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側仕えの身だしなみ

 いつもよりもゆったりとした朝を迎え、夜からの仕事のため英気を養う。

 せっかく時間もあるのでレーシュから頂いた、身なりを整えるためのお金を財布に入れた。

 私が住むエリアは普通の平民が住む住居エリアであり、市場も近くにあるので生活する上では困ることはない。

 ただ貴族に通うための服を買うには、裕福な人を対象とした商店エリアに向かわないといけない。

 まるで決戦にでも行くかのように気合を入れる。

 そうしないと私はもう二度とここには帰って来れない。


「お姉ちゃん……本当に大丈夫?」


 行こうとしたときに、ベッドで寝ていたフェニルが起きたようだ。

 今日も連れて行こうと思ったが、残念ながら熱が出てしまっている。

 微熱ではあるが、やはり辛いであろう。

 一度ベッドまで戻って優しく頭を撫でる。



「大丈夫よ。お姉ちゃん、これくらいの窮地は慣れているんだから」

「ただの買い物だけなのに窮地って、でもお姉ちゃんだと本当にそうなっちゃうから笑えないよ」



 何を隠そう、私は道を覚えるのが苦手だ。

 もちろん自覚はあり、何度も地図を見たがさっぱり読めない。

 レーシュの屋敷も何度も歩いたことでやっと覚えたほどだ。

 そこまで距離があるわけでもないのに、初日は半日掛かってたどり着いたくらいに。

 実はレーシュの元で働く最初の日にフェニルから朝日が出る前に行った方がいいと助言を受けおり、流石に舐めすぎだ、と姉の威厳を見せるため意気揚々と出発したがやはりギリギリになってしまったほどだ。



「何か甘い果物も買ってくるからね」

「うん、あと……お姉ちゃんの綺麗な服見てみたいな」



 苦しそうな顔から絞り出すお願いに思わず顔が綻んだ。

 まだ幼くても私よりも賢い弟は多くのことを考え過ぎる傾向にある。

 その度にこの子の不安を落ち着かせるが、決まって私自身で何か良いことがあると自分のことのように喜んでくれる。

 薬が効いてまた眠りに落ちるのを確認してから私は家を出た。

 太陽のある方向に進めばいいと言われたのでその通り行こう。


 そして案の定、道に迷った。


 ここはどこなのだろう。

 変な路地に出てしまい、どこへ向かってもまた路地に出る。

 中央広場の近くにあると聞いているので、大きな広場を探すがそんなものはない。

 私は壁に頭を付けてどうやって家に帰ろうか悩んだ。

 足音が複数聞こえてきた。



「迷子かい、お姉さん?」



 三人のガラの悪い男たちが話しかけてきた。

 若い男たちだがその顔はあまり親切そうに見えず、目の奥はどす黒く濁っていた。

 どうやらあまり治安がよろしくない場所のようだ。

 おおかたの予想はできるが、関わってもいいことはないので逃げることが先決だ。



「ご心配なく」


 私はその男たちから背を向けて別の路地へと足を向けた。


「そっちは行き止まりだぞ?」


 よくよく奥をみると確かに壁で阻まれている。

 少し恥ずかしいが、私は向きを変えてさらに反対の路地へと向かった。

 壁を曲がっていくとそこも壁に阻まれている。

 そして後ろには男たちが迫っていた。



「あまり強がるなって、俺たちが案内してやるよ。少し休憩も挟むがな」



 女だからと侮っているようで、下卑た顔で手を伸ばしてくる。

 あまり騒ぎを起こしたくなかったが、あちらから手を出してくるなら少し痛い目を見てもらおう。


「そこの男たち、待たれよ!」


 空から声が聞こえてきたので、私たちは一斉に上を見た。

 白の制服を着た青年が屋根の上から颯爽と現れたのだ。

 すぐさま屋根から飛び降りて、私の前に立った。



「神官だッ──!?」



 男の言葉が全て言い終わる前に一回転して倒れた。

 他の二人も仲間の仇討ちと殴りに掛かってきたが、腕を持って体を一回転させた。

 かなり荒事に慣れており、息一つ乱さずに男たちを気絶させていた。



「助けてくださいましてありがとうございます」


 頭を下げて助けてくれたお礼を伝えるためにスカートの裾を引っ張ってお辞儀をする。

 神官は貴族と同格のため、こちらも最上の礼を尽くさないといけない。



「おや、よく貴族の作法を──」



 神官がこちらに振り向くと途中で言葉が止まった。

 何だか近くだと聞き覚えのある声に感じた。

 私はゆっくりと顔をあげると、城で気絶させた白髪の神官ラウルが目の前にいた。



「「あっ……」」



 お互いの声が重なった。

 もう二度と会わないでほしかったが、これも神様の悪戯だろうか。

 貴族と関わってもろくなことにはならないだろうと私はすぐに逃げようとした。

 だがそこには先ほど進むことができない壁があることをすっかり忘れていた。

 あわわっ、と頭が真っ白になってしまう。



「君は確か側仕えだったエステルさんだよね? どうしてそのような格好を……んッ?」


 ラウルは私の衣装を注意深く観察する。

 上から下まで見る真剣な目に思わずドキッとした。



「もしかしてこの前のネフライト嬢を助けた──」



 記憶力も洞察力もある彼に私の冷や汗がドバドバと出る。

 しかしラウルは首を振った。


「まさかね。女性とはいえ二人も担ぐなんてこんな可憐な子にできるはずがないか」


 一人で勝手に納得してくれたおかげでどうにかあの件はバレないようだ。

 ホッとしたが、すぐにこの場から離れるべきと何食わぬ顔でコソッと離れようとした。


「おっと、少々お待ちを」


 ラウルから腕を握られて止められる。

 流石に先ほどの男たちのように無下に扱うこともできず、どうしたものかと考えた。

 なるべく笑顔を絶やさないように尋ねた。


「えっと、どうかしましたか?」

「こんな路地裏に女性一人では危ない。どうしてこんなところにいたんだい?」

「ちょっと道に迷ってしまいまして。中央広場に行く途中で絡まれてしまったんです」



 だから急いでいると言おうとしたが、彼の顔が急に曇り出した。

 一体どうしたのかと不安になると、彼は言いづらそうながらも意を決して口に出した。



「中央広場はここから真反対ですよ」



 ──なんですと!?


 衝撃の事実にショックを受けた。

 しっかり太陽の方向へ向かったはずなのに、と今日のことを思い出す。

 そういえば途中から全く太陽を見てなかったことに気が付いた。

 全てが無駄足だったことに涙が出そうだが、道を間違えていたことに気が付けただけ良かったかもしれない。


「ありがと──キャッ!?」


 突然私の腰と足を持って抱き上げられる。

 一体何事かと思っていると、ラウルははにかんだ顔で白い歯をキラリッと光らせた。



「私が送って差し上げます」

「いや、そんな! 平民の服なんて触れたら綺麗な服が汚れてしまいます!」



 どんな言い訳でもいいから早く降ろしてほしい。

 だがラウルはそんなことは全く気にしていないらしく、ただ恥ずかしがっているだけと思っているようだ。



「大丈夫ですよ、ほらっ、捕まって!」



 私の意見などまるで聞いていない。

 跳躍して屋根まですぐに上り、今度こそ太陽の方へと向かって行った。

 もうどうにでもなれという気持ちしか湧いてこない。

 無事に中央広場まで辿り着き、周りからの視線が痛い。

 神官とはいえ、貴族からお姫様抱っこをされたらどうしたって注目を集めるだろう。

 ただすぐに目的地に辿り付けたことだけは感謝しないといけない。



「助かりました。おかげさまで無事に到着できました。貴方様に最高神の御加護があらんことを」



 両手を結んでお礼をした。

 チラッと彼の顔をみると意外そうにしている。


「どうかしましたか?」

「いや、本当に側仕えなんだと。貴族以外の側仕えは初めて見たからね」


 どうやら教育を受けたことは身に付いているようで、無駄ではなかったと安心した。

 やはり第三者から言われて初めて、自分の技量を確かめられる。



「はい。それで少しは品のある服装をしろと主人に仰せつかっていますので。お礼をしたいのですが、私のようなもので下々では用意できるものはございませんのでご容赦ください」

「お礼なんて気にしていませんが、ただもしよろしければあちらでオシャレをした姿を見せてもらってもいいかな?」



 それくらいでお礼になるのなら全然構わない。

 早く別れたいが、流石に断るのは失礼なため快諾した。

 窓から中が見え、高そうな服が並んでいるため思わず眺めてしまった。

 素敵な服が多いがこんなところに入っていいのだろうかと悩んでいると、中からここの従業員らしき人物が出てきて訝しんでいた。



「何用ですかな?」



 どうやら服装である程度の客質を見極めているらしく、本来なら私が来るはずのない店のため怪しんでいるようだった。

 先ほどのガラの悪い男たち同様に、下手な人物を入れて騒ぎを起こしたくないのだろう

 何を言おうかと考えると、ラウルが前に出てくれた。



「失礼、このお嬢さんの服を探していてね。慣れていないだろうから何か見繕ってくれないか?」

「し、神官様!? かしこまりました!」



 ラウルの制服を見ればすぐに誰か分かる。

 すぐに顔色を変えて、従業員も慌てて私たちを中へ通した。

 普段行くようなお店とは全く違い、どれも高級な生地で作られた服だ。

 機能性よりも見た目を重視しているので、贅沢品を買うことがない私にとって着た人を眺めるだけのものだ。



「これは、これは神官様。来訪頂いたのに特別なご準備もできず大変申し訳ございません」



 店のオーナーらしき男が奥の部屋から出てきた。

 手を揉みながら必死に機嫌を取ろうとしているのが分かる。


「いや突然やってきた私が悪い。今日は彼女の付き添いだ」


 私を紹介するとオーナーは目を丸くする。

 平民の私と貴族がどういった関わりがあるのかと疑問に思ったのだろう。

 ただやはりやり慣れているのかすぐに表情を隠して相槌を打つのだった。

 私はレーシュからもらったお金を渡して、このお金以内で二着の服を注文する。


「かしこまりました。寸法も行いますので、女性の者と衣装室にてサイズ合わせをお願いします」


 私は言われた通りに別室へと向かい衣装合わせをする。

 同じ服の色違いを出されて、青と緑を基調とした服をそれぞれ選んだ。

 ツギハギだらけの服が新品の服になったことで、まるで別人のように感じられた。

 ありがとうと伝えようとしたら、次は椅子を持ってこられて座らせられた。


「化粧もさせていただきますので、そのままお待ちください」

「え……いやっ、もうだいじょ──!?」


 そんなお金はないと言おうとしたが、もうすでに動き出していた彼女たちを止めることができなかった。

 満足気な彼女たちは鏡で私を映し出してくれた。

 舞踏会に行った時ほどではないが、今の服装に合った控え目さがあり、豪商の娘と言われてもおかしくなさそうだ。

 ただの買い物でここまで身なりを整えさせるとは、お金持ちたちのおしゃれは大変だと知った。



「ではラウル様を呼んで参ります」



 呼ばなくていいよ、と言う前にもう呼びに行っていた。

 どうにでもなれと思い、ラウルが来るのを待った。

 部屋を通されたラウルはこちらを見るなり、おぉ、と感嘆の息を漏らした。


「素晴らしい。やはりあの時に見たのは間違いなかった。どうだろう、この私とディナーでも」



 絶対に嫌なのでここは断らせてもらう。



「大変申し訳ございません。家族と食事の約束が──」

「家族も呼ぶといい」

「いや、弟が熱を出しているので──」

「ふむ、なら明日でもどうかな」



 これは想像以上に簡単に断らせてもらえない。

 どうしたものかと悩む。

 誰か助けて欲しいと思うが、別の来客がやってきたようでオーナーは急いで部屋を出て行った。



「頼んでいたドレスは用意できたかな?」

「もちろんでございます」

「ふむふむ、気に入った! サリチル、これを大切に運びたまえ」



 奥の方からどうにも聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 そこで私も妙案が浮かんだ。


「申し訳ございません。主人がお店に来たようですのでまたの機会に」

「なに!? ちょっと待ちた──」


 扉を開けるとやはりレーシュが店に来ていた。

 私と目が合ったことで驚きの声を上げた。


「どうしてお前がここにいる!?」

「前に頂いたお金で服を買いに来ただけです。でもお二人もどうしてこちらに……」


 真っ赤なドレスと黄色のドレスを持っており、誰かに贈り物をするつもりのようだ。

 レーシュはフッと笑って髪をかきあげる。



「麗しき女性へのプレゼントを忘れる私ではない」



 あれほどお金にうるさい男がかなり気合いを入れている。

 今日の夜はどこかのお供と聞いていたが、それを持って行くつもりなのだろうか。



「それにしてもまともな服になったじゃないか。これで田舎娘からただの生娘に変わったわけか」

「少しは普通に褒められないのですか!」



 何も知らないくせに生娘と断定することに腹立たしい。

 確かに生娘だが。

 変な呼び名は正直やめてほしい。



「流石にその物言いは失礼ではありませんか?」



 私の後ろから前に出てきたラウルを見てレーシュの顔色が変わる。

 先ほどの冗談のような言い合いを潜めて注意深く観察した。



「ほう、神官様か。それもその白髪に覚えがある。槍兵の勇者と呼ばれる英雄がこのようなお店に足を運ぶとは意外でした」

「私はエステルさんをエスコートしたまで。それともしや貴殿がエステルさんの主人というわけですか?」

「そうです」

「なるほど、なるほど」


 ラウルはまた私へ視線を向けて何かを思いついたようだ。



「貴女のような方がこのような無作法な者にはもったいない。どうだろう、私の元で働くというのは?」



 それだけは本当に勘弁してください。

 これほどの完璧人間だと他からのやっかみが凄そうだ。

 それに給金だってあれほど出してもらえるか分からない。

 断られると思っていないような顔でこちらを見つめてくる。



「レーシュ・モルドレッドは貴族社会でも名前を知らない者はいない。あの者の側ではいくら命があっても足りませんよ」



 ──それを守るのが私の役目なんです!



 おそらくラウルは全く護衛が必要ない人物なのだろう。

 貴族なのに護衛を付けずに一人で出歩いているので、必要なのは身の回りの世話をする側仕えくらいだろう。

 そうすると私はもっと側仕えの能力を磨かないといけなくなる。

 これ以上、礼儀や教養を詰め込まれても困る。



「ほう、では貴公に尋ねるが、この娘に即決でいくらまで出せる?」



 一体何を言っているのだ。

 レーシュの意図が読めないのは私だけではなく、ラウルもまたレーシュを訝しむ。



「お金がどうこうとは貴殿は本当に品がない」


 議論の余地なしと首を振るが、まるで待っていたとばかりにレーシュは叩き込む。



「私は即決で小金貨を月の給金に決めましたぞ?」

「小金貨!? 何を言っている、そんな大金を毎月だと!?」



 ──途中まで知らなかったじゃない!



 私の給金で揉めたことなんぞまるでなかったかのように言うレーシュに呆れるが、やはりお金を持ってそうなラウルでも驚くことだったようだ。


 ──まあ、普通農民の娘に小金貨出す酔狂な人はいないだろけど。


 ラウルは真偽を確かめるため私へ目を向ける。

 事実なため私も顔を頷かせた。


「さて、口ばかりのお金を持たない神のお使い君はお部屋を出て頂こう。彼女は私の付き添いがあるのだ。病気がちな弟君のお世話もあって苦労をしている娘だ。あまりしつこくしていては嫌われますよ?」

「くっ!?」



 ラウルはくやしそうな顔を浮かべて部屋を出て行った。

 どうやらプライドを刺激され、さらに言い返すこともできなかったのだろう。

 男同士の喧嘩とは本当にくだらない。

 最後にお礼を伝えようとしたが、足早に去っていくので間に合わなかったのが残念だ。

 私は呆れた目で主人を見る。



「よくあそこまで言えますね」

「ふん、これまであの顔で上手くいっていたのだろう。いい気味だ」



 ただの個人的な恨みに全てが馬鹿らしく思えた。

 今度もし会えたら何かお詫びをしないといけない。



「エステルさん、もしよろしければ途中までお連れ致しますよ? それにしても本当にお綺麗です。是非ともその格好で毎日来てくださいますと、私もやる気が出てきます」


 身内でまともなのはサリチルだけだ。

 サリチルが提案してくれたので、私はその気遣いに乗ろうと思う。

 ただラウルとの縁はこれだけでは終わらなかった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 一度、挨拶交わしただけで顔と名前を覚えているラウル様。女の子だから覚えていたのか、かわいい子だから覚えていたのか。ラウル様なので、どちらの理由も合っているような気がしますね。 それから、ラ…
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