側仕えと神使のグングニル
ラウルの槍の切っ先が少し下がった。
全力の一撃が来ると警戒する。
「えっ……」
目の前にもうすでに切っ先が迫ってきていた。
体が反応して、腰を沈めると頭上を槍が通り過ぎた。
──槍が伸びてる!?
魔道具は不思議だ。
まだまだあの槍には何か秘密があるかもしれないので、集中を切らさないようにしないといけない。
だが今なら伸ばした槍を戻す時間の間に距離を詰められる。
足に力を入れて、ラウル目掛けて駆け出した。
「狙いはいいですが、これが魔道具だということをお忘れなきよう」
ラウルの槍が消え去り、また手元に元の大きさで出現した。
常識が通じないと舌打ちしたくなった。
「グングニルは大きな平野でこそ真価を発揮しますが、私が得意なのは白兵戦。そして私は貴族でもあります」
槍を構えず、無防備な状態で私の剣を受け止めようとしていた。
何を考えているのか分からないが、油断してはいけないと私は剣を振るった。
バチっと何かに剣が弾かれた。
この感覚は前にあった。
「魔道具の盾……!?」
手が一瞬痺れてしまった。
そして必殺の一撃を防がれた私は大きな隙を作ってしまう。
「加護“聖者の盾”は私の護りをさらに強固にします。この程度の護りすら突破できない貴女に勝ち目はありません!」
ラウルは槍を水平に構えて槍を後ろに引いて、刺突を繰り出した。
──やられる!?
今のこの状況では避ける手段がない。
それなら体を貫かせてでも動きを封じさせる。
捨て身で立ち向かおうとした時に、私たちの間へ矢が通り過ぎた。
「エステルちゃん、援護するわ!」
周りの様子を見に行っていたルーナが弓で牽制してくれた。
私は好機とラウルに剣で斬りかかるが、軽やかな足捌きで私の攻撃を難なく避けられた。
「うおりゃあああ!」
大きな雄叫びと共にこっそりと近寄っていたオルグがラウルへ大剣を振り落とした。
しかしラウルも反応してその攻撃を避けながら、強烈な蹴りを放った。
「ぐおおお、痛え!」
ラウルは吹き飛ばされてしまったがすぐに立ち上がり、蹴られたお腹をさすった。
オルグの体は丈夫のようで、ラウルも倒しきれずに顔を顰めていた。
「まだお仲間がいましたか……ですが何も変わりませんよ」
「私もいる!」
オルグに追撃をしようとしてくるので、私はそれを止めようと剣を振るった。
「二人は面倒ですね……」
ラウルは私の攻撃を避けて少し距離を空けてくれた。
当たらなかったが、それでも一歩引かせることには成功した。
三人で戦えばラウルに対しても勝てる可能性があった。
オルグは苦々しい顔で私へ尋ねてくる。
「エステル、これはどういう状況だ? 俺たちとお前がかりでも倒せないこいつは何者だ?」
「神国の槍兵の勇者と呼ばれているラウル様よ」
オルグの目が見開き、ルーナもまた「うそ……大物じゃん」とつぶいた。
「まじかよ!? これがオリハルコンクラスか……」
強敵のラウルを見てオルグはワクワクした様子で大剣を肩で担いだ。
ルーナもこちらへ駆け寄ってきた。
「ちょうど揃ったな。俺とルーナ、そしてエステルが俺たちのチーム再始動だな」
「はぁ……貴族様に喧嘩なんて売りたくないな……」
「おい、ルーナ! 今いいところなんだからそんな暗いこと言うんじゃねえ!」
賑やかな二人のおかげで気持ちに余裕が出来た。
オルグは一歩前に出てラウルへ剣を向けた。
「チームでは最強のヒヒイロカネと噂に聞く槍兵の勇者、どっちが強いか白黒つけようか!」
だが相手も多勢に無勢ならと神官たちがラウルの助太刀をしようとする。
「ラウル様、我々が援護を──」
ラウルは槍を大きく打ちつけた。
「よせ。無駄に怪我をすることはない。この程度なら私一人でどうにかなる。それよりも神使様が傷付かないように常に目を離さないようにしなさい」
ラウルは神使を守るように厳命して、神官たちもラウルの言葉を信じて、口惜しそうに下がっていった。
相手がこちらをなめてくれるなら勝算がある。
「オルグ、相手は英雄よ。最初から全力でいってね」
「当たり前だ! 俺の加護“鵜目鷹目”で目にモノを見せてやる」
オルグの言葉にラウルが警戒して腰を落とした。
「加護持ちですか……最高神の加護が持つのでしたら並の才能ではありま……せんね!」
ラウルがダッシュでこちらへ走ってきた。
迎え撃とうとしたが、オルグは同じタイミングで駆け出した。
「加減はしよう!」
ルーナが矢を放ったがラウルの魔道具が簡単に弾いてしまった。
ラウルはルーナを無視して大槍をブンブンと振り回し、まるで嵐のような演舞で攻撃してきた。
まともに受けては大ダメージは免れないがオルグはそれでも突っ走る。
「オルグ、危ない!」
いくら前よりも強くなったオルグでもラウル相手が悪い。
だがオルグから小さく笑う声が聞こえた。
「へっ、これでも死線は潜り抜けてきたんだよ!」
オルグは槍の乱舞を紙一重で躱していく。
決して動きが早いわけではない。
それなのに完全にその動きを見切っていた。
「なんだと……」
ラウルも訝しむような顔で避け続けるオルグへ疑問があったようだ。
「なるほど、加護で動体視力を上げているのか……だが身体能力が上がったわけでは──!?」
一瞬だがラウルの動きが鈍った。
「うりゃああああ!」
オルグの大剣が横なぎで振るわれた。
「くっ!?」
ラウルも槍の柄で大剣を防いだが、オルグの力技で後ろに軽く吹き飛ばされた。
「今のは一体……体が硬直した?」
ラウルは自分の体の不調を確かめる。
「毒? いいや私にそのようなものは効かない。これは──」
「はあああ!」
分析をするラウルの隙を突くように私も動き出した。
オルグもまた私に続いて追撃をする。
「俺の加護は動物の眼を使える! 目は本能を訴えるものだぜ! あんたの恐怖心をな!」
そして何合か打ち合うとまたラウルの体が一瞬だけ硬直した。
「なるほど、たしかにその眼を見ると体が思い通りにいきませんね……ですが!」
もう少しで剣が当たるところで、腰を回転させることで無理矢理に槍を振るった。
流石は百戦錬磨の英雄だけあってなかなか必殺の一撃が決まらなかった。
「くそ、強え……これがオリハルコン級か」
オルグはなかなか攻撃が決まらない強敵に対してボヤくが、オルグがいるからこそここまで戦えている。
しかしこの接戦も終わりを告げた。
「ラウルよ。分かったであろう?」
神使が後ろから底冷えするような低い声を響かせた。
その言葉を聞いたラウルは振り返らずに短く「はい」と答えたのだった。
「グングニルを返せ。私がエステルへ放つ」
「それは……」
「命令だ!」
神使の言葉にラウルは苦々しい顔で私を憐みの目で見てくる。
ラウルの手元からグングニルが消えると神使の手に出現した。
そしてそれを空へと投げると、高く浮かんでいく。
「グングニルよ、私の魔力を吸え!」
前にラウルがやったようにどんどん槍が巨大化していく。
その大きさはラウルの時とは比較にならないほど大きくなっていた。
「おいおいおい、何だあれ!?」
「ちょっと、これはやばいって! 逃げよう!」
人間がどうにか出来るレベルを越えていた。
このままでオルグとルーナ、さらに邪竜教の者たち全てが巻き添えになってしまう。
一度空を見上げて、先ほど神使が穴を開けた天井を確認した。
──上に逃げるしかない!
私は足に血の流れを集中させた。
今の私では厳しいかもしれないが一か八か行う。
「第四の型“繁縷”!」
地面を蹴り上げて、空気を蹴って空へと上った。
体力が一気に削れていく感覚があるが、体が少し保てばいい。
「エステル! 逃げろ!」
オルグが私へ叫んだ。出来る限り離れないと、この集落も私もタダでは済まない。
「逃さん!」
神使のグングニルが私目掛けて放たれた。
全力で逃げても槍の方が速い。
途中で槍の方へ向きなおって、邪竜教の剣で槍の切っ先を受けた。
「ぐぬぬぬぬぬ!」
持ち堪えようとしたが、槍ごと吹き飛ばされていく。
剣がひび割れ、体は空気の摩擦で燃えていく。
「コランダァムゥゥ!」
私は全力で声を上げた。
もう届かないかもしれない。
それでもこれしか出来なかった。
「私がぁ……い、る! 逃げ……るなぁああ!」
地下を抜けて地上へ上がった。
槍の勢いは未だ衰えず、槍に負けないように剣へ込める力を上げる。
距離が離れるごとに槍の勢いが少しずつ弱まっていき、槍は役目を終えたかのように消え去った。
私の体は勢いそのままでゆっくりと落下していく。
体が熱くて頭がボーッとしてきたが、このままでは地面と衝突して死んでしまう。
だが運が良いことに黒の地帯を抜けており、下には木々が生い茂っていた。
枝で皮膚を切りながら地面へと落下していく。
「う……」
全身の骨がイカれてしまった感覚があった。
腰に身に付けていた回復薬を使いたいが腕がおかしな方向に曲がっており、自分の力では取り出すこともできない。
意識も朦朧としてしてきて、痛みで頭がガンガンとする。
「キョエ?」
声が聞こえた気がする。
目の前にいるのは人間の風貌に近いが、皮膚がなく骨だけになっていた。
アンデットであり、なおかつローブを身に纏っているのは知性ある証拠。
「こんな……あっけない最後、なんて……ごめんよ」
しかし体が言うことをきかない。
立ち上がる力も無く、私はアンデッドを睨んだ。
「キョエ、キョエ!」
何かを訴えっている気がした。
そこでこの魔物にどこか見覚えがあった。
「あんた、もしかして、前に洞窟に居た……」
昔、オルグたちと潜った洞窟に住んでいたアンデッドの魔物だ。
相手も気付いてくれたことに喜ぶように、鳴き声をあげた。
最後の頼みの綱であるため、私はダメもとで頼んでみる。
「腰にある回復薬を──」
それが私の残せる言葉だった。
血の気がどんどん引いていき、次に目が覚める自信がなかった。
水が当たったような気がしたが、重たいまぶたが勝手に閉じていった。