側仕えと悪意の策略
王城にたどり着くと、すぐさま騎士達が現れて、私たちの馬車を取り囲んできた。
広場での騒ぎがもうすでに知れ渡っているようだ。
剣を抜いて警戒しているようだが、この数なら私だけでどうにかできそうだ。
すると、一人だけ雰囲気が違うフルアーマーの戦士が先頭までやってくる。
前に一度だけ出会った王国騎士団長のグレイプニルだ。
こちらの出方を待っているようなので、私たちは馬車から降りた。
私たちの代表として、レーシュが前に出て挨拶をする。
「わざわざお出迎えして頂きありがとうございます。改めてご挨拶させていただきます。レーシュ・モルドレッドです」
レーシュの慇懃な礼に囲んでいる騎士達が騒つく。
「モルドレッドがまた……」
「やはり穢れた血が──」
腰に下げていた剣を抜き、騎士達の足元へ大きな十字の跡をザシュッと刻んだ。
「ひぃ!?」
刻んだ場所の近くに立っていた騎士達の何人かが地面に尻もちを突く。
心無い言葉が聞こえてきたので、先に次の言葉を言えなくした。
元々はあちらが領主を攫ったからこのようなことになっているのに、こちらが好き好んで来ているわけではないのだ。
だが相手も抜刀して、こちらへ敵意を剥き出しにする。
「やめろ!」
目の前に立つグレイプニルは手だけ上げて騎士達を諌める。
兜のせいで相手の顔が分かりづらいが、こちらを見つめる鋭い目は観察しているようにも感じた。
そして低い声が私たちへ投げかけられる。
「お前の父親がここで何をしたのか忘れたわけではあるまい。あまり刺激するな」
「お言葉を返すようですが、今回はそちらが領主を攫ったせいでこのように出向かなければいけなかったのですよ。無理矢理に結婚までさせようとしていると分かった今ではこちらも穏便にはいきませんがね」
「ふっ……無理矢理とは言いがかりだな」
こちらを馬鹿にするような笑いを含んだ声を出す。意味深な言葉にレイラの身が本当に無事なのかが気にかかる。
「領主といえど女性の部屋を荒らしておいてよくもぬけぬけと言えるな」
「大人しくしてもらっただけだ。下手に時間を与えると余計なことをしかねないからな。すぐに大人しくなってからは塩らしかったぞ」
プチンっと頭の中で何かが切れた気がした。あれほどまで戦いの跡がひどがったが、流石に領主まで危害を加えないだろうと高をくくっていた。
「き、貴様! アビ・ローゼンブルクはご無事なんだろうな! 」
ジェラルドが殺気立って声を張り上げる。その返答次第で私へ指示を出す準備をしている。
だがその答えは別の者だった。
「そんなに俺の女に逢いたかったのか」
上から声が聞こえたので見上げると、バルコニーに煌びやかなローブを身につけた金髪の男がいた。
自信に満ちた表情で、それでいて全てを見下すような傲慢な顔を持つ。
「ドルヴィ・メギリスト」
レーシュが呟き、この国の王の顔を見た。愉快げな顔で私たちが来たことにも驚いていない。
それどころか何か企んでいるような気がしてならない。
「俺の慈悲のおかげで生き永らえているくせに何だその目は?」
空が急に光ったと思ったらレーシュ目掛けて雷撃が落ちてきた。
反応出来るのは私だけのため、剣を空へ投げて避雷針代わりにして、直撃を防いだ。
「ぐっ、いきなりだな! 助かった」
レーシュの感謝の言葉に頷く。
今の一撃は本気で殺そうとしたはずだ。しかし国王は防がれても特に驚かずに私を興味深く観察していた。
そして後ろから見覚えのある女性が、使用人達に支えられて運ばれてきた。
「ほう……流石は剣聖だな。雷の動きに付いてくるか。やはりこの女を攫って正解だったな」
「れ、レイラ!?」
顔に正気がなく、頬が赤く腫れていた。目の焦点も定まっていないように見え、私へ全く反応を示さない。
「アビ! ご無事ですか! どうかご返事ください!」
ジェラルドは喉が張り裂けそうなほどの悲痛な声を出す。
しかし国王は大笑いをする。レイラの顔を掴んで、頬をひとなめした。
「はははっ、何を言っても無駄だ。少しばかり魔力を奪いすぎてな。その後にちょっと順従になる薬も入れたからしばらくは何の反応も見せんぞ」
反吐が出るような台詞を言う。この国の王がどれほど最低かが一度会っただけで分かってしまった。
「それでも美しいと思わないか? 生意気な姿も美しかったが、静かでも綺麗なままだ。若いうちに色々と楽しみ甲斐がある。なにせ余と夫婦になるのだからな!」
高笑いする国王にもう我慢の限界だった。私はすぐに彼女を助けようと動こうとしたが、その前を王国騎士団長グレイプニルが立ちはだかる。
「行かせるわ──」
「じゃまっ!」
グレイプニルが剣を抜いて立ちはだかる。相手の動作がゆっくりに見えるのは、私の集中力が研ぎ澄まれているからだろう。
剣を振り上げる頃には距離を詰め、相手の懐に入って背負い投げの体勢に入った。
「うりゃっ!」
「ぬ……」
鎧を着ているので重たいが、腰に乗せてしまえば体重は関係ない。
重心をずらし、勢いよく地面へと叩きつけた。
苦悶の声を出すグレイプニルは無視して、壁を走った。
「待て、エステル!」
レーシュが私を止めるが、早く彼女を助けてあげたい。
壁を蹴ってバルコニーまで到着する。
お互いの距離も近くなり、レイラの顔もよく見えた。
「レイラっ! 返事をしてっ!」
何度も呼びかけたが全く反応を示さない。これほどまで弱った彼女は初めて見た。
消え去ってしまいそうなほど、彼女の気配が薄い。
それを国王は嘲笑う。
「無駄だ。今は心地の良い夢の中だろう」
「このぉッ!」
レイラを助けようと動こうとしたが、国王が私へ向けて一枚の羊皮紙を見せびらかすように、ヒラヒラと振った。
「余に危害を加えたら、モルドレッドが死ぬぞ?」
「っ!?」
急いで足を止めて、攻撃するのを一旦やめた。どういう意味だ、と目で強く訴えると国王は腹を抱えて笑い出した。
「本当にこんなもので止まるのか! 傑作だ! 三大災厄を滅ぼした天下の化け物がこんな一枚の契約魔術ごときで思い通りに出来るのだからな!」
前に何度か見たことのあるので、その効力はよく知っている。
レーシュの父親が内乱を起こしたことで、レーシュは契約魔術で命を縛られていると言われたことを思い出す。
私が動けずにいることで、国王はさらに笑みを深めて、レイラの頬を気持ち悪く触っている。
「この女が教えてくれたよ。貴様は甘っちょろいっとな! まさかモルドレッドの命がこんなところで役に立つとは、生かしておくもんだな!」
悔しくもこの男の言う通りだ。国王を攻撃したせいでレーシュが死んでしまうことだけは避けなければならない。
しかしどうすれば全て解決するのか思いつけない。
だがこの時間がいけなかった。
「離せ!」
レーシュの声が下から聞こえてくる。
私はすぐに手すりから下を覗きこむと、起き上がっていたグレイプニルにレーシュが捕らえられていた。
ジェラルドは地面に倒れている。
「本当に甘いな。降参しなければ、この男の首をへし折るぞ」
「ぐっ!?」
レーシュの首元を締めており、このままだと本当に死んでしまう。
とうとうレーシュの意識が飛んでいまい、私は大声で止めた。
「やめて! 降参するから……」
悔しくも私に出来ることがない。
バルコニーから飛び降りた。騎士達が私を取り囲み、私の腕を後ろで拘束する。
まるで罪人のように金属の拘束具で手が動かせなくなった。
「滑稽だな。グレイプニル、そいつらを余の元へ連れてこい。剣聖を有効活用せねばならんからな」
「かしこまりました」
私たちは国王の間へと連れて行かれるのだった。