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側仕えとギルド

「うーん……」


 帳簿を見ながら進展のないこの状況をまずいと思っていた。

 かれこれ三日ほどコランダムの屋敷で税の調査を文官たちと行ったが未だに邪竜教に魔力を渡している情報が見つからないのだ。

 文官が机の上にドサっと資料を置いた。


「エステル殿、これの計算が間違えていないかの確認を頼む」

「はい!」


 元気良く返事をした後に、今日も浮かない顔をしている文官に恐る恐る尋ねた。


「今日も収穫はなかったですか?」

「ああ、残念ながらね。アビもこのような断定するようなことをして何もなければいいが……」



 文官はボソッと呟いた後に他の文官に呼ばれてお昼へと向かった。

 私も毎日計算に追われて頭が疲れてきたので、食堂へ向かおうとするとバッタリとブリュンヒルデとシグルーンに出会った。

 鎧を身に付け近隣の魔物を討伐してきたのだ。


「二人ともお疲れ様。そっちはどうだった?」

「大したことがない魔物でした。魔力が有り余っているのなら、どこかに貯めてその魔力に魔物が惹きつけられると思ったのですが、全くそんな気配もないですね」



 ブリュンヒルデは首を振って無駄足だったとぼやく。

 シグルーンは苦笑しているが、彼女はあまり疲れた顔を見せない。


「まあまあ、害獣を倒すことで実りを助けると思えば悪いことではありませんよ。コランダムの大きな穀倉地帯のおかげでローゼンブルクは栄えていると言っても過言ではありませんからね」



 大人だなと感じるのはシグルーンの大人な対応のためだろうか。

 ブリュンヒルデもあまりいじけても仕方ないと同意した。


「まあそうですね。ですが、黒の地帯は前よりもひどくなっていますね」

「黒の地帯?」



 初めて聞いた言葉だ。

 ブリュンヒルデはすぐに私が知らないことに気付いて教えてくれる。


「エステル殿が前に戦ったという陸の魔王ベヒーモスが食い散らかした跡のことです」

「食い散らかす……」


 私の頭の中で、ベヒーモスが巨大化して地面を食べる姿が思い浮かんだ。


「エステル、多分思っているのと違いますよ。ベヒーモスに魔力を奪われた土地のことです」


 シグルーンから呆れた声が返ってきた。

 私の貧困な想像力では言葉で聞いただけでは全貌を理解するのは不可能だろう。

 ブリュンヒルデが提案してくれる。


「おそらく直に見てしまった方が理解できると思います。もしよろしければ明日にも行ってますか?」

「行きたい!」



 ずっと計算ばかりで頭が痛かった。

 二人にも手伝ってもらったことで仕事を終わらせ、私はさっそく次の日に軽装な服に着替え、敵から奪った禍々しい剣を腰に下げて外出しようとした。

 だが私を非難するような声で呼び止められた。


「おい、エステル! 俺も連れていけ! 一人だけ遊びに行くなんてずるいぞ!」

「シル様……」


 シルヴェストルは私へ駆け寄ってきて恨めしい顔で睨む。

 一体何を怒っているのだ。


「シル様、これは仕事なんです」



 れっきとした調査であるため私は遊びに行くわけではない。

 だがシルヴェストルはジトっと目を向ける。


「ほう、もともとエステルは文官の手伝いでしばらくは帳簿の計算と聞いていたぞ? それなら俺が文官たちに伝えて、余計な仕事をさせるなって伝えてくる」

「分かりました! 連れていきますから!」

「そうか、エステルならそう言ってくれると思っていたぞ!」



 こういった小賢しいことには頭が回るのは男の子所以だろうか。

 後ろにいるカサンドラも苦笑いをしており、シルヴェストルが着替えに行っている間に助言を受ける。


「シル様は伊達に下町へ遊びに行っていたわけではないからな。迷惑を掛けるが。私が護衛をするから気にせず見てくればいい」

「ありがとう」

「それにシル様が付いてくるのならお金の心配もしないでいいだろう」

「お金?」


 すぐ帰ってくるつもりだったため出費もそこまで掛からないと思っていた。

 カサンドラは私に教えてくれる。


「コランダム領は豊かな土地だが、広大な土地ゆえどうしても厳しい僻地もある。特に黒の地帯は雨も降らなければ緑もない。そこを迷わずに進むには案内役が必要だろう」

「そうだったんだ。でもブリュンヒルデの騎獣に乗せて空を飛べば大丈夫じゃないの?」


 カサンドラは苦い顔で首を振る。


「そんなことをすれば魔力につられて魔物がわんさか寄ってくるぞ。私やエステルならどうにかなるかもしれんが、護衛騎士二人にも荷が重いぞ。私にとってシル様の安全は何よりも大事だから、そのような危険なことをすることは容認できん」



 カサンドラから注意され私の見通しの悪さを自覚した。

 シルヴェストルがやってくるまでにどうやって向かうべきかを教えてもらい、まずは案内人を探すためにギルドへ向かうことにする。



「エステル、ギルドって勇気ある冒険者がたくさんいるんだろ?」



 シルヴェストルは顔を輝かせていた。

 おそらくは強くなりたいと思っている彼は、そういった夢を追う者たちに憧れているのだろう。


「そうですね、たぶん……」


 そうとも言えずに言葉を濁してしまった。

 冒険者も様々な者たちがおり、どちらかというと正義感溢れる者の方が少ないだろう。



「なら剣帝とかいるかもしれんな。もしいなくとも少しでも外を見てきた者たちの話を聞いてみたい」

「それは……」



 貴族がギルドに来るなんてほとんど聞かない。

 本来なら私が先に案内人を見つければいいのだが、シルヴェストルからどうしても一緒に行きたいとせがまれたので同行を許したに過ぎない。

 シグルーンとブリュンヒルデも後ろであまり良い顔はしていなかった。

 ギルドの扉を潜ると、真っ昼間なのにお酒を飲んだ冒険者たちで溢れかえっていた。

 ガヤガヤとしており、貴族のような落ち着いた様子なんぞ全くない。



「おお、これが荒くれ者たちというやつか!」



 シルヴェストルの陽気な声が聞こえてきた。

 するとお酒を飲んでいる者たちは一斉にこちらへ視線が注目する。

 貴族は見ればすぐに分かる。

 そのため冒険者たちも少なからず緊張しているようだった。

 だが幼いシルヴェストルと護衛が女しかいないため、少しずつこちらを侮る視線に変わっていった。


「これはこれはよくお越しくださいました」



 カウンターの奥から身なりが良い主人が現れた。

 どうやらここのギルドを任せられている責任者のようで、突然来訪した貴族にもすんなり対応できるようだった。

 私も昔はよくギルドに足を運んでいたので、依頼の頼み方には熟知していた。


「北方の黒の地帯までの案内人をお願いします」

「黒の地帯でありますか? あそこですと魔物も凶悪で、土地勘があるものでないといけませんのでかなりお高くなりますが……」



 私は袋に入った金貨を責任者へ差し出した。

 中身を見て相手も満足そうに頷く。


「かしこまりました。ではすぐさま選定しますので、客間を用意させていただきます」

「いいえ、馬車で待っておきますので決まったら使いをください」



 シルヴェストルが周りに興味が出始めているので、このまま残ると悪い予感しかない。

 やはりシルヴェストルは「まだ誰からも話を聞いていないぞ!」と文句を言い出した。



「まあまあ、そうだ! さっき屋台があったからそちらでお食事でもどうです? たぶん、面白い食べ物もありますよ」


 ここは食べ物で気を逸らそう。シルヴェストルも食べ物には興味があるようで渋々ながらも若干顔が綻んでいた。



「そのような行儀の悪さは褒められたことではありませんよ」


 シグルーンは苦い顔で注意してくる。

 シグルーンとブリュンヒルデはあまり下町に行くこともないため、立ち食いをすることに戸惑いを見せているのだ。

 ブリュンヒルデは一応挑戦するが、やはり周りを気にしながら隠して食べた。


「まあ良いではないか」


 カサンドラは何も気にせず串焼きを食べた。

 シグルーンのみが何も手を付けなかった。


「エステル、少しだけ離れるがシル様を任せていいか?」


 カサンドラはすでに食べ終わっており私に尋ねてくる。



「うん。何かあったの?」

「いいや、まだ何もない」



 意味深のあることを言うが「すぐに分かる」と言い残し、私は止める理由もないので送り出した。

 カサンドラは少し不思議なところもあるので気にしすぎるのもよくない。


「エステル、これ美味いな!」

「そうでしょ──ェッ!?」


 横を向くとシルヴェストルの顔がソースまみれになっていた。

 マナーを学んでもまだまだ練習が必要のようだ。

 私は仕方なくハンカチでシルヴェストルの顔を拭く。



「せっかくのかっこいい顔が台無しですよ?」


 昔の弟はここまで手が掛からなかったが、なんだか懐かしさを感じた。

 だがシルヴェストルは嫌がように私のハンカチから逃れる。


「ええい! それくらい自分でする!」



 まだタレが付いているが自分の手で拭った。


「ちょっとトイレに行くから待っておれ!」


 シルヴェストルは逃げるように走っていく。顔が少し赤くなっていたが照れたのだろう。フェニルもそうだが男の子の扱いは難しいと思う。

 それから少しばかり待っていたが一向にシルヴェストルが帰ってこない。



「シルヴェストル様、戻ってこないわね」



 シグルーンが手を頬に当てて心配そうにしていた。

 私もいくらなんでも遅すぎると思い、私だけ中を見にいくことになった。


「シル様、エステルです! どこかお身体は悪くないですか?」


 私はトイレのドアを叩いてみたが一向に返事が来ない。

 そこで一つ嫌な想像が浮かんだ。


「シル様、勝手ですが中に入りますよ!」


 無理矢理トイレのドアを開くと、そこはもぬけの殻で、開放された窓が見えるのだった。


「やられた……」



 シルヴェストルは前から下町に抜け出していたのだ。

 どうして新しい街で遊びにいかないと思っていたのだ。

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