側仕えと助けを呼ぶ声
剣聖の加護。
眠ると必ず草原の世界へ誘われる。千の敵と戦い、勝っても負けても現実世界へ戻される。
この加護は私に何を求めているのだろうか。
目を覚ました私は時間を朝日の差し込み具合で計る。
少しだけ汗で湿った髪が鬱陶しく感じ、入浴したいなと思う。
起きあがろうとすると、私を包んでいたレーシュの腕がむぎゅっと強まった。
起こしたのかと思ったが、彼の目はまだ閉じたままだ。
昨日は彼の嫉妬を全身で受け、思ったよりも眠るのが遅くなったので、しばらくは起きないだろう。
最初の出会いは最悪だったのに、まさかこのような関係になるなんて夢にも思うまい。
そろそろ起きないといけないが、彼の匂いをもう少しだけ感じたいと彼の胸板に顔を埋めた。
するとまた抱きしめる力が強くなった気がする。
だがすぐに力が緩んだので、私はするりと腕からすり抜けた。
名残惜しいがこのままだとずっと甘えてしまう。
軽く汗を流す前に、もうひと汗をかきにいく。
中庭へ出ると、フェニルとヴァイオレットがすでに訓練のためにやってきていた。
フェニルも元気になったが、まだまだ体力が無いので日課として鍛えているのだ。
「おはよう、お姉ちゃん。お義兄さんは今日は一緒じゃないの?」
最近はみんなで一緒に決まった時間に訓練をする。
しかしレーシュはまだ疲れて眠っている。
元はと言えばフェニルの密告のせいなのだが。
「フェーのせいで昨日は大変だったんだからね。結局朝まで──」
子供の前で何を言おうとしているのだ、と咳払いをして誤魔化した。
私の言葉が不自然に止まったことにフェニルとヴァイオレットはどちらも首を傾げていた。
「もしかしてずっと怒られたの?」
フェニルの顔が怒られる直前のように少し怯んだ顔になった。
私は慌てて誤魔化す。
「怒られてはいないから安心して。それよりも訓練はどう?」
早くこの話題を終わらせたいので、別の話を振った。
するとヴァイオレットが答えてくれる。
「筋はいい。でもやっぱり加護が無くなると前の力が無くなってる」
私の加護を使っていた間に特訓して身に付けた力がほとんど無くなったようだ。
しかし鍛えた体がそのままのため、前よりは病弱ではなくなったので完全なゼロではない。
「そう、フェーが欲しいなら加護を──」
「絶対にいらない!」
フェニルがものすごい怯えた顔で首を横に振った。
あまりの反応の早さに驚いた。
「あれは絶対におかしいよ。毎日夢で戦わされて、疲れも現実世界に残るんだよ? おかけで身体も丈夫になったけど、もう二度ともらいたくないよ」
フェニルには一騎当千の加護が合わなかったらしい。
そんな大袈裟な弟に私がコツを教えてあげよう。
「頭と体の意識を切り離さないからよ。夢は夢、現実は現実とわかっていれば──」
「それで済むのはお姉ちゃんだけだよ!」
フェニルがすごい形相で迫ってきた。
そんなに難しいことを言ったつもりなかったが、あまりの剣幕に押されてしまった。
だがすぐに彼の顔も穏やかになった。
「でも、あの夢を見ながら毎日働いていたお姉ちゃんは本当にすごいよ。今までありがとう。今後は僕がお姉ちゃんを支えるよ!」
「フェー……」
家族からお礼を言われると照れ臭い。素直に受け取っておこう。
「気にしないでいいの。それにフェーが支えたいのは私じゃないんでしょ?」
視線をチラッとヴァイオレットに向けると、フェニルも意味に気付いて顔を赤くした。
「ち、違うよ!? もう、お姉ちゃんなんて知らないッ!」
怒ったフェニルがそっぽ向くので、謝った後に一緒に訓練を行う。
フェニルの機嫌もいつしか元に戻り、ヴァイオレットにも技術について教えてあげる。
「ヴァイオレットちゃんは足が速いから、あとはもっと他の力を鍛えようか」
「たとえば?」
ヴァイオレットは興味津々にも尻尾を振っている。
私が使える技で彼女に適しているのは、おそらくこの技だろう。
「足へ力を溜めたときにどうしても無駄な動きも出ちゃうから、自分を上手く制御してみるの。一度、組み手をやるから攻撃してみて。私から反撃をしないから」
ヴァイオレットは容赦なく二本指で目潰しを狙ってきた。
暗殺者として最善の行動だろう。だがまだ遅い。
意識を奥に引っ込めて、最小の動きで避ける。
ヴァイオレットの攻撃は多種多様だったが、どれも私に触れることはない。
「なんで……見てないのに!」
私はもうすでに目を閉じて、彼女を視認していない。
体に反応を全て委ねていた。
「体に全て任せなさい。無駄を削って、どの攻撃にもカウンターを打てるようにするの。もしあの試合で肉弾戦をしていたら、こうなっていたわよ!」
私はヴァイオレットの空振った腕を掴み、彼女の首を私の足で挟めこんだ。
「くっ!」
私の体重が乗っかり、彼女ごと地面に倒れこんだ。
体重を乗せて動きを封じた。私は拘束を緩めて彼女を解放した。
「エステル、強い……」
ヴァイオレットは目をキラキラさせて他の技を教えてほしいと言う。
彼女の場合は今でも十分に強いが、これからも三大災厄のような化け物たちが現れないとも限らない。
その時のために少しでも味方が強いのは歓迎するところだ。
「エステルさん、こちらへいらっしゃいましたか!」
サリチルが慌てた様子でやってきた。
「おはようございます。何かありましたか?」
「はい。アビ・ローゼンブルクから緊急で城へ召集するようにと通達が来ました。レーシュ様と二人で必ず来るようにとのことです」
領主から呼び出しを受けたのなら無視するわけにはいかない。
私はすぐさま準備を整えて、レーシュと共に馬車で出向く。
「うーん……」
レーシュが難しい顔で書類を何度も読み返している。
短い文字で「私を助けて」と書かれており、ものすごく切羽詰まったかのように感じさせる一文だ。
「どうしたの、そんなにうなって?」
レーシュは手紙の便箋の封蝋を私へ見せた。
「この筆跡は間違いなく領主だろうが、気になるのはこの封蝋だ。この紋様を見るに、おそらく俺に送ってきたのは護衛騎士だろうな」
「レイラが送ったんじゃないの? どうして?」
「分からん。だがどうせろくなことではないんだろう」
レーシュも納得はしていないようで何か波乱を感じる。
特にレイラは一人で抱え込んでいる節があるので、少しだけ心配もあった。
城へ着くとすぐに私たちは客室へと案内される。見慣れた城内なのに、どうにも変な雰囲気を感じた。
どんよりとしており、誰もが不安を感じている気配だ。
時間がしばらく経ってからようやく出迎えが来たが、それは領主のレイラではなかった。
「二人ともよく来てくれたわね」
「「ネフライト様!?」」
コランダムと対をなす大派閥スマラカタの実質的な当主であるネフライトが入ってきた。
私たちは慌てて立ち上がって頭を下げる。彼女から「楽にしていいわよ」と言われたので席へ座り直した。
「どうしてネフライト様がアビの代わりにお出迎えをされているのですか?」
レーシュが私の気持ちも代弁してくれた。ネフライトは優雅に紅茶を飲み「慌てないでください」とまるで焦らすように時間を潰す。
私たちにもまずは飲むように言われ、落ち着くためにも紅茶を飲んだ。
やっとネフライトも話を始める。
「モルドレッドは気付いたと思うけど、今回のは彼女の護衛騎士に代理で手紙を書いてもらったの」
「やはりそうでしたか。アビが書けないということは何か病気で自室へ篭っているからでしょうか?」
「それなら良かったのだけど……」
ネフライトは躊躇うような素振りをする。もしや先ほどの紅茶は彼女自身を落ち着かせるための時間だったのではないだろうか。
「レイラが消えたのよ。その手紙だけを残してね。部屋は争った跡もあったわ」
「えっ……」
私とレーシュは顔を見合わせた。