側仕えは剣の加護を解放する
私は自分の調子を確かめる。
これまでは大岩でも持っていたかのように体が重かったのに、魔物を一万体倒すうちに加護がどういうものか分かってきた。
おかげで今は動きの制限がない。
「私ももう少しまともな加護が欲しいわね」
あまりにも役に立たない加護のため、ため息も出したくなるものだ。
オルグに言われた通りに加護と対話をしたが、ただ私の力を鍛錬することに特化した加護なんて思いもしないだろう。
いわば私の力を抑え込み、私へ無駄に多くの試練を与えていたのだ。
だがそのおかげで目の前の化け物と互角に戦える。
少し前に戦ったベヒーモスとは姿が変わっていた。
二頭から三頭に増えており、おぞましさが増えていた。
「剣来タ! ブッ殺ス!」
象の顔が私を見て喚いている。象の鼻には私が前に斬った痕が残っていたので、その時の仕返しがしたいようだ。
「いいわよ。来なさい」
剣を構えて待ったが相手もこちらを甘く見ることはせずに様子を窺っていた。
それならこちらから動けばいい。
「華演舞!」
血流を加速させて足へ力を集中した。地面を思いっきり蹴り上げて一気に距離を詰めた。
まるで敵が止まったように感じ、相手の目線は私が居たところから動いていない。
通り過ぎてからやっと相手は私の姿を探している。
「消エッ──ヌオ!?」
聖霊バハムートの体中から血が噴き出した。
通り過ぎる間に何度も切り刻んだ。だがやはり皮膚の鱗が硬くて見た目以上にダメージが与えられていない。
「人間……ソレガ加護の能力ナノカ?」
激昂している象の頭とは違い、竜の頭は冷静に私を見ていた。
だが思い違いをしている。これは加護の力とは到底言えない。
「残念だけどね。私の加護は全く役に立たないわよ」
私は追撃をするため構えると、聖霊バハムートの竜の頭が「フハハハハ」と笑い出した。そして鳥の頭が何かを呟くと、聖霊バハムートの体が金属で覆われた。
「剣ヨ、オ前ノ剣ガ届クカナ?」
私の一撃では致命傷を与えられないことに気付いたのだろう。
たとえ力技の“天の支柱”を使ったとしても、私の力ではせいぜい皮膚を斬る程度しかできない。
そう甘く考えてくれているのだろう──。
聖霊バハムートは大きく腕を振りかぶって、ハルバードを構えた。
「千王殺!」
羽を羽ばたかせてこちらへ急接近してきた。
そしてハルバードを何度も上から叩きつけてくる。
「華演舞!」
すぐさま足へ力を集中させて何度も叩きつける攻撃を避けた。
嵐のように連続で振り落とすことで私へ反撃の時間を与えず、体力を減らそうとしているみたいだ。
「召喚!」
ハルバードが複数現れて空に浮かんでおり、数十のハルバードが聖霊バハムートと同じように叩きつけ、私の逃げる隙間を無くしていく。
「フハハハハ! 死ネ死ネ死──」
「うっさい!」
私は自分の中へ呼び掛けた。ずっと扱えてこれなかった剣の加護が応える。
降り注ぐハルバートがまるで止まっているように感じた。
集中力が増して世界が止まっている感覚があり、武器の呼吸が聞こえる。
どのような動きをするのか未来予知のようにハルバートの動きが手にとるように分かった。
地面を叩きつけた一つのハルバードを横から吹き飛ばし、次のハルバートが落ちるはずだった場所へぶつけて動きを止めた。
その動作を繰り返して、全てのハルバードの動きを制限した。
「ア、アリ得ナイ!?」
聖霊バハムートの声が震えている。挑発するように私は言ってやる。
「千って聞こえたけど、十回くらいしか地面を殴ってないわよ?」
私の言葉に激昂するように自身の持つハルバードを振り落とした。
「グオオオオオ!」
力任せに振り落とすせいで動きが単調だ。こんなのは技ですらない。
相手の怯えがこちらまで伝わってくる。
横に避けて、地面に落ちて速度が落ちた瞬間を狙って、私は技を出す。
「“仏の座”!」
ハルバートの刃の面へ剣を振り抜いた。
刃の弱い部分へ衝撃を伝わせていき、そしてハルバードがひび割れて粉々に散っていく。
「グヌヌヌ! 小癪ナ!」
聖霊バハムートは馬の足を振り上げて私を踏み潰そうとする。
自分の鉄壁を信じた捨て身の攻撃だ。
「我ノ防御ハ破レヌ!」
一度距離を取ろうとバックステップで躱す。
そして相手の隙が出来たので、また近付いて剣で相手の体を突いた。
「“仏の座”!」
だが何も起きずに、私は舌打ちをした。嫌な方向に予想が的中した。
「効カヌ!」
聖霊ベヒーモスは好機と見てまた踏み潰そうとするが、私はまたすぐに後ろへ下がった。
内部にダメージを与えられる“仏の座”だが、同じ相手には耐性が出来るため効かない。
一度ベヒーモスの時に使ったため、合体しても同じ現象が起きるのだ。
「人間ガ夢ヲ見ルナ!!!」
象の頭が勝ち誇った顔をして何度も攻撃を続けてくる。
私の攻撃では致命傷が与えられないと考えたのだろう。
確かにその通りだ。剣聖の加護のような一撃必殺の技がない。
しかし、残念ながら私には優秀な“弟”がいた。
「お姉ちゃん!」
フェニルが私を信じてすでに近寄っていた。
「近寄ルナ!」
聖霊バハムートも直感が働いたのだろう。私ではなくフェニルへ標的を変えようとした。
私よりも早くフェニルへ駆け寄り、馬の足で踏み潰そうとする。
「うちの弟に何をするつもり? 動くことは許さない」
私は自分の中で燃え上がるような殺意を制御して相手へ向けた。
「蘿蔔」
聖霊バハムートの動きが止まった。足を上げたまま微動だにしない。
低い声が響き渡ってくる。
「グヌヌ、体ガ……動カヌ」
フェニルは動かぬ聖霊バハムートを越えて私の元へ辿り着いた。
「どう? 自分がなぶられる側になった気分は?」
「コレハ……殺意デ我ノ動キヲ……小癪ナ」
“蘿蔔”は相手へ殺気を飛ばして動けなくする技だ。
弱い敵なら勝手に気絶してくれるが、流石に聖霊バハムートは足止め程度しか使えない。
だが十分な時間を稼げた。
「背が伸びた? 前よりも大人っぽくなってるわよ」
目の前にいるフェニルを見て急に目頭が熱くなる。
いつか死んでしまうかもしれないと不安だったあの時とは違い、今は精悍な顔つきになっていた。
少しの間しか離れていないのにいつの間にか成長した気がする。
するとフェニルは少し泣きそうな顔をしていた。
「良かった……生きてて。加護を返すよ。でも気を付けて、この加護は何かおかしいから。それと……勝てるよね?」
心配そうな弟を安心させるため、私は自信満々に答えた。
「あとはお姉ちゃんに任せなさい」
フェニルと手を繋ぐと自分の中に力が流れてくる感覚があった。
私の中で不快な感覚が押し寄せる。加護が私の中で反発している気がする。
だが次第にその不快感も無くなっていき、剣の加護が奥深くに眠っていくような感覚だ。
体が少し怠くなってきた。
──もしかして剣聖の加護って私に合っていない?
どうにも力が一部封じ込められている感覚があった。剣の加護を解放した時の半分の力しか無い気がする。
だけど剣聖の加護には剣の加護にはない、一撃必殺の技があった。
「あとは──」
急に脳裏に変なイメージが出てくる。見知らぬベッドでのたうち回る少女の姿が。
……寝たい、寝たい、寝たい……。死にたい、死にたい……。
頭を抱えて苦しんでいる少女は貴族のようで、涙を流しながらずっとベッドの上で怨嗟の声を上げる。
……神なんて死ね、死ね! 眠りたい……頭が痛い……助けてよ……誰か……。
少女が私へ手を伸ばそうとしたときに、急に意識が戻された。
目の前にはまだ聖霊バハムートがいる。私の動きを止める技も効果を失い、新しく生み出したハルバードを持って走り出していた。
「死ネェェ!」
今は別のことを考えている場合ではない。
私は自身の持つ世界を具現化する。
「剣聖の加護」
これでやっと長い夜が明ける。三大災厄を全て打ち倒して、全ての憎しみを断つ。
私の全力を賭ける。
千の戦士の力を私の中へ昇華させよう。
「“一騎当千”!」