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番外編 側仕えとヒヒイロカネの冒険 ④

「あっちぃな」


 洞窟の先へ向かうと溶岩地帯になっており、流れ出る汗が止まらない。

 溶岩の中からナマズのような魔物が現れた。


「あれはマグマナマズだ。気を付けろ、一体一体はそうでもないが──」

「分かってる! 早く倒してエステルを見つけるぞ!」

「おい、待て!」



 悠長に戦っている暇はない。

 俺は持っている大剣で敵を薙ぎ払った。


「よし、このまま──ギャアアアア!」



 背中に何かが噛みついた。

 手でそいつを掴んで地面に投げるが、それはすぐに飛行して俺から逃げていく。



「コウモリか?」


 血が溢れていき、油断していた自分に腹が立った。


「オルグ、まだ先は長いのに無茶をするな!」

「わりい」



 ギーガンが俺に叱る。

 急ぐことしか考えていなかったので、周りを見る余裕がなくなっていた。


「アダマンタイトも全ての敵を薙ぎ倒すような蛮勇はみせん。いいか、戦わないことを考えろ!」


 ギーガンが何やら小袋を取り出して、それをナマズに投げた。

 袋が破裂して中身から粉が舞うと、途端にナマズたちが苦しみ出して同士討ちを始めた。


「なんだ? 急に仲間割れしてるよ」

「馬鹿、どうみてもギーガンの粉のおかげでしょ。ほら、行くわよ!」

「行くって……うわ、いつの間にかギーガンは先に行っているじゃねえか」


 どうやらこうなることは予想済みのようで、ギーガンは戦うのをやめて先へ進んでいた。

 俺たちも走り抜けて溶岩地帯を越えた。


「はぁはぁ、こんなのがヒヒイロカネになっていいのかね。全く戦っていないぜ」


 自虐的に言うとギーガンはフッと笑った。


「お前はもう少し器用さを学んだほうがいい。アダマンタイトも全員が強いわけではない」

「そうなのか?」

「ああ。大事なのは自分が持っている武器を把握することだ。上ばかり見ているとすぐに転ぶ」



 ギーガンは先頭になって前を進んでいった。

 俺はまだまだ力ではギーガンや他のアダマンタイトには遠く及ばない。

 今の俺に何があるのだろうか。


 暗い洞窟を進み、魔物たちを蹴散らしていく。

 だが体力がどんどん削られていき、少しずつ生傷が増え始めていた。

 疲れてきたなぁと思っていると、急に頭の中で何かがピクッと反応した。

 二人の腕を引っ張って進むのを止めた。


「どうしたの、オルグ?」

「しー! 何かやばいのがいる!」



 二人は俺の必死の形相に気が付き、岩陰に身を隠すと、少しずつ足音が聞こえてきた。だんだんと近付くにつれて鳥肌が立っていく。

 本能が逃げるように言っているのだ。


 暗くてよく見えないが、おそらく人に近い体型のような気がする。

 だが滲み出る威圧感がただの魔物ではないことを物語っていた。

 過ぎ去ってから俺たちは無意識に呼吸を忘れていたことを思い出して、急いで空気を肺に取り込んだ。


「なんだ、あれ!?」

「絶対やばいって……ギーガンあんなのを相手にしてきたの?」



 ルーナがギーガンに尋ねるが、ギーガンの顔から大量の汗が見えた。


「俺でも勝てん。あれは軍隊を使わねば倒すことが出来ない災厄レベルの魔物だ。剣帝ならもしかするかもしれないが、人間の力を大きく逸脱している」



 とんだ洞窟だ。

 エステルを早く見つけて逃げないと本当に危ない。


「でもよく分かったね。足音が聞こえるよりも早く気付いたでしょ?」

「ああ、たぶん俺の加護が……」



 ふと俺は自分の加護の特性について考えた。

 動物の視界を自分も共有できるという単純なものだが、もしかすると魔物でも見られるのではないだろうか。

 俺は早速と辺りに集中する。

 すると様々な魔物の視界を映すことが出来た。


「これなら戦わなくても先に進めるかもしれねえ!」


 俺は早速と二人に共有して、俺が先頭で魔物が少ない道を進んだ。

 すると一つだけ大きな広間らしき場所があった。

 そこの奥に一人の少女が居た。


「エステルだ!」



 剣を持っており、戦っているのは二体の地竜と一体のローブを羽織ったアンデッドだ。

 いくらエステルでも一人で戦うのは危険だ。


「みんな、急げ!」


 ある程度の敵との遭遇は避けられないが、なるべく必要最低限で敵を倒す。

 そしてやっとエステルが居た広間に辿り着いた。


「はぁはぁ、いない?」


 急ぐことに集中していたため、エステルの戦いを見ていなかった。

 だがおそらく大きな戦いがあったであろうことは、目の前の惨状で分かった。

 二体の傷付いた竜が地面に伏している。

 息はしているが、もう戦意はないようでこちらを見ても反応すらしない。

 だがここにエステルがいないのなら捕まったのかもしれない。


「ねえ、見て! あっちに扉があるよ!」


 ルーナが広間の奥を指差すと、人が通れるくらいの普通のドアがあった。

 ここにいないのならあそこしかいない。

 俺たちが駆け抜けようとした時に、後ろから途轍もない殺気を感じた。


「ガアアアアアア!」



 斬撃が俺たちの横を掠めて竜の体を二つに割いた。

 竜の断末魔の叫びが聞こえ、すぐに絶命していった。

 後ろからやってきたのは、竜の顔をした人間サイズの魔物だ。

 まるで剣士のように剣を両手に持ち、振り抜いた体勢になっていた。


「ガアアアアアア!」



 人型の竜の魔物が両手の剣を合わせて音を鳴らす。

 まるで次は俺たちの番だと言いたげだった。



「なるほど、こいつだったか」


 ギーガンは冷や汗をかきながら、これほどのプレッシャーを与える敵に見覚えがあるようだった。


「知っているのか?」

「ああ、剣士ばかりを殺そうとするタチの悪い魔物だ。強い冒険者ばかりを倒して、持っている剣を全て収集する癖があるようでな。竜騎士ドラゴニックと呼ばれている」

「収集だと? でもどこにも剣なんて……」



 そう思っていると、急に地面から数百の剣が出てきた。

 そして俺たちを逃さないように出口が火で遮られた。



「なんだよこれ!?」

「邪竜の加護だ。魔物の中でも強い者は邪竜教の神から力を与えられている」

「おいおい、魔物も加護を持つって反則だろうが」


 弱い俺たちならまだ分かるが、最初から強い魔物にまで加護を与えられたら敵うわけがない。

 だがこいつを倒さねばどうせここから帰ることもできない。


「俺が壁になる。二人は援護をしてくれ」


 ギーガンが斧を持って、俺たちに指示を出す。

 ルーナが矢を放つと同時に俺とギーガンは走り出した。

 簡単に矢を避けたドラゴニックは持っている剣を地面に叩きつけると、衝撃波が出現して俺たちに迫る。

 慌てて回避したが、壁に当たった衝撃波が大きな音を出していた。


「あれに当たれば即死だ! 深追いだけは気をつけろ!」


 ギーガンは斧を振って敵を威圧する。

 敵の動きが早くギーガンの攻撃を避けて反撃しようとするので、俺はその隙をカバーするように剣を振るった。


「ギャアアアア!」


 だがドラゴニックは素早い反応速度で避ける。

 その先を読んだルーナの矢が首元に迫っていた。

 いける、そんな甘い幻想を打ち消すように矢が硬い鱗で弾かれた。

 矢が通らないのなら剣で倒せばいい。

 だが俺の一振りを簡単に片手で止められ、ピクリとも動けない。

 竜の力は人間の何倍もの力があるのだ。

 持ち上げられた俺は、そのままギーガンを巻き込むようにぶん投げられた。


「二人とも大丈夫!?」



 ルーナが駆け寄ってきて俺たちを介抱してくれた。

 だが今はゆっくりとしているわけにはいかない。


「痛え……大丈夫か、ギーガン?」

「なんとかな……だがやばいな。まだ本気を出していないのにこれでは、この力の差は埋められんぞ」


 反撃しようと立ち上がると、ドラゴニックの様子がおかしい。

 瞳孔が真っ赤になり、大きな雄叫びをあげると近くに刺さっている剣に飛び乗った。

 そして数百の剣の上を高速で動き出して、その度に何本もの剣がこちらに迫ってくる。

 蜂の巣にされると、これまでの生涯が頭の中で反芻した。

 これまで頑張ってきたけど、ここでもう終わりだ。

 だがそれは一つの影が現れたことで好転する。


「はああああ!」


 小さな影が迫り来る剣の嵐を吹き飛ばしていった。

 とうとう敵の攻撃を全て防ぎ、俺たちはその目の前の少女に目が奪われた。


「オルグたちに酷いことをするなら許さない!」


 怒りに燃えるエステルは目の前にいるドラゴニックを強く睨んだ。


「エステル、お前捕まったんじゃ……」

「捕まる? あのガイコツのおじさん……おばさんどっちだろ? ガイコツの人が白旗あげて、お宝の場所まで案内してくれたの」



 そんな夢のようなことをする魔物なんて居ないだろうと思って後ろを振り返ると、ここの洞窟のボスらしき高価なローブを身に纏ったアンデッドが、頭に大きな白い旗をぶっ刺していた。

 手にはたくさんの金銀財宝を持っており、俺たちに敵対する意思はなさそうだった。

 ルーナが笑いを堪えるように小声で話をする。


「あれはたぶんエステルちゃんにコテンパンにされたんだよ」

「俺もそう思うぜ。魔物が負けを認めるってよっぽどだな」


 助けに来たのが馬鹿らしくなってきたが、エステルが無事でホッとした。


「ギャアアア!」


 ドラゴニックは雄叫びをあげてエステルへ急接近してきた。

 あまりにも速く、俺たちの反応速度を簡単に超えてきた。

 竜の力で振られた剣を受けたら、流石にエステルでも危ない。


「ナズナ!」


 エステルは動かずに剣を振るうと、先ほどドラゴニックが出したように剣から衝撃波を出した。

 予想していなかった一撃にドラゴニックは剣を交差させて防御の体勢になる。

 衝撃波に吹き飛ばされていった。



「すげえ……」



 オリハルコン級の魔物であるドラゴニック相手に互角以上の戦いを見せていた。

 おそらくいずれエステルは最強の剣の使い手として世界に名を轟かせる存在になるだろう。

 俺は今の天上の戦いを一部始終見ていたい。



「剣ばっかりで足場が悪い……なら!」



 エステルは地面を蹴って空へと上がる。


「ハコベラ!」


 そしてそのまま空へ滞空していた。


「空を飛んだ……!?」



 一体どうやって空を飛んでいるのか分からない。

 だが足元が高速で動いているようにも見えるので、もしかすると空気を蹴っているのかもしれない。

 全てがデタラメだが、そんなエステルの全力を見たい。



「ギャアアアアアアアア!」



 ドラゴニックは自分の剣で刺さっている剣をぶん殴って、無理矢理に剣をエステルまで放った。

 だがエステルは空中でも器用に攻撃を避けてドラゴニックまで迫った。

 お互いの剣が交じり合い、俺の動体視力では全く追いきれず、音が後から聞こえてきた。


「ギャアアアアアアアア!」


 ドラゴニックがどんどん押されているのか、悲鳴に近い雄叫びが響き渡る。

 血飛沫が舞っているがどちらのか分からない。

 俺は黙って祈るしか出来なかった。



「ん?」



 エステルの声が漏れると同時に、少しずつエステルから声が漏れ始めた。


「えっ、急に速く……やっ、あっ!」



 エステルの剣がバキッと折れた。

 無防備になったエステルの横腹を薙ごうと、ドラゴニックの剣が迫っていた。


「スズナ!」


 エステルはアクロバットな動きで剣をギリギリで避けた。

 武器が無くなってもエステルは素早い動きで一撃も受けていない。


「どうしよう、武器無くなった……」



 エステルから緊張感の無い声が聞こえてきた。


「エステル、周りに大量の剣があるだろ! 使え!」


 俺は大きな声で伝えるとエステルは盲点だったと、すぐに距離を空けて刺さっている禍々しい剣を奪った。



「あれ? なんか変だよ、この剣」



 エステルは小さくボヤいて剣に夢中になっている。

 迫り来るドラゴニックのことを忘れているようにも見えた。


「エステル、前だ! あぶねえ!」



 全く敵を意識していない。

 このままではやられると思ったが、エステルの姿が一瞬で消えた。

 ドラゴニックもどこにいったのか分からないようで、辺りを見渡していた。


「オルグ、すごいよ! この剣を持ってから急に力が湧いてきたんだよ」

「うおっ!」


 俺たちの横にいつの間にかエステルが来ていた。

 戦いの最中なのに、もう戦う意志がないように思えた。

 ドラゴニックもエステルに気付いてこちらへ迫ってくる。


「エステル、あいつが来るぞ!」

「えっ、あれ、なんで動けるんだろう?」

「は……?」


 エステルの言葉の意味がすぐに分かった。

 ドラゴニックの動きが急に止まると、その体にはいくつもの剣戟を受けた切れ目があるのが見えた。


「グルルル」


 ドラゴニックの目がジッとエステルを見ている。

 するとエステルもその目に気付いて、動けないドラゴニックの代わりに近付いた。


「強かったよ。今まで一番……」

「グルル……」


 ドラゴニックはその言葉に満足したように後ろに倒れた。

 絶命したのに満足した顔をしているのだ。

 エステルは剣を離すと急にヘロヘロと地面にへたり込んだ。


「剣を離したら急に体が元に戻っちゃった……」


 エステルはまた剣を握ろうとしたが、ギーガンが足で蹴飛ばした。


「あまり使わんことだ。あの禍々しさは邪竜教の剣かもしれん。呪われるぞ」

「えっ!? もう絶対に触らない!」


 呪いという言葉に反応してエステルは、禍々しい剣を持つのをやめた。

 一体あの剣にはどんな効果があったのだろうか。

 気になるが、俺も邪竜教の剣なんて持ちたくない。



「キョエ! キキ!」


 後ろからアンデッドが何かを話してくる。

 何を言っているのか分からないが、紙を取り出して俺たちに文字を見せた。

 文字は俺たちの知る文字だった。


「なになに、この洞窟は破棄して山奥に戻ります。財宝は自由にしてください……だって」



 ルーナがほとんど読めない俺の代わりに読んでくれた。

 エステル一人で解決してしまったようだ。


 俺たちはアンデッドが作った魔法陣の上に乗って地上まで登った。

 もう朝日が上っているが、もっと長い時間居た気がした。


「キキ!」


 アンデッドはその場で魔法陣を描き出して、その上に乗ると消えていく。

 おそらくは人里から離れたところに帰っていったのだろう。

 本当は倒した方がいいのだろうが、エステルから可哀想という一言をもらい、今後人間に手を出さないことを条件に帰っていった。

 信じていいのか分からないが、おそらくエステルの力を見たせいで懲りたであろう。


「じゃあ俺たちも帰るか」

「そうだね、エステルちゃん、今日はご馳走にしよっか!」



 ルーナの提案にエステルは嬉しそうな顔になった。


「本当! あっ、でもフェーが待っているから……」

「ならエステルの村で宴会しようぜ。そうすればエステルの弟もご馳走食えるだろ?」

「やった!」



 早速と俺たちはギルドに戻って洞窟の財宝を渡して、報酬の一部を先にもらった。


「いいな、エステルはこれからヒヒイロカネだ。また上前をはねたらただじゃおかねえからな!」

「は、はい!」


 称号をもらうのはもう少し後になるが、これでエステルの生活も少しは良くなるだろう。

 馬車に食料を詰め込んでエステルの村へ着く。

 遅くなったエステルを心配する声が多くて、少しだけ安心した。

 もしかするとあんなに強いと村では孤立しているのではないかと心配していたのだ。

 せっかくだからと、村の人を全員集めて大きな宴会をしたのだった。

 村長と一緒に盃を交わした。


「ふむ、エステルがまさかそんな悪条件で働いていたとは」

「知らなかったのか?」

「ああ、あの子はずっと大丈夫しか言わんからの。辛いところをあまり見せてくれないから気付かなかった。其方らのおかげで本当に助かった」


 楽観的すぎるのも考えものだ。

 おそらく本人は今でも騙されている自覚はないだろう。

 村長はエステルを呼ぶと、美味しそうに骨付き肉を頬張りながらやってきた。


「どうしたの、村長?」

「オルグさんから聞いたぞ。だからあれほど勉強はしろって言ったのじゃ。簡単な計算や文字が読めないのなら、村以外での仕事は禁止する」

「ええ! それだとフェーの薬が買えなくなるよ!」


 ショックを受けた様子のエステルだがそんな心配をする必要はない。

 苦笑いをしているエステルの弟がこちらへやってきた。


「お姉ちゃん、オルグさんたちからもらったお金があればしばらくは大丈夫だよ。僕も心配だから一緒に勉強しよう?」

「うっ……分かった」



 弟君は初めてあったがかなり聡明そうだ。

 村長も「フェニルの賢さが少しでも移れば安心なんじゃがの」とボヤいている。

 何日か滞在して、エステルたちと楽しい毎日を過ごしたが、そろそろ俺たちも次の仕事を探さないといけない。


「じゃあな、エステル、フェニル」

「もういっちゃうの?」


 寂しそうな顔をするエステルとフェニルの頭を撫でた。


「今はここでお別れだが、もしフェニルが元気になったら二人とも俺たちのパーティに入ってもらうからな。だから絶対に弟を守ってやるんだぞ」



 エステルとフェニルはお互いに顔を見合わせて、すぐにこちらへ向き大きく頷いた。

 俺たちはローゼンブルクの首都に戻り、昔なじみたちにヒヒイロカネになったことを自慢して回った。

 完全に酔い潰れ、ルーナに介抱してもらい、ギーガンだけは行くところがあると先に宿へと戻るのだった。


 〜〜〜〜



 俺の名前はギーガン。

 オルグたちには宿に戻ると伝えたが、先に行くところがあった。

 俺は裏路地へ向かうが探している人物はおらず、冷やかしか何かと帰ろうとした。


「よく来てくれた」


 背中から声が聞こえ、背後を取られたのに気付かなかったのだ。

 慌てて後ずさると、そこには大きなクレイモアを背中に背負っているフルプレートの戦士がいた。


「剣帝……だな?」


 目の前の戦士は頷いた。

 最強と噂される誰も名前を知らない剣帝。

 突然現れてその才能を遺憾無く発揮している伝説の冒険者だ。

 手紙をもらい、一人で来るように書いてあったのだ。



「どうして俺を呼んだ?」

「あの洞窟を突破したという話に興味が湧いたんだ。他の二人は大したことがなさそうだが、お前は一応アダマンタイトだからな。試す価値がある」



 剣帝は後ろに背負うクレイモアではなく、腰に差している細い剣を鞘から取り出した。

 とてつもない殺気を放ち、俺を殺そうとしている。


「何故、俺を狙う……」

「ドラゴニックを倒した者なら可能性があるからな」



 可能性が何を指しているのか分からない。

 だがこいつは俺がドラゴニックを討伐したと思っているようだった。



「勘違いしているようだが、あれを倒したのは俺ではない」

「何だと?」


 剣帝の殺気が少し和らぎ、ホッとした。

 だがまだ危機を脱したわけではない。


「他の仲間か? いいや、あんな力量で倒せるわけがない」



 俺の言葉の裏を探ろうとしているようで、兜の中から俺の心の底を覗こうとしているように見えた。



「そういえば其方らのパーティは四人として登録されていたな。なるほど、もう一人居たのか」



 剣帝は自分の考えに納得したようだが、殺気がまた膨れ上がった。


「私が探っているってバレたら厄介でな、恨まないでね」

「くそっ! ただで殺されると思うな!」



 俺は相手が剣を振るうより早く懐へ潜り込もうとした。

 一切動こうとしない剣帝は、何かを口にした。


「一騎当千」


 その言葉を唱えられると同時に俺の体は斬り刻まれた。

 助けを呼ぶ声すらもう出せず、冷たい地面に伏した。


「時間が無い……モルドレッドが反乱を起こす前に終わらせないとな」


 剣帝はもう俺を見ていない。

 どんどん体の機能が衰えていき、俺が血を流していることに気付いた住民が騒ぎ出していく。

 だがもう俺は助からない。

 オルグをもう少し鍛えてやれなかったことだけは心残りだ。

 ゆっくりとまぶたが閉じた。

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