側仕えと神様
敵に操られていたとはいえ、私は大切な人たちを傷付けようとした。簡単に人を操ってしまう加護に身震いする。
特に私は効きやすいらしいので、今後も同じような目に遭うかもしれない。
加護は一体なんだろう。
私達に加護を与えて神は一体何を考えているのだろうか。
「我を前にしてよそ見をするとは愚かなり!」
目の前に巨大なアギトが迫ってきていた。乗っている騎獣の手綱を引いて、横へと逃げた。
操られていた記憶は残っており、変わった側仕えミシェルから騎獣に乗れる魔道具をもらったので、それを使った。
普通の貴族が乗る騎獣とは違い、なぜか無駄に装飾が多く、馬が鎧を身につけ、さらに飛ぶたびに粒子が出るため目立ってしょうがない。
ただフェニル達を運ぶときにはかなり楽が出来たので、それくらいはよしとしよう。
こちらもやられてばかりいられないので、手綱をぐいっと引っ張って旋回してから攻める。
「どうしてみんなを苦しめるの! あんたは神様なんでしょう!」
血液を回して体中の力を腕に集めた。横に並び、皮膚を切り裂こうとすると、不可視のシールドに防がれそうになった。
「うりゃああ!」
だが私の一撃がそれを貫き、竜の鱗を切り裂いた。
血は出ず、その代わりに削った部分が粒子になった。
「ぐぬぬぬ。わけの分からぬことを!」
何か危険な気がした。急いで騎獣を操って距離を置く。
すると先ほどまで居た場所が爆発した。
「あぶない……」
見えない攻撃はやっかいだ。すると私の上で、変な魔方陣が現れた。
これも危ないやつだ。
「死ね! 人間が神へ逆らうでない!」
騎獣の速度を上げて、魔方陣から逃げる。
すると魔方陣から雷が落ちていた。
だがこれを避けて終わりでは無い。何度も私の上に魔方陣が現れるので、そのたびに避けた。
しかしちょうど進行方向に逃げ遅れた母親と子供が居た。
そして私を先回りした雷が親子に落ちようとしていた。
「させない!」
私はわざと魔方陣の下に行った。そして雷が落ちてきたので、それを剣で切り裂いた。
斬った雷は横に分かれて地面を穿つ。
親子に当たらずにほっとした。
「ありがとうございます!」
「いいのよ。貴方たちは私が絶対に傷付けないから安心して避難して!」
母親は頷いて子供の手を引く。すると子供は私をじーっと見て、手を振った。
「じゃーね、剣聖様!」
それだけ言って親子は走って行く。
しかしどうして私が剣聖だと分かったのだろう。
まあ、あまり気にしても仕方が無い。
私はまた邪竜へと向き直る。
「狙いは私でしょ? せこいやり方はやめなさい」
私と邪竜の目が合った。
「貴様、加護を浴びてるな。それにオーラもとてつもない。よくぞ人間でそこまで昇華したな。素直に賞賛しよう」
「えっ、あ、ありがとう」
なんで褒められたのだろう。
少しばかり変な気持ちになり、この神は本当に私達を苦しめている邪竜なのだろうかと疑いたくなる。
しかし邪竜はまた殺意のある目を見せた。
「それほどの加護を与えられる神を持ちながら、どうして我を召喚した。あまつさえ攻撃をするなんぞ、神々を敵へ回したいのか!」
まるで咆哮のように口を開けただけで空気が振動する。
しかし私も負けてはいられない。
「元々はそっちが国を荒らしたんでしょうが! 聖霊のレヴィエタンにジズ、ベヒーモス、こいつらのせいで国はめちゃくちゃだったんだから!」
怒っているということを伝えるつもりだったが、邪竜は静かに私を見つめていた。
「先ほどから何を言っている。聖霊を従えるほどの神は、お前達の命の雫、人間達が魔力と呼ぶものを大量に食っている神だけだ」
「だからそれが貴方なんでしょ! 邪竜フォルネウス!」
私は剣先を前に向けて、戦いの準備はいつでも出来ていることを伝える。だが驚きの言葉を放たれた。
「我はそのような名前ではない」
「えっ!?」
どういうこと。それなら目の前の竜は誰なのだ。
「そもそも我は契約すらしていない下級の神よ。命の雫をもらえるほどの強い加護を与えられる神なんぞ、数えるほどしかおらん」
「な、ならどうしてここに出てきたのよ!」
「言っただろうが。お前達が私を召喚したのだ。神を降ろせるほど加護を成長させたこの男に」
竜の姿が変わり、見覚えのある鎧姿に変わった。
それは私を操った王国騎士団長グレイプニルだった。私は頭が混乱してきた。だがまずはしないといけないことがあった。私は騎獣の上から頭を下げた。
「ご、ごめんなさい! てっきりその見た目から邪竜かと思ってしまって……もしかして神の裁きとかありますか?」
「我と互角以上のお前がいるのにそのようなことをすれば我も滅せられる。人間よ、よくぞそこまで成長した。願わくば我の依り代になってもらいたいくらいだ」
目の前の神は私を物欲しそうに眺める。ぶるっと背中が震えた。
「私が依り代になったらどうなるの?」
「お前の意識はそのままで、私はお前の中で同化する。そしてこの人間の土地で少しずつ信仰を増やし、貢ぎ物が増えれば、その分だけ土地が潤う。だが、お前達の神ほどの加護は与えられないだろうがな。この土地の神の力は絶大だ。よくこれほどの加護を与えて正気を失わずに済むものだ」
よっぽど最高神というのはすごい神様のようだ。
だからこそ私は気になった。
その最高神すら追い出せず、さらには目の前の神ですら下級と呼ばれるのなら、本物の邪竜はどれほど強いのだ。
──私は本当に勝てるの?
初めて恐いと思った。ここに出現したのが本物でなくて助かったのではないかと。
グレイプニルの身体から湯気が出始めている。
「そろそろ顕現化も難しいな。こやつの加護は成長しているのに受け皿が見合っていない。人と加護は表裏一体のはずなのにおかしなものだ」
私は一つだけ思い当たる。元々、剣聖の加護はグレイプニルに奪われたのだ。そのためこの男は別の加護を宿している。
敵意の無い神様は空を見上げた。
「帰るの?」
「ああ、勘違いで呼ばれた上に、滅せられたらたまったものでない」
それについては本当に申し訳ございません。
邪竜と勘違いしていた神様は粒子の竜になって空へと昇っていく。
その粒子が綺麗に国を舞い、そして戦いで壊れた家々が元の綺麗な状態に戻っていった。
──お前の洗練された加護への褒美だ。
さっきの神様はそれほど悪い存在では無いようだ。
グレイプニルは意識がないようでその場に倒れた。そうなるともう脅威になるものはいない。
「剣聖様、ありがとう!」
突如として私への感謝の言葉が聞こえてきた。
下を見下ろすと、この都市の民達が手を振ったり、祈りを捧げていた。
おそらくは私が邪竜を倒したと思っているのだろう。
脅威は去ったので、全てが嘘では無い。
みんなの不安を無くすためにも私は剣を振り上げて期待に応える。
──それにしてもみんな感極まり過ぎじゃない?
侵略者というよりもまるで英雄を見ているような歓声がいたるところから聞こえてくる。
これならレーシュ達が国王を追い出してもどうにかなりそうだ。
私も手伝うために、王城へと騎獣を動かすのだった。