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側仕えと叛逆者レーシュ・モルドレッド レーシュ視点

 俺の名前はレーシュ。

 馬車に乗って領主の城へと向かう。領主不在のため、おそらく差出人は大貴族のネフライトであろう。

 やりづらい人物だが、苦手だからと避けているヒマはない。

 これからのことをシミュレートしていると、突然クラッと椅子から転げそうになった。

 しかしサリチルが両手で肩を掴まえてくれたおかげで、どうにか怪我をせずに済んだ。


「レーシュ様、血を変化させるためとはいえ、大量の血抜きの跡がありましたね。あまり無茶をされなませんように」


 俺の血が契約魔術で国王に縛られているので、それを根本から変えた。

 そのせいか体に寒気や気持ち悪さが続く。

 しかし今は休んでいるヒマは無い。


「大丈夫だ。これからが大勝負なのだからな」


 エステルを救うためにいくつかの障害を乗り越えなくてはならない。

 これからのことはいわば前哨戦のようなものだ。

 こんなところで躓いてはいられない。

 サリチルもこれ以上は無駄だと思ったのだろう、黙って座り続ける。


「レーシュ様……」


 向い側に座るフェニルが俺と同じくらい顔を真っ青にして、恐る恐る尋ねてきた。


「これって本当にいいのですか? 反逆罪とか殺されませんか?」


 何を言っている。こいつには最強の護衛がいるではないか。


「ヴァイオレットに守られているお前が殺されるわけないだろ。逆に血祭りに上げられてお終いだ」


 フェニルを守っているのは、ヴィーシャ暗殺集団という裏組織の当主だ。彼女の正体を知るのは一部だけであろう。もちろんフェニルには伝えていない。それはエステルからもお願いされていることだ。


「いや、そうでしょうが、国から追い出されてしまったら、路頭に迷わないか心配で……」


 フェニルは姉とは違い心配性な傾向がある。もちろん今回のことはどんな者でも不安になってしまうだろうが、俺がエステルの家族を生きていけなくするわけがない。


「お前の姉は領主や神使に文句を言う女なんだぞ。今さらだ」

「うちの姉がすみません……」


 ちょうど馬車が城へと到着した。いまだに顔が真っ青な義弟を気遣わねば、些細なミスを呼ぶかもしれない。


「心配するな。お前の姉の旦那はこう見えても凄いのだぞ」


 フェニルも覚悟を決めたようで俺の後ろを歩く。

 礼装の服を正して、気持ちを引き締める。たくさんの馬車が見えるので、おそらくは各領地の主たちが招集されているはずだ。

 領地会議以来の各上級貴族達との対面だ。

 城を守る騎士が俺たちの姿を確認して、すぐさま取り次ぐ。

 しかし帰ってきた騎士は怪訝な顔をしていた。


「モルドレッド殿は呼ばれていないようなのですが?」


 話のわからんやつだ。昔は中級貴族で言われ放題だったが、今では俺より地位が高い者なんぞ数えるほどしかいない。そのため下手に無下にできないのだ。俺はそれを利用して不機嫌な声を隠さず伝える。


「俺の義弟が呼ばれているのに、俺が来ない理由が無いだろ。それに馬車の家紋を見れば、各領地のナビ達が来ていることくらいわかる! 俺だけ呼ばない理由を言ってみろ!」

「そ、それは……」


 騎士がしどろもどろになり、これでは埒もないので、俺は横を素通りした。

 騎士が止めようと必死に宥めようとするが、俺は無視をして、通り過ぎた。

 どんどん騎士達が騒ぎを聞きつけて集まってくる。


「フェニル、こいつらが俺に危害を加えたら問答無用で切り捨てていいぞ。剣聖の弟に挑む気概があればだがな」

「は、はい!」


 フェニルにもちろんそんな血なまぐさいことをさせるつもりはないが、脅しが効いたのか騎士達は遠目から引き留めることしかできない。


「モルドレッド殿、どうか各上級貴族達が集まっているので騒ぎだけは――」



 俺は全ての言葉を無視して、大会議室の扉を開けた

 そこには、領主の弟のシルヴェストルが上座に、そしてスマラカタ派閥とコランダム派閥を二分するように、長机の前に各上級貴族達が座っていた。


「騒がしいぞ」


 大貴族コランダムの低い声が響き、俺を取り囲んでいる騎士達が狼狽える。


「申し訳ございません……モルドレッド殿が説得に応じてくださらず……」


 コランダムはため息を吐いて、俺を一瞥してすぐさま、騎士達へ命令する。


「後はこちらで引き継ぐ。お前達は仕事に戻れ」


 騎士達もほっとした様子で扉を閉める。

 俺の登場に何人かの者達が、冷ややかな目で見ていた。

 すると、ブリュンヒルデの父親であるベルクムントが怒り心頭で、羊皮紙を俺へと掲げた。


「また其方か!お前が剣聖の手綱をしっかり握らないから、このようなことになっているのだぞ!」


 聞けば、王族から全面降伏をして従えとお達しだ。これまで各領主に運営を任せていたが、昔のように王族が直接管理をして、私兵も全て王族の管理下に納める王命が下っていた。


 ──エステルを奪って頭に乗っているな。


 王族とは名ばかりで、発展度や騎士の練度等はローゼンブルクに及ばない。

 そのため王国騎士団長がいかに強くとも、王国の命令を常に無視してきた。

 しかしエステルという最強の剣士を手に入れたことで、王族の威光を取り戻そうとしているのだろう。

 考えに没頭しているとさらに声がやかましくなってきた。


「おい、聞いているのか!」


 うるさい阿呆だ。昔は大貴族として敬うフリくらいしてやったが、もう俺の領地だけでやっていける下地も出来ている。

 こいつの娘はエステルのことを尊敬しているようで、あいつも相手のことを気に入っているようだったため、その父親も少しは優しくしてやろうと思ったが、いい加減ぶちのめしたくなってきた。


「やめないか、ナビ・ベルクムント」


 仲裁に入ってくれたのはまたもやエステルの護衛をしていたシグルーンの父親エーギルだ。


「やめろだと? 現にこのようなことになったのは――」

「元々は領主を攫った王族側が元凶だ。それに領主の護衛騎士の話では、前モルドレッドは王族の蛮行を止めようとしたらしいではないか。問題があるとすれば王族ではなかろうか」


 ベルクムントの言葉を遮り、ピシャッと言い放つ。

 お互いに険悪になり周りにも緊張が走った。


「静まれ!」


 だがそれを一人の男が断ちきる。二大派閥の一つ、広大な農作地帯を持つコランダムの当主が仲裁する。赤い髪を逆立て、燃えるような赤い目が、口論する二人を睨んだ。


「領主代理を務めるシルヴェストル様がおられるのに勝手に話をするでない」


 そしてコランダムはシルヴェストルへと顔を向ける。


「貴方様もアビ・ローゼンブルクの名代なのですから、場を支配する術を身につけてくださいませ」

「うむ。すまない、ナビ・コランダム。モルドレッド、本日は其方を招集していないが、それは其方の心の傷を慮ったまでだ。深い意味で取るでない。席に座ることは許可しよう」


 ──ほう、前よりはまともになったではないか。


 悪ガキのイメージしかなかった領主の弟がしばらく見ぬうちに少しはマシになっていた。

 しばらくコランダムに預けられて鍛えられたのだろう。

 俺は敬うようにお辞儀をする。


「ありがとう存じます」


 俺とフェニルは空いている席へ座った。

 そして話をするのは、もう一つ大派閥を統べるスマラカタの当主だ。


「では話を続けよう。しばらくうちの娘が領主代行をしていたが、国王とアビ・ローゼンブルクの婚姻の知らせが来た。誘拐をしてすぐに婚姻とは計画的に準備をしていたのだろう。ただこれを看過できない。我々はこんな暴挙を許すつもりはない」


 スマラカタの言葉に頷く者は半数で残り半数は顔色を悪くしていた。


「ナビ・スマラカタ、お一つよろしいですかな」


 先ほどやかましく騒いでいたベルクムントが手を挙げ、許可をもらったことで話し出す。


「アビが奪われたことは大変遺憾ではあります。ただ、それを抗議をするのは控えたほうがよろしいでしょう。どこかの愚か者が最強の武器を相手に差し出してしまったのですからね」


 俺をちらっと見て安い挑発をする。また話を続けた。

「こちらは全面的に付き従う方がよろしいのではないでしょうか」


 無能な統治者に渡してどうする、と喉から出るところだった。

 ネフライトは頭が痛そうに手で額をおさえ、コランダムの顔のシワがさらに増えていた。

 世迷い言だと分かるもの達はいいが、ざわざわと悩む連中もいた。


「シルヴェストル様もそう思いませんか?」

「ぬ!?」


 突然、ベルクムントは話を振った。そのため予期してなかったシルヴェストルは虚を突かれた顔をする


「主無き今ではシルヴェストル様こそがこの領地の主です。貴方様が国王へ真っ先に頭を垂れたら、名実ともにこの土地は貴方様のモノになるかもしれませんよ! これまで辛いときを過ごされていましたが、これぞ神の思し召しではないですか! 貴方こそが次のアビ・ローゼンブルクになるのです!」


 怒濤の言葉でシルヴェストルの気持ちを揺さぶろうとしてくる。



「アビ・ローゼンブルクはもしかしたら自分から国王の元へ行ったのかもしれません。あの方もまだ年頃の娘。政治よりも刺繍をするほうを選んだのではありませんか?」


 聞いていてイライラとしてくる。俺は準備していた計画に移ろうとしたが、シルヴェストルが顔を怒りで歪ませていた。


「ナビ・ベルクムント! そこになおれ!」



 ビリッと稲妻が走った感覚があった。まだ幼いシルヴェストルが大人相手に強気に発言しているのだ。


「し、シルヴェストル様、何をお怒りに――」


 ベルクムントは宥めようとしたのだろう。だがシルヴェストルは立ち上がって、目をカッとさせた。


「我らが領主にそのような痴れ言をして怒らぬわけがなかろう! いくらみくびらている俺でも、アビへの侮辱は許さない!」


 無能な弟としてこれまで馬鹿にされてきたシルヴェストルが、まさかこれほどの胆力があることに驚いた。


「も、申し訳ございません」


 媚びを売ろうと失敗して、ベルクムントがやっと大人しくなった。

 だがまだ火種は残っていた。ネフライトが真っ先にそれを口にする。


「しかし、ナビ・ベルクムントの戯れ言の中に一つだけ我々が考えなければならないことがあります。領主を奪い返すために攻め入るか、それとも全面降伏して、王族へ領地を明け渡すかです」


 相手の戦力を考えると、どうあがいてもこちらが勝てる手段が無い。特にエステルと王国騎士団長、そして邪竜と関係があるのなら宣教師ピエトロまで参戦するかも知れない。


「先日、オリハルコンになられたヴァイオレット様のお話を聞いてみたかったのですが、この際フェニル様でも大丈夫です。エステルを倒せる方法はありますか?」


 全員の注目がフェニルへと集まった。急な質問に戸惑いながらも答えを言う。


「おそらく無理です。前にヴァイオレットが戦いを挑みましたが、簡単に組み伏せられました。姉を倒せる方法はたぶんありません」


 全員が落胆で顔を暗くする。すると集まっていた者達の中から、どんどん否定的な声が出てくる。


「ここはもう降伏するべきです」

「そうですよ。無駄に血を流して、結果的に他領より冷遇されてしまえば、今後は冬を越すことができなくなります」

「この際、アビが国王と結ばれたことを好意的に捉えるのはいかがでしょうか」


 どんどん隷属への道へ逃げようとしていた。

 その時、また息を吹き返したようにベルクムントが口を挟んだ。


「いっそのこと、反逆と中立をそれぞれに選ばせるのはいかがでしょうか。お優しいシルヴェストル様はもちろん戦線へ出られるのでしょうね」

「も、もちろんだ」


 いくら成長したといってもまだ子供。もしかすると死ぬかもしれないと考えれば、顔を青くしても仕方が無い。


「私は民を見捨てることはできませんので、中立を取らせていただきます」


 あまりにも自分勝手な男だが、同じく戦いたくない者達は次々にそれへ賛成していく。


「わしはアビ・ローゼンブルクに再度忠誠を誓っておる。受けた恩を返さずに生きていくことはせぬ」


 コランダムは全く動じずに答えた。それに続いてネフライトも答える。


「わたくしも参戦します。主無き領地は遠くない未来でどうせ廃れます。今か後かの違いなら、わたくしは今を選びます」


 大領地の当主が参戦することによって二分化された。

「我がエーギルの家名も初代ローゼンブルクから授かった名前。忠誠は常に領主へ捧げております。領地の者達もよろこんで命を捧げましょう」


 気概のある当主は同じく勝ち目の無い戦いに、我も、我もと参戦を表明していく。

 だがやはりそうならない人物達もいた。

 ネフライトが俺へ顔を向けた。


「それで貴方はどうなさるのですか?」


 まだ答えを出していない俺へ他の者達の視線も集まる。

 するとベルクムントはにやにやとした顔をして、自分の髭を大事そうに撫でていた。


「もちろん参戦するのだろ? お前の父親が邪竜と国王の契約を阻止するのに失敗したからこのようなことになったのだ。親の失敗は子供が拭わなければならんよな?」


 あまりに屑な物言いにとうとう俺も笑いを堪えきれなくなった。


「ふふふ、ハハハッ――!」


 俺の笑いを気味が悪く思ったのか、それともとち狂ったと勘違いしたのか、全員が呆気にとられていた。ひとしきり笑った後に俺はベルクムントへ返答する。

「勘違いするなナビ・ベルクムント。最初からお前達に拒否権なんてない」


 ズドーンッ――。

 俺の言葉と同時に爆音が響き渡った。一体何事かと席に座っていた当主達が立ち上がろうとした。

 部屋の外から騎士達が状況を伝えに来た。


「敵襲! 敵襲! 海賊達が領主不在を狙って城まで――ッ」


 知らせのために入ってきた騎士達は会議室内を見て言葉を失ってしまった。

 俺とフェニル以外の者達の後ろには黒装束の曲者達が短剣をそれぞれ持って、当主達の首元へ添えてあるのだから。

 その時、ベルクムントの長男トリスタンもまた不審に思って部屋に入ってきた。


「も、モルドレッド!? 貴様、何のつもりッ――がはっ!」


 トリスタンの言葉が終わらないうちに、突然姿を現したお面を付けた老人がトリスタンの腹へ掌底を食らわした。


「ぐ、ぐぬ――ッ」


 膝を突いてトリスタンはうずくまる。手加減されたとはいえ、急所へ攻撃されたらしばらく動けないだろう。


「ヴィーシャ暗殺集団の三部衆が一人、百花繚乱のベルマじゃ。若くとも聞き覚えはあるじゃろ?」


 トリスタンが答える前にそのアゴを思いっきり蹴り上げて後ろへ飛ばした。壁を突き抜けて、中庭の方へと落ちていく。


「もっと手加減してやれ。あいつもこの作戦では戦力の一つなんだぞ」

「心配なさるな。あちらには先ほど空飛ぶ馬が見えた。誰かが助けるじゃろう」


 年老いていても、現在のナンバー3なだけはある。他の騎士も今の一連の動作だけ実力の差を感じ取ったようで、顔を青くしていた。



「おい、そこのお前」


 入ってきた騎士へ命令をする。


「当主達を死なせたくないのなら降伏するように言え。もしそれでも反抗するのなら、一人ずつ首を取って外へ放り投げてやる」


 騎士は息をのんで、状況を理解したのだろう。すみやかに外へと走り出した。


「モルドレッド、貴様なんのつもりだ」


 命の危険がある状況でもコランダムはひるむこと無く俺を睨んだ。さすがは肝が据わっている。


「俺はどんな手段を使ってでもエステルを取り返す。そのためには戦力が必要なんです。たとえ、無能で臆病なそこのナビ・ベルクムントいえどもね」


 軽く首をくいっと動かして合図をすると、ベルクムントに添えられていたナイフが、皮膚を軽く切った。小さく「ひぃ!」と悲鳴を上げて、ベルクムントは怯えた顔で静かになる。

 ネフライトも冷や汗をかきながらも臆さずに質問してくる。


「モルドレッド、これはよくないわ。たとえ戦いに勝ったとしても、もう二度と貴族社会に戻れなくなるわよ」


 ネフライトはこちらを慮ってのことだろうが、あいにくとそちらの覚悟は出来ている。


「ご心配なく。そちらへの未練はありません。それに皆様、勘違いしているようだ。今の私はナビ・モルドレッドではない、内乱で国を荒らしたモルドレッドの後継者だ」


 俺は席を立って、シルヴェストルの後ろへと立った。その時に黒装束に身を包んだヴァイオレットが数枚の羊皮紙を持ってきた。そこにはしっかり、俺が考案した魔方陣が書かれている。

 そしてここにいる者ならそれの意味することが分かるだろう。


「では皆様、この契約魔術に血判してください。しっかり期間は設けておりますのでご心配なく。解除条件は王都陥落にしておきますから」


 シルヴェストルとスマラカタ親子、そしてコランダム等、元々戦いに向かう者達はすんなりと押す。

 しかし最後まで反抗しようとする者もいたので、無理矢理に指を切って押させた。


「では皆様」


 体が震えそうになる。だがここで迷いを見せてはいけない。もしかすると父もこんな気持ちで国に刃向かったのかもしれない。

 それに俺がやらねば誰があいつを助ける。

 この場にいる者達へ確認をする。それは自分へも



 ──戦う覚悟はできましたか?


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