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側仕えの明かない夜は長い レーシュ視点

 俺の名前はレーシュ・モルドレッド。

 いきなりだがピンチだ。

 両手、両足を後ろにして、縄で縛られている。

 全く身動きも取れず、口も布を入れられて喋ることができない。

 担がれながら領主のいる部屋へと向かう。



「アビ・ローゼンブルク。このジギタリスめが、逆臣たるレーシュ・モルドレッドを捕縛致しました」


 騎士は俺をまるでゴミでも捨てるように落とした。

 受け身も取れず、床と衝突して痛い思いをする。

 すぐに顔を起こしてアビの顔を見る。

 興味がなさそうに一瞥しただけで、ジギタリスへ説明しろと言うだけだ。

 そしてジギタリスから俺の悪行を聞き終えてから、目を戻して三本の指を出した。



「其方の罪は現状、三つある」



 ──三つだと?



 過去の罪を入れているのか。

 いや、彼女はそんなことを蒸し返す女ではない。

 そうすると最近のことになるが、彼女にそんな隙を見せたら、もっと早くこの状況になっているだろう。



「一つは違法薬物を流布したこと」


 それは俺ではない、と言いたいがもう意味のないことだ。

 偽装書類を用意していたことからこの筋書きはジギタリスによって作られたものだ。

 しかし疑問もあった。

 どうしてこいつは俺を追い落とそうとするのか。

 大貴族のこいつが俺を嵌める理由なく、敵対派閥であり俺の報告を揉み消した上官を狙う方が理にかなっている。



 ──違う、こいつはまさか!?



 俺はギロっとジギタリスを睨んだ。

 ちょうどこの男と目が合ってボソッと言う。


「ああ、そうさ。私もお前と同じだ」



 こいつは俺と同じ反領主派だ。

 いつの間にか鞍替えをして、情報を得るために残り続けているのだ。

 裏切りは珍しくないが、俺を消すために全て仕組んだのだ。



「二つ、自分の嘘のため騎士団を派遣させたこと」



 自分の手足を利用した罰ということだろう。

 領主の力を私利私欲で使うなということだ。

 だが最後はなんだ。

 もう思い当たることがない。

 しかしこれ以上罰を増やされても俺では汚名返上すら厳しい。

 良くて貴族として地位を失う。

 悪くて国外通報か処刑だ。


「そして最後が、ネフライト・スマラカタを暗殺しようとしたことよ」



 何のことを言っているのだ。

 俺は全くそんなことをしていない。

 弁明しようとしたが、布が口に入れてあって上手くしゃべられない。



「何か申し開きがあれば聞きましょう。布を取りなさい」

「アビよ。この男は口から魔法のように嘘が出せます。御身の耳を汚す必要はありません」



 ──このガリガリ貴族!


 俺に一切の温情を出させないつもりだ。

 完全に俺を切り捨てるつもりなんだろう。

 しかしこんな状態では何一つ言い返せない。

 唐突にドアからノックの音が聞こえた。

 領主が許可を出すと、俺の後見人をしているジールバンがやってきた。



「おお、本当に捕まってしまったのか!」


 心配そうに言っているがこいつが俺の身を案じるわけがない。

 ただ貢ぎ物をする良き手下の一人しか思っていないはずだ。

 だからこそこいつが来たことが不思議だった。



「アビ・ローゼンブルク。どうかこの者にほんの少しの温情でもお与えください」

「其方が確かネフライトの暗殺の件を報告したはずだが、どうしてこの者に慈悲を願うのだ?」


 アビの言葉が耳に入るのに時間が掛かった。

 いや、入っていたのに脳が拒絶したのだ。



 ──報告しただと!?



 全てが繋がってきた。

 あの店のことは、この二人は元から知っていた。

 そしてあの店の責任者の強気な態度も合点がいく。

 領主の側近が味方についているのだ。

 そしてネフライト暗殺の件で調査が及ぶ前に俺を生贄にだしたのだ。

 過去のことから俺が領主に恨みを持ち、領土に毒を運び、親領主派の大貴族暗殺を企てたとい筋書きだ。

 領主は冷たい目を向けて、無慈悲な言葉を投げかける。



「分かっていると思うが、領地に害を為したのだから極刑だ」



 重い言葉が俺の心臓を鷲掴みする。

 せっかく少しずつ動き出してきたのに、まさかこのようなつまらない罠に掛かるなんて。

 だが領主の言葉を覆すことなんてできない。

 俺は諦めて目を閉じた。



「さて、では改めて其方の言い分を聞こうか。レーシュ・モルドレッド」



 目をガバッと開けた。

 冷徹な目のままで、特に温情を出した訳ではない。

 しかしまだ俺に発言を許すのは俺を信じているから?

 いいや、領主としての目の前にいる彼女がそんな感情論を出すつもりはないはずだ。

 だがジギタリスとジールバンは若干の焦りを出した。



「アビよ。このような犯罪者のーー」

「誰が私に命令をしていいと言った?」



 ピシッと扇子を閉じて音を立てる。

 怒りのこもった目は俺に向けてなくても背筋を凍らせる威力がある。



「申し訳ございません!」



 ジギタリスはすぐさま謝罪をする。

 たとえ側近といえども、領主の言葉を止められない。

 騎士が俺の口から布を取り、足だけは縄を解かれた。

 立たせようとしてくるが手を振り払う。


「いらん、自分で立てる」

「っち!」


 生意気だと言いたいようだが、これから何もしなければ極刑だ。

 少しばかりのプライドで自力で立ち上がる。


「まずは無駄に騎士団を派遣してしまったことは謝罪致します。ただ残り二つについては、決して私ではありません」

「ほう、何か証拠はあるのか?」

「ありません、が! 必ず数日以内に証拠を提出致します」

「現在証拠を持っていない、貴方を信じろ、と? ではもし見つからなかった場合には誰が責任を取る? ジギタリスか? それともジールバンか?」



 アビが尋ねると両人とも顔を背けた。

 俺を犯人にしたい二人にとって、このまま証拠が見つからない方がいいだろう。

 もう一つ何か手があればこの現状を打開できる。



 ──頭を動かせ! 絶対に生きるんだ!



 ここではったりでも何でも言えなければ終わりだ。

 しかし嫌われ者の俺に後ろ盾など用意できない。

 せっかくチャンスをもらったのに生かすこともできなかった。



「それでしたら、わたくしめがその者の後ろ盾となりましょう!」



 扉の外から声が聞こえてきた。

 すぐに開けられると、翡翠の髪を持つ令嬢が入ってきた。

 この領土に住む者ならその特徴だけで誰かわかる。

 俺が暗殺しようとしたと言われた、ネフライト・スマラカタ本人だ。

 遠目から見たことがあったが、その美貌はアビに勝るとも劣らない。

 接点がなくともその美貌には俺も釘付けになったほどだ。

 ただどうして敵対派閥である俺を庇おうとするのだ。



「ふふっ、ふふふふ!」



 先ほどまで淡々と述べるだけだったアビがお腹を抱えて笑い出す。

 扇子を広げて顔を隠して、心の底から笑っているようだ。

 そしてやっと笑いも収まり、溢れる涙を拭き取った。


「そちの命を狙った男の後ろ盾をするのか?」

「ええ、だってその方から狙われたことなんてありませんから」



 この場にいる者の全てが驚愕の声を漏らした。

 第三者からではなく、狙われた本人が否定するのだから誰かが文句を言えるはずがない。



「なら誰が犯人なのかしら?」

「それは分かりません。でも私が違うと言っているのだから違います」



 すごい暴論だが、それを言えるだけの地位があるのだ。

 ただどうして俺を庇うのだ。

 ジールバンも旗色が悪くなりそうだったのでネフライトの元へ歩く。



「ネフライト様、これ以上この者を惨めにしないであげてくださいませ」



 太った男が気色悪い愛想笑いをするな。

 ネフライトも同じことを思っていそうで一歩下がった。

 それとは別の影が見えた。

 短剣を持った少女がジールバンの首元に突き付けた。

 それは俺の側仕えをしているエステルだった。



「き、貴様! 誰に剣を向けているのかーーいや、平民がどうして神聖なる領主の城へやってきている!」



 ──田舎娘だと?


 どうしてネフライトと一緒にいるのか分からないが、彼女が牢屋を出られたのは彼女の口添えがあったからに違いない。

 どのような関係があるのかは分からないが、強力な助っ人を呼んでくれたのだ。



「この方はわたくしの客人兼護衛です。前にお触れを出した、身を挺して助けてくれた方ですので、そのような汚い言葉を向けないでくださいまし。早く下がってくださいませ」

「ぐぅ……」



 ジールバンといえどもネフライトには逆らえない。

 すぐに後ろに下がって、悔しそうにエステルを睨んでいた。



「アビ・ローゼンブルク、この方はレーシュ・モルドレッドの側仕えです。そんな方が暗殺対象の私を救けるでしょうか?」

「あらあら、皆様の意見が食い違ってしまいましたね」



 困ったと言いたげに顔を曇らせた。

 領主は立ち上がって俺の前までやってくる。



「アビ、それ以上は危険です!」



 護衛騎士が剣を俺に向けて警戒する。

 アビと俺の目がぶつかりあい、彼女は俺から全く目を背けない。



「では今日の判決を出しましょう。アビ・ローゼンブルクの名において、レーシュ・モルドレッドの罪は、騎士団を無駄に派遣したこと。後日、書状を出しますので、その罪は償ってください」



 側近たちもまさかの決定にざわつきだす。

 だが先ほどの威圧もあってか、誰も領主に逆らえないのだ。

 すぐに膝をついて、頭を下げた。



「アビの温情に格別の感謝を捧げます」

「麻薬の件は別の証拠を持ってきなさい。それが出来れば罪に問わない。でももし見つからない場合には、ネフライト・スマラカタにも罰を受けてもらいます」

「ええ、もちろんよ」

「では皆さん、ご機嫌よう」



 アビはそのまま護衛騎士を連れて部屋を出ていく。

 俺は九死の一生を得た。

 エステルがネフライトと知り合いではなければ、領主が俺の言い分を聞いてくれなければ、敵の策略によって負けることになった。

 近寄ってくる平民の娘を見て、やっと安心できた。


 ──まさか平民に命を助けられるとはな。


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