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側仕えのいない試練 レーシュ視点

 俺の名前はレーシュ・モルドレッド。

 突然、神国の神使レティス様に召集されたため、コランダム領へ赴くことになった。

 コランダムの都市にある神殿の前に馬車を止めて降りた。

 すると同タイミングでもう一つの馬車が止まった。

 そして馬車から降りてくるのは、金色の髪を持つ美女だった。

 相手も俺に気付いて微笑みかけてきた。


「あら、モルドレッド」



 領主に呼ばれ、俺は会いたくなかったと内心で毒づいた。

 しかし一応は俺の上位者であるため、無理矢理作った笑顔を向けた。


「これは、これはアビ・ローゼンブルク。まさか貴方様もここに呼ばれたとは思いませんでした」

「ふふ。わたくしもまだ用件を聞かせてもらっていませんのよ。一緒に行きましょうか」


 神殿には武器を持った騎士を同行できない。

 そのため領主は騎士たちをその場に待機させて神殿の案内人に付いていく。

 俺も馬車の中にいる付き人に視線だけ送って、領主の後ろを付いていった。


 ──嫌な予感がするな。


 俺たちの案内人から不穏な気配を感じる。

 今にも飛びかかってきそうなのにそうしないのは、神使から厳命されているからかもしれない。

 そうなるとノコノコ来たのは少し軽率だったかもしれない。


「ねえ、モルドレッド」


 領主が俺へ視線を向ける。

 返事をしようとしたが、案内人が口を挟んできた。


「私語はおやめください。もうすぐ神使様の御前ですので」

「あら、ごめんなさい。モルドレッド、また後で話すわね」



 領主は含みのある笑みを俺へと向けた。

 だいたいこういうご機嫌な時は良くないことが起こる兆しだ。

 彼女との対話はゴメン被りたい。


 長い廊下を進んだ先には大きな広間があり、祭壇が中央の奥にあった。

 そこにはすでに待っていた神使が白いローブを身に付けて座っている。

 護衛は隣に神国の英雄ラウルと周りを取り囲む神官たち。

 物々しい雰囲気があった。


 ──やはり、歓迎しているわけではないな。


 下手なことをすれば俺の命もないだろう。

 まずは大人しくしておこう。


「レティス様、お久しぶりでございます。この度は──」

「挨拶はいらん」


 神使が言葉を遮って手を挙げると、周りにいる神官たちが槍をこちらへ向けて殺気だった。


「アビ・ローゼンブルク、其方の管理する領地で邪竜教を支援している証拠が見つかった」


 神官たちが三人の男たちを魔法の縄で縛って連れてきた。

 二人は領主の兄と弟、そしてもう一人は、ナビ・コランダムだった。

 領主はそれでも落ち着いたまま、膝をおって頭を下げた。


「レティス様申し訳ございません。わたくしの管理が甘かったためにお手を煩わせてしまいました」

「甘かっただけで済む問題ではない! 最高神に捧げるはずだった魔力をあろうことか悪神へ捧げようなんぞ到底許せぬ行為じゃ!」



 神使が立ち上がって怒りの声を上げた。


「其方たち領主一族は連座とする。新たな領主を選出するようにすでにお前たちの王、ドルヴィ・メギリストに通達しておる。お前はもうアビではない。ただのレイラ・ローゼンブルクだ」



 神使は本気で領主を排しようとしていた。

 他国とはいえ、神使の発言はこの国の王と同等かそれ以上の力を持つのだ。


「し、神使様! 私めは違います!」


 突然情けない声を上げたのはコランダムの横で縛られていた領主の兄だった。

 前にも会ったが今日は一段とみっともない姿になっていた。

 涙と鼻水を垂らしながら、体を引きずって神使の元へ向かう。


「こ、こいつらが勝手にやったことです! 私は──は、離せッ、やめろぉぉお!」


 神官たちが領主の兄を動けないようにのしかかった。


「ふむ、ちょうどよい。まずはお主からじゃ」


 神使が領主の兄に手のひらを向けた。

 すると領主の兄の体が光り出した。


「あぁあああ、やめっ、魔力が、なくな……」


 苦しむ領主の兄はどんどん弱々しくなり、顔のツヤもどんどん失われ、まるで年老いたかのように老け込んでいく。

 最高神へ魔力を奪われているのだ。

 そして完全に力尽きてしまって、領主の兄は短い生涯を終えてしまった。


「あらあら。おいたわしい。どうか先にお待ちください、お兄様」


 口では死を悼んでいるが、領主の顔に変化はない。

 元々領主の兄は自分が領主に選ばれなかったことを不服に思い、何度も領主の足を引っ張ってきたから当然だろう。

 領主の座を奪おうと色々と画策していたようだが、何もできずに哀れに死んでしまった。


「神使様、領主一族とナビ・コランダムの罪は分かりました。ですが私が呼ばれた理由は何でしょうか」


 まだ俺はここに呼ばれた理由を聞いていない。

 それに答えるのは、槍兵の勇者ラウルだった。


「其方の妻であるエステルが神使様を殺そうとしたからです」

「なっ!? 待て! そんなわけあるわけないだろ!」


 あいつがそんなことを考えるわけがない。

 どんな相手でも手心を加えるあいつが誰かを殺そうなんて本気で思わないはずだ。


「エステルはどこだ! あいつに聞けばすぐに分かる。嘘が下手なのは神使様もご存知で──」

「残念ですが、エステル殿は殺しました」

「は──?」


 ラウルの言葉を聞いて聞き間違えかと思った。

 だが再度ラウルが「エステル殿は神使様のグングニルで滅しました」と言われ、頭が燃えそうなほど熱くなる。

 指にはめている指輪に力を込めようとした時、強い衝撃が腹にやってきた。


「かはっ──」


 膝を地面に突き、俺に一撃を与えた人物を見る。


「レイ、ラ……ローゼン──ッ!」


 さらに足を上げられ、俺の脳天に振り落とされた。

 地面に顔を打って一瞬だが気を失いかけた。

 俺がこいつを睨むと、もうすでに目の前までラウルが迫っていたことに初めて気付いた。


「ラウル様、申し訳ございません。わたくしの躾が悪かったみたいです」

「いいえ。良い判断です。魔道具を使う素振りがあったので、もう少しで殺してしまうところでした」



 どうやら領主が俺を止めようとしたらしい。

 神使は俺へ言葉を向ける。


「エステルは邪竜教の信者たちを何度も庇おうとして、私にまで剣を向けた。ラウルの力でも無効化できなかった以上は私が直々に処分したまでだ」



 エステルならやりかねないような気がした。

 自分の中で明確な敵となっていない者には優しい彼女は、邪竜教の何かしらの事情を知って肩入れしてしまったのだろう。

 しかし俺の怒りは収まらなかった。


「何が、神国の英雄だ……お前の槍は人の大事なモノを奪うことしか出来ないのか……」


 俺を見下ろすラウルへ呪いを浴びせたい。

 全てを失った日から俺は最高神への感謝なんぞしたことがない。

 それが今日ではもう憎い気持ちしかなかった。

 ラウルは何も答えず、俺の指から指輪を全て抜き取った。


「神使様、一つお伺いしてもよろしいでしょうか」


 領主が神使へ尋ねた。


「なんじゃ、命乞いか?」


 神使は本気でそう思っていないのだろう。

 言葉に警戒の色があった。


「それもしたいですが、私が知りたいのは貴方様が“王のいない側近”なのかどうかです」

「なんじゃと? どういう意味じゃ?」



 神使は首を傾げた。これを俺は知っている。

 童話を昔聞いたからだ。

 内容は、無能な王の側近だった優秀な賢者が無能な王によって処刑されそうになり、最後に自分で育てた有能な王に助けられ側近になる話だ。

 貴族院時代に領主に言われた言葉を思い出す。


 ……モルドレッドは側近の役割って何だと思う?

 俺は「主を育てることだと思います」と答え、領主からはこう返ってきた。

 ……それなら王は?

 俺はその時、こう答えた。

「側近を育て、民を導くこと……でしょうか?」

 彼女は答えずにただ微笑んでいた。



 神使は苛立ちげに領主の言葉を一蹴した。



「私は神使である。誰かの下に就くことはあり得ない」

「ええ、そうでしょう。ですがこれは何も下の者だけではありません。上に立つ者にも関係がございます。上に立つ者は支えてくれる者によって器を量れます。しかし上に立つ者によって器の大きさに限界がありますでしょう」

「それは私に統治者としての資格を問おうというのか? たかが領主の分際で!」


 神使は先ほど領主の兄にしたように手を領主へ向けた。

 すると領主の体からも光が出てくる。

 苦しそうに顔を歪めていた。


「ふふふ、レティス様、残念ですが……くっ……今日は貴方様が下々に試練を与える日でありません」



 領主は苦しんでいるのに楽しそうに声色が弾み始めた。

 神使も理解に苦しむと警戒したままだ。

 その時、廊下を多くの神官たちが走ってきた。



「神使様、大変です! 黒の地帯に魔物が溢れています! まるでこの地を目指しているかのようです!」

「なんじゃと!?」



 神使は領主から魔力を奪うのを止めた。

 ラウルもまた非常事態のため大事な部分だけ質問をする。


「規模はどれくらいだ?」

「目算で一万です!」


 あまりの数の多さに場が騒然とした。

 そんな数の魔物がこれまで襲来したことなんてないからだ。

 ラウルだけでそれを一掃なんて出来るはずもない。

 魔力を奪われ続けた領主は体をふらつかせながらも、神使へ問答をする。


「さあ、どうします? 民を置いて逃げますか? それとも数少ない神官の戦力で戦いますか? 民を置いて逃げればもう貴女様に人心は集まらないでしょう。その戦力で挑めば負けるのは確実。最高神の権威はここで決まりますね!」


 神使の足が後ろに下がった。

 まるで怯えるように。


「お主がやったのか……何が目的じゃ?」


 神使の顔が初めて領主を恐怖の対象として見ていた。

 全て領主の手のひらで踊らされているのだから。



「私の一声があればすぐに領地の者たちを馳せ参じるでしょう。私を使う覚悟はありますか? 私という“王のいない側近”を」



 貴族院時代のことがまた蘇った。

 微笑んだ時に彼女は最後にこう言葉を付け足したのだ。

 ……ねえ、モルドレッド。私はね、“王のいない側近”は間違っていると思うのよ。

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