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番外編 側仕えとヒヒイロカネの冒険 ②

「とりゃあ!」


 剣を思いっきり振り抜き狼の魔物を切り裂いた。

 血飛沫をあげて絶命して、俺はやっと終わったとその場に尻もちを付いた。


「もう情けないわね。こんな魔物に手こずってよくオリハルコンを目指せるなんて言えるよ」


 幼馴染であり、俺とパーティを組んでいるルーナがお説教をしてくる。



「うるせえ……休ませろー」



 言い返す体力もない。

 未知の洞窟のせいか、近辺でも魔物が大量発生していた。

 食い扶持には困らないとはいえ、常に死と隣り合わせになっているため気が休まない。


「ふむ、このような場所ではゆっくりとしていては危ないぞ」


 もう一人の仲間であるギーガンは一人で魔物の素材を剥ぎ取っていた。

 ギーガンだけは俺たちと違いアダマンタイトの冒険者であるため、斧を軽々と振り回して嵐のように魔物を瞬殺していた。

 体力も化け物で俺が目指すオリハルコンはさらに上に行かないと決してなれないだろう。

 ここでへこたれていられないと気合いで立ち上がって手伝った。


 無事に依頼を終えて一杯のエールを喉に流し込む。


「はぁーうめえ」



 仕事の後のお酒は格別だ。

 二人も楽しくお酒やつまみをとり、いつもより笑顔で口数が多かった。

 何故なら──。


「山の向こうにも村ってあるんだ!」

「エステルちゃん可愛いー! ふふん、村どころか町やお城だってあるんだから」

「お城……って何?」

「お城はね──」



 偶然知り合った小さな少女エステルはたまにギルドに来ては、依頼を待っている間に俺たちとお喋りとする。

 ルーナが姉のように色々なことを教えると目を輝かせて楽しんでくれた。

 俺は店員を呼んでつまみの追加を頼むとすぐに来た。


「え?」


 エステルは目の前に置かれた食べ物を見てゴクリと喉を鳴らす。

 俺をチラチラと見てくる姿は小動物のようであり、まだ親にもなっていないのに娘がいたらこんな感じだと思ってしまう。


「夜も働くなら腹空くだろ?」

「でもお金が……」

「これは俺の奢りだ。ガキが金の心配なんてするんじゃねえよ」

「オルグ、優しい! ありがとう!」


 エステルは串を取って焼き鳥にかじりついた。

 だが少しだけ食べたところで、手を付けていない店員に頼んで包んでもらう。


「なんだ腹一杯か?」

「ううん。フェーもお腹を空かせているから持って帰ってあげるの」



 エステルには原因不明の病に苦しむ弟がいるらしい。

 ギルドの依頼で儲けたお金は全て薬代で消えるため暮らしはよくならないようだ。

 彼女の話を聞く限りだとおそらくは身寄りはいないのだろう。

 何かしてあげたいが俺たちは宿無しの流浪者だ。


「あっ、受付のおじさんが呼んでる! ご飯ありがとう!」


 スタスタと走って仕事を取りに行った。

 前に手伝おうかと提案したがすぐに終わるから大丈夫と断られた。

 おそらく採取などの簡単な作業だから、俺たちが手伝ったところあまり時間も変わらないだろう。



 エステルが案内と共に外へ出ていく姿を見送ると、遠くから睨んでいたエルゲンに気付く。



「追うぞ」


 エステルは奴隷の子たちへ命令して外へ出る。

 これは前のことを逆恨みしているに違いない。


「わりぃ、二人とも。協力してくれ」

「うん? どうしたの、そんな血相変えて」

「エルゲンがエステルの後を追いかけていた」



 ルーナは立ち上がって俺以上に顔色を変える。


「それって危ないじゃん!」

「おう、だから不意打ちでもして助けねえと!」



 俺とルーナの力ではまだまだアダマンタイトのエルゲンには勝てない。

 だが同じアダマンタイトのギーガンがいれば勝てる見込みがある。

 だがギーガンは冷静な顔のままお酒を飲むのをやめない。


「おいギーガン! どうしてそんなに呑気でいられる!」


 こんなに切羽詰まった状況なのに、このいつもの冷静さが気に食わない。

 だがギーガンは逆に俺がおかしいと思っているように首を傾げていた。



「意味のないことだ。まだお酒を飲んでいた方が有意義な時間になるだろう」


 その言葉に頭が燃え上がった。


「意味がないってどういうことだ!」

「ちょっと、オルグ!」


 怒る俺をルーナが背中から押さえる。

 ギーガンの実力に惚れ込んだが、まさかこれほど薄情なやつだとは思わなかった。


「っち! もういい!」


 ルーナの手を振り解いて俺はエルゲンを追いかける。

 たとえ差し違えても止めたらいい。

 外へ出ると馬蹄の音が聞こえ、馬に乗ったエルゲン一行の姿が見えた。

 夜であるため一度距離を離されると追うことは不可能。



「なら俺の加護で! ひゅーッ!」


 口笛を鳴らすと一匹の鷹が俺の腕に留まる。


「ホーク、あいつらを追え!」

「ピェー!」


 俺の言葉を理解した鷹のホークはエルゲンを追っていく。


「ほら、行くよ!」


 すでに馬に乗っているルーナがこちらまでやってくる。

 判断が早くて助かると俺は彼女の馬に相乗りした。


「私が手綱を引くからしっかりホークの目を追ってよ!」

「分かってる! 俺の加護“鵜目鷹目”なら動物の視界が借りられる! あいつは頭がいいから大丈夫だ!」


 俺はルーナの腰にしがみつき目を閉じた。

 ホークの視界と同調して、エルゲンを追う。


「ルーナ、少し左の方角だ」

「分かった!」


 ホークが通った道の方角へルーナへ指示を出す。



「ふむ、この方向は魔物が多く生息している地帯だな」


 ルーナ以外の声が聞こえたせいで集中が途切れた。

 隣を並走するのはギーガンであった。


「っち、エステルは見捨てるんじゃないのかよ!」

「お主は何か勘違いしているぞ」



 ギーガンはため息を吐いて困った顔をしていた。

 一体何を勘違いするっていうのだ。


「ちょっとオルグ! 道案内しっかりして!」

「悪い! 集中する!」


 加護をまだうまく使いこなせていないので、またホークの意識に同調するのに時間が掛かった。

 ようやくホークの目に同調できると、少し先の広い場所でエルゲンとエステルが向かい合っていた。


「このまま真っ直ぐでいい! 少し先に二人がいる!」



 ルーナが馬を加速させる。

 エルゲンが剣を抜いており、急がねば危ない。

 もう不意打ちなんて考えている暇もない。

 ようやく俺たちの視界にも二人の姿が見えてきたので、俺は声を張り上げた。



「エルゲン! やめろ!」



 ランプの光が二人を照らしており、エステルもまた身長と同じくらいの剣を握っていた。


「オルグにルーナ、ギーガンも……どうして?」


 その姿は妙に様になっていた。

 だがこんな少女がアダマンタイトの冒険者に勝てるわけがない。


「っち! 邪魔が来たか」


 エルゲンは舌打ちして俺たちに剣を向けた。

 馬に乗ったままルーナは加速させ、俺はその加速を利用したまま馬から蹴り出し、勢いそのままでエルゲンに向かって剣を振るった。


「おら!」



 ガキーンとぶつかったが、相手は俺の一撃の重さを全く気にせず受け止めた。


「上級ごときが勝てるわけ──ッ!?」



 ビュッと矢がエルゲンに向かい、ギリギリのところで避けられてしまった。

 ルーナは弓の達人であるが、エルゲンの反応速度はそれを上回っているのだ。

 俺も何度も剣を振って追い詰めようとするが、一発の蹴りが俺の腹に入った。


「カハッ!」



 たった一発で吹き飛ばされた。


「オルグ!」


 エステルが駆け寄ってきて俺を心配そうに見る。


「大丈夫だ……こんなの屁でもねえ」


 俺は剣を支えにして起き上がった。


「きゃあ!」


 エルゲンが放った短剣はルーナの持つ弓の弦を切り裂く。


「ルーナ!」


 このままでは無防備なルーナがやられてしまうため、俺は痛みを我慢してエルゲンへまた剣を振るう。


「うりゃああ!」



 だが完全に見切られてしまい当たらない。

 また蹴りが飛んできそうになったが、隣から短剣を持ったルーナが援護をしてくれて相手も一歩下がった。



「ギーガン! エステルを逃がせ! お前でもそれくらいはできるだろ!」



 俺は声を張り上げてギーガンに指示を飛ばす。

 するとエルゲンは突然笑い出す。



「ハハハハ! 何だ、お前ら? 気付いていないのか!」


 高笑いが続き、そしてエルゲンが忌々しそうにエステルを指差した。


「おめえ、何者だ? 油断していたとはいえ的確な一撃だったぜ」


 何を言っているのか分からなかった。

 あの時、エルゲンがノビていたことを言っているのだろうか。

 こいつの物言いだと、あれはエステルの仕業だと言っているように聞こえた。


「やめろ、エルゲン。お前も馬鹿ではないのならその子に手を出さんことだ」


 ギーガンは馬に乗ったまま傍観している。

 まるで全てを見透かしているような態度でエルゲンを諭す。

 だがエルゲンはそれが気に食わないようだ。


「うるせえ! こんなガキにこの俺様が舐められていいはずがねえだろ! おい、ガキ! お前が戦わないのなら、まずはその二人を殺す」



 エルゲンは俺とルーナを指差して脅す。

 おそらくこのまま戦ったらその言葉通りになるだろう。

 さらに後ろで震えている奴隷の子たちも指差した。


「その次はこいつらもだ。前も怒ってたもんな! キャキャキャ!」



 エルゲンは腰に巻きついている鞭を取り出した。

 それは痛々しい棘があり、当たらればタダでは済まなそうだ。


「それとも悲鳴が聞こえた方がやる気が出るか!」


 エルゲンは鞭を俺たちではなく、仲間である奴隷の女の子たちへ放つ。

 伸びた鞭は真っ直ぐと進み、あの勢いでは大怪我を負うだろう。


「やめろ!」


 俺が叫んでその子たちの盾になるように先回りをする。

 だが鞭は急に動きを変えて俺の体に巻き付いた。


「痛え──ッ!」


 棘の部分が刺さり、さらに上へと俺を持ち上げる。

 まるで意思があるかのような動きだった。


「残念だな、オルグ。俺の加護“変幻自在”の前で出てしまったお前が悪い。この鞭はただの鞭だと思わんことだな!」


 鞭がどんどん締まっていく。

 圧迫され骨がミシミシと音を出す。

 ものすごい力で握り締められているようだった。


「ああああ!」


 痛みがどんどん強くなり、血が流れ出す。

 脳裏にこれまでの冒険のことや家族のことが思い出される。


「オルグ!」


 ルーナの声が聞こえた。

「来るな!」と言いたいのに声が出せない。


「オルグ、お前の前であの女をいたぶってやるよ!」


 エルゲンの下衆な声が聞こえてきた。

 わずかに残る意識の中でルーナに別の鞭が迫るのが見えた。


「やめろおおお!」


 必死に出した言葉だが意味はない。

 ルーナだけでも無事であってほしい。

 誰か助けてくれと心の底から求めた。

 そしてその願いが叶うようにルーナへ迫る鞭が細切れになったのだ。


「え?」


 俺を締め上げていた鞭までも細切れになった。

 地面に落下して痛いが、鞭に縛られるよりマシだ。


「ようやく本気になったか」


 エルゲンは俺たちを見ていない。

 剣を持ったエステルがエルゲンの元へ進む。

 その顔は怒りで燃え上がっていた。


「悪いことをして謝らないのなら許さない!」


 エステルの姿が消えた。

 いや、腰を落として急激な加速をしたのでそう感じただけだ。

 もうすでにエルゲンの前におり、エルゲンが剣を振るうより早くエステルの剣の峰が相手の腹に当たった。


「かはっ!」


 先ほどの俺よりも遥か遠くに吹き飛ばされていく。

 少女の力とは思えないほどの威力に俺は口をあんぐりと開けた。

 だがエルゲンも伊達にアダマンタイトの冒険者ではなかった。

 すぐにまだ隠し持っていたナイフを遠くから何本もエステルへ投げる。


「危ない!」


 俺はエステルに叫んだが、彼女はあろうことかその短剣を全て手で掴んで止める。

 まるで人間とは思えない反応の速さで軌道を見切ったのだ。



「くそ、くそ! 化け物め! 加護“変幻自在”!」



 エルゲンは剣を振るうとまるで蛇腹のように剣先が変化して、しなりながら遠く離れたエステル目掛けて剣が伸びた。


「スズナ!」


 エステルは少ない体捌きで避け、エルゲンの元まで走る。

 だがエルゲンの近くに行けば行くほどその苛烈さが増す。

 武器が幾重にも分裂して、どんどん逃げる範囲を埋めていく。


「避けられるなら避けてみろ!」


 しかしエステルの動きは止まらない。

 逃げ場がないと思えるほど剣が迫るのに、動きが遅くなるどころかエステルの動きはさらに加速した。


「お前ら! 援護しろ! じゃないとこれが終わったらぶっ殺すぞ!」



 エルゲンが叫んで奴隷の子たちに命令をする。

 弓矢や石の投擲が飛んでくるがエステルは全くそっちを見らずに避けていく。

 まるで体が勝手に回避しているようにも見えた。

 ついに攻撃を潜り抜けてエルゲンの懐に入った。


「このクソガキがぁぁああ!」


 エルゲンは武器の変形を解除して普通の剣に戻した。

 剣を両手に持って一刀両断しようとエステルへ振る。

 大人の力にエステルが受け止められるわけがない。


「ホトケノザ!」


 エステルの剣がエルゲンの剣と交じ合うとエルゲンの剣が爆散した。


「はあ?」


 エルゲンの間抜けな声が聞こえた。


「剣の内部にある脆いところに衝撃与えたの。これでおしまい!」



 エステルは剣を突き出した。


「セリ!」



 勢いが乗ったまま突きが繰り出される。

 エルゲンの体が当たる瞬間に膨れ上がった。



「甲羅強羅! 俺の鉄壁は越えら──」


 剣先がエルゲンの膨れ上がった腹に当たると大きな衝撃音と共にエルゲンは吹き飛んでいく。

 白目を剥いたまま放物線を描き、地面を何度も跳ねた。

 ピクピクとした後に完全に意識を失ったのか、全く動かなくなったのだ。

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