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側仕えと親離れ

 戴冠式までは王城で過ごすことになった。レーシュも次の日には元気になっていたので、たびたびレイラのところへ足を運んで、何やら打ち合わせをしていた。

 私は邪魔をしないように、暇な時間は訓練へ当てた。といってもほとんどフェニルの特訓だったが。


「行くよ、お姉ちゃん!」

「来なさい!」


 フェニルと組み手を行う。これからフェニルは自分の足で旅をしたいと言っていた。

 もうしばらくはここに居るとはいえ、見知らぬ土地で生きて行くにはまだまだ心配が残る。

 私に出来るのは、こうやって技術を教えることだけだった。

 フェニルの絡み手が来るが、それを払って逆に袖を掴んだ。

 するとフェニルは地面を蹴って私の首に足を絡ませて、腕を折ろうと全力で向かってきた。


「さすがね、見ただけで使えるのはフェーの武器になると思う。だけどね!」

「えっ、うそ!」


 私は首に絡まれる前に地面へ身を投げ出して、フェニルの背中をおもいっきり地面へぶつけた。

 悶絶して隙だらけのこの子に絞め技を使った。

 抜けだそうともがくフェニルだったが、それをするごとに自分で自分の首を絞めていく。

 顔が真っ赤になっていた。


「ぐぐぐ! ま、参った!」


 私は拘束を外すと、フェニルは息を切らして地面にへたり込んだ。


「フェーは加護に頼りすぎよ。自分の実力より上の技法を盗めるのはいいけど、土台になる筋力や体力が無いから、そこを鍛えることね」

「うへぇ」


 フェニルの加護は相手の技量をそのまま使える。

 しかし使い手が貧弱では、その技量の全てを出せるわけではない。

 本人もそれは自覚しているため、一生懸命訓練をしていた。



「ヴァイオレットちゃんを守りたいなら、もっと力を付けることよ。さあ、もう一回――」

「ねえ、お姉ちゃん……ヴィーとはどこで知り合ったの?」


 急な質問への答えに窮した。ヴァイオレットは暗殺集団の当主であり、いわば人殺しの組織に所属している。

 フェニルにはそのことは黙っていたが、やはり賢い彼は何かしら気付きかけているのだろう。


「それは――そのぉ、レーシュと一緒にいろいろ回っていた頃かな。ははっ……そうだ、今日は早めに訓練終わって、街へ遊びに行かない? お姉ちゃん、だけだと道に迷いそうだし――」


 視線が痛い。私も急に話題を変えたのは不自然と思うが、私では上手く嘘が吐けない。

 だらだらと汗が出てくる。


「そういえばオリハルコン級の実力を持つ人ってこの国では数人しかいないらしいね。一人は剣帝、海賊王ウィリアムさんや槍の勇者ラウル様、亡くなった王国騎士団長、あとはヴィーシャ暗殺集団の当主ヴィーシャ」


 どきっと心臓が高鳴った。これはもう確信しているな。

 しかしそれでもまだごまかせないかと悩む。


「お姉ちゃんの反応を見るとやっぱりヴィーがあの危ない組織のリーダーなんだね。まあ、ヴィーが自分はヴィーシャって呼ばれているって言ってたけどね」



 ――ヴァイオレットちゃん!


 彼女に口止めを忘れていた。それよりも暗殺者が正体をばらしていいのか。

 しかしフェニルがそこまで知っているのならもう隠してもしょうがないだろう。


「そうよ。ヴァイオレットちゃんが暗殺組織の当主よ」

「そっか……」


 分かってはいてもやはり少なからずショックではあるらしい。

 もしかすると何か否定の材料が欲しかったのかも知れない。


「ヴィーに組織を抜けてくれって言ったら彼女はそうしてくれるかな?」


 フェニルも薄々感じているがそれは無理であろう。

 彼女は暗殺者として生きてきたので、倫理観の一部がもう麻痺している。

 私達との価値基準がとっくにずれているのだ。

 これからその違いに彼自身が気付きだすだろう。

 姉として何が出来るだろうか。


「フェーもし悩んだら絶対にした方がいいことがあるの」


 フェニルは私を見上げた。


「一度ヴァイオレットちゃんと話をしなさい。貴方が思っていることを、そして彼女がどう感じているのかを」

「ヴィーに?」


 私は頷いた。


「自分だけの願望を伝えたって仲をこじらせるだけよ。彼女のことをもっと知って、それで自分が納得できる答えを見つけなさい。あんたは賢いんだから、私が思いつかない方法を考えつくかもしれない」

「見つからなかったらどうすればいいの?」


 フェニルは初めて答えのない問題にぶつかったのだ。彼の成長のためにも彼がそれを乗り越えるべきだろう。


「見つかるまで頑張りなさい。レーシュはそうしていたわよ」

「呼んだか?」



 突然声が聞こえた。廊下から中庭へローブを身につけているレーシュがやってくる。

 どうやら今日のレイラとの打ち合わせは終わったようだ。


「どうした、浮かない顔をして?」

「実は――」


 私はレーシュへ事情を話した。するとレーシュは笑い出した。


「なんだ、そんなことで悩んでいたのか」


 レーシュはまるで些細な事だと言う。

 そして私の肩を抱いて引き寄せた。


「周りから何を言われようと関係ない。自分の愛する女のためなら何だってしてやる。とある詩人は言った、腰を下ろしていては悩むだけだ。悩むなら行動しろ、さすれば本当の悩みが出てくるだろう、と」



 言っている意味が理解できなかったが、フェニルは手をアゴに当てて、考えに没頭していた。

 そしてはっとなっていた。


「つまり、今の僕ですね。本来の悩みとは行動をしている最中に出てくる疑問のことだと」

「そうだ。いくらでも方法はある。俺の方法を教えてやることも出来るぞ?」


 レーシュからの提案にフェニルは一瞬だけ物欲しそうな顔をしたが、顔を引き締めて首を横に振った。


「いいえ。これは僕の問題です。自分の力で答えまでたどり着きます」


 フェニルは立ち上がった。そしてレーシュにお願いをして王都の図書館で調べごとが出来るように推薦状をもらった。


「レーシュ様、ありがとうございます」

「これくらい構わん。それに将来的には俺にとっても利になりそうだからな」


 レーシュとフェニルはお互い見つめ合い。何かしら理解し合っているようだ。

 どうやら男にしか分からない何かがあるようだ。

 フェニルは元気よく、走り去っていった。


「ねえ、結局どんな方法があるの?」


 私はストレートに聞いてみた。するとレーシュは邪悪な笑顔になり、思わず引いてしまった。


「俺ならヴィーシャ暗殺集団を乗っ取って、組織の意義を変えてやる。たとえば義賊にな」

「そんなことができるの?」

「好きな女のためなのに手段を選んでいるうちはあのばあさん相手には無理だろうな。だがあいつは俺の背中を見たはずだ。それで学び取れてなかったら失敗するだろう」


 なんだか心配だ。フェニルにとって悪いことが起きなければいいが。


「心配か?」

「もちろんよ。だってこの前まで病弱で寝込んでいた子なのよ。思い詰めなければいいけど」


 親馬鹿なのは分かるが、やはりまだ小さい子供としか見れない。

 だがレーシュは「信じてやれ」と私を慰めてくれた。

「俺も影で手伝ってやるから安心しろ」

「うん」


 このときの私は知らなかった。後にフェニルが起こす事件を。

 そして彼は誰からも慕われる、ヴィーシャになることを。それはまた別の話。


「ところでレーシュはどうしてここにいるの? いつも遅いから今日も遅いと思ってた」

「ほとんど調整が終わったからな。それとエステルにも協力してもらいたくてな」


 明日の戴冠式のことだった。大変な役目であるが、レーシュ達の台本通りすればいいだけだ。


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