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側仕えと牢屋

 今日も朝から仕事のため屋敷に入ると信じられない光景が広がっていた。


「なによこれ!?」


 中が荒れており、壺が割れ、花が散っている。

 一体何事かと執務室まで向かうと、さらに執務室まで椅子が倒れていたり木簡が落ちていたりしていた。


「来たか」


 すごい顔つきをしたレーシュがサリチルとやってきた。

 どこかに行ってきた帰りらしく、二人ともかなり気合の入った服を着ている。

 不機嫌な顔で近寄り難く、私は倒れている椅子だけでも元の場所に戻した。


「どうしたのですか? まさか襲撃があったとか?」

「いいえ。これはレーシュ様が暴れただけです」


 ただの八つ当たりのようだが、何があればこんなに取り乱すのだ。

 レーシュは目の前に手紙を投げた。

 よく分からないエンブレムも載っており、貴族間でやり取りした証なのだろう。

 中身を見ろということで、びっしりと書かれた文字を読んでみる。



「えっと、れいしゅ・モルディレィ──」

「ええい、貸せッ! お前が読むのを待っていたら俺の怒りも冷めきってしまう!」



 奪い取られてしまった。

 自分から読めと言ったのにどうして怒られるのだろう。



「こんな装飾の多い文なんてどうでもいい。大事なのはここだ──貴公の報告については客観的視点が欠け、また証拠不十分により不受理とする。また本件に関する追加の申請、ならびに異議申し立てを禁ずる──だぞ! ふざけるな!」



 拳を思いっきり机に叩き付ける。

 それほど彼は怒っているのだ。

 しかし今の言葉の中におかしな点がある。



「あの髪から出た麻薬の証拠を提出しなかったのですか?」

「提出してこの結果だ! その他にも過去の税の記録も出した。なのにこの対応にこっちははらわたが煮えくり返しそうだ!」



 違法の薬で人の人生がおかしくなるのならそれを止めてほしい。

 だが貴族であるレーシュでさえそれを防ぐことができないのなら誰が取り締めるのだ。

 サリチルの方を見ると冷静にその手紙を読み返す。



「この返事を書かれた方ですが、コランダム様の派閥ではないですか?」

「派閥?」

「ええ、貴族社会には大派閥があります。コランダム様とスマラカタ様です。コランダム様は反領主派の派閥です」

「ええ!? 領主様に逆らう貴族がいるのですか?」



 貴族は領主に付き従うものだと思い込んでいた。

 しかしそんな貴族でも野放しになれるのは大丈夫だろうか。



「おかしなことではない。お前も見ただろうが、領主はまだ年若く、さらに女だ。他にも傍系がいるのだから、男がしっかり家督を継ぐべきと思う者もいる。さらに言えば隙があれば領主の座から引きずり落として、自分が担ぎ上げた傀儡の領主を用意したいと思うものだ。そうすれば自分たちの都合の良いルールを作れるからな」



 なんて恐い世界だ。

 一枚岩に思えた国の組織が利己的な理由でまとまっていないなんて。

 そしてレーシュも自嘲的に呟く。


「かくいう俺もその反領主派だがな」

「どうしてですか?」

「俺の家名はかなり汚れている。こんな家が残り続けるには、誰かの庇護をもらわんといかん。ジールバンという大貴族が俺の後見人ということだ。ただ俺が失敗でもしたらすぐにでもトカゲの尻尾のように切り落とそうとするだろうがな」



 舞踏会での嫌われようはもしかしたら敵対派閥だからだろうか。

 ただ他の貴族の中でも特に警戒されているのはもっと別の理由があるように思えた。



「話を戻すが、敵対派閥だから国にとっての汚点を作ろうとする過激派もいる。気付かなければそのまま、気付けば揉み消す。そうなると俺ができることは一つ。もしこの件が漏れた場合には俺も秘匿したことで連座されるだろう」

「連座って殺されるってことですよね?」

「当たり前だ。領土に害を為す輩は処分に限る。こいつらはあの領主を甘く見過ぎだ。今は泳がされているが、頃合いを見て死神の鎌を首元に添えようとしているに決まっている」



 レーシュの声が低くなり、声が少し震えている。

 いつも強気な彼でも領主のことは恐れているようだ。


「さて先ほど城まで行って領主との面会の約束はしていた。七日後に今回の報告をする予定だ」

「七日後って、今すぐできないのですか!」



 それまで被害を受ける人が増え続けるということだ。

 こちらに正義があるのだからすぐにでも行動した方がいいに決まっている。

 ただサリチルは私を諭す。


「エステルさん、貴族社会は形式が全てです。何事も根回しをしなければ、取り合っていただくこともできません。特に私たちは反領主派ということもあり、面会を拒否されなかっただけでも御の字です」

「貴族社会のことは俺が全てやる。お前にも手伝ってもらう。おそらく他の貴族からもちょっかいが増えてくるから、しばらく夜勤で頑張ってくれ。今日はもう帰っていい。昼間はサリチルが見ろ」



 怒りも収まったようで私も一度家に帰って夜勤に備える。

 そしてレーシュの言う通り、襲撃の頻度は増えた。

 大した輩ではないのが救いだ。


 そして七日が過ぎて、領主のお城へと向かうことになる。

 私は護衛のためレーシュに付いていく。

 二度目のお城はお昼ということもあり、夜ほどの明かりによる輝きはない。

 ただ壮厳な外観は貴族の格を示した。

 領主の部屋に通されて、護衛騎士に囲まれた状態で話すことになる。

 数人の側近たちから一斉に睨まれる中、レーシュは臆することなく今回のことを説明した。


「それでどうか領主様の権限を持って鎮圧のご協力を賜りたい」


 お互いに見つめ合い、長い沈黙がやってきた。

 早く許可してくれと思うが、この沈黙に何か意味があるのかと思ってしまう。

 そして領主が口元を隠していた扇子を閉じて、それをレーシュへと向ける。



「いいでしょう。好きにしなさい。これから騎士団を派遣しますので、それまでに首謀者たちを逃さないように」

「いますぐにやっていただけるのですか?」

「領民の危機ならもたもたするつもりはありません」



 レーシュの驚きを見ると、おそらくまたここから数日時間が掛かると思っていたのだろう。

 領民思いの優しい領主だと感心した。

 退出してからすぐに馬車に乗って、問題のある花街のお店へ向かった。



「話の分かる領主様で良かったですね」



 何気ない一言のつもりだったが、レーシュに鼻で笑われた。


「ふんっ、どうだかな」

「何か心配事でもありますか?」

「どうにもあの側近たちはきな臭い。普段なら俺の意見なんぞ聞く耳持たないどころか、難癖ばかり付けてくるのに今日はそれがなかった」



 問題が何もなかったのだから喜ぶべきではないのだろうか。

 しかしレーシュにとって普段とは違うことにかなり意味あるらしく、まだまだ貴族社会の不思議を理解できなさそうだ。

 馬車をお店の前に付けた。

 周りからもこの時間に貴族の馬車がきたことで、何事かと遠巻きに見る者たちが多い。

 ただ私だけは異様な雰囲気を感じ取る。



「レーシュ様、お店に誰もいませんよ?」

「なんだと? 夜からの仕事だから誰もいないのか……まさか!」



 レーシュは何かに気付いたように走り出してドアを開けようとする。

 だがドアは鍵が掛かっており中へ入ることはできない。


「おい、ここを壊せ!」


 レーシュからの命令もあったので、私は今日は帯刀を許された剣を振った。

 鉄製のドアをバラバラにして中が丸見えになった。


「そこの窓を壊せという意味だったんだがな」


 引き攣った顔でバラバラのドアを見る。

 やってしまったと思い、今度からしっかり場所を指定してもらおう。

 中へ踏み込むと煙の臭いが少ししかしない。

 一日の換気でここまで臭いが取れるわけがない。


「っち! 予想通りか」


 レーシュは店の中を歩き回る。

 人がいないどころか荷物すらなく、まるで夜逃げした後のようだ。

 ただ部屋の奥で箱詰めされた草が置いてあり、レーシュはそれを手に取った。


「麻薬だけ放置したのか」

「逃げられたのですか?」



 言い方が悪かったらしく、ギロッと睨まれた。

 しかしすぐにその目も解かれた。



「ああ、手際が良すぎる。だいぶ慣れているのだろう」



 このままここにいてもしょうがない。

 騎士団が来たらすぐにでも帰ることになるだろう。

 たくさんの足音が聞こえてきたので、騎士団の到着に気が付いた。


「やっと来たか」


 レーシュが足音の方へ向かおうとしたので、私は手を前に出して遮った。



「一体どうした?」

「すごく殺気だっています。私の側から離れないように」



 私の言ったことが信じられない様子だが、黙って止まってくれた。

 そして一斉に騎士たちが部屋に入ってきて、抜刀してから取り囲んだ。

 そして最後にやってきたのは、領主の城にいた側近だった。

 細い中年の男がまるで笑いを堪えるようにこちらを哀れんだ目で見る。



「ジギタリス様、これはどういうおつもりですか?」



 レーシュの目を見ても臆することなく、ジギタリスはニヤニヤと見ているのだった。

 沈黙が我慢できそうに無くなってきたところで、やっとその口を開き始めた。



「レーシュ・モルドレッド。貴公の提言により領主から命が降った。ここを統括する責任者を全て捕まえるようにとね」



 先程の話し合いと同じことを言っている。

 だが同じ言葉なのに意味が通じている気がしなかった。

 それはレーシュも感じているようで、注意深く周りを見た。



「ならこの騎士たちの剣を下ろしてもらえないでしょうか。残念ながら敵の方が一枚上手でもう逃げられてしまいました。一度アビに報告して今後のーー」

「あー結構。それ以上はいい。貴公の言い分なんてものは通らないのだから」

「それはどういう意味でしょうか?」



 レーシュの声に警戒の色が混じる。

 ジギタリスという貴族は丸めていた羊皮紙を広げた。



「これが何か分かるかな?」

「店を出す許可証ですね。それが何でしょうか」

「私はしっかり調べないと気が済まないタチでね。そしたら驚いた。あれだけ領民に対して真摯な対応を見せていた貴公の、ペテンに引っかかったことにね」



 まるで傷付いたように胸を押さえる。

 雑な演技に殴りたくなるが、主人が何も命令しないのに勝手なことはできない。

 そして羊皮紙を持っていない左手でレーシュを指差した。


「このお店の許可証は君が出したものではないか!」

「馬鹿な!?」



 レーシュを見ると本人も驚きで目を見開いている。

 一体どちらが真実を言っているのだ。

 いや、このジギタリスには正直者の臭いは全くしなかった。



「出資者の名前や監査記録も貴公の名前が載っている。それなのに麻薬の密売が見つかりそうになったからと別の犯人を仕立て上げる。驚いたよ、まさかこれほど手の込んだことをするなんてね」

「言いがかりです! それにそんな書類なんぞ作ったことすらありません! 貴方様もご存知のはずです。私の経歴ではそのような仕事に就けないことを!」

「いくらでも誤魔化しなんてできます。あまりにも嘘を吐く姿に同情心も消えましたね。捕らえろ!」



 一斉に騎士たちがこちらに詰め寄ってくる。

 私はレーシュを逃がそうと柄に手を置いた。

 これくらいの数なら簡単に──!?



「攻撃するな!」



 レーシュから一喝された。

 どうしてと聞く前にレーシュと私は組み伏せられた。

 縄で縛られ口元にも布を巻こうとする。


「レーシュ様! 早くめい──!」


 一言蹴散らせと言えば脱出なんて簡単だ。

 それなのにレーシュは私を見ることなく黙って連行されていくのだった。

 無理矢理、別々の馬車の荷台に転がされた。

 真っ暗な暗闇の中で、レーシュが命令を出さなかったことに違和感があった。


「お前はここで大人しくしていろ!」


 乱暴にお城の牢屋に入れられた。

 平民だからと女でも容赦しないようだ。



「あの最低貴族の従者は平民でお似合いだな。あの男の処分が終わったら釈放されるから、あまり汚さんでくれよ」


 まるで馬鹿にするように元来た道まで戻っていった。

 いつかまた会ったらタダじゃおかない。

 ブルっと体が震えた。

 独房らしく、レーシュとは離れ離れになっており、さらに部屋に暖炉もないので寒かった。

 布団を被って寒さを耐え忍び、今日は一夜を過ごした。

 そして朝になり、一人の時間が続いた。

 家で帰りを待っている弟が心配だ。



「どうしよう。このままずっとここにいたらフェーが……」



 レーシュももちろん心配だが、それ以上に弟の心配がある。

 私がここにいる限り彼の世話は誰もできない。

 だが武器もないのに鉄格子を壊すのは厳しい。

 腰にある短剣を取り出そうとしたが、そういえば先程騎士から奪われたことを思い出す。

 貴族からもらった短剣と言ったが、由緒正しき名家の短剣を平民が持てるわけないだろうと、こちらの話に全く聞く耳を持ってくれなかった。

 そうなると手段を選んでいる場合ではなかった。

 全身に力を入れようとしたとき、ドタドタと足音を立てながら騎士が息を切らしながらやってきた。


「お怪我はありませんか!」

「は、はい!」


 血相を変えてやってきた騎士は牢屋の鍵を開けた。

 肌が見えるところを何度も見て、本当に怪我をしていないか確認しているようだ。



「貴女様をお呼びの方がいる。すぐに連れてくるように仰せつかっています。どうか私めの態度を報告だけはおやめください!」

「はぁ……」


 さっきまでの対応と違ってビクビクとしている。

 この少しの時間で何があったのだろう。

 私は牢屋から出されて、一緒に廊下を歩いていく。

 そして見知らぬ部屋の前までやってきた。



「先程ご報告致しました。客人のエステル様をお連れしました」



 どの口が言うかと思ったが、震えながらこちらを何度もチラ見するので逆に可哀想だった。

 それほどの身分の高い人が私に何の用だろう。


「ええ、入れてくださいな」


 中から入室の許可を頂いたので部屋へと入った。

 大きなソファー腰掛けて優雅にお茶を飲んでいる女性がいた。

 翡翠の髪はまるで宝石のようにみえ、同じく翡翠の目をこちらに向けた。


「お久しぶりです。エステルさん……でよろしかったしょうか?」

「貴女……様は──!?」



 馬車の車輪が壊れて身を放り出されそうになっていた人だ。

 ネフライトと呼ばれる貴族で、私を探しているとレーシュも言っていた。

 前の側仕えも主人の後ろに立っており、こちらに軽く会釈をした。



「そう言えばまだ自己紹介をしていませんでしたね。私の名前はネフライト・スマラカタ。どうぞよしなに」


 スマラカタという名前を聞いて、レーシュから言われたことを思い出す。

 大派閥のうちの一人でレーシュとは敵対する派閥らしい。

 でもこの人なら助けてもらえるかもしれない。

 私はあの時のお礼を今欲しい。

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― 新着の感想 ―
[一言] この辺りから領内貴族の派閥争いと、その渦中におけるレーシュ様の立ち位置が伺えますね。 現状では反領主派から庇護の代替として金銭等の上納と時には駒として利用される立場のようで… かなり厳しい…
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