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側仕えと昔の仲間たち

 姿を消したシルヴェストルがいなくなり、私はすぐさまシグルーンとブリュンヒルデに報告した。



「本当に懲りないですね……」



 シグルーンが頭痛を抑えるように頭を抱えていた。

 前も誘拐されたのによくそんな勇気があるものだと私も思う。

 ブリュンヒルデも前に起きたことを思い出して苦い顔をしてしまい、不安そうに私の指示を待っていた。


「たぶん、ギルドへ向かったと思う。あの件は反省していたから、冒険者の話をただ聞きたいだけなんじゃないかな」



 私の考えにシグルーンも頷いた。


「そうですね。とりあえず戻ってみましょうか」


 三人でギルドへ戻った。

 お酒を飲んで騒いでいる男たちで溢れているが、シルヴェストルの姿はどこにも見えない。

 私は一番近くにいる者たちへ話を聞いてみた。


「こ、これは貴族様!? わっしに用ですか?」



 どうやら服装で私を貴族と勘違いしてくれているようだ。

 食事を止めて緊張した様子でこちらの様子を窺うようだった。


「ここに小さな貴族の少年が来なかった?」

「貴族様ですか? さあ、わっしは見ていませんが……お前ら見たか?」



 男は仲間に尋ねると全員が知らないと首を振った。

 もしかするとここに来ていないのかと思ったが、一人の若者が「そういえば──」と顔をローブで隠していた子供がいた気がすると教えてくれる。

 変装したシルヴェストルの可能性が高く、他の飲んでいる男たちに聞いてみる。


「ああ、そういえば剣帝と話をしたことがあるかって言っていましたな」

「冒険の話を聞いてまわって、どっかのパーティと外を出た気がしますね」



 どうやら知らない人たちに付いていってしまったようだ。

 それも最近この街に来たばかりの怪しいパーティらしい。

 悪い予感ばかり出てきてしまう。


「このままじゃ本当に取り返しがつかないかも。二人とも空から探して! 私は冒険者に依頼して捜索させる!」

「「はい!」」



 シグルーンとブリュンヒルデはすぐさま外に出て騎獣に乗って探しに向かう。

 私も依頼を出すためにカウンターに向かった。


「おい、あんた」


 声を掛けられたので横を振り向くと二人組のフードを被った男女がいた。

 男の方はお酒を飲みながら私へ話しかける。


「あんたのところの子供なら俺の相棒がずっと追いかけてくれているぜ」

「本当! どこにいるの!」


 私はすぐにその男に駆け寄った。どんな情報でも欲しい。

 すると相手も私に対して指を向ける。



「小金貨五枚で助けて──痛えッ!」


 男の発言を止めるように女の方が横から殴っていた。



「なにセコイ商売しようとしているのよ」


 女はため息を吐き、男も殴られた頭を押さえて激昂する。


「てめえ何しがる!」

「何よ!」


 お互いに口論を始めてしまい、私は二人の喧嘩が終わるのを待つ。

 そしてやっと私のことを思い出してくれたようで、男は立ち上がって手を差し出す。


「悪いね、お貴族様。こいつとはいつもこうなんだ」


 ハハっと笑う男に、女は急いで彼の頭を下げさせた。


「馬鹿! 申し訳ございません。貴族様に無礼な口をしてますが、ただ礼儀を知らないだけなんです」



 女も私を貴族と勘違いしているようで謝罪をする。



「ううん、私も平民だから気にしないでいいよ」

「おっ、そうなのか?」



 男は私が同じ平民だと知ると、女の手を振り解いてフードを取った。

 年若く元気なオレンジの髪を持つ男で、頬には十字の傷があった。


「え……」



 その顔には見覚えがあった。

 前は十字傷なんてなかったが、その顔と声は忘れるはずもない。


「俺の名前はオルグだ。冒険者最強のヒヒイロカネ、剣風のオルグとは俺の──」

「オルグ!」

「わぁッ!」


 オルグの言葉を遮るように私は彼に抱きついた。

 勢いよく飛びついたので押し倒してしまった。



「いてて、なんだあ?」


 わけが分かっていないようだが、おそらくあれから数年経っているので私だと気付いていないのだろう。


「私だよ、私! 洞窟を一緒に冒険したでしょ!」


 いまだに首を傾げており、もしかすると私のことを忘れたのかと寂しい気持ちになった。

 連れの女もローブを外して、眉をピクピクと動かしている。

 前よりも大人びているが、紛れもないルーナだった。


「へ、へえ。オルグ、いつの間にこんな綺麗な子と仲良くなってたんだ」

「いや、待て! ルーナ! 誤解だ!」

「別に気にしていないわよ。ただ人に結婚を申し出といて、すぐさま他の子に手を出すんだ?」



 どうやらおかしな方向にいっている気がした。



「二人とも、私だよ! エステルだよ!」


 二人の顔を交互に見ると、どちらも固まってしまった。

 そしてやっと私の顔が少しずつ思い出の顔と一致してきたようだった。

 オルグの両手が私の顔をガシッと掴んで、暑苦しい顔が近づいてくる。


「お、お、お前、本当にエステルか!?」

「う、うん……」


 あまりの形相に腰が引けそうになった。

 またルーナの拳がオルグの頭に落ちて彼の手が離れた。


「女の子の顔をそんな乱暴に触るな!」

「いや、だって! 仕方ねえだろ! お前だって今分からなかっただろうが!」



 私は一度立ち上がって、オルグの腕を引っ張って立たせる。



「本当にエステルちゃんなの?」

「うん、そうだよ」

「うそ、こんな美人さんになっちゃって……それにその服って貴族とかが着るやつじゃないの?」


 今は動きやすい服装とはいえ、紋章の入ったシャツを身に付けていた。



「ちょっと色々あってね」



 そういえば別れてからたくさんのことがありすぎて、どこから話せばいいのだろうか。



「なあもしかして貴族と結婚した剣聖ってエステル、お前のことじゃないよな?」

「たぶん、それは私かな……」


 オルグとルーナは納得というような顔をする。

 それと同時に一気に質問攻めを喰らう。


「海の魔王との戦いを聞かせろ!」

「貴族の生活ってどんな感じなの!」

「ちょっと待って、二人とも!」



 私も二人にこれまでの近況を伝えたいが今はそれどころではない。


「シル様を見つけたら話すから!」

「そうだったな。あの貴族様を探しているだっけか。ちょっと待ってろ」


 オルグは片目だけ閉じると、「なるほどな、ここがあいつらのアジトか」とつぶやく。

 まるでシルヴェストルが見えているような素振りに、私が何が起きているのか気になっているとルーナが教えてくれた。


「こいつこれでも加護持ちなのよ。生き物の視界を共有できるみたいだけどかなり集中力がいるみたいだから待ってて」

「すごい……」



 しばらく待つとオルグは目を開けて、付いてこいと走り出した。

 私も彼の後を追いかける。

 ふとあることが思い出された。


「そういえばギーガンはどうしたの?」


 元々オルグのパーティは三人だった。

 大柄な優しい男だったギーガンがどこにもいない。

 尋ねた途端に彼らの顔が曇りだした。



「あいつは死んだよ」

「え……」



 思ってもいなかった言葉に喉が詰まった。

 冒険者なら死んでしまう可能性は十分にあるが、それでも友人が亡くなったという報告は辛かった。


「街中で誰かに殺されたんだ」

「うそ……?」

「本当だ。無数の斬撃が体を傷付けていた。どうやって街中で誰にも気付かれずにやったのか見当も付かねえ」



 オルグは悔しそうに口を歪ませた。


「オルグ、馬鹿なことは考えないでよ」

「分かってる」



 ルーナはまるでオルグの気持ちを察したかのように釘を刺した。


「ギーガンですら手も足も出せなかった相手に私たちだけで勝つなんて無理よ」

「ああ、だが理由くらい知りたいじゃねえか。どうして殺す必要があったのかぐらいよ」



 もしかするとオルグはギーガンを殺した相手をずっと追いかけていたのかもしれない。

 今回シルヴェストルを誘った冒険者も、ギーガンを暗殺した候補として挙がっているのかもしれない。



「わりい、そういえばフェニルはどうしてるんだ? 病気は治ったのか?」

「うーん……」



 フェニルのことも結構ややこしくなっているため、どうやって説明しようと考えて言葉に詰まると、二人は別の方向で勘違いを始めた。



「いや、あれだ! その──」

「馬鹿! ごめんね、エステルちゃん。こいつ無神経だからさ!」



 私を慰めるようとしてくるため、どうやらフェニルの病気が悪化したと思っているようだ。


「フェーは元気だよ。私の加護を移して元気になっている途中なの」



 私はかいつまんで、フェニルの病気と私の加護が彼の肉体を成長させようとして長い眠りについていることを話した。



「へえ、人に渡せる加護か。また珍しいモノあるな」

「うん。私の持っている加護もよく分からないのよね。剣の加護ってやつらしいけど」

「エステルは加護と対話していないのか?」

「加護と対話……?」



 もっと詳しく聞こうとしたがすでに目的地にたどり着く。

 路地裏に入り口があり、見た目は普通の民家だ。



「ここにシル様がいるの?」

「ああ、ちょっと待ってろ」



 オルグがまた片目を閉じると顔がどんどん驚愕に変わっていく。


「えっ、うわ……ボロボロじゃねえか」


 その言葉を聞いた途端に不安が押し寄せてきて、剣で扉を粉砕した。

 二人が止めるよりも早く中へ入ると、ボコボコと拳が肉を打つ音が聞こえてきた。


「シル様ッ!」



 頭がカッとなり私は奥の大部屋へ駆け込んだ。

 そこは暴力の嵐が巻き起こった惨状だった。


「やめるのだ! それ以上は危ない!」



 シルヴェストルの悲痛な叫び声が響き渡る。

 私もその光景に口がポカーンと開いてしまった。


「カサンドラ、やり過ぎだ!」



 五人の男たちの顔が腫れ上がっており、ちょうどカサンドラが一人の男の胸ぐらを掴んで、拳が血で染まっていた。



「ずいまぜん……もうじまぜん……」


 男が泣きながらカサンドラに謝罪していた。

 まるで鬼の形相のカサンドラだったが私に気付くと元の笑顔に戻っていた。


「やあ、エステル。シル様はすぐに抜け出すから隙を見せたらいかんぞ」



 先程の顔を見た後なので、内心怒っているのではないかと、背筋が凍るようだった。


「ご、ごめんなさい」

「怒っていないよ。私もそうするだろうと思って隠れて護衛したんだ」




 カサンドラにはシルヴェストルの考えはお見通しだったようだ。

 だが彼女のおかげでシルヴェストルも無事で済んだ。



「そうなんだ。シル様は何もされませんでしたか?」

「う、うぬ。ただ剣帝の話を聞いていただけなんだが、その途中でカサンドラが急に現れてこのようなことになったのだ」


 もしかするとシルヴェストルが危ないと思い、助けようとしてやり過ぎたのかもしれない。

 自警団に引き渡すと、犯罪者の冒険者だったためお礼を言われた。

 そしてカサンドラに少し話を聞いてみる。



「カサンドラがあんな感情的になるなんて珍しいね」

「ふっ、ただの興味本位さ。あの者たちはシル様に自分たちがいかに剣帝より凄いのか吹聴していてな。せっかくだから手合わせをしたんだよ」



 まさか彼らも嘘を並べただけでボコボコにされたなんて心にも思うまい。

 シルヴェストルは後ろで「もしかするとカサンドラは剣帝より強いのかもしれんな」と真面目な顔で呟いていた。

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