側仕えと駄目な側仕え
頭にもやが入った感覚がある。昔を思い出そうとしても全く頭に浮かばないのだ。
唯一わかるのは、私の名前・・・・・・そしてグレイプニル様の命令には必ず従わないといけないことだけだ。
王の間を出て、彼と供に廊下を歩く。
その時、疑問が浮かぶ。どうして絶対に従わないといけないのだろう。
「おい」
前を歩いていたグレイプニル様は急に立ち止まった。私を呼んでいるとわかると、先ほどの疑問がいつの間にか消え去ってしまった。
「いかがいたしましたか?」
私が尋ねると、グレイプニル様は親指で部屋を指す。
「ここが今日からお前の部屋だ」
「私の部屋ですか?」
「そうだ。なぜ不思議そうな顔している?」
「ええ・・・・・・貴方様を守るためにも一緒の部屋がよろしいのではないですか?」
「ば、馬鹿を言うな!」
おもむろに動揺するグレイプニル様に私は何か失言をしてしまったのかもしれない。
「妙齢の娘が男と相部屋なんぞ出来るか! 今後は絶対に口にするな!」
「申し訳ございません。いつもの――」
言いかけた言葉を止めた。
──いつもの癖で……。
私はいつそんなことをしたのだ。昔は思え出せないことがもどかしい。
「どうかしたか?」
途中で黙った私にグレイプニル様が問いかけた。
「いいえ。何でもございません」
「ならいい。お前はまだここに来たばかりで勝手が分からないだろうから、側仕えを一人呼んである」
側仕えという言葉に胸がざわついた。胸が苦しくなるのはどうしてなのだ。
「先ほど呼んでいたからもう来ているはずなんだが……」
時間通りに来ないなんて、いい加減な性格をしているのかもしれない。
ふと私の部屋から気配を感じた。
「部屋にどなたかいらっしゃいますね」
「うぬ・・・・・・もう来ていたのか。なら後はその者に全て聞け。明日からまたやることを伝えるから、朝食を終えた後に俺の執務室まで来い」
「かしこまりました」
グレイプニル様が立ち去り、私は部屋のドアを開けた。
すると急に大きな音を立てて荷物が転がっていた。
「あたたた……」
荷物を落とした張本人は尻餅を突いて、腰を手で擦っていた。
金色の髪がよく目立ち、目を大きくぱっちりと開いているせいか、幼い印象を持たせる。
涙目になっているせいで、守ってあげたいと思わせる。
相手はハッとした顔で立ち上がった。
「エステルちゃん、部屋を綺麗にしておりました! どうぞ入ってください!」
どう見ても部屋を汚しているように見えるが、彼女は自分は仕事をしたと言いたげな満足げな顔をする。
「そうか・・・・・・それでベッドは?」
部屋にはいくつもの木箱はあるのに、肝心の眠る場所が無い。すると彼女は自分の手で額を叩いた。
「忘れてました…………」
彼女は落ち込んだように首をうなだれる。あまり優秀な側仕えではないようだ。だが別に部屋のこだわりはないので気にすることでもない。
「なら適当に床で寝る。それとエステルちゃんなんて気持ち悪い呼び方をするな」
だが彼女は笑って、高価そうな白いポットからお茶を注ぎだした。
「もう、エステルちゃんはエステルちゃんじゃない。はい、紅茶です」
彼女が差し出した紅茶は、見る限り紅茶の色も匂いもしていない。適当な葉っぱを入れているだけにしか見えなかった。
「もしかして側仕えは初めてなのか?」
「たぶん長いです」
自信満々に答える彼女は、側仕えとしての力量を客観視出来ていないのでは無いだろうか。
このまま何もしなければ、一生お茶に似た何かを出されそうなきがした。
仕方なしと彼女に指導する。
「一度やり方を見せるから真似してくれ」
自然とどう紅茶を作ればいいのかが分かる。
なぜ私はこんなことを知っているのだ。
考え事をしている間に紅茶を淹れて、彼女にも差し出した。
「あら、美味しい。エステルちゃん、お代わりもらえるかしら」
「かしこまり──」
言いかけて止めた。どうして私が彼女に指示をされなければならないのだ。
しかし彼女の作法は綺麗であると思う。側仕えの力量は無くとも、名家の出身なのだろう。
「今日は夜も遅い。部屋まで送るから今日は何もしなくてもいい」
「でも、それだとベッドが無いと眠れないのではないですか?」
「私には関係がない」
私を彼女の腕を引っ張って部屋を出た。このままここにいてもどうせ役には立たないだろう。廊下を歩いていると、彼女が戸惑った表情をする。そして意を決したようだ。
「エステルちゃん、すごく言いづらいのだけど…………」
「なんだ?」
「部屋は逆よ」
足が止まり、私は彼女へ顔を向けた。
「案内するから来て」
次は彼女に腕を引っ張られ、私は彼女の部屋まで無事に護衛が出来たのだった。
一応は目的も達成したので、また部屋に戻るだけだ。だがもう一つだけ問題がある。
「ねえ、エステルちゃん?」
「なんだ」
「一人で部屋に帰れる?」
思わず喉がうなった。城内は迷路のように入り組んでおり、私一人で部屋に戻ることが出来るのか不安があった。
すると彼女から提案される。
「なら今日は私の部屋で寝るといいわ。ベッドも大きいわよ」
これはもう一緒に眠ることになりそうだ。断りたいが、一人で帰る事が出来ず、また彼女に送ってもらったら、夜更けに令嬢一人は危ない。
仕方なしと私は頷く。
「言葉に甘えさせてもらう。ところでお前の名前は何というのだ?」
「私はミシェルよ。ほら部屋に入って!」
彼女に促され、私は彼女の部屋に入る。やはり貴族の令嬢の部屋だけあって、よく分からない壺や絵画が置いてあり、ベッドも綺麗に整えられていた。
私の部屋とは大違いだ。
「ベッドはしっかりあるのだな」
「当たり前よ」
何を言っているのだとあきれた彼女に一つ言いたいのだが、その当たり前がされていなかったのだ。だが彼女にその自覚は全く無いようなので私は諦めてこの部屋で一夜を明かすのだった。