番外編 側仕えとヒヒイロカネの冒険 ③
気絶したエルゲンを縄で縛ってそこらへんに転がす。
あれほど勢いよく吹き飛んだのに軽症で済んでいるのはエステルの手加減のおかげだろう。
「あのぉ……」
エルゲンの奴隷の子たちが不安そうに肩を寄せ合って俺たちを見る。
エステルを見る目は可愛い少女ではなく恐ろしい化け物を見るような目だった。
自然と体が動いてエステルにその目が見えないように体で隠した。
「オルグ?」
エステルが後ろで尋ねるが気づかないふりをした。
「こいつは自警団に引き渡しておくから、あんたらは自由にしたらいい。お金もこいつが持ってるお金でしばらくは生きられるだろう。そのお金で市民権を取り戻せばもう奴隷じゃない」
奴隷の子たちは怯えを隠しながらエステルに近付く。
俺もこの子達の意図を理解してエステルを前に出した。
「えっと……」
困惑した様子のエステルに奴隷の子たちが頭を下げる。
「「「自由にしてくれてありがとうございます!」」」
エステルは「へへっ」と照れており、これまで以上に可愛いとびきりの笑顔を奴隷の子たちに向けるのだった。
奴隷の子たちは馬に乗ってすぐさま去っていく。
すると頃合いを見ていたのか、エステルが乗っていた馬車から一人の男が出てきた。
どこか怪しい男で、大きな出っ歯が特徴的な男だ。
「へへ、あのアダマンタイトのエルゲンを倒すとはやっぱりおっかねえな」
胡散臭い男のため俺とルーナは彼女を守るように前に出た。
すると相手も俺たちのことを知っているようで狼狽える。
「お、俺は上に命令されてその子の道案内をしているだけだ。何か変なことをしているわけじゃねえぞ!」
「道案内だと?」
俺が尋ねると、男はうんうんと頷く。
「そうとも! これほどの剣の逸材なんて見たことねえだろ? ここ一帯の魔物も結構倒して──」
「おいちょっと待て!」
俺は男の胸ぐらを掴んで締め上げる。
苦しそうにもがくがそんなことは知ったことじゃない。
だがそれでもエステルは顔馴染みであるためか、俺の服を揺さぶって止めようとする。
「オルグ、どうしたの? 苦しんでいるよ!」
「エステルちゃん、オルグに任せて」
優しい子だと思うが、世間知らずなところをいいように利用されているのだ。
ルーナが俺の代わりにエステルをなだめてくれる。
「この子の報酬は中銅貨三枚らしいな? 魔物を倒させてその報酬は中抜きしすぎじゃねえか!」
泡を吹き出し始めたので男を一度離すと、男は尻餅をついてお尻をさすっていた。
だが俺が拳をポキポキと鳴らすと痛みを忘れて、俺に言い訳をする。
「し、知らねえよ! 本当だ! ただ案内すればいいだけって言ってたからもっと貰っていると思ってたんだ! それにその子は極度の方向音痴だから誰かが付いていないと、依頼の場所にも辿り着けねえよ!」
この男は本当に案内をさせられていただけの下っ端のようだ。
俺はエステルに向き直った。
「エステル、これまで倒した魔物ってどんなのか覚えているか?」
「えっとね。最初は狼とかだったけど、熊やガイコツ、杖を持った不気味な魔物に、この前だと大きな鳥とかかな……火を吹くって知らなくて服がちょっと燃えちゃったの」
エステルはボロいコートの裾を見せると、確かに燃えた跡があった。
火を吹く鳥なんてドラゴンしかいない。
想像以上に大物たちと戦っており、少なくともアダマンタイトと同じかそれ以上に活躍していた。
「一旦帰るぞ。あのギルド野郎に文句言ってやる! エステルを騙しているなんて許せねえ!」
エステルはよく分かっていない様子だが、ここは大人がビシッと正しい姿を見せてやらないといけない。
だがまた俺の邪魔をするようにギーガンが立ちはだかった。
「落ち着け、オルグ。そんなことをしても無駄だ」
「何だよ、エステルが安い賃金で働かされているのに黙っていろって言うのかよ!」
俺はギーガンに詰め寄った。
だがギーガンは「違う!」とこれまで見たことがないほどの殺気を放っていた。
「エステル、すまない。てっきり君は俺の知る人物だと思っていた。そのため何か理由があって安い賃金で働いていると勘違いしていたんだ」
「私はあの村と自分の村以外は行ったことないよ?」
エステルとギーガンは間違いなくここで初めて出会ったようだ。
ギーガンも頷いて、言葉を続ける。
「君みたいな幼い子供では本来冒険者ギルドに個人で活動できない。もしギルドに言えばもう二度とお金は稼げないだろう」
「そんなの困る! フェーの薬が買えなくなったら死んじゃう!」
エステルが泣きそうな顔でギーガンの腕を掴んだ。
そこでやっと冒険者ギルドの思惑が分かった。
最初からエステルがごねたらそれを盾にして、稼ぐ手段を奪うつもりだったのだ。
「なら方法は一つだけある。冒険者ギルドの裏技がな。もっと稼げるようにしてやろう」
「本当に!」
ギーガンが下手くそな笑いを浮かべると思わず笑ってしまった。
こいつも笑うのだと、初めて知ったのだ。
一緒に村に帰って、エステルがギルドの店員に報告しに行った。
途中でエルゲンに襲われたことで今回の任務は失敗したことになっている。
それをエステルが告げると案の定怒り出した。
「お前、ふざけるな! 失敗したら違約金を払ってもらうって言ったよな!」
大声で怒鳴り出し、エステルに向けて威圧的に顔を近付けた。
その時になってギーガンが先頭で受付まで歩いた。
「おい」
強面のギーガンが迫るのはただの店員では恐ろしいようで、一気に冷や汗を吹き出して、裏返った声で返事した。
「まだ未成年の子は本来ギルドで働けないのに、無理矢理働かせて違約金を取るのがお前らギルドのやり方か?」
ギロッとギーガンが睨むと店員はぶるぶると震えながら言い訳を始めた。
「いいえ、とんでもございません! ただこの子がどうしてもお金が欲しいというので、仕方なく仕事を斡旋しただけで……」
「ほう。なら正式に仕事をよこせ。今日からこの子は俺たちのパーティに加わるのだからな」
「えっ!?」
店員が理解出来ずにあたふたしだした。
「えっと、たとえ上級のパーティでも未成年の子は入れられませんが……」
「何を言っている。この子は一日だけの見習いだ。たしか規則ではアダマンタイトの冒険者がいれば一日だけなら未成年であってもパーティに入れられたはずだ」
「た、確かにそうですが……」
「何か文句があるのか?」
「め、滅相もありません!」
必要なサインだけしてギーガンがお目付役となることで、すんなりとエステルはパーティに加わった。
今日はもう夜も遅いので、明日だけエステルは俺たちのパーティの仲間だ。
そして次の日、俺たちはずっと攻略を後ろ倒しにしていた洞窟にやってきた。
「ここを攻略すれば私も働けるの?」
エステルは不安そうに尋ねてくるので大きく頷いてやった。
「ああ! ここの秘密を暴けば俺たちはヒヒイロカネの冒険者だ! そうなればアダマンタイト同様の特権がもらえる! そうなれば年齢なんて関係ねえ!」
ごく稀に幼い子供がその力量を示してアダマンタイトになった噂もある。
それは今回のように特別な依頼を達成して、大人以上の力量を示したことでだ。
流石に強者なら未成年どうのこうの話はなくなる。
「でもこれでいいのかな?」
ルーナが不安そうな顔で俺に尋ねる。
一体何を心配しているのか分からないが、前に見たエステルの強さならここの攻略も難しくはないだろう。
ギーガンを先頭に洞窟の先を進んでいく。
腐敗した臭いが充満しており、おそらくは全滅したパーティなのだろう。
「エステルちゃん、目を瞑ってて」
「うん?」
ルーナはエステルに悲惨な光景が見えないように手を繋ぐ。
よく分かっていないエステルだが、ルーナの言うことに大人しく従った。
エステルのことは一旦はルーナに任せて、俺はギーガンの横に並んだ。
「昨日は悪かったな」
チラッとギーガンが俺を見た。だがすぐに前方へ意識を戻す。
「気にするな。俺も自分の考えに固執していたからな」
「知っている奴ってエステルみたいな小さくて強いやつか?」
「剣帝だ」
「いー!?」
剣帝は冒険者で唯一のオリハルコンの称号を手に入れた最強の戦士だ。
噂では大男と聞いていたため、何を勘違いするというのだ。
「ギーガン、まさか目が見えないわけじゃないだろうな?」
「違う。確かにおかしなお話だ。俺もどうして彼女が剣帝に見えたのかは分からん」
本人もおかしいと思っているようだがあまり深く聞いても、本人が納得する答えは聞けそうになさそうだ。
洞窟を進むにつれてどんどん魔物が増えていく。
狭い道のせいで大きな大剣を振るえないが、俺が倒すよりも早くエステルがこの場にいる魔物を一人で倒していった。
「すげえ、あれって俺が半日掛けて倒した魔物なのに」
「オルグ、ボサっとしないで! エステルちゃんに頼ってばかりで情けなくなるよ」
「そうだな……うりゃああ!」
エステルの強さは計り知れないものだが、それに頼ってばかりでは俺もギルドの連中の変わらない。
大きな広間にたどり着くと、道が複数に分かれていた。
「うへ、やっぱり楽できんな」
未だに攻略したという話を聞かない洞窟のため、予想としてかなり深く掘られたものだと予測していた。
奥に進めば進むほど魔物の強さも上がっているため、おそらくこの先にはもっと強い魔物がいることだろう。
「エステルちゃん、疲れていない?」
「うん! でもそれよりみんなと一緒に冒険出来るのが楽しい」
なんて嬉しいことを言ってくれるのだ。
「そっか! ならもううちのチームに入ろうよ」
「そうだぜ。一緒に冒険しようぜ」
エステルが入ってくれるのは素直に嬉しい。
だがエステルは首を振った。
「私はいけないよ……フェーが一人になっちゃうから」
エステルの弟は難病で少し動いただけで熱が出てしまうらしい。
その治療費を稼ぐために一日中働いているのに、そんな彼女を騙して安い賃金でこき使っていたのが許せなかった。
「ならエステルが少しでも生活が良くなるようにヒヒイロカネにならねえとな」
ヒヒイロカネはパーティを組む冒険者の中では最高の地位だ。
依頼の難易度も上がるがそれだけお金も稼げる。
「どれくらいお金貰えるの?」
エステルは興味津々な顔で尋ねてくる。
俺は驚かそうと腕いっぱい広げた。
「そんなのいっぱいさ! 金貨や財宝の出る遺跡や洞窟だって紹介してもらえるぞ!」
やっぱり冒険者は誰もが一攫千金に憧れる。
だがエステルはピンと来ていないようだった。
「金貨って銅貨の何枚くらい?」
「むむ、難しいことを聞くな」
俺もエステルを馬鹿にできないくらい頭が悪い。
もちろんお金自体がどれくらいの価値くらいは分かっているが、すぐに計算できる頭はなかった。
「もう頼りないわね。エステルちゃん、この洞窟が終わったら私が教えてあげるからね」
「うん、ありがとう!」
お金の計算は知っていて損はない。
俺も一緒に教わろうと考えていると、少し先を見に行っていたギーガンは浮かない顔をしていた。
「どうかしたか?」
「うむ、消されていたが魔法陣の痕跡があってな。もしかすると高位のアンデッドがいるかもしれない」
「まじかよ!?」
高位のアンデッドはその不死性から人間から奪った知識が入り狡猾になっていく。
さらに貴族しか使えない魔法も使えるらしく、難易度はアダマンタイト級、もしくはオリハルコンでないと討伐できない魔物かもしれない。
「でもそうなると真実味が帯びてきたな。約束通りここを攻略すればヒヒイロカネの称号は問題なくもらえそうじゃねえか!」
拳を手のひらに打ってやる気をあげた。
ギーガンとルーナも頷いてくれる。
「でも頼みの綱がエステルちゃんというのが情けな……」
ルーナがエステルのいる方向へ目を向け、キョロキョロとあたりを見渡す。
「どうした?」
「エステルちゃんがいないの!」
「何だと!?」
俺も周りを見渡したが本当にエステルの姿がなかった。
大きな声で呼んでみたが返事すらなかった。
ギーガンは腕を組んで深刻な顔を作る。
「もしや高位のアンデッドに強制的に転移させられたかもしれんな」
「転移だと!? 魔物ってそんなことも出来るのかよ!」
ギーガンがうなずき、俺は自分の勉強不足を呪う。
彼女の今後のために仲間に入れて、結果的に危険晒すのでは保護者失格だ。
「エステル無しではこれから先は厳しいぞ」
ギーガンは俺たちを慮るような優しい声をする。
ここまでは俺たちだけでも来れただろうが、先にいけば行くほどどんどん敵が強くなっているため、おそらくはギーガンの実力が最低ラインだろう。
ギーガンもそれが分かっているためか一つの提案をしてきた。
「少し先まで俺が見てくる。ここで待っていろ」
「もし居なかったらどうするつもりだ?」
「見捨てる」
「なっ!? ふざけるな!」
非常な判断を下したギーガンに、頭に血が上って掴みかかる。
いくら強かろうとまだ幼いエステルだけではこんな入り組んだ洞窟から出ることは難しい。俺たちから誘っておいて見捨てるなんてできない。
だがギーガンは俺の体を襟ごと引っ張り、腕の力だけで地面に投げられた。
「オルグ!? 大丈夫!」
ルーナが俺の側に来て体を支えてくれた。
「痛ぇ……何しやがる!」
急に投げるやつがいるかと文句を言おうとしたが、ギーガンの目が俺に有無を言わせなかった。
「俺に負けるお前ではこの先は無理だ。俺だってあの子のことは心配だが、このパーティでは高位のアンデットの突破は出来ん。ましてや俺だけでは到底敵わないだろう」
一人しかいないオリハルコンを除けば、最上位となるアダマンタイトの冒険者であるギーガンが冷や汗をかいていた。
それほどまでに恐ろしい敵だと痛感させられた。
「恨むなら恨むがいい。だが俺もはパーティを全滅させない義務がある」
ギーガンの言葉が俺の心を打つ。
こちらから視線を外して洞窟の奥へ行こうとしたときに、彼の優しい目が見えた気がした。
「ふざけるな!」
地面に叩きつけられた背中がまだ痛むが、ここで行かせてはいけない。
ギーガンは立ち止まらずに先へ行こうとする。
だが俺は伝えてやらねばならない。
「俺とルーナ、ギーガン、そしてエステルはヒヒイロカネになるんだぞ! パーティに遠慮するんじゃねえ!」
ピタッとギーガンの足が止まった。
こちらを振り返り、虚をつかれた顔をしていた。
「ここで俺たちが成長すればいいんだろ! いずれはオリハルコンになるんだ、どこかで死線は潜る予定だったからちょうどいい!」
俺は前をスタスタと歩き、ギーガンを追い越す。
「お、おい、待て! 死ぬかもしれないんだぞ!」
「いいじゃない」
ルーナもまたギーガンを追い越して俺の隣に追いついた。
「小さい女の子を見捨てた男なんかと冒険なんてしたくないわよ。それに冒険者の世界は自業自得。オルグだって覚悟して家を飛び出したんだから」
「当たり前だ! エステルを見捨てて何がオリハルコンだ! そんなのは俺が目指すものじゃねえ!」
俺は隣のルーナに腕をあげて拳を向ける。
ルーナも気付いて拳をぶつけ合った。
未だ立ち尽くしているギーガンへ声を張り上げた。
「ギーガン! 早く来い! 俺たちはパーティなんだ! 仲間を助けに行くぞ!」
「顔が赤いからカッコつかないわね」
「うっせえ!」
ルーナがからかってくるが、生きて帰られないかもしれないので、この陽気さにいつも救われる。
おそらく、こいつがいなければ途中で諦めて田舎に帰っていただろう。
「ふん、助けんからな」
ギーガンもまた観念して俺たちの横に追いついた。
すみません!
あと1話続きます!