表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
156/166

側仕えと託されし者たち レーシュ視点

 親父の過去の話が終わり、俺は耳に当てていた貝殻の魔道具を外した。

 レイラが俺に目を掛けてくれたのは、俺への信頼だったのか、それとも親父から託されたからなのか。


「気に食わん」



 俺は手に持っている貝殻を握りつぶしてしまいたいほどの怒りに駆られた。

 これまでレイラによって助けられたことは何度もあった。

 しかし全て彼女の手のひらで踊らされていたことに自分のふがいなさで苛立ってきた。

 今まで自分の力で解決してきたのに、まるでレイラの力がなければ達成できなかったといわんばかりだ。


 俺は自室を出て廊下を来た道を引き返す。


「邪竜の力はエステルですら凌駕する。いくら剣を磨いてもその切っ先が届くことはない……」


 邪竜の力はまさに神に相応しいものだろう。

 エステルが一撃も与えることができずに一方的にやられたのだから、人間で敵う者はいない。



「ならやるべきは邪竜の弱体化……」



 このままただ現実世界に戻ったとしてもおそらくは負け戦になるだけだ。

 しかし時間を使いすぎてしまうと、現実とこの世界の境が消え去り、俺たちは傀儡として操られてしまうだろう。


 考えている間に先ほどの客間まで到着すると、執事が待っててくれて、ドアを開けてくれた。

 俺は客間に入ると、ちょうどあちらも話が終わっているようだった。

 リシャールは「まちくたびれたぞ」と紅茶を飲んでいた。


「申し訳ございません。どのようなお話をされたのですか?」

「私達が隠れている間の現実世界の話だ。剣聖と呼ばれる女は実に興味深い。聖霊すら切り捨てるとは神を畏れぬ所業。これは痛快だ!」



 リシャールは心の底から笑いだす。そして思いっきり笑った後は俺へ目を向けた。


「それで其方の親からどういう話があったのだ?」



 リシャールから聞かれた時に俺はドキッとした。

 親父は内乱が失敗することを分かっていたのだ。

 それを知ったリシャールは絶望のあまり何をしでかすか分からない。

 なるべくぼかして伝えるべきかもしれない。

 しかしリシャールは俺の心を読んでいるようで先に話を切り出した。


「言っておくが、其方の父親に内乱を提案したのは私だ」

「なんですって!?」


 てっきり親父が勝手に巻き込んだと思っていた。

 そうなると内乱も失敗することは織り込み済みだったのだろうか。

 俺はみんなに親父から聞いたことを伝える。

 リシャールは飲んだ紅茶をテーブルに置いて腕を組む。


「あの戦いで私が王の座を奪って、神に頼らない国を作ろうとしたんだ。だが甘かったよ。神国に密告して共同戦線を張ろうとしたが、なかなか神国も動いてくれない。お前達の話を聞けば教王もあちら側に付いていたらしいではないか」



 式典で教王は邪竜側に与していた。

 かなり前からあちらも暗躍していたに違いない。

 リシャールは忌々しそうに舌打ちをした。


「どうにか神使様を説得して、こちらへ連れてこようとしたんだ。なのにこちらへ来航するタイミングで海に聖霊が誕生した。最高神の力を持っているはずの神使様がこちらに付けば負けるはずがないと思っていたんだがな。レヴィエタンによって殺されてしまい、結局は最高神への信仰心を減らすだけになったよ」



 レティスの前の神使の訃報は突然知らされた。

 幼くして神使に選ばれたレティスへの支持は少なく、信頼を得るのにかなり時間が掛かったと聞く。

 その間に教王は神国を掌握していったのだろう。


「だがこのまま邪竜に国を明け渡すなんぞしたくなかった。お前の父親から提案を受けたよ。レーシュ・モルドレッド、お前のために時間を稼いでみてはどうかとな。だからこそ内乱を起こして時間を稼いでやった」



 リシャールは俺へ厳しい目を向ける。その目は俺を試しているのだ。

 本当にその時の選択が間違いでは無かったのかを。


「そのために私は大義名分を持って配下をたくさん死なせた。そのたびにいつも考えたよ、お前に本当にその価値はあるのかと。これまでの功績を聞く限りではよく動いたと言えるだろう。だが邪竜を倒さねばどんな努力も無駄だ。其方に神を殺す覚悟はあるか?」



 リシャールの目から殺意が溢れ、身体が硬直した。

 首元に剣が添えられているようだった。

 しかし俺に退く理由はない。たとえ誰かの策略の中で踊らされていたとしても、俺は今を勝ち取ったのだ。

 これまでの軌跡が俺を作り上げた。

 俺はまっすぐとリシャールへ見返した。


「私がやらねば誰に出来ると言うのですか。あの女狐にもいいかげん一泡食らわせないと俺の気が済まないのですよ」


 あれだけ尽くしたレイラへの怒りもあった。エステルを裏切って結局は邪竜へ付くのなら、そっちの道は間違っていたと突きつけてやらねば腹の虫も治まらない。

 リシャールは俺の言葉を聞いて笑い出した。


「くくく、神よりも女を意識するか。面白い、いいだろう」


 リシャールは殺意を引っ込め、そして指を二本出す。


「どうせお前達に残された時間もあと二日が限度だ。そうなれば邪竜のこの世界に完全に溶け込む。それまでに突破口を見つけ出せ。そのための協力は惜しまん。命をかけて手伝ってやる」


 なんだか引っかかる物言いだ。

 しかしリシャールの魔力はこの国でもトップクラスだ。

 ラウルの力も借りられるのなら、何か打つ手もあるかもしれない。

 しかしまずはこの世界から出るために魔力が大量に必要になる。

 その魔力は個人で持つ量では到底足りない。

 だが足踏みはしていられないので、この二日で代替案を見つけなければならない。


「ではまずは親父の隠し部屋に向かいましょう。そこは昔から親父が研究するために使っていましたから、多くの世に出ていない魔法の真理があるはずです」


 リシャールも賛成だと立ち上がる。

 俺たちは部屋を出た。


「ではさっそく――うわっ!?」


 俺は思わず声を出してしまった。

 この屋敷に住んでいる使用人達が部屋の前に集まっていたのだ。

 五十人ほどいる使用人たちに思わず驚いたが、使用人達の前に置かれた、二人ほど入りそうなほど大きな聖杯に目がいく。

 リシャールはあらかじめ知っていたようで前に出た。


「皆の者。これまでご苦労であった。よくぞ私に付いてきて、希望を捨てずに生き残ってくれた。もしこの中で魔力だけの存在にならずにまだ生き延びたい者がいるのなら言ってくれ。私はとがめるつもりはない」


 俺は思わずリシャールを見て、そして集まっている使用人たちへ目を向けた。

 リシャールは全員を生贄に捧げるというのか。


「どういうことですか!」


 リシャールへ言葉の真意を聞いたが、リシャールは「黙れ」と俺の言葉を遮った。

 そして俺を無視して使用人達へ語り出す。


「誰も逃げないか。よくぞ決断した。其方らの魔力を使い、次こそは必ず勝利を約束しよう」



 リシャールは祝詞を唱え出すと、使用人達は全員光の粒子になっていく。

 人の身体は一部だけ魔力で出来ている。

 もしその身を魔力へ変えれば、平民といえどもかなりの魔力が手に入るが、人道的ではないためその方法が取られることは無い。

 邪竜教はこれまでその性質を利用して、たびたび邪竜へ平民を生贄にして魔力を捧げていたと聞く。

 もし貴族がその身を全て魔力になったら、どれほどの魔力になるというのだ。


 先ほど俺を案内した執事は穏やかな目で俺を見た。


「これでやっと死ねます……あとは頼みました」



 そして全員の身体が消え去り、全ての粒子が聖杯の中に入っていく。


「皆の忠義に感謝する」


 リシャールは少し寂しそうな顔をしたが、すぐにそれを消し去り王の顔に戻った。


「この世界が神の世界なら魔法で突破できるはずだ。好きに使え。世界を救うためならこの者達も救われるだろう。これで魔力集めの手間は省いてやった。これを無駄にしてみろ。其方もこの中へ放り込んでやる」


 リシャールは聖杯を担ぐ。中身をこぼさないように大事そうに。

 俺は内乱のせいでかなり後ろ指を指された。

 しかし彼らは当事者であり、その非難は俺の比では無かったのではないだろうか。

 死こそが救いだと何度も考えた。

 だけど俺は運良く生き残ったのだ。

 俺は必ずあちらの世界へ帰らねばならない。

 廊下を進みながら、俺は託された者という責任を深く強く心に刻むのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ