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側仕えと炊き出し カサンドラ視点

 私の名前はカサンドラ。

 今日は表では無く、裏の名前で動いていた。

 化粧を施し、前とは似ても似つかないそばかすの付いた田舎娘になった。目立つ褐色肌も白粉をまぶし、肌が弱そうな弱い女性を演じた。ありふれた平民の格好をしている私は、誰も居ない路地裏で一人で立っていた。

 ビュッと風が吹くと、瞬きをする間に、黒装束を身にまとった男が膝を突いていた。


「シャーヴィ様、手はず通りに各地に散らばっていた部下たちを招集しております」


 私の補佐役の一人であり、私の手駒の中でも少しは使える。

 今回は組織の力を借りなければならず、使えない者たちでもいないよりはマシだ。



「良くやった。ならすぐに伝えた場所へ向かわせろ」

「かしこまりました。ただ一つだけ懸念事項があります……」

「申してみろ」


 男は少し言いづらそうにしていたが、意を決して話し出す。


「今回の任務で、王都の貧民街で炊き出しのためだけで呼ばれたことに、若い連中が不満を持っております」


 懸念はただの若い連中のわがままか。それなら何も気にする必要はない。


「そうか。放っておけ」


 くだらん質問だった。しかし男はまだ話を続ける。


「深い考えは重々承知であります。しかし今回の計画の一端だけでも知れれば、誰も口を挟まなくなります。どうかご理由を教えていただけませんでしょうか」


 先ほどは若い連中と言っていたが、知りたいのは自分のようだな。

 教えたところでどうせ理解できないだろうから、無駄な時間を使いたくないのが分からないのか?

 先日、幹部である三部衆のグロリオサを私が始末したせいで、下の者達が助長してしまっているようだ。

 たまには元ヴィーシャとして指導せねばならんようだ。


「そうか苦労をかけたな。興味がある連中は全員招集をかけてくれ」

「かしこまりました!」


 男は少し声が弾み、意見が通ったと思ったようだ。すぐさま姿を消すと、耳に高い音が若干聞こえた。訓練しなければ聞こえない笛の音であり。それで他の者達を呼び寄せようとしているのだ。すると続々と黒装束の者達が現れてくる。


 見たところ三十人ほどだけ集まり、他の者達は炊き出しで動けないそうだ。


 ──こいつら、私への畏怖が足りんな。


 変装が田舎娘のためか、少しこちらを侮る空気を感じた。


「シャーヴィ様、直ちに招集しました。ここに居る者だけでも──」


 男は私へ催促をしようとしたが途中で止まった。ナイフを両手に持って首元へやる。


「ん……!」


 喋れなくなった男は必死に喉から声を絞り出そうとする。

 周りも言葉は出さずとも異常事態というのは気付いたようだ。

 ようやく自分の失態に気付いたようだ。


「お前はもう少し有能だと思っていたが、部下もろくにしつけられないのか?」


 指を軽く動かすと、自分の手で喉を何度もかききった。


「がはっ!」


 大量の血を流してその場に倒れ、少なくとも実力のある男があっけなくやられたことで、私を侮って緩んでいた空気が一気に引き締まった。


「誰かこのゴミを片付けろ。痕跡を残したらお前らも連帯責任で同じ末路になると思え。それとこの男の補佐をしているやつが、指揮を代われ」


 動揺しつつも速やかに部下達は動き出す。

 生ぬるくなったヴィーシャ暗殺集団もしばらくは大丈夫だろう。

 殺してしまったグロリオサが居ないせいで思わぬ弊害がでるものだ。

 乱暴で人の話を聞かない男だったので、部下達に絶対服従で異論すら許さず、気に食わなければ気分で殺すことがよくあった。

 問題児でも使い道はあったのだ。


 私のやることは終わり、この路地裏からあの方のお近くへ向かう。

 ダンッと目の前に空から甲冑の戦士が飛び降りてきた。前に見たエステルの加護の戦士だ。しかしいつもの様子がおかしいのは、甲冑姿にエプロンが付いているからだろう。

 こちらをちらっと見てから、汚れている道路を水を含ませたモップで綺麗にしていく。


「あの方の加護がこのようなことに使われるとは……」


 嘆かわしいと思うが、主がおそらくけしかけたので、私は納得するしか無い。

 気持ちを落ち着かせて、私は人だかりに紛れる。

 その中心では、貧民街の民のために炊き出しをやっていた。

 中心に居るのは――。


「早くしろ。私は気が短いんだ」


 エステルが痩せ細い少年に荒い言葉を投げていた。

 声はエステルなのに口調のせいで全くの別人だと思ってしまう。王国騎士団長の加護によって無理矢理に手駒にされたせいで、別の人格が作り出されたようだ。

 今の彼女の側に居ては、あの方にも危険が及んでしまうのかと心配がある。


「ダメよ、エステルちゃん。しっかり食べてもらって、この子にも掃除を頑張ってもらわないといけないんだから!」


 エステルへ叱るのはミシェルという令嬢だ。

 そう彼女こそが、国王によって辱めを受けているはずだった、レイラ・ローゼンブルグその人だ。

 事前に変化の魔道具で姿を変えており、元々ミシェルだった女が国王と仲睦まじく?やっている。

 私の加護で無理矢理にミシェルの口から情報を話させたので、あちらも信じてしまっているのだ。


「分かっている。あまり怯えた顔をするな。お前には期待している。励め!」

「はい!」


 少年も温かいシチューを受け取ってほくほく顔で食べるのを楽しみにしていた。

 そしてどんどん他の者達へ配膳していく。


「慌てずとも全員分ある! 弱っている者達から優先しろ!」


 言葉は乱暴なのに、根っこの部分は大きく変わっていないようだ。

 するとちょうどお皿をもらった老人が尋ねていた。


「お恵みありがとうございます。どうかお名前を教えてもらえませんかね?」


 エステルはそんなの聞いてどうする、といった顔をするが、仕方なしと教えようとする。


「エステルだ。王国騎士団長グレイプ――」

「もう、エステルちゃん。長くて覚えられないわ。いっそのこと剣聖って言ってくださいな。あなたたちも気軽に剣聖様って呼んであげてね」

「何を馬鹿な。そんな呼び名だと余計に――」


 記憶を失っているらしい彼女には、呼び名に覚えがないのだろう。しかし周りの反応は劇的に変わった。


「まさかあの噂の剣聖様?」

「本当に救世主様のようでないか!」


 三大災厄からこの地を救った英雄の名前は私の部下達も使って、各地へ噂を広げた。

 この見捨てられた貧民街でも例外では無い。

 先ほど名前を告げた老人は、持っている皿を震わせながら感謝を何度も伝えている。


「なんでもいい。好きに呼べ」


 エステルは理解できないとその呼び名を許した。


「くそ、どうなってやがるんだ?」


 私の後ろで頭を手で押さえている男達がいた。先頭に立つターバンの眼帯男は、この貧民街で生活するリーダーであるビルンゲルだった。


「おい、女! さっき綺麗にするって言ったな?」



 エステルもビルンゲルに気付いたようだ。


「起きるのが遅かったな。残念ながら手遅れだ」


 エステルの言葉にビルンゲルの眉がピクッと動いた。

 それをエステルは愉快げに唇をつり上げた。


「お前が大事に汚したかった街は、もうすでに私が綺麗に掃除した」

「はぁ?」


 ビルンゲルの声が漏れ、ミシェルに扮しているレイラ様は息が漏れそうになるのを必死に我慢して、こっそりと扇子で顔を隠していた。

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