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側仕えとモルドレッドの約束 レーシュ視点

 どうしてこんなことになっているのだ。

 ブリュンヒルデという美人騎士から食事の誘いが来たのだ。

 もちろん、美人に言い寄られたら俺だって嬉しい。

 しかし、少し前に彼女の兄トリスタンから彼女に手を出すなと言われており、俺もそんなことはあり得ないと、トリスタンを心の中で笑っていた。


 だがしかし――。


 乱入してきたトリスタンは血相変えていた、


「ブリュンヒルデ、お前は一体何を考えている! これまで結婚から逃げていたお前が恋をするのは嬉しく思うが、モルドレッドはだめだ!」


 トリスタンはまくし立ててブリュンヒルデへ叱る。

 俺はそれに腹は立てない。なぜなら貴族なら当たり前のことだからだ。

 俺は魔力を失っており、おそらくは魔力が引き継がれないと思われているからだろう。

 そうなればブリュンヒルデが子を産んだとしても、彼女からしか魔力を引き継がれないため、子供の魔力は中級から下級くらいになってしまうというのが一般的な理解だ。

 だからこそトリスタンは必死に止めるのだ。



「仮に結婚したとして、子供が生まれたら大変な目に遭うのはお前なんだぞ!」


 しかし実は俺の魔力は子供にしっかりと引き継ぐことはできる。

 あくまで俺の血液がもう魔力を作れないだけなので、その子孫にまで影響は受けないのだ。

 しかしそれをわざわざ言う必要はない。

 とっとと帰れ。

 ブリュンヒルデは、それなら大丈夫です、と切り返す。




「国王陛下が仰っていました。”あらっ、モルドレッドの魔力は問題なく引き継がれますわよ。彼の遺伝子の元は特に傷付いていないと検査結果が出てましたからね”と」



 余計なことを。いいや、この際なら運がいいと思おう。ベルグムントとは確執があったが、その理由も特に覚えていない。

 この機会に仲良くなるのは絶好のチャンスでは無いか。

 特にブリュンヒルデほどの美人なら俺だって嫁に迎えたい。

 トリスタンはショックを受けたかのように後退る。


「お前……どうしてそこまでモルドレッドを……」


 トリスタンはどうにか引き留めたいようだ。

 するとブリュンヒルデは少し顔を赤らめて俯く。


「わたくしも分からないのです。なんだかずっともやもやが続いてしまって……だからこそこの気持ちが何なのかを知りたいのです」


 手を胸に当てている彼女はまるで乙女のようだ。

 しかしどこか冷静な自分もいた。

 まず俺と彼女に接点がほとんどないのだ。

 なのにどうしてこんな都合の良い展開があるのだろうか。

 トリスタンも何か思うところがあるようでかなり悩んでいる。

 とうとう彼も折れた。



「食事まで許可を出すが、それには私も同席させてもらう。未婚の女性が二人っきりで会うなどと結婚を前提にしているようなものだ。お前はあくまでもベルグムントの娘。家に利益がなければ父上も納得しないだろう」

「お兄様……でもッ――」

「だからお前の気持ちを確かめてみろ。話はそれからだ」


 ブリュンヒルデは兄の手を取って理解してくれたことを喜んでいた。

 トリスタンがまさか妹にこんなに甘いとは知らなかった。

 普段は堅物な男だが、こんな一面もあるのかと。


「で、では私が食事の場所と時間の詳細を後日送らせて頂きます」


 エスコートは私からしなければならない。

 二人に納得してもらい、先にブリュンヒルデは帰ってもらった。

 残ったトリスタンは、俺の胸ぐらをまた掴んだ。


「いいか。私はまだ認めたわけではない。王の側近という地位から少しでも下がれば絶対に婚姻を認めないからな!」


 血走った目を向けられ、その剣幕に思わず唾を飲んだ。

 これは覚悟は決めねばならないようだ。


「わ、分かっております」

「それと、妹を泣かせることも許さん」



 トリスタンは手を離して、服を正した。

 彼もやっと帰ってくれて、自室へ戻った俺は椅子に座って深いため息を吐いた。


「はぁぁぁ、なんだというんだ……」


 変なことが起きすぎているため、俺はもう現実逃避をしたくなっていた。

 サリチルは紅茶を持ってきてくれた。


「前のレーシュ様が望んでいたことでしたのにあまり嬉しそうではありませんね」

「それはもう一年も前の話だ。確かに俺は大貴族の令嬢と恋に落ちたいと思っていたが、こんな修羅場を経験したいわけじゃない」


 しかしサリチルの言い分も分かる。

 ここでブリュンヒルデとの仲を深めて婚姻まで行けば、ベルクムントの後ろ盾ももらえるのだ。

 あの父親とこの際、仲直りする良い機会な気がする。それにベルクムントが味方になれば、俺もかなり動きやすくなるのだ。


「なんだけどな。どうしたんだ俺は……」


 どうしてか気持ちが乗らない。贅沢を言っていい立場ではないのに、どうしてこんなに不快感があるのだろう。

 サリチルは不思議そうな顔をしていた。

 ビューと窓から風が吹いてきて、寒さにぶるっと体が震えた。


「こんな寒い時期に、窓を開けては――」


 サリチルが俺の後ろの窓を見ると固まった。

 ふと誰かが後ろに居る気がした。


「時が来た。約束を果たしに来たぞ」


 俺は振り返ると、窓にフードを深く被った男が居た。普通とは違う雰囲気があった。声からして三十代であろうか。俺の知り合いの声では無い。


「誰だ、お前は? 暗殺者か?」


 俺の命を狙う暗殺者は昔はかなり居た。しかし今ではヴィーシャが側に居ることもあり、俺の安全は保証されていたため警戒をほとんどしていない。

 少しでも時間を稼いでヴァイオレットが来るのを待つしか無い。

 だが相手はそこらへんの盗人とは違った。

 一瞬で俺の目の前に現れ、目と鼻の先までやってきた。



「そんな悪党と一緒にするな」


 男の手が俺の髪を掴み、そして机の上に押しつける。


「ぐぬ……」


 痛いと言うこともできず、すごい力で押さえられた。


「レーシュ様を離しなさい!」



 サリチルが俺を助けようと動いたが、男が手をかざすと風が吹き出した。サリチルは風によって後ろの書棚に背中からぶつかって気絶してしまった。

 それは紛れもなく魔法だった。


「お、お前、貴族か?」

「残念ながら違う。大人しくしとけよ」


 男は懐をごそごそとして何かを取り出していた。

 何を出しているのか見えなかったが、おそらく紙か何かで、服の上に押し当てられた。

 すると急に頭が割れそうなほどの痛みがやってきた。


「ああああああああ!」


 目の前が真っ白になった。頭が内側から破裂してしまったのかと思うほどの痛みにたまらず叫んだ。

 しかしすぐに痛みが引いていき、俺は息を切らして相手を睨む。


「そんなに怖い顔を――」


 男は俺から手を離して飛び退いた。

 ザザっと壁にクナイが刺さっていた。



「ごめん。気付かなかった」


 ヴィオレットがどうやら来てくれたようだ。

 彼女すらその気配を悟らせないとはかなり手練れ。

 しかし貴族でそのような実力者なんで聞いたことも無い。


「危ない、危ない。今の速かったな。でも用事は済んだから引かせてもらうぞ」


 謎の男は逃げようとする。しかしここで逃がしてたまるか。


「ヴィオレット! やつを逃すな!」

「もちろん」


 ヴァイオレットは動こうとしたが、急にピタッと止まった。

 脂汗をかいて、喉を鳴らした。

 謎の男はいつの間にか腰に差している剣の柄を握っていた。


「流石だな。油断したその首を落とそうと思ったが感が鋭い」


 ヴィオレットが警戒するほどの実力だと言うのか。

 あまりにも馬鹿げた話だ。

 どうしてそんなやつがこれまで表舞台にいないのだ。


「その猫耳を見る限り、獣人族だろう。お互い戦えばただではすまん。俺はあくまでもその男に返しただけだ」

「返しただと?」


 何を俺は返してもらったのだ。

 この男は一体何者なのか情報が全く足りない。


「まあもうしばらく待てば分かる。お前の屋敷で待っている。コランダム領の隣にあるモルドレッド邸にな」


 何を馬鹿なことを言っている。

 こいつが言っているのは俺の先祖が代々引き継いできた本家のことだろう。

 しかしそこはもうすでに更地になっているはずだ。

 俺は負の遺産と決別するため、自分の手で燃やしたのだから。

 色々聞きたいことがあったが、男は騎獣を召喚して空へ駈けていく。

 しかしヴァイオレットは瞬時に窓まで走った。


「逃がさない」

「待て! 殺すな!」


 ヴァイオレットは怒りで顔を歪ませていた。プライドを傷付けられたのだろう。

 俺の制止も聞かずに持っているクナイを放っていた。


「針千本!」



 千のクナイが男の背中目がけて飛んでいく。

 しかし不思議な現象が起きた。

 そのクナイが男をすり抜けていくのだ。

 それどころか男は空からも消えた。

 結局、相手の目的が分からなかった。


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