側仕えと神の鉄槌
黒の地帯と呼ばれる陸の魔王ベヒーモスに魔力を奪われた土地にやってきた私たちは、偶然にも邪竜教の集落へと辿り着いた。
そして招かざる私たちに邪竜教の戦士が襲いかかってきたので、それを撃退したタイミングで、大領地の上級貴族であるナビ・コランダムと鉢合わせたのだった。
剣呑な雰囲気になったが、コランダムは特に何かするわけでもなかった。
「ここが見つかったのならもう何かをするつもりはない。ピエトロを倒した剣聖とカサンドラ、それに上級騎士二人を相手取ることはできん」
「ふむ。そこまで聞き分けが良いとなるとこの集落のことは認めると言うことですか、ナビ・コランダム?」
カサンドラから直接的な言葉が放たれる。
それに対してコランダムは怒るわけでもなく、こちらへ歩き出して門の向こう側へ声を出した。
「コランダムだ。この者たちは客人だ。中へ入れてよい」
コランダムの声掛けに応じたかのように門が開閉され、何人かの歳を召した者たちが現れた。
「申し訳ございません、コランダム様」
縄で縛った戦士の一人が責任を感じながらつぶやく。
「気にするな。どうせ遅かれ早かれだった」
コランダムはそれに対して優しい声色で返事した。
平民なんぞ気にしない人物だと思っていた。
これまで見てきたコランダムとは少し雰囲気が違うように感じる。
「ナビ・コランダム、お主は本当に邪竜教と手を組んでおるのか?」
馬車からシルヴェストルが出てきて、コランダムへ問いかけた。
「シルヴェストル様も来られておりましたか」
「うぬ」
コランダムは意外という顔をしただけで、シルヴェストルの質問に答えず、門の先へと歩いていく。
シルヴェストルもその後に付いていこうとするので、私は慌てて止めた。
「離せ、エステル! 俺はこの先へ行かなねばいけない!」
「危険です! この場所を知った私たちを消すつもりかもしれないのですよ!」
「うぬ……」
シルヴェストルは私と先へ行くコランダムを交互に見た。
そして悩んだ末、私の手を振り解いてコランダムを追いかけていった。
「シル様!」
走り出したシルヴェストルを追いかけ、ようやく門に入る直前で抱き抱えて止めることができた。
「俺はこの先を見ないといけない気がするんだ!」
「暴れないでください! この先に何があるのか分からな──」
暴れるシルヴェストルを抑えていた時、その門の向こう側が私の視界いっぱいに広がった。
外壁のせいで中が全く見えなかったが、門の奥はまだまだ広大であった。
見渡す限りのたくさんの家というにはお粗末な木材を寄せ集めただけの家々が並ぶ。
そして外には家を背もたれにして、ただ座っているだけの者たちばかりだ。
「剣聖の女よ。無駄な心配をするな。先ほど捕まえた男たち以外に戦士はおらん。そのような余力なんぞこの村にはないのだからな」
コランダムは一瞬だけ振り返っただけでまた先へと歩き出した。
オルグが私へ話しかける。
「エステル、動物の目を借りたが他の場所も似たようなもんだ。生きるのがギリギリみたいな人間ばっかだぜ」
どうやらコランダムの言うことは本当のようだ。
戦った戦士たちも引き締まっているようにも見えず、痩せこけた頬が彼らの状態を如実に示しているようだった。
オルグはルーナに目配せをした。
「こういう場所なら俺とルーナの方が上手く立ち回れるだろうから、エステルたちはあの怖そうな貴族様に付いていきな。その間に俺たちが情報集めてくるぜ」
「オルグだけだと心配だけど、私もいるから安心してね」
「お、お前……」
「ほら、早く行くよ!」
信頼されていないオルグは落ち込みながら、ルーナに引っ張られていった。
あの二人は前よりも頼もしいため任せて大丈夫だろう、たぶん。
こちらも戦力的には申し分ないため、シルヴェストルのワガママを聞くことにした。
少し歩いた先で祠が見え、祠の前でコランダムは止まった。
「ここが邪竜と呼ばれる竜神フォルネウスを奉る祠だ」
コランダムから邪竜の名前を告げられた時に、急に怒りが込みあがりそうだった。
こいつさえいなければ全てが解決するのに。
「どうして、貴方はこんな神を信仰するの? この神のせいで国はひどい目に遭っているんでしょ?」
私の言葉にコランダムは噛み付く。
「何も知らぬ平民が知った口を開くな!」
怒りに満ちた顔でコランダムは私を睨む。
その目にはただならぬものを感じた。
だが今は元凶を断つことが大事だと剣を抜いた。
「ここを破壊したくば好きにしろ。だがその時はこの領地全て無くなると思え」
「どういうこと!?」
早速壊そうと思ったのに、コランダムの一言で早まらずに済んでよかった。
「コランダムよ、どうして其方は邪竜なんぞに心を売ったのだ? 姉上へ弓を引く行為だと知っているのか?」
コランダムは目を瞑り、そして昔を思い出すような遠い顔になった。
「モルドレッドが反乱を起こした時期に三大災厄が現れたことは記憶に新しいでしょうが、陸の魔王が出現したのが、この黒の地帯というのはご存知ですか?」
シルヴェストルに問いかけ、シルヴェストルも大きく頷いた。
「う、うぬ。そう習っている。たしかそのまま北上して魔力を奪って回っていると聞いている」
「そうです。しかし北上したのは偶然ではありません。私がそうさせたのです」
「なに!?」
コランダムは重苦しい顔でまるで過去を悔やんでいるようにも見えた。
「陸の魔王が私が出会った時に、目の前でこの黒の地帯になる様を見せつけてきました。そしてこう取引を持ちかけられたのです」
──人間ヨ、主二魔力ヲ捧ゲ続ケロ。断ルノナラ、オ前ラヲ全テ喰ウノミ。
陸の魔王と対峙したことのある私はその恐さがよく分かる。
全力で戦っても勝てるか分からない初めての敵だった。
もし今の私が戦えばすぐに殺されてしまうだろう。
その時、無情な言葉が隣から放たれた。
「ふん、天下のコランダムが間違ったことを言うとはな」
カサンドラは軽蔑するような目でコランダムを睨む。
いつもと違い、カサンドラは優しさを全く見せず、コランダムと睨み合った。
「言い訳は自由だが、アビ・ローゼンブルグを裏切った事実に変わりはない。この地はアビ・ローゼンブルグのための土地だ。この村は神国に見つかる前に私が処分してやろう」
「カサンドラ!」
カサンドラの雰囲気が変わったと同時に何かを行おうとしたので、私は彼女を止めるように立ち塞がった。
「エステル、この領地はもう駄目だ。これほどの邪竜教の信者が見つかれば、神国が黙ってはいない」
カサンドラが構えとり、私を倒してでもこの場所を無かったことにするつもりのようだ。私も応戦しようと構えようとした時に、凛とした声が響き渡った。
「残念じゃが、もう遅いぞ」
私たちは一斉に声のする方向へ顔を向けた。
そちらには武装した神官を引き連れた神使レティスが白い法衣を纏ってやってきた。
彼女の怒りが私へ向いているような気がした。
「神使様……」
「エステル、二度はないと言ったはずじゃ」
地下の天井から、ズゴォ!、大きな音が聞こえたと思っていると、光が私目掛けて降り注いだ。