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側仕えと愛しの姫君 レーシュ視点

「――ッ! ――シュ! レ――――ッシュ!」


 声がする。

 聞き覚えのない女性の声が俺を叫ぶ。

 しかし返事ができない。

 まるで水に浸かっているかのように重い体とまぶたは俺の思い通りにならない。


「お願い、目を覚まして!」



 その言葉と供に俺は目を覚ました。

 見慣れた俺の自室。

 大きなベッドの上で隣に誰かいる気がしたが、当然ながら俺は独身なので誰もいない。

 しかし妙に人肌恋しくなった。

 ランプが消えている部屋は薄暗く。朝日で少しだけ照らされており、目を覚ましたばかりの目にはちょうど良い刺激だ。

 とたんに頭痛がやってきた。俺は手で頭を押さえた。


「あ――昨日は飲み過ぎたな」


 新たな新国王となったレイラ・メギリストが神国でメギリストの国王として正式に認められ、どこもかしこも祭りのように連日で舞踏会が開かれた。

 ただ俺はもう貴族ではないので、縁談なんて全く来ないつまらないものだったがな。


 もう少し時間が経てば嫁探しでもするのもいいかもしれん。


 部屋をノックする音が聞こえ、そしてワゴンを引いて部屋に入ってきたのはサリチルだった。


「レーシュ様、白湯でございます。温かいスープも持ってきましたので、体を温めてくださいませ」


 俺の側仕えであるサリチルは今日も真面目に燕尾服を着ている。

 俺の親父の代から仕えてくれる忠義者で、家族の反対を押し切ってモルドレッドに仕えるようになったらしい。


「悪いな。だがもうそんなことをしなくていいんだぞ? 俺はもう貴族じゃない、どちらかというと俺がお前にそうしないといけないんだ」


 俺は愚王から国を取り戻すために文字通り全てを捧げた。

 もう貴族では無いのだ。

 一応は王の側近――助言機関――という、貴族ではない者が就くには十分すぎる待遇はもらえたので、前よりも出世したとも思えるかもしれない。

 しかしやはり貴族とそうではない者では安定性や将来性は違うだろう。

 サリチルはそんな俺の言葉を笑って聞き流した。


「大恩あるモルドレッド家から鞍替えする者はおりませんよ。イザベルにマレイン、フマル、そしてフェニルもまたここに残ると言っていましたからね。最近ですとチューリップ殿もおりますが」


 フェニルとチューリップ以外はずっと俺の家に仕えてもらっている者達だ。

 将来があるかも分からないこの家に残るとは、忠義者ばかりで嬉しく思う。



「そうか。俺もこのままでいるつもりはない。貴族のように魔力で貢献はできんが、それでもずっと貴族より下でいるつもりはない」


 サリチルはにこりと笑って「ではここに置いておきます」と軽食をテーブルに並べて部屋から出て行った。

 酒で重たくなった足を動かして、自力でテーブルに座る。

 俺は黄色にそまったコーンのスープを飲もうとスプーンに手を延ばした。


「ふう、やっぱり酒の後はこのスープだな――ん?」


 ゆっくりと好物のスープへ口へ運ぶと、妙にいつもより味が淡泊な気がした。


「あの料理人、腕が落ちたか?」


 前はもっと俺好みだったが、どうにも味がくどい。だが食えないわけでもまずいわけでもないので、一応全部飲み干した。

 しかし何か不安のようなものがあった。


 何かを忘れているような――。


「まだ物忘れする歳でもないのにな。まあいい」


 少し歩けば思い出すかもしれない。部屋から出て足が進む方へ向かうと、奉納の間へついた。


「もう魔力が無いのに献身な信者だな、俺も」


 ここは神へ魔力を奉納する部屋で、聖杯の中に魔力を蓄えて、定期的に領主へ納める必要があった。

 もう魔力がないので俺にとっては意味の無い部屋になってしまった。


「ふむ、モルドレッド。こんなところで立ち尽くしていかがいたしましたかな?」

「チューリップ殿……」


 頭がはげている中年の騎士で、父がえん罪を持って居る間も俺を気に掛けてくれた人だ。

 元々上級貴族の彼がここに住むようになったのは、陸の魔王ベヒーモスが死んだ日から数日後だった。

 あの大規模な戦いで右腕を落とし、年齢も考えて引退したのだ。

 だが百戦錬磨の逸材を僻地へやってももったいないので、港町で騎士達を育ててくれるようにお願いしたのだ。


「習慣だったので来てしまっただけです。チューリップ殿も奉納をしに来たのですか?」

「うむ、腕は無くとも魔力はある。それに”竜神フォルネウス様”のおかげで我々は生活できるのだからな」


 そう言ってチューリップは奉納の間へ入っていった。俺は中庭へ出て、日課としてやっていた素振りをする。

 どうして始めたのか覚えていない。

 おそらく俺のことだ。

 モテるために始めたのだろう。

 もう習慣になってしまったので、やめると気持ち悪いので続けている。


「あれ、レーシュ様! おはようございます!」


 中庭に走ってきたのは、フェニルだった。

 元々は病弱だったが、気力で病に打ち勝って今ではオリハルコン級の冒険者の次くらいの実力者になっていた。

 それでいて聡明であり、俺の事業の手伝いもしてもらっている。

 知り合いから売られた厄介者が、まさかこれほどの掘り出し物になるとは思うまい。

 なぜかヴィーシャ暗殺集団の当主ヴァイオレットも彼を気に入っていってくれていた。


「おはよう。ランニングでもしてきたのか?」

「はい。ヴィーに追いつくことを目標にしているのですが、全く歯が立ちませんね」


 フェニルは悔しそうな顔をするが、人間ではない獣人族のヴァイオレットに勝とうとするのは間違いであろう。

 おそらくはこの国でも一、二位を争う最強の使い手だ。


 ――しかし、よく俺はあいつの命を契約魔術で縛れたな。


 その時は無我夢中だったのか、はたまた時間の流れのせいか、どうやってヴィーシャ暗殺集団を手玉に取ったのか覚えが無い。

 俺の幸運に思わず神へ感謝を捧げたくなった。


「それよりもヴァイオレットとの仲は深まっているのか?」

「えっ!? いきなりそんな……僕はまだ――」


 まだまだウブな反応を見せる。種族の違いを気にせず恋に落ちるとは、なんとも可愛らしいやつだ。


「俺が告白の言葉を考えてもいいぞ」

「だ、大丈夫ですよレーシュ様!」


 フェニルは手を前にやって首と供に振る。


「それに僕も一つだけ考えています。どこで聞いた忘れましたが、とても素敵なフレーズがありましたので」


 こいつ、なかなかませているな。

 なんだか子供から大人になろうとする瞬間は面白く感じた。


「ほう……なら俺が審査してやる。これは命令だ」


 少し意地悪だったかもしれないが、フェニルも覚悟を決めて、近くに咲いている一輪のバラを手に取った。

 そしてしゃがんで、膝を地面に立て俺へバラを差し出す。


「一目見たときから君が素敵でした」


 なんとも陳腐な。それとぎこちない。まだまだ練習も必要だな。

 しかし次の言葉は俺に衝撃が走った。


「受け取ってください、愛しの姫君(ティターニア)

「……ぇ?」


 虚を突かれた俺の反応にフェニルは首を傾げていた。その時、フェニルはすぐにバラを背中に隠した。


「フェー、何してるの?」

「ヴィー!? これはあれだよ! その……そう! 次の商売でイメージを膨らませていたんだ!」


 必死にごまかそうとするフェニルはヴィオレットの腕を引いた。


「そうだ、ヴィオレット。近くに美味しい甘味屋ができたらしいから一緒に行かない?」

「行く!」


 どうにか誤魔化せたフェニルは俺に頭を下げて、二人並んで去って行った。


「あいつ、俺の秘伝のプロポーズをどこで知ったんだ?」


 まだ誰にも使っていないのに、知られているのは恥ずかしいものだ。


「俺も婚約者でも探さないとな」


 独身のまま終わりたくない。

 だがどうにも探す気にもなれない。

 なぜだが、寂しさを感じる場所がもうすでに誰かで埋まっているような感覚があった。


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