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側仕えと姉弟ケンカの決着

 剣の加護――鍛錬

 力が制限される代わりに成長を促進させる。


 私自身へ問いかけると答えが返ってきた。

 面倒な加護だ。先ほどまでは普通に動けることができたのに、突然発動したのだ。

 唯一救いなのは戦いの感性だけはそのままのところだ。


 ズキッ!


「うっ!」


 突然、頭が痛み出した。すると親子の映像が少し流れ込んだ。先ほどのフェニルが赤子になっており、そして私にそっくりな母親、精悍な顔をしている父親、私と仲良くボロい家で暮らしていた。


「なるほど、先ほどの戯れ言はあながち間違いでは無いか」


 おそらくは私の過去だ。グレイプニル様と一緒に行動する前の。

 しかしどうして私はグレイプニル様に従わないといけない。そんな義理も義務も――。

 いいや、私はグレイプニル様のモノだ。

 疑問が一瞬だけ出たが、それがゆっくりと引いていった。

 それから別の場所が頭の中へ流れ込んだ。


「う゛ぁぁあ!」


 先ほどと打って変わってどこかの部屋だ。白い部屋だが、その造りからお金が掛かっていることは分かった。

 たくさんの子供達が性別関係なく机で両手を縛られていた。

 いたるところに血痕が散らばっており、ローブを身にまとった大人達が様々な注射針や薬を子供に与え続け、その合間に羊皮紙に何やら書き込んでいた。

 すると入り口から一人の男が入ってきた。

 大人達は誰もが膝を突いて作業を止めた。


「どうだ、優秀な受け皿は出来そうか?」

「もちろんです、ドルヴィ・メギリスト。特にこの娘だけ安定した数値を出し続けてます」


 私の知る国王より老けているので、もしかすると先代国王かも知れない。

 綺麗な金髪の娘はむすっとした顔で虚空を見つめていた。

 すると国王はにやっと笑って、その娘へ近づいた。


「ほう、良かったな。これが成功すれば貴族になれるのだぞ」


 娘はやつれた目を見上げた。


「貴族?」

「そうだ。神と同列の加護を手に入れることが出来れば、その身に神を降臨できる。神使のようにな。そうなれば我らは二度とどこにも負けない国になろう。そのためには最高神なんぞより上の神をこの国に呼び込まねばならん」


 国王は楽しそうにアゴの髭を撫でる。


「一騎当千の加護、人に渡ることで成長する加護だ。お前はそれを手に入れて成長させろ。その後に私がお前から奪えば、世界は我のモノよ」


 国王の言葉に娘は何も興味を示さない。ただ、彼女は黙って聞くだけだ。


「まだこの崇高な計画が出来ないのも無理はない。だがお前にも良い地位が用意されている。その時に感謝するだろう。レイラ・ローゼンブルクとして世に出るのを待っておれ」


 そこでまた別の場所に移った。

 平原の中で、小さな私がフルプレートを身につけて倒れている戦士を上からのぞき込んでいた。


「起きた?」


 無邪気に小さな私が尋ねた。すると戦士は少し笑っていた。


「強いな。初めて一騎当千が破られた。加護が移っただろ」

「加護?」

「ああ、呪われた力だよ。おかげで眠り方を忘れた」

「でもさっき眠ってたよ?」

「あれは気絶と言うのだ……ただそうか、あれも眠るなのね。あー、体がだるい。何もしたくない。ずっとこのままこうしたい」


 戦士はその風貌と裏腹な子供のように体を横にした。


「ならここに居たら?」

「えっ……」


 戦士はその提案に少しだけ悩んだ。しかし――。


「だって辛かったんでしょ?」


 小さな私は無邪気に兜越しに頭を撫でていた。


「少しだけこの村に居てもいいか?」

「もちろんだよ。あっ、でも金貨はもらうからね! 約束だったもんね!」

「ふっ、ははは!」


 戦士は急に高らかに笑い出した。知らない私の過去の話だ。そしてもう一人の誰かの記憶。


 しかし今は感傷に浸っている場合では無い。

 空を見上げると、貴族達が作った魔法の海が現れていた。

 私の力は落ちていても、こんなもので私は負けることは無い。

 私に斬れぬものはない。

 さらに全身へ血液を回していく。まるで湯気が出ているかのように体が熱く、熱くたぎっていくようだ。


「貴様ら、最後のあがきをしてみせろ! 天の支柱!」


 攻めへの力へと変え、何度も何度もエネルギーを増やしていく。



「セリとスズナの合わせ技、奥義ナナクサガユ!」


 何度も高速で突きを繰り出した。その速さは一回の瞬きの間に千回を超える。世界を突き刺し、そして世界を押す。

 空気が一瞬で圧縮と膨張を繰り返して、その力は空に浮かぶ貴族達へと流れていった。


「総員、神への祈りを捧げよ!」


 モルドレッドの合図と供に一斉に詠唱が流れ出す。


「最高神スプンタマンユは我らの父なり。大海に軌跡を作り給いて、我らに大地を与えた者なり。裁定を与えよう。我は神なり。全てを導こう。己が運命を進むために」


 空の海が私の攻撃に立ち向かうために動き出した。

 天と海が、地にいる私に刃向かってきた。

 だがそんなものでは止めることはできない。

 お互いの力がぶつかり合い、拮抗したかのように一瞬だけ止まった。

 だがどんどん上へと海は昇っていく。

 このまま行けば自分たちの魔法に殺されることになるだろう。



「お前達の力をその身で味わうといい! あははは!」


 私の勝ち。そう確信した。


「がはははは! いいところで来たじゃねえか!」


 がさつな声と供に一人の男が空から現れた。

 紫の髪を持った半裸の大男が、魔法の海へと飛び乗った。


「本当に嬢ちゃんが敵になったんだ! 大将、本気でやるがいいよな?」

「ああ、これまでの戦いであいつには傷一つ付かないのは確証が得た。海賊王ウィリアムよ、お前の戦場を用意したんだ、その称号に恥じない働きをしろ」

「がはははは! 最高だぜ!」


 ウィリアムは海の上で立っていた。すると先ほどまで私の力が海を押し上げていたのに急に速度を落とす。


「一天一海!」


 ウィリアムが海へと拳を打ち付ける。

 海がどんどん脈打つ。ボコボコと音出していき、水の青い色がどんどん赤くなっていく。

 力がどんどん熱へと変換しているのだ。


「いいぞ、もっと来い! 私を楽しませろ!」


 全力の戦いに私の心も踊る。


「っち! 強えな、嬢ちゃん! こんだけお膳立てされても足りねえ! なんて弱気になるわけねえだろうが!」


 ウィリアムはその豪腕を何度も海へ叩きつけていく。そんなもので何の意味があると思った。しかしまたもや押し返す力が弱まっていった。


「海よ、俺に従え! 俺は海も空も支配する、海賊王だぞ! オラオラオララッ!」


 その姿はまさに鬼。体から発するオーラが私へ語る。

 ――剣聖よ、海が相手になろう。


 ウィリアムは拳を打ち付ける。その姿に一瞬だけ私は怯んだ。


 ――なんだと……私が恐れたのか。


 ビリビリと肌が震え出す。私はさらに突きの速度を上げる。いくら力が半分になろうが、負けていい理由にはならない。


「加護、一天四海!」


 ウィリアムの叫びと供に、海の下にさらに海が生まれ、それが四層生まれた。一つの海から四つの海になったのだ。

 その分、こちらを押し返す力が増えたのだ。

 奴の加護は海を生み出したのだ。


「馬鹿な……加護が進化したのか!?」



 とうとう私の力が押され出した。足が支えきれなくなり、どんどん後ろへ押されていく。


 私が負ける?

 そんなことは許されない。


 剣の加護――解放。


 その時、私の力に元の力が流れ込んだ。相手の実力によってその力は変化するようで、私は自分の幸福に歓喜する。

 やっと重りが取れ、私の本来の全力が出せるのだ。



「海賊王、見事だ。だが、残念だったな。お前の相手は最強の剣聖だ。お前の首は大事に飾ってやろう!」


 突きの速度を更に増やし、私は世界から海を押しだそう。

 ウィリアムも口から、体から血を流して限界を迎えようとしていた。


「お姉ちゃん」


 チラッと見てしまった。ささいな瞬間に気を取られてしまった。いや、こんなのは隙ですら無いはずだった。

 だがこれが私の最大のミスだった。

 体が硬直した。


「何を――した?」


 私の言葉にフェニルはにやりとした。


「オルグさんから教えてもらってね。本能を怯えさせる技術だよ。この瞬間を待っていたんだ。仏の座は一回しか相手を麻痺できないから、もう大丈夫だと思ったでしょ?」


 この一瞬で私に反撃する時間が無くなった。

 その時、上からモルドレッドが宣言した。


「言っただろ、これは剣聖と賢弟の戦いだと。俺たちはお膳立てをしたまでだ」


 もう目の前まで海がやってきた。押し返すのはもう不可能だ。


「フェー!」


 黒装束はフェニルを掴まえて一緒に体を抱きかかえて衝撃に備えていた。

 私もこのままではズタボロになる。


「甲羅強羅!」


 全身を強化して、耐えるしか無い。海が私達を巻き込んだ。濁流に飲まれ、長い時間流される。

 そしてやっとどこかの森で止まった。


「ぶぱっ!」


 あやうく溺死するところだった。しかしそれでもまだ私はやられてはいない。

 これから戻って皆殺しにすればいい。

 また力が戻ったのだからそれは容易だ。


「げほげほ――」


 少し離れたところで、私の弟を名乗るフェニルが居た。

 黒装束とははぐれたようだ。しかしあちらも流されて体力を完全に奪われ、動くことすらできないようだ。


「やってくれたな。真っ先に殺さねばな。お前を舐めていたのがいけなかった」


 私は剣をフェニルの首へと添える。苦しませはしない。それこそが情けだろう。


「へへっ、僕の初勝利だね」

「何を言っている?」


 これから殺されるのに何が勝利だ。

 気が狂ってしまったか。


「家族だからね、よく知っているよ。お姉ちゃんの最強の弱点をね」

「ほう、面白い。死ぬ前に言ってみろ。それくらいの時間は与えてやる」


 フェニルは周りを見ろと私へ言う。何かおかしなことはあるのか。ただの森の中で木々があるだけだ。


「お姉ちゃん、ここからどうやって王都へ帰るの?」


 言葉が出なくなった。身体が震え出す。私は何度も遠くを見渡そうとしたが、似たような場所ばかりだ。


「海が通った跡でいくらでも――」

「それで帰られるならお姉ちゃんはこれまで道に迷わないよ」


 またもや言葉が出なくなった。

 そしてフェニルの声はどんどん饒舌になっていく。

 だがもうこの子の言葉が耳に入らない。敗北はあってはならないのに役目を果たせなかったのだ。


 ――負けた、負けた、負けた。


 その言葉が私の心に入り込み、頭を真っ白にしていく。まるで私の意識が溶けて消えてしまうような。


「方向音痴のお姉ちゃんが帰る頃には戦いは終わっているだろうね。初めて姉弟ケンカに勝ったよ。といっても少しせこいけどね。褒めてはもらえない……か……な」


 フェニルはその言葉を最後に膝立ちから私の方へと倒れ込んだ。全力を出した少年は満足そうに意識を失ったのだ。


「フェー!」


 黒装束を身につけた”ヴァイオレット”が息を切らしながらこちらへやってきた。

 私へ寄りかかっているフェニルを見て動揺したのか、ヴァイオレットは目を獣のように瞳孔を開かせて、持っている短剣で捨て身で突っ込んできた。

 それを私は片手で短剣をはたき落として、ヴァイオレットの首に腕を挟んで引き寄せた。


「離せ! フェーのかたき!」


 殺意を飛ばすヴァイオレットの頭を優しく撫でた。


「頑張ったわね。二人とも」

「えっ……」


 意識がやっとはっきりした。ずっと変な夢を見ていた気分だ。愛する人達を攻撃してしまうなんてあってはならないのに。

 それでも私は誇らしかった。


「すごいわよ、フェー。これでも私、負けなしだったんだからね」


 満足そうに眠っているフェニルに少しだけ悔しさがあった。それと同時に彼の成長が本当に心から喜ばしい。


「あとはお姉ちゃんに任せなさい。私が全てを終わらせる」


 遠くから突然、大きな気配が生まれた。三大災厄よりも上の存在が遠くにいる。おそらくはこれが邪竜であろう。


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