側仕えとレーシュの苦悩
王都へ辿り着いた私たちはまず宿を確保する。しかし場所が貧困街である宿がなく、どうにか一軒だけお店を見つけた。
「あんたら、お貴族様かい?」
店へ入ると宿屋の主人が怪訝な顔をする。レーシュが頷くと手を振って出ていけという手振りをする。
「ここがどこだか知らないようだが、王都の掃き溜めの街であんたらみたいなお金持ちを入れたら、こそ泥どもが荒らしにくるだろうよ。面倒ごとはごめんだ。よそへ行ってくれ」
「貴様、平民の分際で我々に命令するとはいい度胸だな!」
ジェラルドは剣を取り出して、宿屋の主人を脅す。あちらも慌て出して、何があっても知らないと二部屋だけ用意してもらった。
私とレーシュが同室で、ジェラルドだけは別部屋だ。
お互いに部屋へ入ろうとしたところで、ジェラルドが私たちを見ているのに気付く。
「もう一つだけ聞くが、お前達が結婚をするのなら子供はどのように考えているのだ。平民と貴族の結婚では必ず魔力の源である血が薄まる。お前の魔力量では下級貴族並みでもあればマシな方だろう。それとも後継用に別の妾を用意するのか?」
ドキッと心臓が高鳴った。私もそれだけは不安が残っていた。レーシュとの子供を授かりたいが、やはりそれだけが懸念としてある。
私たちの子供は不幸な未来が待っているのではないだろうか。
レーシュは不機嫌さを隠さずに答える。
「お前には関係ないだろ」
ジェラルドはその言葉を気にすることなく、淡々と言葉を続けた。
「そうだな。だが今の問いで、そこの女は納得していないように見えたぞ」
レーシュがハッとなるように私の反応を伺う。急いで表情を隠したが、彼の目を見るに隠せていないようだ。
追い打ちをかけるようにジェラルドは話す。
「貴族と平民が結婚するのはたまにあることだ。だが全員が後悔していた。私にはお前達の幸せになる未来が見えない」
ジェラルドは私たちに重い言葉を残して部屋へと入っていく。立ち尽くす彼の背中が小さく見えた気がした。
少しだけ危うく感じた彼の手を引いた。
「レーシュ、部屋へ入ろう」
返事を聞く前に引っ張り、無理矢理に部屋へと入った。部屋は簡素な作りで、貴族が泊まるには少しお粗末だろう。
側仕えの私が少しでも快適に過ごせるように、彼のベッドを整える。
──あまり思い詰めなければいいけど。
作業をしながら椅子に座るレーシュをチラッと見る。ずっと机を凝視しており、おそらくは何か考え事に没頭しているのだろう。
するとタイミング良く声を出す。
「エステル、終わったら少しだけ話を聞いてくれ」
「う、うん……」
覚悟を匂わせる雰囲気を感じて、ササッと準備を終わらせた。
少しだけ緊張しながら彼の向かい側に座ると、急に彼が息を噴き出した。
「そんなにかしこまった話じゃない。俺の隣でいい」
先ほどよりも顔の強張りがなくなっていたが、それは無理をしているのは分かる。
だけど私は気付かないふりをして彼の隣に座り直した。
「お前もやっぱり不安だったか?」
心臓が音を立てた気がした。なるべく気にしないようにしていたが、やはり直に言われると、おもわず反応してしまいそうになった。
「えっと……べ、別に……」
視線が勝手に泳いでしまうのを感じる。なんだかレーシュから視線が痛く感じて目を合わせられなかった。
「ずっと言うのが怖かったんだ。もしかしたらお前が俺から離れてしまうんじゃないかってな」
「そんなわけないでしょ!」
即座に否定したが、彼は「まあ、聞け」と何かしら後ろめたさを持っているように感じられた。
どうにも何やら隠し事があるようだ。
レーシュは息を深く吸って、そしてゆっくりと吐いた。まるで懺悔を待つ罪を犯した者のように。
「俺は爵位を返納しようと思う」
「それって……どういうこと?」
「貴族をやめるってことだ」
私が聞き返すと端的に答えてくれた。彼は目を瞑って私の反応を待っていた。
「じゃあ、どこに住む?」
「は?」
レーシュは時々見せてくる予想していなかったことに直面した顔だ。
爵位を返したらどうなるのか興味本位で尋ねただけなので深く考えたわけではない。
しかし、彼から話を振っておいて、どうしてそんな驚いた顔をするのだ。
「だって、貴族じゃなくなるならあの大きな屋敷に居られなくなるんでしょ? だったら新しい新居を探さないと暮らしていけないじゃない。レーシュは貴族だから知らないかもしれないけど、平民は自分で身の回りの世話を──」
「ちょっと待って! 一度、頭を整理させろ!」
レーシュは頭を押さえて、再度私へ視線を戻す。
「お前は気にしないのか? 俺が貴族じゃなかったら、お金だってそんなに使えなくなるんだぞ」
「今は贅沢し放題だもんね。今のうちに美味しいモノを食べてた方がいいかな」
「いや、まあそれもあるだろうが……」
レーシュは私の返事に全く納得していないようだ。
「だって、レーシュは私を平民とか関係なく好きになってくれたんでしょ?」
「ああ……」
柄にもなく照れているレーシュが可愛く見えた。
「私だって別にレーシュが貴族だから好きになったんじゃないよ」
彼の手に触れると、緊張しているのか冷たくなっていた。
ぎゅっと握ると彼の心に触れている気がした。
「いつも一生懸命に頑張ってたからだよ。だから安心して付いていけたし、これからだって頑張らなくなるわけじゃないんでしょ?」
「まあ、そうだが……だが急に貴族をやめるって聞いたらもっと理由が気にならないか?」
「それは気になるよ!」
突然そんなことを言われて気にならない方がおかしい。彼に前のめりになってしまい、レーシュが少しだけ困った顔をしていた。
「今の地位が俺に不釣り合いなんだ。結局のところ貴族は魔力主義だから、家を存続させるには魔力の高い嫁を取る必要がある」
「それってやっぱり私のせいなんじゃ……」
私と結婚しても魔力の高い子供は絶対に生まれないらしい。
血統が重視されているこの国では、やはり貴族と平民が結ばれること自体が無理があるのだ。
だがレーシュは首を振って否定する。
「言っただろ。元々、今の地位は俺には過分すぎる。お前がいなければまず上級貴族なんてなれなかったからな。元々、領地経営より商売の方が才能があるんだ。ゆっくりとそっちで働いてみるさ」
レーシュは納得していると自分に言い聞かせているだけの気がした。
何よりも貴族をやめる必要だってない。何かまだ隠しているような気がした。
おそらく彼が心配しているのは、私たちの子供が貴族社会で爪弾きになることだろう。
「辛気臭い話は終わりだ。荷物に入れているワインを取り出してくれ」
「うん」
レーシュが持ち出したワインをバッグから取り出して、レーシュのグラスに注ぐ。
私のグラスにも注ごうとしたら、レーシュが「注がせろ」と言うので、彼にボトルを渡した。
私のグラスにワインを注いでもらい、二人で小さく音を立てた。
静かに二人でお酒を飲んで一夜を明かす。
そして次の日、大々的にお触れが出ていたのだった。
国王ドルヴィ・メギリストとローゼンブルクの領主レイラとの婚姻が決まったことの。