側仕えと恋
屋敷に戻ってからレーシュは一睡をするため寝室へと向かう。
私は寝ずの番を行いながら、サリチルにも報告を行なった。
「エステルさんをお供にして正解でした。レーシュ様の気持ちを引き締めるのに私では難しかったので」
「もう二度と行きたくないですけどね」
どうして男はあんなところに行きたがるのか分からない。
真面目そうな男たちが花街を楽しむのは見ていて気分は良くない。
サリチルは苦笑いをしており、すぐに話を変えようとする。
「でも不可解ですね。レーシュ様の勧告を無視できるなんて。これは大貴族が絡んでいると思って間違いないでしょう」
「そういえば貴族様が出資していると言っていました」
「うむ、ですがたとえ貴族でも犯罪に手を貸していると領主様にバレたらタダでは済みません」
しかしあの責任者の余裕はそれすら織り込み済みのようだった。
私ではそういった駆け引きごとには力を貸せない。
サリチルとの話も終わり、私も自分の仕事に戻る。
レーシュは手紙を書いて、上に判断を仰ぐらしく、返事が返ってくるまではお店の件は保留となった。
一度家に戻る途中に買い物をしようと市場に寄った。
夕暮れなため残っているのは売れ残りしかないが、その代わり値段が安いので助かる。
「おーいエステルちゃん!」
食材を選んでいると遠くから声を掛けられる。
声を掛けてきたのはマチルダの長男だ。
どうやら仕事の帰りらしく、作業着を着ていた。
「こんばんは。お兄さんも帰りですか?」
「ああ、その格好だとすぐ誰だかわかったよ」
服装も新品の服になったので、前とは違って見えるみたいだ。
私は買い物をすぐに済ませて一緒に帰ることになった。
「エステルちゃん、それ持つよ」
私の荷物をひょいっと持ってくれた。
あまり重くないが好意に甘えることにした。
「ありがとうございます。今日も家を建てたんですか?」
「いいや、今日は修繕だけだ。雪がひどくなる前に少しでも隙間風を減らしたいからって、細々とした仕事ばかりだよ」
「でもお兄さんたちのおかげで安心して眠ることできますよ」
もっと大きな仕事をしたいのだろうが、修繕だって立派な仕事で喜んでくれる人は多いはずだ。
彼もそれは分かっているようで、ぼりぼりと頬を掻いた。
「まあそうなんだけどね。でも早くお金が欲しいからな」
少し恥ずかしそうに呟いた。
「何か欲しいものがあるの?」
「いや、欲しいってか、もちろん欲しいが、生きるためにって言うか」
曖昧な答えで要領を得ない。
一体どうしたのか思っていると彼から別の質問が飛んでくる。
「エステルちゃんはさ。お金がある男と優しい男ってどっちが好き!?」
突然の質問に私は頭を悩ませた。
彼もそろそろ結婚を考えた方がいいと親切心から聞いているのだろう。
あまり自分の言葉にしたことがなかったのでその二択から考えてみる。
「うーん、どっちも欲しいかな」
「あっ、そう……だよね」
何だかすごく落ち込みだした。
もしかするとあまり良い答えではなく落胆させてしまったのかもしれない。
「えっと、お兄さんはどんな娘が好きですか?」
私は何か参考になればと尋ねてみる。
村では家族同士で紹介された者で結婚をする。
都会でも紹介が当たり前らしいが自由恋愛もあると聞く。
こちらの恋愛観に疎いため、都会に住む者の考えを知りたい。
「そうだな。やっぱり家族想いだったり、料理が美味かったり、そして笑顔が可愛い子だったり、道を間違えるような可愛い欠点がある娘かな」
道を間違えるって可愛い欠点なのだろうか。
耳まで赤くして結構ウブなところがある。
ただ彼ならしっかり仕事もしていて、体格だっていい。
そして弟たちの世話をするので面倒見もいいのですぐに良い人を見つけそうだ。
「お兄さんならすぐに見つけて結婚しちゃいそうだね」
「んッ──!」
首をそっぽ向けられた。
そして一度深呼吸をして私の目を見つめる。
「もしよかったら今度一緒に食事でもどうかな?」
「うん、フェーも喜ぶよ」
弟もお兄さんのことは気に入っているので、誘ってくれるなら是非とも伺いたい。
ただどうも思っていた答えと違かったみたいで、ガクッと首をうなだれてすぐに首を振る。
「そうじゃなくて、二人で!」
面と向かって少し声を張り上げられた。
どういった意味かと考えて、少しずつ言われたことが耳を反芻した。
「エッ──!?」
それから帰る途中のことを思い出せない。
無言のまま帰ったのだろうが、もしかすると少しは何か喋ったのかもしれない。
頭の中には中央広場で集合というのが強く印象に残っていた。
黙々とご飯を食べながら先ほどの言葉を思い出す。
これまで近所のお兄さんとしか見ていなかった。
初めて会った時には彼女もいたので、お互いに異性として意識することもなかったはずだ。
自分自身もそろそろ結婚を考えるべき年頃だと自覚していたが、それを考えるほどの余裕もない。
ため息が漏れてしまったので、慌てて前を見た。
フェニルは手を止めて私をジーッと見ていた。
「お姉ちゃんが悩むって珍しいね?」
「まあね。フェーはマチルダさんところのお兄さんってどう思う?」
「えっ! もしかしてとうとう告白したの!」
とうとう、とはどういう意味だろう。
フェニルの驚き方は私の思っていた驚き方とは違かった。
「お兄さん、ずっとお姉ちゃんのこと綺麗って言ってたもん。たぶん、新しい服を着てお仕事に行っているから他の人に取られるって思ったんじゃない?」
「そんなわけないでしょ。服だけで急にモテたりしないよ」
「だって弟の僕から見てもそう見えたんだから間違いないよ。それで返事したの?」
「まだ。今度お食事には誘われたけど」
「へえー、そうか」
フェニルは自分のことのように嬉しそうだった。
あまり家に居てあげられないので、この子の面倒を見てもらえる男性だったらそれでいい。
私は多くを望まない、ただ今の幸せさえあれば。
ゆっくり一日休暇を取って、冬の手仕事の続きを行う。
これからどんどん冬が深くなるので、少しでも蓄えられるものは蓄えないといけない。
竈門や煙突の掃除、蝋燭なども作っていく。
編み物などはフェニルが覚えてくれたので、家にいる間に作ってくれる。
──フェーの器用さには助かる。
フェニルは基本的に教えたことは一回で覚える。
さらにはそこから自分で応用したりするので、病気がなければ天才と持て囃されたかもしれない。
──なんて少し親バカかしら。
次の日も休みをもらい、近所の人たちと共にベーコンやソーセージ、燻製などの保存が利く食べ物を調達する。
村では私が豚肉を一人で解体していたが、ここでは男性たちが率先してやってくれるので楽ができる。
村のみんなは力仕事はとりあえず私に頼るので、こういった紳士さを見習ってほしいものだ。
帰る途中にお兄さんから声を掛けられた。
「八日後にご飯はどうかな?」
その日は確か夕方までなので大丈夫だ。
フェニルのご飯を用意してからでも十分に間に合う。
「はい。楽しみにしています」
少し恥ずかしくなりながらしっかり答えた。
まだお付き合いをするかは分からないが、私も自分自身についての将来も考えないといけない。