側仕えと勇者vs暗殺者 ラウル視点
地下は広く、ここから出るだけでも時間が掛かる。
しかしここで時間を食われたら神使の身が危ない。
だがそれ以外にも障害はある。
地下牢を巡回する神官と出くわした。
「ん? おい、あれはラウル様!? 脱走だ!」
神官はすぐさま音の出る魔道具で甲高い音を鳴らした。
侵入者が現れた時にならす非常のベルだ。
私の罪がどんどん増えるが、それでも神使を守れるのならこの身なんぞ惜しくはない。
「弁明はせん! ただし、通してもらう!」
神官は金属の棒を振り回してくるが、私は勢いを落とすことなく、少ない動きで棒術を避け、首に一撃を与えて昏倒させた。
彼は役目を全うしているだけなのにで殺しはしない。
「いたぞ! こっちに人をよこせ!」
わらわら神官達が集まってくる。
負けることはないだろうが、やはり時間を稼がれてしまう。
「手伝おうか?」
思わず背中側にいる相手へ攻撃をしようとしてしまった。
気配もなく、私の後ろをとれる者なんぞヴィーシャしかいないのに。
本来は頼るべきではないだろうが、今は緊急事態だ。私はお願いすることにした。
「殺さないように無効してもらえますか?」
「面倒だから、嫌。皆殺しの方が早い」
「なっ!?」
スッと彼女が消えた。いいや、光が薄いところへ瞬時に移動してその姿を見えにくくしたのだ。
だがこのままでは罪の無い神官達が全員死んでしまう。
それは避けなければならない。
私は落ちている棒を拾って、それを思いっきり床へ打ち付けた。床の破片をヴィーシャへ飛ばした。
だがそれを軽い身のこなしで避けて、姿勢を低く、まるで猫のような四本足の姿勢になって私を睨んでいた。
「死にたいの?」
黒装束のフードから獰猛な獣の瞳のきらめきを感じた。
助けてもらったが、結局は相容れない存在だ。
「彼らはただ職務を全うしているだけです。殺しは許しません」
「ふーん、それが返事なんだ」
彼女はつまらなそうな返事をして、姿がかすんだ。
左右の壁を交互に蹴って進み、私へ標的を絞られせないようにしているようだった。
そして急にカンカンと音が耳を打った。
何の音だ。どんどん間隔が短く――。
「うぐっ!?」
ぐさっと体に数枚のクナイが刺さった。
急所だけはどうにか持ち前の反射神経で防いだが、私は危うく死ぬところだった。
「さっきの音は鉄格子に反射した音でしたか。おかげで風切り音も聞こえませんでしたよ」
「へえ、毒効かないんだ」
私は体に刺さったクナイを抜くと紫色の液体が塗られている。
私の加護、聖者の盾がなければこの毒で即死だったかもしれない。
恐ろしい使い手だ。
グングニルの無い私ではこのヴィーシャを止められるのだろうか。
いいや、こちらも殺す覚悟を持たねばならない。
私はヴィーシャへ棒を振るう。
だが相手の身のこなしに追いつけない。
「お、おい! どうする?」
「どうするも何も……」
「近寄れば俺たち死ぬぜ」
私とヴィーシャはお互いに本気でぶつかる。
壁がえぐれ、鉄格子すら真っ二つに。
そこらへんの腕前ではこの戦いに参加することすらできないだろう。
「魔法で身体能力を上げているのに全く歯が立ちませんね」
「動きが綺麗すぎる。予備動作だけで分かっちゃう」
ヴィーシャは私の攻撃は簡単に避けて、拳や蹴りで着実に私へダメージを重ねてきた。
一撃は私の方が上でも、当たらなければ意味がない。
「少し信条に反しますが、私も貴族の特権を使いましょう」
槍を振るいながら詠唱をする。そして唱え終わると、風の乱舞が私の周りに出現する。
ヴィーシャはクナイを投げるが、風が勝手に軌道を変えてくれた。
「ふーん、飛び道具を無効化ね。弱いのに頭は良いのね」
「耳が痛い。ですが貴女が強すぎるのですよ。その人間離れした身のこなしは一つだけ思い当たります。獣人族がヴィーシャの当主であるのなら、最強の名前も納得できますね」
これで近距離にだけ集中できる。
しかし私はあまり時間を掛けてはいけない。
本来の目的は他にあるのだから。
しかしヴィーシャは急に戦いをやめた。
そして腰から砂時計を出す。
それはもう砂が完全に落ちきっていた。
「もう時間だ。お兄さん、遊んでくれてありがとう。フェーのところへ戻るね」
ヴィーシャはそう言って神官達の間を縫うように駆け抜けていく。
本当に自分勝手なお方だが、それゆえに助かった。
だがまだ気は抜けない。
「では諸君、今の戦いを見て戦う気概がある者は前に出よ」
神官達は震えながら道を空ける。
私は空いた人の道を抜けて地上へと戻るのだった。
「日があそこまで出ているのか」
太陽の位置で時間も正確に把握できた。
そしてしゃぼんで映像を映し出す魔道具が廊下の至る所にあり、式典の様子が大聖堂内ならどこでも見られるようになっている。
私は状況を確認するため立ち止まって見た。
多くの観衆が大聖堂の周りに集まり、王国の貴族達は大聖堂内の敷地で新たな国王の任命を見守っていた。
そして大聖堂の二階は開け広げられており、神使とレイラがそこにおった。
「もう時間が無い!」
レイラが何をするつもりか分からないが、私を閉じ込めたのはおそらく時間稼ぎのはずだ。
だがその理由はすぐに分かった。
映像にはたびたび道化師の格好をした男が見え隠れる。
まるで馬鹿にするように映像へたびたび手を振っており、誰もその存在を認知できていないようだった。
「やあ、やあ皆様、こんにちはー! あれぇ、返事がないな? ないな? あっ、加護で僕の姿が見えないんだった!」
面白くないぼけに自分だけ笑っていた。
「うーん、素晴らしい日だ。みんな希望に溢れている。だからこそ、ぶっ壊しまーす」
ピエトロは跳躍をして大聖堂の一番上まで上っていく。
誰もそれに気付かないのだ。
私の加護でしか、あの者を察知することができないのだから。
式は滞りなく進んでいた。
神使は跪くレイラへ金の王冠を乗せようとしていたところだ。
「新王レイラ・メギリスト、其方は新たな王になり、民たちへ無償の愛と献身を捧げる覚悟を最高神へ誓えるか?」
神使の言葉にレイラは答えない。周りもその不自然な間にざわざわとする。
「神使レティス……神に誓う前に確認したいことがあります」
レイラは立ち上がって神使を見下ろした。
恐ろしいほど冷たい目をしていた。
「最高神の恵みによって私達は確かに栄えてきました。土地は緑を増やし、それによって動物も魚も人間も大きく肥えてきましたね。ただし、私達は怠惰になったと思いませんか?」
快晴だった空が不自然にどんよりとしていく。
不穏な気配が辺りにたちこもっているようだった。
「何が言いたい、レイラ・メギリスト。式典はまだ途中じゃ。頭を下げよ」
神使の目が光り、最高神の力がその身に宿っていた。天罰をいつでも出せる準備をしているのだ。
「三大災厄の出現によって私たちは初めて魔力不足を経験しましたね。人は手を取り合って、魔力がない道を進む……そう思ったのは私だけでした。魔力を持つ者と持たない者で差別は広がり、上に立つ者は誰一人として人の進歩には寄与しませんでした。それは貴女も同じです、神使レティア」
神使が言葉を返そうとしたときに、さらに上の三階から教王の姿が出てきた。
さらに空から大きな竜の口が現れていた。
それは神にふさわしい威圧をまとっていた。
「じゃ、邪竜――!」
「どういうことだ! 最高神よ我らを守りたまえ!」
王国の貴族達が騒ぎ出す。だが誰も動けない。なぜなら黒いもやが全ての人々を包み、私もまたその黒いもやに足をとられているのだった。
「民達よ! 今日が審判の日である」
教王は魔道具で声の音量を増幅させて響かせていた。
「最高神はもうまもなく亡くなってしまう。そうなれば我々が辿る末路は悲惨なモノになってしまう。だからこそ我々は決断した」
空で雷鳴が轟き、邪竜の咆哮が飛んできた。
「教王! おぬし。やはり邪竜へ魂を売ったか!」
レティスの怒りが教王へ向いた。
レティスが手を前に広げて雷の魔法を放つが、それを教王は持っている魔道具で防いだ。
「神使レティスよ。其方も罪を重ねている。民達へ最高神の血筋を持つ高貴な者だと嘘を吐き、その地位を横からかすめ取ったらしいな。元々は平民であるにも関わらずに」
教王は上から神使を見下ろし、そして手を上げると。一斉にお抱えの神官達が武器を持って現れる。
「この者は我らを謀り、最高神の子供である竜神フォルネウス様を殺そうとしたのだ。この不況は決してフォルネウス様の仕業ではない。最高神スプンタマンユはもう人々に加護を与えられるほどの力は無いのだ! また取り戻すのだ、我々魔力を持つ民こそが至高の世界へと!」
教王は天へ体を仰いだ。
「新たな神よ、どうか人々にお伝えください! 本当の神は貴方様だと」
口だけしか見えなかったが、ゆっくりと下に降下して雲からその姿を現す。
神国の都市すら飲めるほどの大きな黒い体と、真っ黒な鱗を持つ竜神が人々へその姿を現した。
「我の名はフォルネウス。我に従う者には永遠を、牙を向ける者には死を与えよう。選べ」
その言葉は私達の心をわしづかみする。
まるで艶美な響きが耳の中でこだましてしまう。
すると急激に竜神の体が一回り大きくなった。
「うっ……魔力が……」
私の魔力が急激に減り始めた。それはおそらくこの黒いもやのせいだ。
このままでは邪竜はさらに力を増す。
「邪竜フォルネウス!」
神使はその身を光らせ、天上の力を露わにした。
この地は最高神のお膝元。
おそらく最高神を顕現させるつもりだ。
だがしかし。
「あはは、待ってたよー」
空からピエトロが飛び降りてきた。落ちながら、ピエトロの目が怪しく光った。
「あぁ――ああああああ」
神使の絶叫が響き渡った。それなのに光は強くなり、神使は苦しそうに体を自分で抱きしめて床へと崩れる。
すたんと降りたピエトロは気持ち悪い踊りを披露した。
「あはははは。最高神の加護を外しちゃった、外しちゃった! いでよ、最高神!」
神使から光は離れて、空へと舞い上がる。
そして女性の形を作り、女神のような美貌を持つ最高神スプンタマンユが空へと現れた。
竜神と同じくらいと大きさになり、その神聖な力は我々に力を与えてくれるようだった。
「久しいな、スプンタマンユよ」
フォルネウスはスプンタマンユへ話しかける。
しかしスプンタマンユは何も喋らない。
一粒の涙が閉じた瞳からこぼれるだけだった。
「依り代がいないお前では何もできまいか。それならば我の糧になれ」
スプンタマンユは竜の体を最高神へ巻き付けていく。すると街がどんどん粒子になって小さくなっていく。この大聖堂もまた例外ではない。
ほとんどの建物が最高神の力を借りて魔法で作られたため、この土地が崩れるのはすなわち最高神の力が失われていっていることに他ならなかった。
動きたくても全く動けない。
このままでは邪竜に国が乗っ取られ、それに従った者達だけの恐怖の未来が待っていた。
「レイラああああ!」
そんな中で一人の女性の声がこだました。