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側仕えと浮気者 レーシュ視点

 ラウルによって、本当の真実とやらを聞かされた。

 さらに俺がエステルと供に成し遂げてきたことを遡って聞かされた。

 話を聞いてやっと腑に落ちた気がした。

 俺の記憶だとあまりにもこじつけられていたが、もしエステルが居たのならそれは実現できたかもしれないと。

 それを俺は――。


「ふふ……ははは!」


 俺はたまらず笑った。笑わずにいられるか。


「暇つぶしにはちょうどいい話だった」


 俺は腕組みを解いて、置いてあるお茶菓子に手を出した。

 甘ったるくなった口を紅茶で緩和する。

 ラウルは俺をまっすぐと見つめている。


「この話を聞いて貴方は動かれないのですか?」


 ラウルは俺に期待していたのだ。話に出てきたエステルのために何かすると。

 だが――。


「当たり前だ。まず第一にお前の話に確証が持てない。それともう一つは仮に事実であった場合、どうやって神に挑むんだ。最強の剣士ですら歯が立たなかったんだろ?」


 人間が神に勝つなんて不可能に近い。それこそ人類全ての力を集結させて挑むしか方法ないだろう。


「っけ、俺は気にくわねえな」


 ウィリアムは吐き捨てるように言う。


「この違和感の正体がはっきしたぜ。俺は自分のために生きている。それなのに神が勝手に俺の記憶をいじって、はいそうですか、ってなれるわけねえ」


 ウィリアムは俺とは違い、怒りで目を燃やしている。


「だが俺の力もまだまだ弱い。ちょっくら鍛えてくるか。おい、神官。戦いに行く準備が整ったら言え。その間に俺は海をもっと制覇しておく」

「あ、ああ。其方の頼もしさに初めて感謝したよ」

「あぁん? 気色悪いことを言うんじゃねえ! 俺は俺のために戦うだけだ」


 ウィリアムはそう言って部屋から出て行く。


「僕もラウル様のお話で腑に落ちました」



 フェニルは自分の右肩に左手を添えた。


「ずっと半身が無くなったそんな気がしていたんです。大事な何かがごっそりと奪われたような。それに僕たち人間は神様に頼りすぎていることは常々考えていました。神様を追い出す方法が無いかを調べてみようと思います」



 フェニルは立ち上がると、ヴァイオレットも続いた。


「フェー、付いていく」


 二人の言葉にラウルは顔を弾ませていた。


「お二人とも助かります。特にフェニル君、貴方には期待しております。エステルさんは本当に凄い方でしたから。その弟であるフェニル君が凡庸では無いと確信しています」


 フェニルは少し照れくさそうにして、俺へ頭を下げて部屋から出て行った。

 残ったのは俺とラウルのみ。


「貴方は本当に何もしないのですか?」


 ラウルは再度俺へと問いかけた。だが俺はそれに対して冷たく答えるだけだ。


「ふんっ、なぜ俺がそんなことをしなければならない」

「っ!」


 ラウルは俺の襟を掴んで持ち上げた。これまでに見たことが無いほどに怒っていた。

 しかしそれでも俺は冷静になれた。


「手を離せ、槍兵の勇者。そもそも貴族は神が居て初めて特権階級を持てたのだ。その均衡を壊せば、一気に国中は大混乱を起こすだろう。魔力が無い世界への準備が全く足りていないんだ」


 俺たちが神へ依存していることは事実だろう。それを土台にして発展してしまった以上は、国が滅びるまでそれに依存するしか無い。

 俺の港町は、魔力が無い土地でも作物を増やせる取り組みを行っているが、それでも全ての土地をまんべんなく潤せるだけの種は育っていない。


「それにお前が言うエステルはもう死んだのだろ? ならただの弔い合戦に何の意味がある」

「本気でそう仰っているのですか?」


 ラウルの目は、戦え、とそう強く訴えていた。

 俺はたまらず目を背ける。やっと俺は安定した地位を獲得して、これからまた上ればいいところまで来たのだ。

 わざわざ危険を冒す必要は無い。

 そもそも俺は本当にそいつを愛していたのか。

 俺の性格上、ただそいつの恋心を利用しただけでは無いのかと自分の嫌な性格を疑ってしまった。


「分かりました。今の貴方には何を言っても無駄なようですね」


 ラウルは俺の襟から手を離した。

 そして立ち上がって、メモをテーブルへと置いた。


「しばらく私も修行をします。この宿に滞在しておりますので、気が向いたら来てください」


 ラウルはそう言って、部屋から出て行った。

 残ったのは俺一人だ。


 結局は俺はその件には全く関与せず、三日が過ぎた。助言機関の試験で行った採点を行い、俺はその内容を吟味する。

 小粒だが光りそうな者達がいた。


「最初でこれだけ集まれば十分か」


 俺は王都にある余った屋敷を買い取って住んでいる。仕事場としても使っており、来客もこの場所に招いていた。

 そして今日は珍妙な客が来た。


「レーシュ様、ベルクムント家のトリスタン様がお越しになっております」

「なんだと?」


 サリチルの言葉を疑った。トリスタンとは理由は思い出せないがそこまで良い関係ではない。

 その父親とは最近はぶつかることも多いので、またもやいちゃもんを付けに来たのかと勘ぐってしまう。しかし大貴族の子息でもあるので、無下にも出来ない。


「分かった。客間へ招待しろ」

「かしこまりました」


 サリチルはてきぱきと準備をする。

 他の側仕え達も少しだけ緊張した様子で、トリスタンを迎えた。


「突然の来訪失礼する。レーシュ・モルドレッド君」

「いいえ。お越しくださり光栄でございます。狭いところですが、中へお入りください」


 俺は彼を連れて客間へ入り、紅茶をお互いに一杯ずつ飲んだ。


「今回は折り入って頼みがあってね。これは父上には内緒にしているから内密でお願いしたい」

「内密ですか。もしや何か危ない橋ではありませんよね」


 今は平民代表という立場になっているので変な汚点が付いては困る。

 しかしトリスタンは笑って「そんなことではない」と否定した。


「うちの妹ブリュンヒルデのことだ。其方も名前くらいは知ってるであろう」

「もちろんでございます。可憐な女騎士として最近は特に功績を上げていらっしゃる有望な方では無いですか」


 前はその性格から凡庸な騎士だったが、ある日を境に考えを改めて、真摯に業務へ取り組みだしたようで、その実力はローゼンブルクでも上から数えた方が早い。

 だが彼女を有名にしているのはその美貌だろう。

 気の強いところもあるが、それを差し引いても近づきたい男は多いだろう。

 トリスタンは満足そうに頷いていた。

 しかしすぐに俺へ視線を戻す。

 何やら不穏な気配が一瞬だけ通り過ぎた。



「うちの妹がな、最近はどうも上の空なのだ。ため息を吐いて、いつも何かを憂いているような」

「はぁ……」


 まさかの妹の悩み相談だけで我が家へ来たのか。

 もっと仲の良い相手にしてくれればいいのにと思ったが、ここで不快にしても良いことはないので、俺も神妙な顔を作った。


「そんなときに妹の同僚が偶然にも耳をしたのだ。うわごとのように”モルドレッド”と呟いたのを。其方、うちの妹へ何かしたのではないか?」

「はぁ!?」


 思わず素で反応してしまった。俺は慌てて弁明する。


「何を仰いますか! 私とブリュンヒルデ様に何の接点があると言うのですか!」


 まず第一に俺みたいな嫌われ貴族に大貴族の女性が見向きするわけがない。

 しかしトリスタンはなおも疑いの目を向けた。


「たしかに私もそう思いたいさ。だがな、私も其方にはとてつもない才のようなものを感じている。だからこそ危惧しているのだ」


 そんなよく分からない感覚で俺を振り回さないでほしい。

 そんなときに、部屋がノックされ、サリチルの声が聞こえてきた。


「レーシュ様、トリスタン様、大事なお話中に申し訳ございません。ブリュンヒルデ様が大事なお話があるといらっしゃっているようです。こちらへお通ししてよろしいでしょうか」


 なぜこんなタイミングで来るのだ。トリスタンは俺の襟を掴んで持ち上げた。


「ほう……何か弁明はあるか?」


 今日はよく持ち上げられる日だ。

 などと現実逃避している場合では無い。

 このままでは本気で殺されかねん。


「わ、私も何がなんだか……もしよろしければ、隣の部屋なら隠れて傍聴が出来るように作っておりますので、そこで聞かれるのはいかがでしょうか」


 本人が来ればそれで誤解が解けるはずだ。兄もそれなら心配を解消できるだろう。

 そうでなくては俺の心臓が保たない。


「そうだな……其方のことを信じているぞ」


 口をつり上げているが、目が笑っていない。

 冷や汗が背中を伝っていった。


 トリスタンには俺が来客を対応している間に部屋を移してもらった。

 玄関まで行くと、ブリュンヒルデがいつもの鎧姿では無く、淡いピンク色のドレスでやってきた。

 髪にも綺麗なダイヤを散りばめ、普段とは様子が違うことは明らかだった。


「こ、これはブリュンヒルデ様、よくぞお越しくださいました。いつも以上の美しさに思わず目を奪われてしまいました」


 軽い社交辞令を述べると、彼女の頬が少し赤らむ。

 美人のそのような姿はとても好ましいが今は生きるか死ぬかの境なので、本心から喜べない。


「ありがとう存じます。どうしてもこの気持ちを確かめたくて、慣れないながらも頑張りました」


 下を向いて俯いていた。

 照れている姿も美しいが、それよりも背中から感じる死の予感をどうにかしなければならない。


「立ち話はなんですので、どうぞお部屋までお越しください」


 俺はまた客室まで向かい、彼女と向かい側に座る。

 頼むから変なことを言わないでくれ。

 紅茶を差し出したが、緊張しているようで彼女は口にしない。

 俺は飲もう。二つの相反する空気に耐えられそうに無い。


「モルドレッド殿は貴族では無いですが、今は陛下の側近ですので、ある意味では私達より上の立場ということでよろしいですよね」


 これはまた面倒な質問だ。しかし俺も世渡りには自信がある。


「いいえ、私はあくまでも平民。どんなに上に上がろうとも、貴族の方には遠く及びません。ただしモノの見方次第では同等と捉えることもできるかもしれませんが……」


 なるべくへりくだりつつ、さりとて謙遜しすぎないようにした。

 一体、この質問は何なのだ。

 また紅茶を一口入れた。


「そうですか……ところでモルドレッド殿には恋人はおられますか?」


 ドンッ!

 隣の部屋を隔てる壁に殴る音が聞こえた。


「ごほごほ」

「だ、大丈夫ですか!?」


 思わずむせてしまい、ハンカチで口元を押さえた。


「申し訳ございません。今日は少し体調を崩していまして」

「そうだったのですか……でしたらまた日を改めた方がいいですね」

「ご心配なく。そこまでひどくはありませんので」


 こんなことを持ち越してたまるか。


「それなら良かったです。その、私からお願いするのは少しはしたないのですが、一日だけでいいですので、私とお食事をしませんか?」


 廊下を走る音が聞こえた。もうどうにでもなれという気持ちになった。

 そして勢いよくドアが開かられた。


「ブリュンヒルデ、それは許さん!」

「お、お兄様!? どうしてこちらへ……」


 トリスタンは血走った目で俺を睨んでいた。

 これまで感じたことの無い窮地に、俺は初めて白旗を上げた。


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