側仕えと貴族の加護
俺はラウルの部屋に通されて、ソファーに座らせられた。
ラウルは紅茶を入れ、俺へと差し出したが、今は飲む気になれない。
ラウルも早く話を聞きたいらしく、少しそわそわしていた。
「しかし、どうやって記憶を取り戻したのですか?」
「それは後で伝える。まずは状況の整理からだ」
まずはお互いの認識を一致させなければならない。
ラウルも同意して、話を続ける。
「それでエステルさんがまだ無事とはどういうことなのですか? もしや幽閉されている……」
ラウルはその目で俺が剣を振る瞬間を見ていたと言っていた。
そうなれば本来エステルは死んだと思ってもしょうがないだろう。
しかし俺は一つの仮説を立てていた。
「考えてみろ。エステルが死んだのにわざわざ俺たちの記憶から消して意味があると思うか?」
ラウルはアゴに手を当てて悩み出す。
「俺たちの世界からエステルの痕跡を消すには膨大な魔力が必要だ。たとえ神といえどもそんな無駄なことに使うわけがない」
「ですが現にこのような状況になっているではありませんか……」
ラウルには俺が見えている魔方陣が見えていない。
だからこそ俺は気付くことが出来た。
「お前には見えないかもしれないが、この世界の至る所に魔方陣が書かれている。それも人間では思いつかない高度なモノだ。お前の腹にもあるぞ」
ラウルは自分のお腹を見たが、見えないせいか首を傾げた。
「どうやら貴方には私に見えていない何かがあるようですね」
「そうだ。今から書き写すぞ」
俺は紙に魔方陣を写してラウルへ見せると、目を凝らして解読しようとするが途中でそれを諦めた。
「全く分かりません。貴方にはこんな複雑な魔方陣が解けるのですか?」
「解ける。理由は分からないがな」
どうしてか俺は魔方陣を見ただけである程度の構造が分かるように突然なった。
もし適当な魔道具があれば、俺はその構造を真似して模造品を作ることだって可能であろう。
そこでラウルはハッとなる。
「もしや加護が宿ったのではないですか?」
「何を言っている。そんな都合良く……」
俺はふと最近起きたことを思い出す。
突然の襲撃者が言っていた、もうしばらく待て、というのはこれのことではないのか。
あの時に俺へ押し当てたのは、加護を保管する魔道具だったのではないか。
「何か思い当たることがあるのですね」
「ああ、実は――」
この前起きたことをかいつまんで説明した。
「返したという言葉をそのまま受け取るのなら、貴方は元々加護を持っていたのではないですか?」
俺の心臓がドクンと音を鳴らした。忘れていた記憶が浮上してくる気がした。
親父と王城へ行ったときに、俺は親父にあることを伝えた。
――お父様、この城にも神様がおられるのですか?
――どういうことだい? 神様は神国にしかおられないよ。
――でも、さっき部屋を間違えたときに魔方陣があったのです。竜神フォルネウスという特定の神様を呼ぶだめのものが。
俺はすぐに口を塞がれ、家に連れ戻された。
そしてその後に羊皮紙を押し当てられた。
その後から俺は魔方陣の構成が分からなくなったのだ。
「もしや俺があれを言ったから親父は……」
親父は俺の言ったこと調べ、そして内乱を起こしたのか。
そして俺から加護を奪い、その件に立ち入らせないようにしていたのではないだろうか。
後悔の念が出てきたが、今は懺悔をしている場合では無い。
「気分が悪そうですが大丈夫ですか?」
ラウルに気取られてしまい、俺は首を振って感情を隠した。
「問題ない。本題に戻そう」
俺は紙にペンを走らせる。
分かりやすく図で説明するため、人と竜をそれぞれ書いた。
「まず俺たちは邪竜によって記憶を書き換えられたわけではない。エステルがいないもう一つの世界を作って、俺たちを閉じ込めたんだ」
ラウルはあまりよく分からないと首を傾げた。
「世界をもう一つ作るとは、それこそ魔力がかなり必要なのではありませんか?」
ラウルの疑問はもっともだが、俺は別の意味で言っていた。
「もう一つの世界とは言ったが、ここはあくまでも俺たちの記憶を元に作っているに過ぎない。この魔方陣は俺たちに暗示を掛けているだけだ。邪竜があたかも元々俺たちの信仰の対象だったとな」
だからこそ魔法陣を無効にしたら俺への暗示は解けた。記憶も戻り、邪竜が敵だとまた気付けたのだ。
その過程で、俺たちの希望であったエステルが全員の記憶から無くなったのだ。
忌々しい神にはらわたが煮えくりかえりそうだ。
「なるほど。ですが、エステルさんが無事というのはどういうことですか? 貴方は途中から意識を失っていたはずです。あの時のことを覚えていらっしゃるのですか?」
ラウルの話では俺は操られてエステルへ剣を振るっていたらしい。
エステルの性格なら甘んじてそれを受ける。
だがこの世界には大きな矛盾が起きていた。
「ラウル、お前は加護を失っているか?」
「加護ですか? いいえ、まだ残っておりますが……」
ラウルは自分の加護を認識している。そして俺も今自分の加護らしき力を発揮していた。
「最高神が死ぬと加護が失われるのなら、俺たちは加護が使えないはずだ。お前は意識がはっきりしたのは、式典から数日後だと言っていたな。俺の記憶もそこから始まっている」
俺がそこまで言うとラウルもはっとなった。
「まさか……私達の体はまだあの日で時が止まっている……」
ラウルの答えに俺は頷いた。
「そうだ。おそらくお前は加護の力で半分はこちらへ、半分はあちらに意識を残している状態なはずだ。だからこそ、お前のその中途半端な意識の隙間を使って脱出する。そうすれば、エステルへ剣を振る少し前に戻れるはずだ」
この世界はあくまでも邪竜のしもべにするための魂の保管庫。
もしこのままこの世界に染まれば、俺たちはずっとこの世界に生き、体はあちらの世界で邪竜の傀儡になっていくだろう。
邪竜教に入ってから性格が変わる話は何度か聞いた。それは本人の元々の性格ではなく、俺たちのようにこの世界に閉じ込められたのではないだろうか。
なめたことをする。
俺たち人間を甘く見た代償は払ってもらおう。
「ですが、どうやってあちらへ戻るのですか? 私の知識ではあちらへ戻る算段がありません」
ラウルはこの世界で邪竜を倒そうと考え、そしてそれをすれば全てが解決すると思っていたのだ。
だがしかし、この世界には邪竜はいない。
しかし俺はもう一つの矛盾があることに気付いていた。
「さっき、俺の使いがやってきてな、ある調査をしてくれたんだ」
俺は一枚の紙を取り出して、ラウルへと見せた。
「燃やされたというモルドレッド邸が現在も残っているのを確認。使用人も何人か確認でき、誰か住んでいる……これは?」
「俺の家はずっと前に俺が燃やしている。それなのにこの世界にはある。俺たちの記憶から作り出しているのに、こんなあり得ないことがあると思うか?」
謎の襲撃者はモルドレッド邸に来いと言っていた。
あの襲撃者は俺の昔の家に勝手に居候しているのだ。
さらに俺の家が残っているということは、こいつはイレギュラーな存在になる。
おそらくはこいつはこの世界のことを元々知っているはずだ。
「何をするにも、まずは俺を襲ったやつから話を聞き出す。どうして俺の加護をこいつが持っていたのかも気になるしな。そのためにはこちらもある程度準備しなければ交渉にもならない」
相手はヴァイオレットでも倒せなかったほどの強者。もし敵だったら無駄に命を散らすことになる。
「いいでしょう。私が貴方の槍として護衛をしましょう」
ラウルの承諾も得られたので、俺たちは旧モルドレッド邸まで行くことになった。