側仕えと王都の波乱
広場に向かうと、レイラとの結婚式を近日中に行うとお触れが出ていた。
しかしその知らせを聞いた国民達の反応は冷めたものだった。
──国王様のお祝いなのに興味ないのかな?
こういう時は商売魂がある商人が盛り上げようとするはずなのに、全くそんな気配がない。
多くの騎士達がわざわざ大声を出して広めているが、あまり興味関心を引けているとも思えなかった。
騎士達もそこまでやる気がない様子なので、ローゼンブルク領と比べて活気がない気がした。
「早くも手を打ったか」
レーシュがボソッとぼやいた。私たち三人で情報収集をしていたら、お触れの話を聞きつけてここに来たのだ。
「領主を攫ってすぐに広めるとは準備がいいな」
「そうね。レイラを攫うほど好きなのかな?」
情熱的ではあると思うが、レーシュの推理だとレイラを攫ったのは王国騎士団長らしいので、自分で行動していない点がわたし的にはマイナスだ。
しかしどうやら私の予想は的外れのようで、レーシュがため息を吐いた。
「そんなわけないだろ。おそらくは領主を取り込んで、自分達への脅威を減らしたいんだろ」
「脅威? レイラが国を乗っ取るかもしれないからってこと?」
「そういうことだ」
それは流石に無いのではと言いそうになったが、先日ネフライトがレイラを攫ったことに怒って、そのようなことを言っていたので、あながち間違いでは無いかもしれない。
「今のローゼンブルクには不思議と人材が集まっているからな。お前がいなくとも、ウィリアム海賊団にヴィーシャ暗殺集団もいる。もしローゼンブルクに手を出せば、こいつらがどう動くか分からないからこそ、仲間に引き入れたいんだろう」
「そんなにこの国って不安定なの? 普通は王様のためなら何でもしますとかだと思っていた」
「国王が統治する気がないからな。三大災厄が出てからは、俺たちに厄介事を押し付けて、領地毎の魔力の税を増やしただけだ。それで何もしない自分達だけはこれまでと変わらない生活を続けたんだ。誰だって国王に相応しくないと思うだろうさ」
どうやら国王は悪い貴族の中でも一番厄介のようだ。確かにどこも作物が取れないから、対策を必死に練っているのに、国王は何も政策をせずにただ富を貪っているだけだというのなら、国王を代えて欲しいと願うのも無理がない。
「ぐぬぬ、アビ・ローゼンブルクを攫っただけでも許せんのに結婚などと……」
ジェラルドは今にも飛び出さんばかりに体を震わせていた。私も気持ちが分かるので、どうにかして助けてあげたい。
「おい、何だこのリンゴは! 不味いだろうが!」
「も、申し訳ございません!」
何やら騒ぎが起きているみたいで、何事かと様子を見に行く。
すると果物を売っている屋台の前で、三人の貴族の騎士が店員へ怒っているようだった。
「貴族の俺にこんな不味いリンゴを食わせるとはいい度胸だな!」
「そ、そんなつもりはっ!? 私がお伝えする前に取られてしまったので……」
「言い訳するな!」
騎士が激昂して剣を鞘から抜き出した。
「ひぃ!?」
店員は怯えて尻もちを突いた。このままでは殺されてしまうかもしれない。
他の見物人達がヒソヒソと話をしている。
「ひでえな。金も払わずに食って、処罰されるのかよ」
「しっ、お前も殺されるぞ」
──理不尽すぎるでしょ!
勝手に食われて命を取られるなんてあまりにも勝手だ。もしかしたら目立ってしまうかもしれないが、見て見ぬ振りはできない。
「エステル」
まさに動こうとした時、レーシュから声を掛けられた。
隠密で来ているのに、勝手なことをするなと怒られるかもしれない。
「ちょうどいい。派手にやれ」
「えっ!?」
思わず大きな声をあげてしまった。急いで口を手で覆って周りを見渡し、あまり注目されていないことに安堵した。
私は小声で確認する。
「本当にいいの?」
聞き間違いではないよね、という意味を込めて確認をする。レーシュは仕方なしと肩を竦めていた。
「どうせ止めても助けるんだろ? なら思いっきりやれ。それに婚姻を発表したということは、こちらもあまり時間がないからな。初夜を迎えられて既成事実まで作られたら一巻の終わりだ。それならあちらにもその余裕を無くしてやる」
レーシュの顔が悪巧みを考えて時のように、にやり、悪い顔になっていた。
しかし今回はありがたい。レーシュから許しが出たのなら、私も大手を振って助けられる。
「命だけは……ご勘弁くださいっ!」
「動くんじゃねえぞ? 苦しみたいなら別にいいがな!」
店員の命乞いを笑いながら、騎士は剣を振っていた。
だが──。
「ははは! あれッ──?」
騎士は柄を握りしめて、剣を振り落としたが、空振りに終わった。
何故なら、もうすでに私の剣で粉々に粉砕しているからだ。
「お、おい、後ろに誰かいるぞ!」
他の騎士が私の存在を剣を振るった騎士に伝える。突然現れた私に驚いて、騎士は腰が引けた状態でこちらを睨む。
「な、何だお前は! と、刀身が無くなってる……」
やっと自分の剣の状態に気付いたようだ。他の騎士達も剣を抜いて私を取り囲んだ。
周りの見物人達も私の登場に、固唾を飲んで見守っていた。
「お金も払っていないのに、文句ばっかり言って恥ずかしくないの?」
「き、貴様、どこの家の者だ! 私は由緒正しき──」
最後まで聞く前に私は話をしていた騎士の鳩尾に拳をめり込ませて気絶させる。
無防備だったので、楽に片付けられるのに越したことはない。
「み、見えたか? 今の動き」
「こ、こいつはただの女じゃねえぞ」
他の騎士達は私の動きを見て、剣先が震えている。
このまま一気に終わらせようとしたが、レーシュが前に出た。
「ふんっ、堕ちた王都の貴族は醜いものだな」
レーシュが出てくると相手の顔色はさらに悪くなっていた。
「お前は……その黒髪、もしやモルドレッドか?」
「なら噂の剣聖って……」
急に騎士達の顔が蒼白に変わっていく。どうやら私の剣聖という称号は遠い地にもしっかり伝わっているようだ。
レーシュは追い打ちをかけるように言葉を続けた。
「お前らがうちの領主を誘拐したからこっちも苛立っているんだ。王都を半壊されたくなかったら、早く国王の元まで案内しろ」
「ば、馬鹿か! お前らみたいな危険なやつを連れて行ったら処罰されるだろうが!」
「うるさいハエだ。なら、別の奴に案内してもらうから、そいつらはもう片付けていいぞ」
どうやら私へ指示を出したようだ。グッと腕に力を込めた。
「ま、待ってくれ! 案内するから何もするんじゃねえ!」
「ああ、だから殺さないでくれ!」
同じように気絶させようとしただけだったが、騎士達が手のひらを返してきた。
レーシュの思惑通りだったが、本人が「なら早くしろ。俺の気は短い」とさらに脅しの言葉を続けるので、さっきまでと違って騎士達は大人しく馬車を用意してきた。
その時、ジェラルドが首を傾げた。
「そういえば先ほどの光景を見て思い出したんだが、昔に槍兵の勇者と喧嘩になりそうになった時、気付いたらお互いに廊下で眠ってしまったことがあったな……」
ジェラルドの視線が妙に痛かった。私も彼とラウルを気絶させた記憶が今でも残っている。