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側仕えは再び剣聖になる

 剣聖の加護。

 この力を譲渡された時はまだ加護のことを知らなかった。

 だが見知らぬフルアーマーを身に付けた戦士に勝負を挑まれた時、私は同じく目の前に広がる草原の世界に投げ出されたのだ。

 黒の地帯と呼ばれるこの地がまるで息を吹き返したように緑で満ち、私の頑張り次第ではこれも夢ではないのだろうと思えた。


「私は夢を……見ているのか?」


 後ろからコランダムの声が聞こえてきた。ずっと朽ちた土地を守ってきた男はこの光景を夢見ていたのだろう。

 この光景を見たことがない騎士や神官たちも同じように驚きの声を上げていた。


「こんな凄まじい加護があるのか……」

「神の御加護が我らを守ってくださる」


 あれほど私に対して敵意を持っていた者達も、この光景には目を奪われているようだった。

 息を吐いて自分の心を落ち着かせる。いつもと変わらずで、期待を背負って体が固まることもない。

 目の前の化け物へ私は宣言する。



「この試練に乗り越えれば、この一騎当千の力がそなたに加護をもたらすだろう。覚悟は良いな挑戦者?」


 私の装備もこの世界で無理矢理に赤い鎧を着させられる。

 だが鎧自体は私の動きを妨げないためか、全く重さを感じさせなかった。

 後は倒すのみだが、相手が不気味にもニヤリとしている。


「笑止! 加護ニ頼ッタナ!」


 聖霊バハムートの体がどんどん巨大化していく。目の前の気配もどんどん強大になっていった。


「フハハハ! コノ世界コソ、我々ノ土地! 本来ノ力ヲ見セテヤル!」


 勝ち誇った顔をしているが、私は決着をこれ以上、長引かせるつもりはない


「御託はいいわよ」


 私の言葉にカチンときたのか、聖霊バハムートは笑いを止めて、こちらをイライラとした顔で睨んでくる。



「一騎当千の勇者の力をその身で受けなさい」



 地面から甲冑の戦士達が顔を出した。

 甲冑の戦士達がどんどん溶け出して、一本の剣を作り出した。

 一体一体の力はそこまで強くなくとも、全てを重ねるとその力は何倍にもなる。

 空に浮かぶ剣はまるで空すら斬ってしまうほど巨大で、その大きさは聖霊バハムートの比ではなかった。


 私は大きく息を吸い込んで、後ろに立つ者達へ向ける。


「コランダァムゥゥ!」



 長い夜も明け、もうすでに朝日が差し込み出した。

 未だこの地は過酷な地のままだが、その元凶が消えればいずれこの地にも緑が生えてくるはずだ。



「次からは私を呼べぇぇ!」



 大声と共に私は空に浮かぶ剣を振り落とした。

 邪を斬る一刀にこれまでの全てを込めて。


「グオオオオオ! 人間ガ調子ニ……」


 聖霊バハムートの体を一刀両断する。

 ずっと人間を馬鹿にしていた聖霊はその身を二つに分け、私を忌々しそうに睨んでいた。


「人間ニ敗レタカ……束ノ間……平和ヲ……喜べ」



 聖霊バハムートの分かれた半身がどちらとも地面に倒れ、光の粒子になって消えていく。

 まるでこの地に帰るように。

 私はこの世界を元の景色に戻すと、そこには信じられない光景だった。



「緑が……生えてる?」



 荒野だった場所に少しずつ草が生え始めていた。わずかな緑だが、それでもこれからの希望を見いだしてくれた。


「エステル!」


 私は振り返るとレーシュが騎獣に乗ってやってきた。

 近くまで来ると騎獣が飛び降りて私を抱きしめてくれた。


「れ、レーシュ!?」


 多くの視線がたくさん集まる中で大胆すぎる。まだ神国もコランダムを狙っているかもしれないので、気持ちを緩めてはいけないのに。

 だがレーシュの体が震えているのに気が付いた。



「無茶をするな……お前がいなくなったらと思ったら、全てを放り投げるところだったぞ」


 あの時、神使の力でグングニルを放たれ、あやうく死ぬところだった。

 おそらく彼はずっと私の心配をしてくれていたのだろう。


「ごめんね。でも私はずっと側にいるよ。だって私は側仕えだもん」


 私も彼を抱き締めて、彼の気持ちへ寄り添う。

 戦いは終わったのだ。すると領主がこちらへ騎獣に乗ってやってきた。


「感動の再会のところ悪いけど、少しだけエステルちゃんを借りていいかしら。戦いの締めをさせてくださいな」



 レーシュは一度私から離れ、私は頷いて領主の後ろへ座った。

 空へと上っていく。


「ローゼンブルクの当主の名において宣言する!」


 領主が私へ目配せをするので、私は持っている剣を振り上げて高らかに宣言した。



「三大災厄……討ち取ったり!」



 その言葉を聞いた全員が一斉に持っている武器を振り上げて喝采を上げた。

「剣聖、剣聖、剣聖!」とどんどん声が重なり、全員がこれまでの辛い日々が終わったことを喜んでくれた。



「エステルちゃん、もう少しだけ付き合ってね」

「は、はい!」


 領主と共に空を飛んで、神使レティスの下まで向かった。

 神官達は警戒して神使を守るように立ちはだかったが、「よさぬか!」と神使の一声で道を開けられた。

 そのまま近くまで近付くと、神使は頭を下げた。


「エステル……其方へ大変失礼なことをした。其方を殺そうとした私に恨みがあるだろうが、どうか其方の望みは出来る限り叶えることで手打ちにしてもらいたい」


 周りがガヤガヤと騒ぎ出す。神使が平民の私へ頭を下げていることに他の者達が納得していない。

 私は別に気にしていないので、頭を上げるように言おうとしたが、それよりも早く領主が私の言葉を代弁した。


「あらあら、救国の英雄に対して他の者達の態度がなっていないわね」



 領主の言葉を聞いて青ざめた神官達が頭を下げた。これは私は黙っていたほうがいいだろう。


「国家間の話ですので、邪魔者達は席を外してくださいませんか?」



 神使が命令を下して、すぐさま人払いをしてくれた。



「望む通りにしたぞ、レイラ・ローゼンブルク……」

「個人のやり取りでありませんので、アビ・ローゼンブルクとしてお話しします。今回の戦いで神使様の立場は大きく強化されたと思います。ただ危うくその可能性を摘むところでしたので、感謝の言葉だけで終わらないと願っております」



 神使は頬がピクピクと動き出す。だがそれでも怒ることなく作った笑顔を浮かべる。


「そうじゃな……何の褒美が欲しい?」

「神国で納税されたはずの魔力を二割頂ければと思います」

「二、二割!?」

「ええ。神国の有り余る魔力があれば、どこよりも早くわたくしの領地は復興して有利に立てますもの。早くしてくださらないと、もしかしたらモルドレッドにお願いしてしまうかもしれません」



 神使がビクッと体を震わせて私を恐れるように見た。どうやらレーシュに命令して私を脅しで使うことを暗に伝えたのだろう。


「すぐに用意する。陸の魔王がいなくなったおかげで行商も復活するだろうが、しばらくはローゼンブルク領しか品を卸せないようにしよう」

「神使様のご配慮には恐れ入ります。他にも取り決めを決めたいですが、もう一つだけ。コランダムの処刑も今回はやめてくださいますよね? 先ほどエステルちゃんが守ると宣言してしまいましたので」


 神使はもう降参というように力無く息を吐いた。


「分かった……あいにくとこの件は一部の者しか知らん。私は何も見ていないし、聞いてもおらん。これから国に戻ってやることも多い。他国の事情に口を出している隙はないからな。もちろん、其方の領主の座もそのままじゃ」




 言質は取り、これでコランダムも殺されずに済んだ。これによって邪竜教との関わり自体も無かったことになるので、領主の座を追われる事もないとホッとした。

 もしかするとここまで全て、領主の筋書き通りではないだろうか。

 領主は用は終わりと、私をまたレーシュの元まで連れて行ってくれた。


「エステルちゃん、ご苦労様。おかげで私も生き残れたわ」

「はは……全て成り行きでしたけど」



 ずっと綱渡りで危なかったが、どうにか良い落とし所があってホッとする。



「ねえ、エステルちゃん……」



 領主が少し暗い声で尋ねてきた。



「どうかしましたか?」


 ふと、彼女の体が震えているの気付く。いつも余裕のある彼女とは少し違うように感じた。まるで何かに怯えている気がした。


「大丈夫ですか?」


 何か不穏な気配を感じる。だが領主は振り向いて笑いかけた。



「今日でもう側仕えをやめて、向こうへ帰りなさい。今度お礼に行くわね」


 いつの間にか彼女の震えも消えていた。私の気のせいだったかもしれないと、彼女へ返事する。


「はい。また何かあれば呼んでください。アビのこともずっと守りますので」


 やっと力も戻ったのだから、私の手の届く範囲で手助けをしたい。

 何だかんだ、彼女には多くの借りがある。


「レイラって呼んで……」


 領主は私へ不安そうな顔を見せる。まるで断られることを恐れているような。

 私みたいな平民がそのような不敬な呼び方をしていいのか分からないが、彼女がそう望むのなら合わせよう。

 おそらく彼女はずっと対等な誰かが欲しかったのだ。


「レイラ、もし辛かったら言ってね。貴女も女の子なんだから。ずっと一人では不安だったでしょ?」


 私は彼女を後ろから抱きしめた。一瞬、彼女の体が硬直したが、ゆっくりと私へ背中を預けてくれた。

 一粒の水が後ろへ飛んでいく。

 雨が降っていないのなら、今のは──。

 私は何も言わず、レーシュの元までたどり着くまで、彼女を抱きしめ続けた。



 全てが終わった後は、他の者達へ任せて、港町まで帰ることになった。

 屋敷に滞在していたみんなに迎え入れられ、そして食堂で久々のみんなで食事となった。

 レーシュがグラスを持って、立ち上がった。


「ようやく全員が帰ってきたな。三大災厄を討ち滅ぼしたエステルと難病を乗り越えたフェニルの帰還を祝おう、乾杯!」



 レーシュの音頭と共に私たちは一斉に「乾杯!」とグラスを打ちつけあった。

 そして楽しい、楽しいひと時を過ごした。



 第四章 側仕えは剣となり、嫌われ貴族は盾になった 終わり

 次回

 最終章 側仕えは姫君(ティターニア)へ、嫌われ貴族はご主人様に

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