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側仕えと昔の自分 レーシュ視点

 今日は助言機関への加入試験を行う。

 組織ができたばかりで、まだまだ人が足りないため少しでも有能な者を集めないといけない。

 会場の外でどれほど来るのかを待っていたが、やはり貴族にモノ申す組織なためか、そこまで希望者が集まらない。


「っけ、少ねえな」


 俺の横に立つのは、この国でヴァイオレットと肩を並べる実力者、海賊王ウィリアムだ。

 しかし国の機関に入るので、今は海の王者という肩書きになってもらった。

 本人はどちらでも名前は気にしないようだ。

 彼という戦力があるからこそ、貴族に対しても強気にいられる。

 なにしろ、彼一人で王都を落とすことも不可能では無いのだから。

 俺はウィリアムへ同意の頷きをする。


「こっちはな。どうしても学が必要になってくるから、商人の子供くらいしか適合しないしな」


 ウィリアムはあくびをしながら「俺も勉強なんざ嫌いだしな」と言う。

 おそらくはまだ様子見をしている者達も多いはずだ。これからどんどん人を集めていけばよい。

 報告を受けていたもう一つの組織は順調そうだ。


「戦士団はなかなか集まっていると聞く。やはり不安定な冒険者業より国の機関に魅力を感じてくれるみたいだな」

「っけ! 軟弱な。そんな逃げ腰のやつなんざ、俺のしごきで逃げ出すぞ」

「ほどほどにな」


 無能な者はいらないが、それでもやめる奴らに悪評を流されるのだけは勘弁して欲しい。

 それに戦士団の人員はいくらあっても足りない。


「しっかし平和だな。海の魔王がいたときには考えられねえぜ」


 ウィリアムの場合は張り合いがないと言っているように聞こえた。

 竜神フォルネウスがスプンタマンユを倒したおかげで、この国から邪教は消え去った。

 これから我々は神と供にもっと発展していくだけだ。それなのに胸騒ぎが止まらない。


「ところでよ」


 ウィリアムは俺へ尋ねる。


「俺達はどうやって海の魔王を倒したっけな」


 ウィリアムの言葉を聞いて、俺は少し前のことを思い出す。

 港町へ赴任してすぐに海と陸の魔王が同時に攻めてきたのだ。

 ウィリアムと槍兵の勇者の協力でどうにか退けたのだ。


「お前とあの白髪男が協力して倒したじゃないか」


 そう、騎士達はあくまでも援護だけして、二人の最強戦士に願いを託した。

 だがウィリアムは納得していない。


「まあ、そうだよな。だがな、俺とあの神官野郎だけで倒せるならこれまで苦労無かったはずなのにと思ってな」

「謙遜はよせ。お前は他国を見渡しても最強の男だ」


 そうでないとおかしいのだ。まるで自分に言い聞かせるようでもあった。


「その疑問は正しいかもしれませんよ、お二方」


 俺たちの会話に突如として割り込んできたのは、気取った顔をしている気にくわない優男だった。


「こんなところにも来るのか槍兵の勇者ラウル」


 ちょうど話題に出ていた男が来たせいでおもわずしかめ面になってしまった。

 それはウィリアムも感じていたようだ。



「面倒そうな話になりそうだから俺は帰るわ」



 ウィリアムはどしどしと歩いて去ろうとする。

 だがラウルは腰に差している剣でウィリアムの進路を邪魔した。


「あぁん? てめえ、調子に乗る――」


 ラウルとウィリアムは一触即発だった。しかしウィリアムはラウルの瞳をのぞき込み、何かを感じ取ったらしい。


「くだらねえ話だったらお前を海のもくずにするぞ」

「それなら心配しないでいい」


 ラウルはそう言って、待ち合わせの場所を俺の屋敷にして、フェニルとヴァイオレットも呼ぶように指示だしをする。

 本来こいつの言うことなんか聞きたくないが、何か焦っているようにも見えたので、仕方なく俺が大人になった。


 全員が集まってソファーに座る。

 お茶菓子を置いているが誰も一口も手を付けない。それはラウルの顔が緊張して遠慮してしまっているかもしれない。

 そしてラウルは切り出す。


「お集まり頂きありがとうございます。この出会いを神に感謝を捧げます」

「くだらねえことはいい。さっさと話しやがれ。そんな青い顔でいつまでも縮こまっているんじゃねえ!」



 ウィリアムは恫喝するが、おそらくラウルの気持ちを軽くするためだろう。

 それほどまで顔色がどんどん悪くなっている。


「そうですね。では本題といきましょう。ここに集まっている方で神国で行われたメギリストの新王の認命式を覚えている方はいますか? 特に新王レイラが神使様から祝福された時のことを……」



 何を当然のことを言っているのだ。

 まだ数日前の出来事だ。

 周りを見ても、全員が当然だと言わんばかりだった。俺はそれを代弁する。


「当たり前だ。竜神からの祝福を神使が授けていたことだろ? あれほど幻想的な光景を忘れるものか」


 全員が頷くが、ラウルは膝に肘を置いて、前屈みになって顔を支えた。


「やはり皆さんの記憶はそうなっているのですね」


 意味深なことを言うラウルに早く結論を言えと言いたくなる。

 そこでフェニルが上手く質問する。


「ラウル様、その言い方ですと、僕たちの記憶とラウル様の記憶は異なるという意味でよろしいですか?」


 ラウルは肯定するように頷く。

 しかし俺は思わず鼻で笑ってしまった。


「そんなわけないだろ。お前も魔法学を学んだのならそんな非現実な方法が起きるわけないのは分かるだろ」


 全員の記憶を改ざんするなんて魔法は存在しない。

 一人くらいなら方法は無くは無いだろうが、それでも大量の魔力を消費するだろうから、現実的に不可能だ。

 しかしラウルは反論する。


「それが神様であっても同じ事が言えますか?」

「なんだと? もしや邪神スプンタマンユか?」



 三大災厄を生み出し世界を混沌にした張本人だ。

 たくさんの人々が苦しめられたが、とうとう竜神フォルネウスによってその存在を滅せられたのだ。

 もしや最後のあがきでそんなことをしたのかと考察したが、ラウルはそれを否定する。


「いいえ。竜神フォルネウスが……あの者が我々の記憶を改ざんしました」


 なぜ神がそのようなことをするのだ。

 神国と王国の魔力を蓄えている神の魔力は無尽蔵であろう。

 だが肝心なのは理由だ。俺たちの記憶を改ざんする必要がどこにある。


「ラウル様、どうして竜神様はそのようなことを……」


 フェニルの質問にラウルは少し間を置く。

 そして重い口を開いた。


「あれは我々の神ではありません」


 ラウルは悔しそうに顔を歪ませた。

 こいつが神を否定する姿を初めて見た気がする。

 神官は神に仕える従順な僕だ。

 特にこいつはその中でも最高位でもある司祭の称号も持っている。

 こいつのことは嫌いでも、自分よりも他者を大事にする献身な生き方は尊敬すらしていた。

 そんなこいつが神を否定しているのだ。


「本来は邪神こそフォルネウスです。我々の神は最高神スプンタマンユのみです。といっても今の皆様には信じられないでしょうがね」



 場が静まり、その言葉の意味を考える。

 本来この中で一番頭が狂ったのはラウルと見るべきだ。

 なぜなら都合良く記憶が一人だけ残っているなんてあり得るのだろうか。


「冗談で言っていいことではないが、お前がそんなくだらない嘘を吐くとは思えない。だが信じることもできない。何か証拠はあるのか?」



 記憶を失ったことを証明なんぞできるはずがないだろう。

 ラウルもまた首を横に振っている。


「ならお前だけ記憶がある理由は何かあるのか?」

「それはもちろんです。私の加護を覚えていますか?」



 ラウルの加護は、聖者の盾だ。

 あまりにも有名な加護の一例であり、どんな毒も無効化され、魔法の副作用やドーピングをしても悪い効果が出ずに良い面だけを享受できるのだ。

 まさに神からの祝福と言っても良いだろう。


「私だけはフォルネウスの攻撃を加護によって防げました。ただし、意識が戻ったときにはもうすでに認定式から数日が経っていましたがね。加護の力でも解毒に数日は掛かったようです」


 ラウルは手を震わせている。自分のふがいなさを嘆いているように見えた。


「レーシュ・モルドレッド。貴方も思い当たる節は無いですか? 大事な何かがないことを?」

「なに?」



 ラウルは俺へ視線を合わせる。心臓が高鳴る。俺は何を失ったのだ。


「貴方の側にはずっと彼女が居たはずです。無理矢理に彼女の存在を消しても、彼女という大きな存在を消すには大きなずれが生じている」



 ラウルの視線に思わず目を背けたくなった。

 こいつは俺を睨むような目を向けた。どうしてか直視するのが辛かった。


「貴方の妻だったエステルさんだけがこの世界から消されたのですよ」


 耳の奥が痛くなってきた。

 俺に妻がいるだと?


「何を馬鹿なことを言っている。お前も俺の前の境遇を知っているだろ。反逆者の息子、呪われたモルドレッドの血だと散々言われた俺に貴族の女が嫁に来るわけないだろ!」


 やはりラウルの気が狂っているのだ。俺の境遇を知っていればそんな馬鹿げたことを言うはずが無い。

 だがラウルから信じられないことを言われる。


「当たり前です。貴方の妻、エステルさんは平民……元々は農村で育った方なのですから。貴族ではありません」


 ラウルの真面目くさった顔でそう言われ、俺は思わず息をもらした。



「お前、俺を馬鹿にしているのか?」


 俺はラウルの胸ぐらを掴んだ。


「レーシュ様どうか落ち着いてください!」


 フェニルが止めようと、体を引っ張る。

 もし俺とラウルがケンカすれば一方的に負けるだろう。

 だがそれでも俺は言わなければならない。


「俺が一時の迷いで平民の娘に手を出したとでも言うのか! いくら俺でもプライドはある。身分を笠に着て、自分より立場の弱い者を虐げたりはしない!」


 己がこれまでひどい境遇だったからこそ、今の貴族達のように本質を見ずに否定はしない。

 魔力のない平民と結婚することは、貴族にとってその後の将来に関係してくる。

 遊びで手を出す輩がほとんどであろう。

 だがこいつの言葉を信じれば、俺はそんな貴族達と同じだと言われているものだ。



「ええ。最初はとても良好とは言えない仲だったでしょうね。私がお二人を見た印象はまさに犬猿の仲でした。しかし彼女はそんな貴方を必死に守った。全員が敵であった時でも、彼女だけは貴方の味方であり続けましたからね。どんなに周りを疑っている貴方でもそんな彼女に惹かれてしまっていた」


 俺の味方をしただと?

 俺はずっと一人で戦い続けたのでは無いのか?


 この男の言葉を信じるなら、俺にその女の記憶は無いので、一人でやり遂げたかのように記憶が改ざんされたことになる。

 だがこの記憶の齟齬に俺も疑問があった。


 もし誰か別で俺を支えている者がいたのなら。


 不可能と思える作戦はいくらでもあり、その記憶の一部がない。

 だが俺はそれを乗り越えていた事実だけは残っている。

 俺はラウルから手を離した。

 ラウルは服を正した。


「私の見た範囲ではありますが、その時のことをお伝えしましょう。それでどうするかは貴方に任せます」


 ラウルは思い出すように、こいつから見たあの日のことを語り出す。


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