側仕えと姉弟喧嘩
少年の一撃で私の体は痺れてしまい、空中で身動きが取れなくなってしまった。
目の前の少年と目が合う。
「貴様、名はなんという?」
「フェニルだよ。お姉ちゃん、そんなことも忘れたの?」
心の奥底でジーンと来る感触があった。しかし今は戦闘中なので、その感覚を意識しないようにした。
「覚えはないが良い名前だな。ここまでの戦いは見事だが、もうじき私の体に感覚が戻る。そうなればこの黒装束ならまだしも、お前では力不足だ」
私を姉と呼ぶフェニルは、齢にしては力量はあるだろうが、それでも私と戦うには弱すぎる。
私の技を使えるようだが、しょせんは劣化版だ。
「そんなのは百も承知だよ。だからこそこっちは頭を使うんだ!」
フェニルは腰から小さな玉を取り出す。それは先ほどミシェルから渡された”騎獣”を呼び出す魔道具にそっくりだった。
その玉を砕かれると、光り輝く馬が出現して、空を駆け出すと、助走をつけてこちらへ突進してきた。
痛みはないが、さらに私は地面への降下を早めた。
「くっ!?」
黒装束も私の拘束を外して、フェニルを抱きかかえて一緒に地面へと落下する。
どうやら私と地上戦をしたいようだ。
しかし気になる点もあった。
──あいつらはどうして先へ行かない?
モルドレッド達は未だにこの場を動こうとしない。
何やら目を閉じて一斉に何かを呟いていた。
──魔法で倒そうとする腹積もりか。
しかしどんな魔法が来ようとも万全になれば私には効かない。
たとえ体が不自然に重りが入って、力が半分しか出せずとも問題ない。
やっと体の痺れが和らいできた。
地面に衝突する前にこの煩わしい馬をまずはひねり潰そう。
剣を離してしまっているため、手元には無い。横目にチラッと剣の切っ先が見えたので、私は腰からワイパーを取り出して、投げ縄のように投げた。
うまく切っ先に引っかかり、それを引き寄せて私の手元まで戻した。
「馬ごときが、私の邪魔をするな!」
剣で騎獣を無数の斬撃で切り裂いた。
これで邪魔な障害物もなくなったので、私は迫る地面へ剣圧を放って、ふわっと体が浮かせた。そのまま体をくるりと回転させて地面へと着地した。
私に続いて、黒装束と担がれたフェニルが地面へと降り立った。
私の足止めはこの二人だけで行うようだ。
「あの上にいる者達が頼りなんだろうが、もう隙はみせん。まとめて掛かってこい」
誘ってはみたがあちらから動いてこない。時間稼ぎなら、時間を与えるのは馬鹿のすることだ。
「ではこちらから行くぞ!」
地面を蹴って距離を詰めようと走り出すと、いつの間にか足下まで近づいていた黒装束が足払いを掛けに来ていた。
「暗技、足殺し」
足にトゲのようなでっぱりがあり、紫色の液体が塗られていた。
「狙いはよし、だが遅い」
身を投げ出して、両足を浮かせた。相手の足払いは空振りに終わり、可愛らしい舌打ちの声が聞こえた。
──こいつも年端のいかない子供か。
声からして女。しかしよくぞこの年で大人を圧倒する力を得たものだ。素直に賞賛する。
倒したかったがこちらも前に身を乗り出すような姿勢になってしまったので、先にフェニルを潰そう。
「行かせない!」
後ろから迫ってくるのが分かる。切り返してきたのだろうが、少し判断を誤ったな。
「ふんっ!}
地面へ剣をぶっさして無理矢理に急停止して、私は剣の柄の上に乗った。
「やばっ!?」
黒装束も予期していなかったのだろう。ぎりぎりまで引きつけて剣を地面に刺したので、このまま突進すれば勝手に剣に突っ込んで真っ二つになる。
「速さがあだになったな」
もうこいつも止まれない。
これで一匹始末した。
そう思ったが、次はフェニルが動いていた。
「ヴィー!」
フェニルの手からワイパーを投げるのは見えた。
それは黒装束の足に絡まり、寸前で強く引くことでわずかに身をよじらせ、肩を軽く切るだけでそのまま素通りしていった。
「ほう、良い腕をしているな」
この少年にはたまに驚かされる。実力と比例しない技の冴え。もしや何か加護が関係しているのかも知れない。
「うっ、ごめんフェー」
「本当だよ。僕が相手するって言ったのに無茶して」
「だってフェーが危ない目に遭う。それはいや」
「ヴィー……」
なんだか甘ったるい。ここを噴水前の公園と勘違いしているのでは無いか。
だがフェニルの目に先ほど以上に強い意志を感じさせる。
「お姉ちゃん、今本気で殺そうとしたね」
「当たり前だ。ここは戦場だぞ。弱いやつは死ね」
するとさらにフェニルの目が鋭くなった。
「お姉ちゃんはそんなことは言わない。僕が目を覚まさせてやる!」
剣を構えたフェニルに思わず笑いそうになった。
「身の丈に合っていない剣で何ができる。せいぜい時間を稼げたらいいな!」
剣から飛び降りてまた走り出す。未だに体が重いがそれでも十分だ。
フェニルの剣もまた私を撃退するために振られる。
何合も打ち合い、奇妙な感覚に襲われる。
「これは私と似ている……いいや剣筋がそのままの私だ……」
目の前で打ち合う剣は紛れもなく私の技法だ。
お互いに同じ技量で戦えば決着がつかない。
「私を真似ているのか?」
「そうだよ。これが僕の加護、天衣無縫の力だ」
やっと合点がいった。先ほど私と同じナズナやホトケノザを使えたのは、過去に私の技を見たからだろう。ぞくぞくと背中が震える。
期待していなかった敵が思った以上に楽しめるのだから。
「ならこれは想定していたか?」
「なっ!?」
剣筋を変え、そしてフェイントを掛けた。
「って驚くと思った?」
今度は私が驚かされた。フェニルの剣がフェイントにも付いてきたのだ。
「言っておくけど、真似られるのは表面だけじゃ無いよ。その人自体だ。一瞬先までなら未来だって見える!」
思った以上にやっかいな能力だ。しかし相手が悪かったな。
「べらべらとよく回る舌だな」
フェニルが私に剣を合わせようとしたが、それをすり抜けて、全身を切り刻んだ。フェニルの体から血が噴き出した。
「えっ……」
「その小娘に助けられたな」
ぎりぎりのところで黒装束の短剣が軌道を変えたのだ。
地面へ膝を突いてフェニルが倒れそうになる。
「何も考えずに剣に任せた。途中まで良かったな。だがお前の相手は剣聖だ。偽物よ、身の程を知れ」
無効化したフェニルは勝手に死ぬだろう。
「フェー! よくも!」
逆上した黒装束が突進してくる。先ほどよりも繊細さを欠いて。
「お前では話にならん」
剣を離して、黒装束を組み手で制する。相手の腕を取って、そのまま後ろへと放り投げた。
地面へ強く打って、何度もバウンドしていった。
しばらく帰ってこれまい。
「さて、そちらも覚悟は出来たか?」
空で飛んでいる者達へ言う。
モルドレッドはこちらを見下ろす。
「ああ、こっちも特大のができあがったぞ」
空を覆い尽くすほどの海があった。魔法で作り出したものはなんと幻想的か。
「ほう、良いモノを見せてもらった。それを私へ放つのか? それなら褒美はそなたの首で良いだろう」
たとえ海であろうとも私に斬れぬものなんぞない
モルドレッドの首を確実に斬るため、私も全身へ力を注ぐ。
「受けてみよ、私の全力を」
次で全てを終わらせる。