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側仕えは別の鞘へ

 レーシュが捕らえられ、廃人になりかけているレイラも助けられずに、私は拘束されたまま、国王へ下げたくもない頭を下げた。

 レーシュとジェラルドの首元には剣を添えられ、私が下手なことをすればすぐに殺すと暗に言っているのだろう。

 玉座に座る国王はレイラの肩を抱いて、こちらを馬鹿にした顔で見下していた。


「ふむ、これが竜神フォルネウス様の聖霊を殺した小娘か」


 違和感を覚えた。

 どうして邪竜の名前に敬称を付けるのだ。多くの土地の魔力を奪う悪の権化のはずだ。

 だがその疑問をレーシュの一言によって解消される。


「ドルヴィ・メギリスト……まさか国のトップの貴方が邪竜と手を組んでいるわけではありませんよね?」



 まさかそんなはずはないだろ、そう思いたいが目の前の男はニヤリと口元を歪ませる。



「なんだ父親から本当に何も聞かせてもらってないのだな」


 意味深な事を言う。レーシュの目がその真意を探るように黒目が深まり、そして何かを察したかのように目を見開いていた。

 国王はその反応を楽しむように軽快な声を出す。


「せっかく契約魔術で縛ったのに、何も意味なかったか。いいや、この剣聖の小娘が攻撃できなくなったのだから、意味はあったのか、ワハハハッ!」


 何も面白くないのに愉快げに笑っていた。だがしかし、レーシュの顔はこれまで見たことがないほど、怒りに満ちていた。


「どういう……ことですか?」


 笑っていた国王はレーシュの問いにニヤリと頬を吊り上げる。


「察しがついたか? 貴様の父親は第二王子である余の兄と共謀して、内乱を引き起こした。竜神フォルネウス様と契約を結ぼうとしていた前国王と第一王子を殺すためにな」



 国王の言葉に誰よりもレーシュが言葉を失った。


「父は……反逆をしたのではないと……言っているのか?」


 国王は満足げな顔をする。


「もう少しで英雄になれたかもな。だが全て余の計画通りよ。邪魔な父上達を殺して、王位継承権を持つ兄達が死んだおかげで、余に天下を取るチャンスが来たのだから」



 レーシュの父親の内乱によって、レーシュまで辛い人生を歩んできたのに、それが全て国のトップのせいだなんて。

 怒りを抑えるため、歯を食いしばった。


「ふざけないでよ! あんた達のせいでレーシュがどれだけ傷付いてきたと思ってるのよ!」

「エステル……」


 目の前にいるのは敵だ。すぐさま剣でその顔をぶちたい。

 だが相手の持つ契約魔術の羊皮紙がある限り、こちらから手を出せないのだ。

 国王の手がレイラの顎を掴んだ。


「それならこの女に文句を言うのだな。元々、モルドレッドを唆して、内乱を裏から操ったのはこやつよ」

「レイラが……!?」



 これまで謎の多い彼女ならあり得る。だけど彼女なら理由があるはず。だけどレーシュがそのせいで辛い目に起きている。

 彼女を信じていいのかわからなくなってきた。



「あ、アビに乱暴な手で触れるな!」



 ジェラルドの怒りの声が響き渡った。

 しかし国王は心底どうでもよさそうに頬杖を突いていた。


「くだらんことで騒ぐな。それに貴様達とて悪い話では無いはずだ。フォルネウス様の加護がこの国に満たせば、いずれ神国を侵略できる。そうなれば最高神を追い出して、余こそが世界の覇者になるのだ。余に逆らわなければ、永遠の繁栄を約束しよう」

「ふざけるな!」


 怒りに燃えるレーシュが国王へ恨みの籠もった目を向けた。


「邪竜が人のために尽くすわけがないだろうが! これまでいくつの生贄を求めた! お前みたいな偽物の王者に甘い話をする神を信用できるわけが無いだろうが!」


 今にも飛びだそうとしたレーシュの顔を王国騎士団長が地面へ押さえつける。


「レーシュ!」


 レーシュを助けたいが、王国騎士団長がレーシュの首元に剣を添えているせいで、下手に動くとすぐにレーシュの首が飛んでしまう。


「貴様、たかがいち貴族ごときが意見をするとは不敬であるぞ!」


 自分勝手に怒る国王に一切の敬意を持てない。早くレーシュとレイラを救い出したいが、突破口が無かった。


「前のモルドレッドといい、貴様達のせいでフォルネウス様との最終の契約が進めないではないか。だがこの女のおかげでよりよい方法を思いつけたがな」


 騎士達が王国騎士団長の代わりにレーシュを押さえつけ、王国騎士団長が剣を振り上げた。


「待って! 何をするつもり!」


 頭が状況に追いつけない。人質のはずのレーシュの首を落とそうとしているのだ。


「先代と同じく死後の世界へ送ってやろう。やれ、グレイプニル」

「はっ! 死刑を執行する」


 王国騎士団長が剣を振り落とす前に私は動き出した。


「やめろっ!」


 音よりも早く動いて助け出すしか無い。

 だがそれは罠だったのだ。

 私の身体に奇妙な感覚が襲う。内側から何かがうごめくような。


「ぐっ!?」


 息が苦しくなり、頭が熱くなる。だがレーシュだけは助けないといけない。

 振り下ろそうとしていた剣を手刀で逸らし、作った時間でレーシュを掴んでいる者達を足蹴りでなぎ払った。

 どうにかレーシュの自由を取り戻したので、今は逃げたいが身体が思うように動かなかった。


「大丈夫か、エステル!」


 レーシュが私の異常に気付いて背中をさすってくれる。

 どんどん不快感が内側から込み上がってくる。


「剣聖といえどもやはり小娘か」


 グレイプニルは剣を下ろして私を見下ろしていた。レーシュが聞く。


「お前がエステルに何かしたのか! まさか加護か?」


 グレイプニルは頷く。


「左様。我の加護は相手の怒りが増すほど操れる。特にその娘は純粋なのであろう。簡単に心に侵入できる。精神系の加護がここまで効くのは、唯一の弱点と言えるかもしれんな」


 前にもウィリアム達と戦っている時にも、簡単に夢の中に落とされ、暴走したことがあった。

 あの時に加護を使った、海賊の副船長ザスが私には効くはずだったと言っていた。

 それは、私の心に問題があるようだった。


「持ち堪えようが無駄だ。じわじわと我の手駒になる感覚がある。そうだな、まずはそこにいるモルドレッドを殺してもらおうか」


 グレイプニルの言葉が耳の奥で心地よく響き渡る。すると私の意思に反して、倒した騎士が持っていた剣を拾って、レーシュへ剣を向けた。


「逃げ……て」


 必死に振り上げる手を止めようとするが、勝手に身体が動く。


「エステル……」


 レーシュは目を閉じて、私の一撃を受け入れるつもりだ。

 全てを諦めかけている。だが私は最後の力を振り絞る。


「ふざけるなっ!」


 全力で私の中に流れる負の感情に逆らい、剣で外へ通じる廊下を風圧で吹き飛ばした。

 一気に身体の主導権を奪われていく感覚があり、どんどん自分では無くなっていく気がした。

 だがあと少し保てばいい。


「大した精神力だ。だが――」


 今はこいつの話を聞いている場合では無い。

 ジェラルドを捕まえている騎士達も剣風でなぎ払って、彼を解放する。


「ジェラルド様! 騎獣を出して!」


 突然私から名前を呼ばれたジェラルドは困惑していた。しかし時間が無い私は言葉を選んではいられない。


「早くしろ!」

「わ、わかった!」


 やっとジェラルドが騎獣を出したので、レーシュの襟を掴んで彼へと投げた。


「ぐっ! エステル、何をするつもりだ!」


 言葉を出すのが辛い。吐き気と昂揚が押し寄せてきた。だけど伝えないといけない。


「私を助けに来い!」


 レーシュの顔がどんどん判別出来なくなってきた。だが、最後にその方向へ剣を振るうだけだ。

 全力で剣を振るい、剣圧でジェラルドの騎獣ごと吹き飛ばした。


「エステル──!」


 彼の声がどんどん遠くなっていく。

 もう限界だ。


「最後の力で逃がしたか。だが元々の狙いはお前一人だ。あやつらがいなくなったとしても関係が無い」


 グレイプニルは全く理解出来ないと私を鼻で笑う。一言くらい皮肉で返したいがもう言葉を発する事も出来なかった。


「ふははは! よい余興だったぞ、グレイプニル。女を取られて死んだ顔になったモルドレッドは格別だ」

「ご満足頂けて光栄であります」


 国王は上機嫌な顔で、命令を下す。


「グレイプニルよ、その女を我の前で頭を垂らせよ」

「かしこまりました。剣聖よ、国王陛下に忠義を誓え」


 私は言うとおりに国王陛下の膝元で頭を下げた。


「わたくし、エステルは国王陛下のために命の限りを尽くします」


 国王は私の言葉に満足そうに高笑いをするのだった。


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