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側仕えのいない決戦 ブリュンヒルデ視点

 私の名前はブリュンヒルデ。

 鎧を身に付け、これからの魔物との戦いに備える。

 もう夕日が落ちかけ、魔物の力が活性化する時間だが、それでも時間を選べる状況ではなかった。

 とてつもない魔物がどんどん数を増して押し寄せてきているのだ。


 ──エステル殿に前の力があれば恐れるに足らないのに。


 先日、エステル殿が邪竜教を庇ったことで神使様のグングニルで殺されてしまった。

 護衛騎士として側にいたのに、何も出来なかった自分が情けなくなっていた。


「あまり気を落としてはダメよ」


 隣から声を掛けてくるのは同僚のシグルーンだ。

 黒の地帯に魔物が一万も押し寄せてくるらしいので、ローゼンブルクの騎士は全て招集された。

 シグルーンは元々領主の側近に選ばれるくらいに優秀であり、今回の件でも動揺を見せることはなかった。


「分かっていますが……また私は逃げてしまいました……」

「神使様に敵対なんてしたら、貴女の領地もコランダム領と同じく粛清の対象になるわ。貴女の判断は間違っていないわよ。エステルには悪いけど、自分の領地を危険に晒すことはできない」



 シグルーンは貴族としての芯が強い。

 何が大切かをしっかりと自分の中で天秤に掛けているのだろう。

 おそらくここが彼女と私の大きな差なのかもしれない。


「ブリュンヒルデ! 無事か!」


 トリスタン兄様が私の元へやってきた。

 兄は優秀であるため、領主になるまでは騎士の中で修行を積んでいる。

 普段厳しい兄であったが、今日は不安そうに私の肩を持った。


「一体何があったんだ? これほどの魔物が襲来するなんて聞いたことがないぞ。ずっとここに滞在していたのなら何か知っているのはないか!」


 正直に言うと私も良くわかっていない。

 ただし、エステルが神使様によって粛清されたことに関しては誰にも話してはいけないことになっていた。



「申し訳ございません。私も何がなんだか……お父様はどうされたのですか?」

「父上はお留守番だ。この戦いで命を落とすわけにはいかんからな」

「それは兄上も同じでは?」

「俺は死なん。今後ベルクムントを支えるのだからいくらでも武勲が必要だからな。魔物を一体でも多く倒してみせる」



 兄はいつも通り自信満々だった。

 私も騎士としてここに居るのだから自分の成果を増やさなければならない。


「ところで剣聖殿はどこにいったのだ?」



 ドキッと心臓が高鳴った。

 しかしちょうど神使様と領主様が話を始めようとしていた。


「皆の者、この度は緊急の呼びかけに応じてくれて感謝の言葉もない。未曾有の災害が押し寄せてきているが、こちらも槍兵の勇者ラウルがおる! 我々、神国も援軍として一緒に戦おう! 恐れるな! 最高神の加護は我らにあり!」



 神使の体が急に光り、その光が私たちを包み込んだ。

 まるで何かに抱き抱えられているように感じて、体が力も溢れてくるような気がした。

 話を引き継いで、鎧を身に付けた領主が話を始める。


「戦士達よ、神使様から最高神の加護を授かりました! 敵の数が多くとも最高神の加護がある私たちが負けるはずありません! 武器を持て!」



 領主様が声を張り上げたので、私たちは一斉に武器を取った。

 さらに領主様が魔法で騎獣を作り出し、私たちも同じ行動をとった。

 空へ上がるとまるで大地を埋め尽くさんばかりの魔物がこちらへどんどん侵攻しているのが分かる。

 ゴクリと喉を鳴らして、心臓がバクバクと鳴るのを感じるのだった。

 他の騎士達もこの光景を見て、同じような反応をする。

 だが領主様は臆せずに、剣を空高く上げた。


「先陣は私が行く! 命を賭けられる者だけ付いてきなさい!」



 領主様が騎獣を走らせ、私たちも後ろを続いていく。

 騎士の私たちが領主様に遅れるわけにはいかない。

 黒の大地を進む魔物達へ私たちは攻撃をしかける。


「はああああ!」



 剣を振って、狼の魔物の首を刎ねた。

 簡単に一体目が撃破出来て少し緊張が取れ、やはり体がこれまで以上に軽いことを実感した。


「これが最高神の加護……これならまだまだ──」



 まだ戦えると思って他の仲間を見ると──。


「ギャアアアア、離せッ、やめ──」



 ちょうど騎士の一人が魔物に殺された。

 まだ見覚えのない新人の騎士があっけなくやられたのだ。


「やらないと……やられる!」



 私はこれまで騎士として何度か大規模な討伐に参加している。

 だが終わりのない戦いではいつか自分も体力が尽きて同じ運命を辿ってしまうかもしれない。

 私は無我夢中で剣を振った。

 そしてその時、私の剣が魔物の血のせいで使い物にならなくなっていたことに気が付かなかった。

 敵の首を切れずに、一つ目の巨人が大きな棍棒を振りかぶった。


 ──やられる!?


 ビューっという音が聞こえると同時に大きな槍が魔物の集団をまとめて葬り去った。

 一つ目の巨人も巻き込まれ、私はギリギリ生きながらえた。



「ラウル様のグングニルが通るぞ! 騎士達は退け!」



 混戦のせいで私は聞き逃していたようで、周りの騎士達はすでに離れていた。

 ギリギリで助かり、冷静さを取り戻す。

 一度後ろに退いて、私は腰に下げている回復薬をがぶ飲みした。


「ブリュンヒルデ、無事か!」


 お兄様がちょうど近くにおり、私はそこまで退く。


「どうにか。あのグングニルに助けられました」

「無事ならいい。ラウル殿の槍で総勢三百は削ったか? だがまだまだ終わらんな。回復薬は取っておけよ。使えば使うほど効力が下がるのだからな」

「はい!」



 一度魔力の温存のためにグングニルがラウルの元へ戻ったため、また私たちが戦わなければならない。

 しかしこの数を倒し切る未来が見えなかった。

 騎士の死体もちらほらと増え始め、私もいつかあっち側になりそうで恐ろしかった。



「お前達、アビ・ローゼンブルクは常に前におられるぞ! 主君を前に出して恐れるでない!」


 領主の護衛騎士であるジェラルドが私たち騎士へ叱咤した。

 領主の姿を見つけると、いまだに最前線で魔法の弓で敵を蹴散らしており、騎士でもないのに誰よりも騎士のようであった。

 魔力を補充するため、回復薬を飲んですぐにまた弦を引いている。



「ブリュンヒルデ、ここにいましたか」



 返り血と泥で汚れたシグルーンが私を探していたようで、息を切らしながらやってきた。


「シグルーンも無事でよかったです」

「無事とは言えませんがね。アビがあまりにも前に出過ぎて陣形がおかしくなってしまっています」



 それは私も感じていた。

 まるで死に場所を求めているかのように後ろで守られるわけでもなく、どんどん前へ進んでいく。


「これまでのアビらしくありませんが、ここで主君を死なせてしまったら、私たちは二度と騎士として大手を振って歩けません」

「分かりました。お兄様の隊もいますので、このまま突っ切りましょう」


 いくら領主の魔力が多くとも無限ではない。

 今のハイペースで回復薬を使ったとしても夜まで持たないだろう。


「こんな時にモルドレッドがいればもう少しアビも自重してくださると思うのですがね」


 シグルーンがボソッと呟き、私はふと貴族院時代のことを思い出す。

 だがエステル殿を神使様に殺されてしまって、モルドレッド殿が協力してくれるとは思えなかった。


「そうですね……競技大会で他領を圧倒したのはモルドレッド殿の采配でしたね。ですが、それは──」



 私は叶わない願いだと、そう言おうとした時に大きな音が遠くから聞こえた。

 一体何事かとそちらを見ると信じられないものだった。



「ガハハハハ! 弱い騎士どもはすっこんでなー!」



 大きな笑い声と共に北東の方角で魔物が空高く打ち上げられていた。

 お兄様もあんぐりと口を開けていた


「なんだあれは? 魔物を吹き飛ばしているのか?」


 私はその声に聞き覚えがった。


「あの声はもしや……海賊王!?」


 魔物の数が多過ぎて、あちらで何が起きているのか分からない。

 だがこの国で最強の一角として君臨する海賊王が協力してくれることがありがたい。


「海賊王が参戦ということはもしや──」


 シグルーンが驚嘆して、なおかつ口が少し笑っていた。

 急に空の薄いシャボン状の膜が浮かび上がり、そこには一人の男の姿が映し出された。

 黒い髪の男は太々しい顔をしており、前まで中級貴族だったとは思えないほどの風格を持っていた。


「私はレーシュ・モルドレッドだ」



 シグルーンと私は顔を見合わせた。

 人の姿を映し出す魔道具なんて初めて見たが、流石は魔道具の天才だと自然に受け入れた。



「モルドレッド!」



 後ろの方から大きな声が響き渡り、その声は神使様から出されたものだった。



「其方を牢から出ていいと命令してはいない! 神官達よ、早くモルドレッドを捕まえよ! 近くにおるはずじゃ!」



 モルドレッド殿が捕まっているのは初耳だった。

 しかしモルドレッド殿は全く臆さずに答える。


「神使様、私を捕まえるのはご自由ですが、不慣れな土地で一万の敵を撃退できるとお思いですか?」

「ぐっ!? こちらにはラウルがおる。最高神の加護を授けた今なら──」

「今の現状で三百の魔物しか撃退出来ていないのに、そちらの英雄に期待しすぎではありませんか?」



 神使様の声が一時止んだ。

 しかしこれは神使様に対してあまりにも不遜な態度だ。

 言葉に少しの怒りがこもっているのを感じ、おそらくはエステル殿へ攻撃したことを知ったのだろう。


「なら、其方は出来ると申すのか!」

「ええ。では始めましょう。アビ・ローゼンブルク、大変お待たせしました」



 私たちは一斉に先頭を騎獣で駆ける領主を見た。

 その時、領主の真下にある場所に見覚えがあった。


 ──あそこは邪竜教の集落!?



 地下には広大な邪竜教の集落があり、村人達に罪を犯している自覚がなかったため、事前に近隣の村に分けて移動させたのだ。

 今は誰もいない地下であるが、領主様が手を高く上げて、大きな赤い大岩を魔法で作り出した。


 絶大な魔力を持つ領主様しか作れない巨大な大岩。

 それがメラメラと燃えて、地面へ目掛けて落とされた。

 魔物達を巻き込みながら、地面に衝突すると、地盤が脆くなっている地面が崩れ、魔物が連鎖的にどんどん地下へと叩き落とされていった。

 私たち騎士は最前線であっても飛行しているので全くの無傷であり、それなのに数にして千の魔物がどんどん落ちて死んでいく。



「では次の策としましょう。私の大事な領民であるウィリアムが船員達とさらに冒険者を引き連れています。それともう一つ」



 モルドレッド殿が西側の空を見ると、そちらから騎獣に乗った者達が大勢やってきていた。

 騎獣に乗っているのなら貴族なはずだが、それはありえないはずだ。


「ローゼンブルクの騎士は全て召集されているはずなのに……もしや、隣のシュトラレイク領から援軍!?」



 ローゼンブルクと同じアビが管理する領地だ。

 どうしてこんなタイミングで援軍を出してくれるのだ。

 全員が驚愕する中で、モルドレッドが説明する。


「まだ田舎までは話が届いていないようでしょうから、私が代わりにお伝えしましょう。冒険者ギルド発祥のシュトラレイク領で剣帝以来の新たなオリハルコンの冒険者が誕生しました。盟約を交わし、こちらの緊急事態では冒険者達の力を貸してもらう約束をしたのですが、私の貴族としての力が無くなればこの話はなかったことにしてしまうかもしれません。それでもよろしければ私は牢屋に戻りましょう?」

「ぐぬぬ……いいじゃろう。戦力を用意した其方の参戦を許可する」



 神使様の許しが出たことにホッとする。

 シュトラレイク領では平民の方が力を持っているため、あちらの領主は冒険者達の足代わりに騎士を使ったのだろう。


「それともう一つ」

「まだあるのか!?」



 神使様も素っ頓狂な声を上げてしまっている。

 モルドレッドは私たちへ向けて何かを言うようだ。


「皆の者、よく聞け! 海の魔王を倒した剣聖エステルの弟がオリハルコンの試練に挑み見事信頼を勝ち取って援軍を連れてきた!」



 ──確か眠りについているのではなかったですか!?



 エステル殿の話では加護を渡して、成長するまで眠り続けるはずだと言っていた。

 もしかすると海の魔王を倒した時のような、超人的な力を弟殿にも引き継がれたのだろうか。

 ざわざわと周りも騒ぎ出す。

 海の魔王との戦いを見た者がどんどんその噂を広め、今回の戦いに勝機を見出していった。



「ローゼンブルクの騎士達よ、恐れるな! 我らが剣聖ももうじきやってくる! それまで持ち堪えろ!」



 私とシグルーンは思わず目を向かい合わせた。


「エステル殿が生きてる……」


 シグルーンも少し嬉しそうだった。


「そうみたいですわね。まさかあの一撃でも生き延びるなんて大したものだわ」


 これなら本当に生き残れるかもしれない。

 だがエステル殿はまだ力を取り戻していないが、他にも何か策があるのだろうか。

 いや、今は前線を保つことが大事だ。

 私は武器に力を入れて、やる気をいれなおす。

 だが私たちにはまだまだ絶望が残っていた。


「あはははは! 見えるかな、見えるかな?」



 突然気味の悪い声が聞こえ出したと思っていると、モルドレッド殿が映っていた空のシャボンの膜がおかしくなっていた。

 モルドレッド殿の姿がブレたり、真っ黒になったり。

 そして完全にその姿が消えた後に、道化師の男の顔が大きく映し出された。


「みんな、お久しぶりー! 邪竜教の宣教師ピエトロだよー、ピエトロだよ! あはははは!」



 現れた男は、エステル殿とラウルに倒されたはずのピエトロだった。

 何か嫌な予感が全身を包んだ気がした。

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