側仕えと亡霊 レーシュ視点
記憶が戻った俺は、邪竜が作ったこの世界から脱出するための方法を探していた。
そのためにまずは俺へ加護を渡した男へ会いに行かねばならない。
もしかするとこの世界から脱出する方法を知っているかもしれないからだ。
ラウルの他に、フェニルとヴァイオレットも連れてモルドレッド邸があった場所へと馬車で向かう。
「まさかお姉ちゃんのことを忘れてしまうなんて……」
フェニルも記憶を取り戻し、手で顔を覆って自分のふがいなさを呪っていた。
繋がりが深い家族すら忘れさせる神の力への恐怖もまたあるようだった。
ラウルはフェニルへ慰めの言葉を伝える。
「フェニル君、あまりお気になさらない方がいいですよ。神は我々の想像を超える力を持っています。あれほど惚気るモルドレッドすら最初は見捨てようとしていたのですから」
「うるさい」
ラウルが俺をだしにしてフェニルを慰めるので一発殴ってやろうかと思った。
前の俺のことはもう考えたくもない。
「フェニル、その悔しさはこの世界を出るまで取っておけ。エステルは必ず助け出す」
「はい。お願いします」
フェニルの気分も回復してきたころには、もうすでにコランダム領に吸収された旧モルドレッド領へたどり着いた。
渓谷を抜けると、草原が広がっていた。
「久々に来たな……俺の故郷に」
俺の親父が内乱を起こしたため、この土地は奪われた。
ほとんどの財産も奪われ、魔道具すら俺の手元には残らず、余っていた衣服を売ってどうにかお金を工面したのはもう懐かしい話だ。
土地の魔力を奪っていたベヒーモスが死んだおかげで、失った緑が少しずつ戻ろうとしているところだった。
この土地では農作物が豊富に取れ、さらには上質な絹が取れる場所もあり、土地が小さいながらも不自由の無い生活だった。
一度近くの農村へと向かいモルドレッド邸の様子を聞き込みをする。
「あそこのお貴族様ですか? さあ……てっきり前住んでいたお貴族様が帰ってきたのかと思えば、ずっと屋敷に引っ込まれておりますし、他のお貴族様が調査に来ましたが、何も無かったと怒りながら帰って行くしで、もう不気味で誰も近づきませんよ」
村人達の話はほとんどそのようなもので、情報としては、誰かが住んでいるが領民とは関わらず、貴族が調査に来ても上手く躱しているようだ。
「やはり直接行くしかないか」
何のために俺の家に居候しているのだろう。俺の加護を持っていたのなら、もしかすると親父の知り合いかもしれない。
俺たちは丘の頂上に向かい、上から展望してみた。
モルドレッド邸があった場所を一望できる場所だ。
しかし俺の目には、そこは更地になっていた。
「何もないぞ?」
俺以外にもフェニルとヴァイオレットもまた見えていない。
しかし一人だけ別の反応をした。
「皆様には見えていないようですね。立派なお屋敷がありますよ」
「なんだと!?」
ラウルだけ見えているらしく、どのような仕組みか分からなかった。
俺の目でも魔方陣は見えず、結界を張っている様子もないため、魔法で隠蔽しているわけでもなさそうだった。
「ん? 誰か来る」
ヴァイオレットが猫耳をぴくぴくしながら後ろを振り返った。
するとしばらくして、馬に乗った黒いフードの男がやってきた。
それは前に襲撃した男だった。
「ようやく来たか。待ちくたびれたぞ」
馬の上から偉そうな態度を取る。
色々と聞きたいことがあった。
「あそこに屋敷が見えますが、皆様に見えないのは加護の力ですか?」
ラウルが質問すると、謎の男はヒュッと口笛を吹いた。
「ほう、貴殿には通じないのか。いかにも、あれこそが私の加護、蹶起変幻。私の存在そのものが加護に昇華されたようでな」
謎の男は馬から降り、フードから顔を出す。髪の毛は金髪で、透き通るような青い目をしていた。そしてその顔は驚かせるには十分だった。
「ドルヴィ・メギリスト……」
その顔は先の戦いで命を落としたはずの前国王だ。レイラに王位を譲って死んだはず。
だが前に会ったときよりも、少しだけ歳を重ねている気がした。
謎の男は腰に手を当てて偉そうにする。
「私は弟では無い。お前の父、モルドレッドと供に国を救おうとした、元第二王子リシャール・メギリストだ」
――馬鹿な、第二王子は公開処刑にされたはず!?
俺の記憶が正しければ、俺の親父と供に前の国王によって処刑された。
その現場を見る前に俺は父の罪で牢屋へ入れられていたため実際に見たわけでは無い。
だが多くの観衆がいたのにどうやってそれを欺いたというのだ。
本物かどうか確証が持てない。
「もし仮に貴方様がリシャール殿下というのなら、なぜこのような場所におられる。誰が貴方を助け出したのですか?」
俺の質問に、リシャールは首を竦めた。
「知らぬ。私が先に聞きたいくらいだ。気付けば現実に似たこの世界へ連れてこられていたのだからな。七年前の革命の日からずいぶん経ってしまったよ」
となるとこの男は俺たちよりも前にこの世界へ送られていたのだ。
そうなるとリシャールの体はどうなっているのだ。
まだ現実世界に体があるのなら、邪竜教の信徒になっているかもしれない。
まだ警戒を解くわけにいかず、俺はどう交渉をしようか考えていると、ラウルが前に出た。
「失敬、私の名前はラウル。神国の神官であります。お話をさせていただきたい」
ラウルが前に出たのは、おそらく俺を守る意味合いもあってだろう。
「貴殿がラウル殿か。噂は良く聞いている。私とよく比較されていたから初めての気がしないな」
「私とリシャール王太子殿下を比較?」
何のことだとラウルへ目を向けたが知らないと首を振られた。
リシャールは昔を思い出しているようで、楽しそうな顔をする。
「私は市井の世界に興味があってな。よくコロシアムに遊びに行って、実力試しをしていたんだ。気付けば剣帝とまで呼ばれるようになっていた」
「剣帝だと? おい、お前の話と違うぞ」
ラウルは剣帝はレイラだと言っていた。それなのにどうしてもう一人いるのだ。
だがそれは簡単に答えが分かった。
「それは決まっておろう。私をこの世界に閉じ込めて私の名前を勝手に使ったのだ。あやつは姿を変化できる奇怪な魔道具を持っていたからな」
俺はその魔道具に心当たりがあった。貴族院時代にレイラからどうしても作って欲しいと言われ、俺が発明した道具の一つで、何日も徹夜をして完成させた。
そうなるとレイラは、本人が素顔を出していないことをいいことに鎧姿に化けて成り代わっていたのだ。
レイラはいつからこんな気の遠くなる仕掛けをしているのだ。
未だに彼女の考えていることの奥底が見えない。
貴族院時代に彼女に言われた言葉を思い出す。
彼女はたびたび、王のいない側近、という童話を引用する。
愚王のせいで側近は本来の力を使えず、自分で王を育てるという話だ。
そう、彼女はこう言っていた。
――私はね、王のいない側近は間違っていると思うのよ。
――それはどういう意味ですか?
――私は、王は自分の道を自分勝手に進むべきなのよ。そうでないと夢を語らなくなったらそこで進化は終わるわ。
――それは独裁者の道です。
――だから側近もそんな王を超える気概で別の夢の追いかけるの。そうすれば、誰も気付かなかった、新たな道がきっと見つかるわ。
たしかに彼女はこれまで誰かに頼ることはしなかった。
しかしたびたび俺たちへ試練は与えてくる。
あの女の考えだけは分からない。どうして最高神を殺そうとしたんだ。
「モルドレッド、何を呆けている」
考え事に没頭しているとラウルから肘で突かれた。
「リシャール殿下、俺を呼んだ理由は何ですか?」
「ふんっ、あの男の息子ならこの世界から脱出できる方法を見つけ出せるかと思っていてな」
どうやらリシャールも俺たちと同じく、元の世界に帰る方法は知らないようだ。
そうなると無駄骨だったかもしれない。
「俺たちも元の世界に帰る方法を探しています。殿下ならご存じかと思っていたのですが……」
「なら其方の父親が残した資料室を使え。其方への遺言もついでに聞いてやれ」
「親父の……遺言?」
リシャールは付いてこいと馬を走らせて、旧モルドレッド邸へと向かう。
一体、親父は俺に何を残したのだ。