのか、フェニルも理解したようで、慌てて彼女の口を塞いだ。

 するとリシャールは笑い出す。


「ははは、最強の暗殺者を落とすとは大したものではないか。俺が王になった暁には其方にも隠し部屋を贈ってやろう」


 フェニルは顔を赤くして「いりません!」と断った。ちょうど階段も下りたところで部屋にたどり着いた。俺は何年か振りにこの部屋に入り、気合いを入れ直す。


「どちらにしてもここを出てからの話だ」



 部屋は大部屋が一つだけあり、屋敷の壁を取っ払った時の広さと一致する。

 いたるところに研究途中の魔方陣が壁や床に書かれており、魔法に関する高価な本もいくつも本棚に並んでいた。

 研究道具一式も整っており、素材を混ぜる大釜もあった。

 ラウルも想像を超えていたようで感心していた。


「個人で使うにはかなりお金を使っておりますね」


 今思うと俺もそう思う。どこかにパトロンがいたのだろうか。

 するとリシャールが胸を張った。


「モルドレッドは王国の魔道学の基礎を作ってくれたからな。あまり公にしてなかったが、私もいくらかお金をこそっと贈って研究に力を注いでもらっておった。師としても尊敬していたからな」


 何気なく言った言葉に俺は思わず聞き返した。


「親父がリシャール殿下に教えていたのですか?」

「知らなかったのか? 魔法の家庭教師はそなたの父親だ。なかなか有意義な話を聞かせてくれたおかげで、私も魔法学は得意だ」



 親父がどうやってリシャールを味方に付けたのか、また王国が邪竜と繋がっているのを見つけることができたのかをやっと理解した。



「私から見ても其方の父親は天才だ。だが師からも見ても其方は別格だと言っていた。私も期待しているぞ」


 父から多くの魔法の知識を教えてもらった。

 その知識がやっと役に立つ時が来たのだ。


「ではさっそくですがやりましょう。時間もないですので、俺が指示するやり方に従ってください」


 今から魔方陣の研究と実験を効率よくやらないといけない。

 ヴァイオレットとフェニルには近くの森で材料の採取と村での買い物をお願いした。

 俺は書かれている魔方陣を見て、親父の研究内容を拝読する。

 どれもが神に関することだと分かった。


「何か有益な物はありましたか?」


 ラウルはいくつかの本や実験器具の配置を終えてこちらへやってきた。

 俺は首を振って答える。


「どれも研究途中だ。完成する前に死んでしまったのだろう」

「そうですか……」

「だがこの魔方陣の構造で大方の予想は出来る。あとは少し継ぎ足せば完成だ」


 俺はラウルから魔方陣を書くために大きな筆をもらう。

 赤いペンキを付けて、壁の魔方陣へ続きを書いていく。


「ラウル、この魔方陣に魔力を通してくれ」

「承った!」


 ラウルは魔方陣へ手を置いて魔力を通す。

 淡く光ったのを確認してから、俺はいくつかの薬草を煎じて、コップに注いだお湯で溶かした。

 するとリシャールが慌てだした。


「おい、モルドレッド! その調合は猛毒だろう! 飲むつもりではないだろうな!」


 ラウルもこちらへ振り返った。俺は二人が見ている中で、猛毒をあおった。

 するとリシャールが俺の襟を掴んで何度も揺さぶる。


「自決は許さん! なんのために仲間が――」

「お、落ち着いてください! 俺は無事ですから!」

「無事なわけあるか! 毒だぞ!」

「加護で中和していますから!」



 リシャールは不思議そうな顔をする。やっと離してくれたので説明をする。


「これは加護の拡張です。魔方陣を通して、対象者の加護を広げることができるのです。今回はラウルの”聖者の盾”を私まで対象にしてみました」



 説明が終わると、リシャールは「それを先に言え、馬鹿者」とため息を吐かれた。


「これがあれば現実世界に戻っても、邪竜の洗脳から抜け出せると思います」


 ラウルだけは最後まで意識を保つことができたのは、加護の力によるもので間違いない。

 しかしラウルはあまり喜ばしくはなさそうだった。


「しかしあの黒いもやは私達の動きを完全に止めていました。私の加護だけでは足りないのではありませんか?」


 俺は頷くと同時にもう一つ方法を伝える。



「たしかにラウルの加護だけでは足りない。だが運が良いことにな。俺の近くにそれを無効化できるモノが落ちてきた。”神の涙”がな」


 最高神の流した涙がエステルを動けるようにしてくれた。

 その力をもし拡散できれば、それだけで俺たちはまた動けるはずだ。


「なるほど。ではこれでいつ戻っても戦えそうですね」


 ラウルの意見に「俺はまだ早い」と別の壁に書いてある魔方陣を見せた。


「この魔方陣が完成しなければ戻ったところで俺たちに勝利はない」


 ひときわ大きな魔方陣だ。半分も完成していないが、あとは俺が研究を終わらせればいい。


「この魔方陣はおそらく親父の一か八かの方法だったはずです。もし使えば一気に国中を混乱させるほどの効果があります」

「ほう……ちなみにどんなものだ?」



 リシャールは少しわくわくした顔をする。だがこれは国を壊す力があった。


「神へ贈る魔力に毒を盛る作用です」


 俺の話を聞いた二人は苦い顔をした。神に毒を与えようとするなんぞ考えることすらしない。

 だからこそ親父の発想はあまりにも狂人じみていた。


「これがあればあの黒いもやから奪われる魔力のおかげで邪竜が弱体化できるはずです」



 だがこれはあくまでの最初の段階。邪竜の力が弱まっても今のままでは勝てないだろう。

 そうなると賭けではあるが、いくつかプランを用意しておかねばならない。



「レーシュ様! ただいま帰りました!」


 フェニルとヴァイオレットが戻ってきた。

 二人はかごを床に置いたので、中身を俺が確認した。まだ少しの時間しか経っていないのに、頼んでいた素材は全て集めてくれたようだった。


「よし十分だ。これでいくつかは魔道具も作れるはずだ。あまり効果が良いのは魔物の素材が無いと無理だが――」


 するとヴァイオレットが他にも大量に何かが入った袋をどこからか持ってきた。


「道中で高値になる魔物を狩っておいたからあげる」


 俺はその袋の中を見ると、竜のうろこや魔物の皮と骨が入っていた。

 どれもが金貨数枚は必要なモノばかり。


「これがあれば確かにいい魔道具を作れそうだ」


 あちらの世界へ持って帰れないため、この世界から出たときに少しでも助けになるようしなければならない。


「では俺が設計書を作るので、魔力のある二人が作ってください。その間に材料は調合しやすいように準備をお願いします」



 俺はみんなに仕事を振って、まずは魔道具の設計書を仕上げた。

 それをラウルへ渡してさっそく調合に取りかかってもらう。

 その間に俺はここから脱出する方法を探る。

 いくつかの魔方陣を見ながら、研究内容を魔方陣を通して調べていった。


「加護は成長すると世界を作り出す。その世界は神の住む場所であり、一騎当千の加護もまた同じ。加護を抜け出すには、加護の試練を乗り越えるか、もしくは世界を構成する魔方陣の仕組みを変えて壊すしかない」



 おそらくは至る所にある俺にしか見えない謎の魔方陣のことだろう。

 魔方陣の無効化は難しくはないが、全ての魔方陣をとなると話は変わってくる。

 魔力も大量に必要だし、さらに近くの魔方陣へ連鎖的に影響を及ぼさなければならないのだ。


「流石に今ある魔力だけでそれは難しいな。わざわざ全員を戻す必要も無い」



 冷たいかもしれないが、役に立たない人間のために頭を悩ますのは馬鹿らしい。

 あちらへ戻ってからラウルの加護を広げて、正気に戻させた方がまだ現実的だ。


「ならやはり最初のラウルの加護を使って、神への繋がりを辿るやり方しかないか……」


 ラウルと最高神がまだ繋がってくれているのなら、その隙間を壊して俺たちだけ脱出は難しくはない。


 俺は床へ魔方陣を書き始めた。

 仮眠を取りながらどうにか準備が進んだ。

 俺は最後の構築式を魔方陣に書いていると、急に地面が揺れ始めた。


「なんだ?」


 どうして地下なのに揺れるのか不思議に思ったが、俺だけが見える魔方陣が揺らぎだしていた。

 リシャールは不思議そうな顔をする。



「普通の地震にしては長いな」

「これはただの地震ではありませんね。もしかすると邪竜がこちらへ妨害をしようとしているのかもしれません」

「なんだと? おい、まだあちらへ帰る手はずは整っていないのか!」


 リシャールは慌てだして俺の肩を揺らすが、ちょうど俺も書き終えたところだ。


「もう出来ましたよ。あとは戻るだけです」



 リシャールは安心したように息をほっと吐く。

 俺はラウルへ目を向けた。


「ラウル、まずはお前が全ての要だ。戻ったらすぐにこっちへ来い」

「其方へ言われるまでもない」



 これであちらへ戻れるはずだ。しかし何か見落としをしている気がする。時間もなかったので細かな確認ができていない。

 しかし時間もわずかしかないので、調べることもできない。

 俺なら大丈夫だと信じるしかなかった。


 俺たちは魔方陣の中へ入る。リシャールは聖杯を持ち上げると、聖杯の中から光の粒子が俺たちを包み込み始めた。

 すると魔方陣も光り輝いた。


 どんどん俺たちの周りの風景が薄れ始めていき、気付けば黒い空間に浮いていた。

 その先には光の糸があり、俺はそれに従って進んだ。

 だが急に俺の足は引っ張られた。


「んぐっ!」


 見えない黒いもやが俺を掴んでいる。他のみんなも同じように身動きが取れなかった。

 この世界は俺たちを脱出させる気がないようだった。


「くそ神め! 女々しいやつだ!」


 威勢だけでも吠えてみたが、このままであちらの世界へ引き戻される。

 しかし急にその黒いもやは俺たちから離れていった。リシャールは大声で叫んだ。


「よく分からんが急ぐぞ!」


 俺たちはまた捕まらないように走って行く。

 その時、ふと誰かに呼ばれた気がした。


 ――息子よ、まだまだ詰めが甘いところは抜けていないな。


 後ろを振り向いたが誰も居ない。


「レーシュ様! 急がないと光が薄れています!」


 フェニルが俺を呼ぶ。感傷は終わってからだ。

 おそらくはこの地下室自体が神への妨害を減らす細工をしていたのだろう。


「ああ、行こう」


 俺たちは現実の世界へと戻っていく。

 最後の戦いへ。


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