側仕えと邪竜教の集落
シグルーンとブリュンヒルデがこちらの合図に気付いてやってきた。
「エステル殿、見つかっ──シルヴェストル様、どうされたのですか?」
ブリュンヒルデは私の隣で目元と頬を腫らしているシルヴェストルに気が付いたようだ。
後ろからも「エステルも立派なお姉さんになっちゃって」とオルグの声が聞こえてきた。
そう、シルヴェストルは私に叱られて不貞腐れたのだ。
「ちょっとお説教しただけよ」
「何がちょっとか……」
「シル様、次も勝手にしたらもっとキツいお仕置きをしますからね」
「ひい! 分かっておる! もうしないから頬をつまむのだけはやめてくれ!」
頬を守るように手で押さえる。
これだけ言い聞かせたらしばらくはワガママも言わないだろう。
シグルーンが私にコソッと尋ねる。
「後ろのお二人はエステルのお知り合いですか?」
「うん。冒険者で各地を旅している信頼出来る人たちよ」
その時、もしかしたら黒の地帯の道案内を頼めないかと思い付き、二人に依頼してみた。
すると快い返事をもらった。
「エステルの頼みならいくらでもするぜ。報酬が無くてもな!」
「ちょっとオルグ! 貰えるものは貰っておきなさいよ!」
「お前、エステルからお金取るっていうのか!」
「貰うのは領主様の弟のシルヴェストル様よ! それにあんたが羽振りよく後輩たちに勝手に奢るせいでお金がないんでしょうが!」
ルーナの剣幕に圧され、オルグは後退った。
「そうだよ、オルグ。対価は貰わないと。それに二人も結婚するんでしょ? ならお金もたくさんいるじゃない。準備品だってあるだろうし」
私が必要になるであろうものいくつか数えると、オルグが耳が痛そうに落ち込んだ。
「うっ……確かに。エステル、お前いつからそんなしっかり者になったんだよ」
「あんたが変わらなすぎるだけよ。エステルちゃんは頑張って勉強したんだろうから、オルグも少しは見習ってよね」
「それはルーナに任せるよ。個人でもアダマンタイトに昇格したんだ、今まで以上に報酬も増やせる。ルーナが支えてくれて本当に助かってるんだぜ」
オルグはニカッと笑うとルーナは満更ではないようで頬を染めていた。
月日が経っても仲が良さそうで良かったと思う。
早速、支度をオルグたちが請け負ってくれて、馬車を借りて向かうことになった。
「そんな子供の時からエステルは強かったのか!?」
「そうだぞ。あの時は俺も死を覚悟したぜ。だけどエステルは全く臆せずに、斬撃は飛ばすわ、空を飛ぶわ、魔物から財宝をぶんどるわ、凄かったぜ」
「おお!」
シルヴェストルはオルグから冒険の数々を楽しく聞いている。
途中から私の昔話も出てきて恥ずかしいが、シルヴェストルが楽しんでくれているのならと、黙って話を聞いていた。
するとブリュンヒルデも話に入ってきて、自分が助けられた時のことや海の魔王との一戦を話し出すと、オルグが興奮しだした。
「海を真っ二つに割り、海の魔王を地上に引きずりこんでからはもう一方的でした。赤い鎧を身に付けたエステル殿はまるで剣の妖精でしたね」
流石に言い過ぎではないか。
だが二人は真剣に話を聞いて、「見たかった」と口を揃えた。
そんな調子で道中は退屈しなかったが、砂嵐のせいか遠くの景色が見えづらい。
「ほら、オルグ。あんたの出番よ」
「おうよ」
ルーナに呼ばれて、オルグはあぐらをかいて目を閉じた。
「真っ直ぐでいい。逸れたら言う」
「了解!」
ルーナは馬を操って砂嵐の中を突っ切る。
私は来た道を振り返ると、境界線のように緑がある土地と無い土地で分かれていた。
「驚いただろ?」
カサンドラが私に聞いてくるので頷いた。
「うん、これが土地の魔力を食われるってことだよね?」
「まだこれはマシな方さ。もっと先に行けばもっと恐ろしいぞ」
一体どのような景色なのか気になる。
オルグの案内によって無事に砂塵を抜け出した。
「変ね」
ルーナが辺りを警戒しながら呟いた。
するとオルグも同調した。
「ああ、魔物が全くいねえ。ここに近づけばもっと居てもおかしくねえのに」
二人とも今のこの状況を訝しんでいた。
しかしカサンドラがその理由を教えてくれる。
「おそらく他の領地に魔力を奉納している最中だから、そちら側に引き寄せられているのだろう」
領主は現在各地に魔力を奉納して回っている。
定期的に貴族から魔力を税として徴収して、それを定期的に分配している。
そのおかげで土地は潤い、農作物も育つ助けになるのだ。
だが今はそれを素直に喜べない。
領主はこの奉納祭を利用して、コランダムへ魔物を襲来させる手筈を整えていると、ウィリアムから報告を受けた。
早くコランダムが邪竜教と繋がっている証拠を見つけ出して、罪を認めて領主の味方になるようにしなければならない。
「エステル、どうかしたか?」
どうすればコランダムを説得できるか考えていると、シルヴェストルが心配そうに覗き込んでいた。
「ううん……なんでもありません」
私は作り笑いを浮かべて、考えを頭の奥に引っ込めた。
「エステル、着いたぞ」
オルグが声をあげたので、私は馬車の前方へ目をやった。
「谷?」
行き止まりとなっており、目の前にあるのは崖だった。
一体何が黒の地帯なんだろうと思っていると、オルグから「もっと近くで見てみると分かるぜ」と言われたので、馬車から降りて崖の間際まで近づいた。
それは信じられないものだった。
「なに、これ……?」
目の前に広がる場所は何もなかった。
ごっそりと奪われたかのように不自然な大穴がいくつも出来ており、ここからではその大穴の中まで見えず、その光景が黒の地帯の由来だと分かった。
その穴の端には家だった残骸が半分だけ残っているところもあり、それ以外の部分では見渡す限り砂地しかなかったのだ。
「これを陸の魔王がしたの?」
震える声が出た。
衝撃を受けている私にブリュンヒルデが答えてくれる。
「そうです。昔は穀倉地帯として緑溢れる土地でしたが、今では無惨な姿です。コランダムの土地は国でも有数の食糧庫だったのに、今では少し農業が盛んという位置付けに変わりましたからね」
こんな過酷な地になってしまっては人が生きるのも難しい。
ましてや農業なんて出来るはずがないだろう。
「ん? 人がいるぞ」
オルグは目を閉じたままつぶやく。
おそらくは加護を通して動物の目で見ているようだ。
しかしこんなところにどうして人がいるのか
「旅人?」
見えない私はオルグに尋ねたが、彼も首を傾げた。
「そんな格好じゃねえな。水を汲んでるからもしかすると集落があるのかもな」
こんな荒れた地に住んでいる者がいるなんて考えていなかったが、どのような生活を送っているのか気になった。
「ねえ、オルグ。その人を追えそう?」
「問題ねえ」
オルグの先導でまた馬車に乗り込む。
だが奥に進むと魔物の数が増え、オルグが魔物が少ない道を選ぶがそれでも戦わないといけなかった。
どうにか魔物を切り抜けて大穴の近くにたどり着くと、下に降りる道があった。
「これは不自然ですね」
「ああ。どう見ても魔法で造った跡だな」
シグルーンが呟くと、カサンドラが同意の声をあげた。
どうしてこのような道を造っているか分からないが、私は念のためオルグに確認する。
「魔法って……オルグ、さっき見つけた人って貴族だったの?」
「いいや。どう見ても平民だ」
そうなると、貴族が何かの目的があって平民のために道を造ったようだ。
考えても仕方がないと全員でその先を進んでみる。
穴の奥は空洞となっており、地下のように道が広がっていた。
陽の光が当たらずとも、松明が置かれて火が道を照らしており、人の気配を感じさせる。どんどん奥へ進んでいくと、外壁にぶつかった。
そこには門があり、自警団のような者たちが槍をこちらへ向けた。
「止まれ!」
武器を持った戦士たちが十人ほど現れ、こちらを威嚇してくる。
オルグが馬車から降りて、交渉をしようとする。
「おい、待ってくれ! 俺たちは偶然ここを寄っただけだ」
気さくさに話をするオルグにも、戦士たちの警戒は解けない。
カサンドラは鞘から剣を抜き、小さな声で私たちへ指示を出す。
「二人はシル様を守ってくれ。私とエステルで強行突破だ」
「うん!」
邪竜教から奪った禍々しい剣を持った。
この剣は私の無くなった力を補ってくれるため、戦闘になったとしても潜り抜けられるだろう。
そして相手もこちらの予想通りの行動をしてくる。
「ここを知られてしまっては生きて帰すことはできん!」
カンカンと音を鳴らして非常事態を鳴らす鐘を鳴らしだした。
こちらの話を聞くこともなく、さらに門から十人ほど戦士が現れた。
一番前にいるオルグに向かってどんどん敵が押し寄せようとするので、私は馬車から飛び出した。
「おい、あの剣は邪竜様の剣!?」
「ピエトロ様たちが帰ってこないのはこいつらのせいか」
私の剣は邪竜教から奪った剣だ。
それを知っているのなら、あの時捕まえた男たちはここの住民だったのかもしれない。
もしかするとピエトロのような強者がいるかもしれないと警戒したが、ほとんど手こずることなく、襲い掛かる戦士たちを倒した。
二十人の戦士たちを全員縄で縛って無効化した。
「くそ、つええ……」
「ピエトロ様……」
門の向こうからこれ以上の援軍は来ないので、おそらくはもう戦える者が残っていないのだろう。
「まさか邪竜教の集落がこのような場所にあるとは……。ここなら魔力がある者だけではなく、一般の方も寄り付かないから適していると言えますね」
シグルーンは納得と共に、少し憤りを見せた。
「もしかするとアビの言う通り、邪竜教とコランダムの関与を見つけられるかもしれませんね。ただこれは反逆罪です。アビに許しを乞うても──」
「そんなことはせんよ」
後ろから唐突に声が聞こえ、私たちは一斉に振り向いた。
そこには一般の冒険者を護衛に付けたナビ・コランダムが居たのだった。
ローゼンブルクで一、二位を争う広大な大領地を持つ赤い髪を持つ男は、狼狽えることなく、私たちを睨みつけるのだった。