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側仕えと夫婦ケンカ

 敵が攻めてきた報告を受け、私は真っ先に騎士達を城門の外に集まるように命令していく。現在私の主であるグレイプニル様は不調で眠りについており、絶対に起こすなと厳命されていた。

 偶然にも通りかかったミシェルが私のサポートをしてくれたおかげで混乱も少なく、こちらも迎撃のために騎士達を集めることが出来た。


 ――それにしてもなんだかこの者達のだらしなさ?


 私は相手を見ればある程度の実力者か分かるが、どの者達もまるで訓練をしていないかのようにたるんでいた。

 動きも鈍く、戦いと聞いて怯える者ばかりだ。

 まだあちらの姿は見えないが、もうしばらくしたら姿を見せるだろうと。先兵から聞いている。


「エステルちゃんー、おまたせ」


 私を呼びながら、馬車でやってきたのはミシェルだ。彼女は国王陛下へ騎士達を鼓舞するように頼みに言ってもらっていた。

 だが彼女しかいないのならそれは断られたのだろう。


「国王陛下は何かおっしゃっていたか?」

「ええ、汗だくで荒い息を出しながら、今は楽しみ中だから後にしろって言っていたわ。あんな人の相手をしないといけない女の子は可哀想よね」


 そういえばどこかの領主と婚姻を結んだと言っていたのを思い出す。

 急に心の内から嫌悪感が出てしまったが、グレイプニル様の主に対してそんな感情を持ってはいけない。すぐに私は考えを振り払った。


「そうか。なら私が指揮官としてこの戦いを監督する」


 集まる千の騎士達は練度が低くとも数は武器になる。私の加護があればそれすらいらなかったのだが、あいにくとグレイプニル様へお譲りしたので、その加護も失われていた。

 しかし前よりも身体の調子が良く、どうやら加護によって力が抑圧されていたようだ。

 これこそが私の本来の力なのだろう。


「お、おいあちらを見ろ!」


 騎士の誰か怯えた声をあげる。顔をあげて空を見上げると、山脈を越えてたくさんの黒い影が見えた。


「鳥? いいや、あれは貴族が乗る馬か」


 空を飛んでやってくるのは貴族だけが使える魔法。後ろが海で囲まれている王都は外敵と戦うのに適しているが、空から来られるなら地の利もない。

 あちらには良い騎士達が多いのだろう。私はちらっと自軍を見るが、どいつもこいつも顔を真っ青にして、腰を抜かしていた。

 仕方の無い奴らだ。


「ふんっ!」


 私は地面へ剣を突き立て、剣を通して地脈へと力を押し込んだ。

 すると地面が一瞬だけ脈を打つ。

 全員が急な地面の動きに驚いて声を上げた。

 私は続いて声を張り上げた。



「狼狽えるな!」


 私の一喝で全員の意識がこちらへ向く。


「あの程度なら私一人でどうにかなる。お前達は取りこぼしだけ討ち取ればいい。貴様らには剣聖が付いている!」


 剣聖という言葉は思った以上に安心させる言葉だとわかり、あえてそれを出してみた。

 するとやはりわかりやすく、騎士達も安堵している。


「ミシェル、お前は戦いの力がないのだろ? 後方で待っていろ」

「もちろん、そのつもりです。あっ、これを持ってて!」


 ミシェルが私へ手のひらサイズの玉を渡してきた。


「なんだこれは?」

「一回だけ騎獣を出せる魔道具です。空を飛べるので、必要になったら使ってくださいませ」

「私はこんなのが無くとも空くらいは飛べるぞ」


 しかし彼女は押しつけてくる。

 邪魔になるだけだからいらないと言っているのだが、「絶対に必要になりますから」と強引に腰の布袋へと入れられた。


「お前だけだ。唯一逆らえないのは」

「あら嬉しいことを言ってくれますね」


 褒めてはいない。だが彼女は楽しそうに笑っていた。彼女と別れ、私は騎士達を率いて迎え撃つために平原を進む。

 騎士達は騎獣で空を舞い、私は騎士の騎獣の背中に立った。


「ははは、イライラを発散するのにちょうどいいな」



 ずっと戦いたくてたまらなかったが、その機会がなくてつまらなかった。

 たとえ雑魚兵でも暇つぶしにはちょうどいい。


「顔を伏せていろよ。お前の首まで刈り取りかねん」


 私を乗せている騎士は慌てて首を両手で添えて下に下げた。

 腰に下げている剣を抜き取ると、まるで力が溢れそうになった。


「ふむ、よく分からぬがまるで剣と一体化しているような気にしてくれるな」


 加護のことは少し聞いているが、正直眠りたくなるほどつまらなかったのであまり覚えていない。

 私がやるべきことはただ敵を殲滅するだけだ。


「では挨拶代わりに受けてもらおう。剣の嵐を乗り越えられるかな?」


 体の血液が急速に加速する。するとどんどん体中の力が増していった。

 そして局所的に腕へ力を集め、空飛ぶ者達を一撃で終わらせる。

 剣を振り上げて構えた。


「ナズナ(邪)!」


 剣を振り切ると剣風が音を置き去りにして進んでいく、敵兵のいる元まで斬撃が飛び、その進行方向にいる鳥たちがずたぼろに切り裂かれていった。

 その血を含んだ斬撃が風を巻き込みながら赤黒くなっていく。

 もしそのまま受けたら人間であろうとも同じ末路を迎えるだろう。

 敵が一斉に手を前に広げている。

 するとまるで不可視の壁に防がれるように受け止められた。


「ほう、魔法か。便利なのものだ。だがな、あいにくと、そんな弱そうな盾で最強の矛を防げるわけがなかろう」


 止まったのは一瞬だ。すぐにその見えない壁がガラスが割れるように、空の上で砕けていた。

 驚愕している顔が見え、私を甘くみた末路だ。

 だが一人の幼い少年が前に出て、身の丈より少し大きな剣を持ち上げて、私と同じように剣を振り切った。


「なん……だと?」


 それは紛れもなく私が放った斬撃の”ナズナ”だった。

 私の放ったものより小さな剣風が私の斬撃とぶつかった。本来ならただのそよ風のように巻き込んでいくはずだったが、あちらの魔法の壁で勢いを減らされたせいで私の斬撃を打ち消したのだ。

 その風が私の元へくるころにはもうすでにそよかぜになっていたが、それでも私の一撃は破られたのだ。悔しさはあったが、それより喜びがあった。


「少しは楽しめそうだな」


 期待していなかった分、喜びが大きくなった。


「針千本!」

「加護、百花繚乱!」


 あちらから何かが飛んできている気配があった。

 目を凝らすと針が飛んできているのが見えた。

 しかし近づくにつれて、その針が何千本にも増えていく。


「奇怪な術を使うな。ならハコベラ(邪)!」


 人の足場では戦いづらいので私は空気を蹴って空を舞う。

 私は問題なく切り抜けられるが、雑兵の数を減らすのはまずい。

 守りの技を使って受け取るしかない。

 血液の再度加速させて、私は全身へ力を張り巡らせた。


「ナズナ(邪)!」


 地面へと剣の斬撃を飛ばして、土しぶきを舞い上がらせる。

 針が迫り来るまでに何度も打ち付けて、その土しぶきが壁のように空で作られる。

 カランという音を立ててどんどん針がこちらへ到達する前に落ちていった。

 私の後ろの者達は誰一人も傷ついていない。


「これが剣聖……」


 こちらの騎士が呟いた。私は振り向き、それににやりと笑って見せた。


「言っただろ。この程度、私一人でどうにかなる」


 だが思った以上に楽しめる。お互いに攻撃しあっただけで、まだ挨拶のようなものだ。


 しかしあちらは急に騎獣を止めてこちらの様子をうかがっていた。何か対話を考えているのか?



「剣聖殿、おそらくあの赤髪と緑髪の親子はコランダムとスマラカタだと思われます」


 先ほど少しだけ話を聞いており、敵兵の首謀者だと思われる者達だ。

 あちらは私を見て少しばかり信じられないものを見るようだった。

 まるで半信半疑だったものが確信に変わったような。


「コランダムとスマラカタ両名に告げる。もうすでにこちらの領地へ侵入してきた貴様らを生かして返すつもりはない。せいぜい、私を楽しませてから散れ!」


 相手の顔が恐怖で歪むのを期待したが、二人の大貴族ではなく、もう一人の黒髪の男が前に出た。


「昔のお前でも、もっとマシな言葉遣いだったぞ」


 黒髪の男は私をジッと見ていた。辛そうに顔をやつらせており、体に合わない鎧もあって、かなり貧相に感じた。


「誰だ、お前は? 私は指揮官に話しているのだ」

「私が指揮官だ」


 間髪入れずに答えてきた。

 指揮官を名乗る男は突然、思ってもいなかった言葉を投げてきた。


「エステル、助けに来たぞ」


 その言葉を聞いて急に心が締め付けられる。その顔になんだか見覚えがあった。

 後ろの騎士達が「モルドレッド――」と聞こえてきたので、すぐに名前が分かった。


「モルドレッドと言うのだな。あいにくと私は誰かに助け必要なことはない」


 脅しを込めて殺気を放ってやった。脂汗を出しているが、それでもどうにか意識を保っているようだ。

 しかしまたさらにモルドレッドは言葉を続けた。


「さて、メギリスト領の皆々様、私はレーシュ・モルドレッドです。昔は父が失礼しました。ただ国を荒らしてしまい、あまつさえ邪竜とゆかりのある王族を全て殺せなかったのですから。ですが、ご安心ください。鬼の子として、次こそは成功させます。前とは違い、こちらも戦力を揃えましたので。私が考案した契約魔術でね」


 モルドレッドの言葉に後ろの騎士達が騒ぐ。

 一体、何に動揺しているのだ。


「そちらはこちらを無力化でいいとおもっているかもしれませんが、私がこの作戦に失敗すればローゼンブルクの貴族は一人残らず死ぬように契約を結んでおります。そうなれば困るのはそちらも同じでしょうね。これまでローゼンブルクには大量の魔力を要求していたのだからな」


 ふんっ、脅しにもならん。そんなのは私が気にすることでは無い。

 剣を構えようとすると、こちらの騎士が私を止めてくる。


「剣聖殿、お待ちください!」

「そうです。先の内乱でかなりの貴族が減って、この領地も魔力が足りていないのです。ここでローゼンブルク領の貴族が全て死んでは立ちゆかなくなります」


 よく分からない貴族のルールだ。だがむやみに殺してはグレイプニル様がお困りになることだけは分かった。


「ならどうするのだ? 何かその契約魔術を解く手段はないのか?」

「それはモルドレッドの命を奪うことだけでしょう。あちらも契約魔術で縛られて、モルドレッドに逆らえなくなっていますが、我々には特に関係ありません」


 なんだ、結局は答えは簡単ではないか。

 目の前の男を殺せば全て解決する。



「お前とはなんだかんだこれが初めての夫婦喧嘩すだな」


 こいつは何を言っている。私がこいつの妻だと?

 人を小馬鹿にしてそうな性格の悪そうなこいつと私の相性が合うわけなかろう。


「ふっ、何を世迷い言を。私に伴侶なんぞおらん。この身も心もグレイプニル様へ捧げているのだからな」


 相手を嘲笑してやると、モルドレッドの顔が一気に歪む。


「なるほど、あの男はよっぽど俺を怒らせたいらしいな」


 おかしなことを言う。こいつが怒って私を倒せるのか。


「お前が怒って何になる」

「これでもアビ・ローゼンブルクと学友時代は軍師を務めたものでね。一騎当千のお前に俺一人で勝つのは難しいだろう。だが俺には俺の一騎当千がある」


 一体、この男の自信はなんだ。私の殺気で怯えながらもそれでも目には絶望が無い。

 だがその理由がすぐに分かった。


「お、王都が燃えてる!?」


 仲間の声で私は後ろを振り返った。

 王都で煙が上がっている。どうしてだ。他に空から攻めてきた者はいないはずだ。

 もしやすでに前から潜伏していた?


「剣聖殿、海から敵兵です!」

「なんだと!? なぜ、そんなの気付けない!」


 海なら見晴らしもいいだろう。私は苛立ちながら確認する。


「そ、それがこれまで海は魔物のせいで船を出せなくなっていましたので、監視が手薄になっておりまして……」


 最悪だ。グレイプニル様から任されているのに全く代わりが務まっていない。


「お前達は王都の援軍へ向かえ。私もこちらを片付けたら向かう!」


 役立たずの騎士でも時間稼ぎは出来るはずだ。


「そういうことだ。お前達と遊んでやるつもりだったが、残念ながらそんな時間もない」


 飛行したまま距離を詰めた。モルドレッドの視線はいまだ止まった。私が動いたことすらまだ気付いていない。

 剣を振ればそれで終わり。


 ――させない。


 頭の中で私の声が聞こえた。体が急激に重くなり、まるで体に山を背負っているようだった。

 遅くなった私に二つの影が、モルドレッドとの間に差し込む時間を与えてしまった。

 まだ十歳くらいの少年とそれと同じくらいの背丈である黒装束の子供が動きを合わせて拳を放った。


「くっ!?」


 普段ならこんな遅い攻撃なんぞ簡単に避けてみせるのに、突然重くなったせいで反応が遅れた。

 だがそれだけだ。まだ間に合う。

 黒装束の拳の方が早かったので、剣を離して手刀で弾く、あとはもう一つの少年の拳を受け止めて、その反動で後ろに下がればいい。


「お姉ちゃん、残念だけどそれは悪手だよ」


 なんと言うべきだったか。お姉ちゃんではない!、それとも握手なんてぼけたことを言うな、だったのか。

 ただこの少年の拳を手のひらで受け止めたことだけは失敗だった。


「加護、天衣無縫。仏の座!」


 手のひらから伝って、力が内部へと入ってくる感覚があった。

 全身が痺れ、身動きが取れない。体の奥底まで力が向かおうとしたため、ダメージが残る前に私は体の内側へ力を集中させざるをえない。


「くっ、甲羅強羅!」


 力の流れる道を作り、どうにか体は無事で済んだ。

 姉と呼んでいたわりには容赦が無い。だがまだ体の痺れだけはとれていない。

 黒装束がその時間を逃さず、私の首にまとわりつき、首を折ろうとしてくる。

 だが、そんなのは私には効かない。


「お前の細腕ごときにやられはしない。ゴギョウ(邪)」


 全身へさらに守りの力を固める。鋼のように体を強化してしばらく耐えればいい。

 だが少年もまた私の体に乗りかかった。


「みんなを気絶させる技を出さないように誘導したんだ。さあ、一緒に地面へ行こう」


 しまった――。

 こいつらは私の足止めをするつもりだ。

 だが体がピクリとも動かないためどうすることもできない。

 そのまま自由落下で落ちていく。

 するとモルドレッドの目と合った。


「剣聖と賢弟の戦いだ。お前の弟の成長を肌で感じてみろ」


 苛立つのと同時に心の奥底で楽しみにしている自分がいた。

 この感触は何だ?


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