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側仕えと領主の兄の因縁

 和やかな時間を過ごしていた私たちは一人の男の帰宅によって空気をぶち壊された。

 薄い赤色の髪を手でいじくりながら、その男はシルヴェストルを嫌悪の目で見た。


「僕の家になんでお前がいるんだ? 出来損ないのくせに態度だけは一人前ってか? この僕、ブリアン・ローゼンブルクの許可を取ったのか!」



 領主の兄が近くの椅子を蹴り上げて威嚇する。

 まだ幼いシルヴェストルは震えながら、隣にいる私の腕を掴んだ。

 あちらも私に気付いたようで、わなわなと震え出す。


「お、お前! モルドレッドの女だな! あの時はよくも、よくも! この僕に手をあげることがどれほど罪深いのか知っているのか!」



 この男と会うのはこれで二回目だ。

 領主会議の日にレーシュにボロカスに言われ、さらにウィリアムからゲンコツを食らってノビてしまったのだ。

 自分が悪かったとは微塵も思っていなさそうで呆れた。


「あれはレーシュに手を出そうとしました、ブリアン様が悪かったと記憶しております。それに実の弟に対してその言い方はあまりにも可哀想ではありませんか?」


 シルヴェストルは領主一族の屋敷で普通に食事をしていたに過ぎない。

 それをとやかく言う権利はないはずだ。

 だが私に指摘されたことが気に食わないようで、私へ怒りの矛先を変えた。


「黙れ、平民が! おい、何をしている! こんなやつら早く追い出せ!」


 周りの使用人に怒りをぶつけるが誰も動こうとはしなかった。

 しびれを切らしかけたブリアンにカサンドラが声をあげた。


「おやめください、ブリアン様」

「僕に命令するな!」


 ブリアンは全く聞く耳を持たずにカサンドラへ声を張り上げる。

 だがカサンドラは怯まなかった。


「アビからも書状があります」

「レイラからだと?」


 カサンドラが席を立って書面をブリアンへと渡す。

 それを見たブリアンがわなわなと震えながら、紙をくしゃくしゃに握りつぶした。


「この僕はもうすでに領主一族ではなくなったため、この家の所有者はシルヴェストルに移るだと! ふざけるな!」



 さらに怒りだし、どんどん収拾が付かなくなる。

 だが事態は思わぬところで好転した。


「ブリアン様! 大変でございます! 来客が──」


 この屋敷の使用人が血相を変えてやってきた。

 ふと肌が震える感覚がやってきた。


「意外な来訪者だな」


 カサンドラがボソッとこぼしたことで、私の勘違いではなく、一人だけこのプレッシャーを放つ人物に心当たりがあった。


「うるさい! 客なんぞ適当に待たせておけ!」


 ブリアンは使用人に対してもキツく言ったとき、ドゴっ!と壁が壊された。

 この場にいる者たちが目を丸くして、破壊された壁の方へ目を向けた。



「ったく、いつまで待たせんだよ。俺は気が短えんだよ」



 大柄な体躯が現れ、トレードマークであるドクロのマークが入った帽子とそこからはみ出る紫の髪は、この国ではあまりにも有名な人物だ。

 ブリアンもトラウマがあるようで、途端に静かになってその人物に対して驚愕する。


「か、海賊王ウィリアム……!?」


 前にウィリアムにゲンコツを落とされて気絶したブリアンにとって恐ろしい相手だろう。ウィリアムはそんなブリアンに目を向けず、私たちを見つけると気安い感じで手を挙げた。


「よっ、嬢ちゃん! ここに居たか」


 大股でこちらに歩いてくる彼を止める者はいない。

 彼を止めることは死を覚悟しないといけないからだ。

 ブリアンもウィリアムに道を開けて、手をポンっと重ねて、白々しい態度をとった。


「そういえば用事があったことを忘れていたな。僕は忙しいのだ」


 ブリアンも恐れをなしてすぐさま部屋から逃げていった。

 破天荒な彼のおかげで助かったが、もう少し普通に入って来れないのか。

 私はため息を吐いて、ウィリアムに呆れた声を向けた。


「変わらないわね、ウィリアムも」

「かかかっ、大将から派手に立ち回れって言われたんだ。文句なら大将に言ってくれ」


 どうやら彼を派遣したのはレーシュのようだ。

 しかしどうして彼が来たのだろう。


「そうそう、大将から土産だ」


 ウィリアムは服の中から袋を取り出して私へ投げた。

 掴んだ私は袋の中身を見るとたくさんの種が入っている。


「なにこれ?」

「神国から輸入した魔力が少ない土地でも育つ種だとよ。まあそれをあの大将が品種改良だっけかな? まあ、色々弄ったらしい」

「そんなすごいのをどうして私に?」

「ここの偉い貴族と揉めたら使えってよ。それと機会があればそれの宣伝をしてくれって」



 魔力不足な土地だと農作物が育ちにくいらしいので、こういった種は価値がありそうだ。

 もしかすると前にコランダム領でレーシュの良い噂を流してくるって言ったから用意してくれたのかもしれない。

 大事に使わないといけないと、私はそれを大事に懐にしまった。


「エステル」


 シルヴェストルが私の裾を引っ張る。


「どうしました、シル様?」


 こちらを見るシルヴェストルの目が輝いていた。



「もしや、もしや伝説の海賊王なのか!?」

「そうですよ」

「そうか! エステル、紹介してくれ!」


 シルヴェストルはウィリアムに尊敬の念を抱いているようだった。

 あまり影響を受けてほしくないが、ウキウキしているシルヴェストルを止めるのも酷な話だ。一緒に彼の近くへ向かった。


「あぁん? 誰だ、この坊主は?」

「領主様の弟君のシルヴェストル様よ」

「あれの弟だ? 全く雰囲気が違うな」


 貴族に対してもウィリアムの態度は一貫して変わらないが、誰も文句も言えない。

 私も感じることを平然と言いのけるが、兄があれなのだから、領主だけが異質とも言える。シルヴェストルはもじもじとしていたが、決意したように目を瞑って手を差し出した。


「シルヴェストルだ。其方の活躍はよく聞いておる! 伝説の冒険の数々の話をぜひ聞きたい!」

「かかか。いいぜ。お前ら貴族が絶対に経験したことがない話ならいくらでもある」

「そうか!」


 思ったよりも打ち解けてもらってよかった。

 しばらく二人で雑談した後に、私はウィリアムと二人で中庭で話すことになった。


「さて本題だが、嬢ちゃんが急がねえと本当にやばいかもしれねえ」

「どういうこと?」

「あの領主の作戦を聞いたが、本気でこの領地を滅ぼすつもりだ」


 ウィリアムの言葉を聞いて心が引き締まった気がした。


「領主は各地を回って魔力を奉納しているが、今年は訪問する順番を意図して変えている」

「あっ……」


 私が疑問に思ったことだ。

 ブリュンヒルデからは魔物の発生状況によっては、魔力を土地に与えることで魔物を活性化させてしまう恐れがあると聞かされている。

 だがウィリアムの言い方では領主はこれを別の方向で使おうとしているのだ。


「思い当たることがあるようだな。各領地に魔力を奉納しながら少しずつ魔物を誘導していき、最後には大きな群れを作らせるのが目的のようだ」

「そんなことできるの?」

「さあな、ただあの大将が最初は協力して色々な魔道具を譲ったと聞いているぜ」


 頭の痛い話だ。

 だがレーシュが私にその情報を教えてくれるのは、彼も止める側になったとみて間違いない。


「それでレーシュはどうやって止めようと考えているの?」

「まずはコランダムが領主に謝罪と服従、そして自治権の放棄らしいな」



 それはつまりコランダム領は別の誰かが治めるということだろう。

 そんなことを承諾する貴族なんていない。


「それが無理なら邪竜教との関わりを隠蔽して、神国には何もなかったと思わせることだな」

「神国よりも早く邪竜教を見つけろってことね」



 しかし神国よりも先に邪竜教の痕跡を見つけられる保証はない。



「まあ、国のゴタゴタは分からんが俺も怪しいやつがいないか町を当たってやるよ」


 ウィリアムは用は済んだと、この屋敷から出て行こうとする。


「ありがとう、ウィリアム」

「気にするな。ただ神国には気を付けることだ」

「神国? 何かあるの?」

「今は何もねえが、何か企んでいることは間違いねえだろう」


 ウィリアムには一体何が見えているのか分からないが、私は自分の仕事をするだけだ。今日から文官たちと共にコランダム領の調査が開始した。

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