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側仕えへの驚愕 レーシュ視点 

 俺の名前はレーシュ・モルドレッド。

 昔はそこそこ有力な貴族だったが、現在はこの国で一番落ちぶれた家名を持つだろう。

 家族はもうおらず、資産は俺の貴族院生活で食い潰している。

 数多くいた使用人たちは俺の元へ離れ、残った者たちも安全のためジールバンへと差し出した。

 それが正解かは分からないが、あのまま犠牲者を増やすわけにはいかなかった。



 ──最近は寝室を固定にしていたのはそういうことなのか?



 どうにも俺のことが嫌いな貴族がいるらしく、夜な夜な暗殺者を送ってくる。

 そのため寝室がバレると殺される可能性が高くなるため、念のため毎日変更しているのだ。

 それが最近は固定にした方が安全だと、すごい剣幕で言われたのでそれに従っていた。

 言われた当初は反抗して夜遅くまで仕事に従事したが、全く暗殺の物音すら聞こえなくなったことで、俺は信じることにして少しずつ睡眠時間を増やしている。



「あいつが来てから暗殺者が来ていないような……」



 ここ最近は襲撃がピタッと収まった。

 サリチルから差し出された暗殺者のリストを今更ながら確認したが、その中には天下のヴィーシャ暗殺集団もいた。

 かなり大きな集団でトップのヴィーシャを筆頭に優秀な人材が多いと言われている。

 その金額に見合った仕事をするらしく、ヴィーシャ本人に依頼できるほどの金額を用意すれば国王でも暗殺すると前に謳っていたほどだ。

 一度王国騎士も派遣して抗争も起きたが、お互いに痛み分けとなり、それがきっかけで今後不可侵の条約がお互いに結ばれることになったほどだ。

 それを軽々と撃退できる実力なら俺にとってかなりプラスになる。



 ──もし俺がのし上がっても暗殺の危険を考えないでいいのなら……!?



 俺はこの冷遇された環境で一生を過ごすつもりはない。

 いつか俺を見下した者たちより上にいき雪辱を果たす。

 だがその過程でかなりの貴族に恨まれるのは想像に難くない。

 今ですらこれほどの刺客が送られてくるのに、それ以上の立場の者から睨まれたら一貫の終わりだろう。



「遅い……」



 考え事をしたかったので、先に一人で中庭で待っているせいで昼間でも身を縮ませている。

 エステルが遅いのは女の支度だからと多めにみるが、サリチルすらまだ来ないのが不思議だった。

 もしや何か打ち合わせをしているのではないかと勘繰ってしまう。

 戦いで少しでも手加減していることが分かったら即刻追い出すつもりだ。

 小金貨などという大金をドブに捨てるつもりはない。



「お待たせいたしました」



 鎧を身につけず、普段着に着替えただけのようだ。

 何回も縫い直したのが分かるほど貧相な服装だ。

 あまり恵まれた環境にいたことがないのだろう。


 ──給料は前借りと聞いていたが、そのお金はどうしているのだ?


 女なら少しは身なりに気を遣っても良さそうなのに、最初に出会ったころとそう変わりはない。

 あまり興味を持ってこなかったが、よく考えると不思議な女だった。

 ただその不思議さも関わりを持つことが本来なかった貴族と平民という身分から来るものだ。

 そこで先ほど商人と上がった話題を思い出す。



「そういえばお前は冒険者の階級とはどれくらいなのだ?」

「えっと、確かヒヒイロカネです」



 チームを組む冒険者で最高峰の地位に属する称号だ。

 確かに彼女は非凡な才能はあるようだ。

 ただヒヒイロカネはあくまで集団に付けられた階級であり、個人で見ると大したことがないことが多いと聞く。

 それは個人の階級である、アダマンタイト、そしてさらに上のオリハルコンがあるからだ。

 しかし比べる対象が悪いだけで、ヒヒイロカネの個人個人も十分強いのだろう。

 この国でオリハルコンの冒険者は現在一人だけ、それに匹敵するのは暗殺集団のトップのヴィーシャや王国騎士団長、僧兵の勇者、海賊王と言われている。

 もしこの輩たちを雇おうとしたらお金をいくら積んでも足りないだろう。

 そうすると小金貨一枚は妥当かもしれない。



「ヒヒイロカネならかなり報酬も良かったんじゃないか?」



 現在は魔物が凶暴化しており、凶悪な魔物も人里に降りてくるので、仕事に困らないと聞く。

 平均的な実力は騎士に劣ると言っても、やはりたくさんいる平民が魔物の数を減らし、なおかつ仕事に困らないというのは、税で暮らす貴族にとってはありがたいものだ。

 しかし彼女は困った顔で答えた。


「親はもう亡くなっていますので、あまり家を空けると弟の面倒を見てくれる人がいません。たまに来る魔物を狩るだけだとどうしてもお金が……」

「お金がいるのか?」



 エステルから弟の話を聞いた。

 どうやらかなりの難病らしく、小金貨でもギリギリの生活となるほどらしい。

 同情はするがそれでもそれ以上何かするつもりはない。



「ヒヒイロカネなら他の仲間はどうしている?」

「一度だけ一緒に狩りに行っただけですので、それ以降は全く知りません」



 エステルの階級もそこで得たのなら、かなり運が良いチームに当たったのだろう。

 もしかするとそのチームのおこぼれで階級が上がったのではないか?

 そこで今の考えを頭から追い出す。

 その答えはこれからサリチルと戦えば分かることだ。



「大変お待たせしました」



 俺が一番信頼している男がやっと現れた。

 ことの発端は筆頭側仕えのサリチルが重要な内容を伏せていたことが原因だ。

 苛立ちも込めて睨んでやる。


「遅いぞ──!?」



 目を向けた先に思いもよらないものを見てしまった。

 全身をフルプレートアーマーを着ており、騎士団で戦うような大規模な戦いでしか着ない装備だ。

 ただの模擬戦にしては気合いが入りすぎている。


「流石に私が怪我をしてしまったら業務に差し支えますので準備にお時間頂きました」

「だからってあまりにも……」


 もっと柔軟な男だと思っていたが、こんな堅物だっただろうか。

 俺としてもこの女の本気をみれるのならとサリチルの奇行を許そうと思うが流石に小娘相手に大人気ないのではないか。

 さらにエステルの装備が気になった。



「お前の装備がそれだと流石に不利すぎるか。やはりその鎧は──」

「このままでよろしいですよ」



 サリチルに鎧を脱げと命令しようとしたが、あろうことか不要とこの女は言ったのだ。

 正気なのかと思ったが、特に不安などはないように見えた。

 女の細腕でどうやって鉄壁の守りを崩すのか。

 もしや本当に自分の実力に疑いのないのだったら、興味を惹かれだしている自分に気が付いた。



「後でルール変更は許さんからな」



 二人はお互いに距離を数歩分空けて剣を構えた。

 どちらも刃を潰しているので、当たったとしても大事にはならないだろう。

 ただエステルの場合には防具もないので骨が折れる可能性もある。

 田舎娘と馬鹿にするが、流石に結婚前の女の体に傷を付けて無関心でいられるほどの冷淡さは持っていない。

 そうなるともしもの場合には俺が頃合いを見て止めるのが最善だろう。

 ポケットからコインを取り出す。



「このコインが落ちたら始めろ。どちらかが降参するか、剣を落とすか、そして俺が止めたら試合を終わりとする」



 保険として一応付け足す。

 これで俺の判断で試合が止められる。

 お互いに頷いた。


 コインを弾くと放物線を描いていき、地面へと落ちていく。

 どちらもコインが落ちる瞬間に意識を注いでいるのだろう。

 そしてコインが地面へと触れた。


 パーン!


 コインが落ちた瞬間に音が聞こえ、何の音かと上をみた。

 どちらも一歩も動いていないのに黒い影だけが現れたのでポカーンと眺めてしまう。

 回転しながらしばらく空を漂い、そして地面に突き刺さる。


「剣──?」


 誰の剣かはすぐにわかる。

 サリチルの剣のみが手元からなくなり、それが地面に突き刺さったのだ。

 何が起こったのかわからない。

 自分で突き刺したのか。

 いや、それだと先ほどの金属音は何だったのか──!?



「えっと私の勝ちでよろしいですか?」



 考えことをして自分の世界に入っていたが、エステルの言葉で現実に引き戻される。

 エステルはもうすでに剣を下ろしており、俺とサリチルを不安そうに見ていた。

 判定を伝えようにも、この状況がどうなっているのか俺では全く判断できない。



「はい、私の負けです……」



 サリチルは兜を取って、己の敗北を告げる。

 顔にはまるで負けたことに対しての屈辱はなく、さも当たり前のようだった。



「何が起きたかはわかりません。気付いたら手元から剣が消えました。残ったのは痺れた手だけです」



 腕を上げてから俺もやっとその震えた腕に気が付いた。

 騎士として訓練を受けたサリチルですら反応できない攻撃を受けたのだ。



「これで満足いただけましたか? 彼女はおそらくオリハルコン級、いやそれすら上回る存在でしょう」



 サリチルの言葉を聞いて背中にゾワっとした感覚が襲った。

 今の光景を見てしまったら、こいつを解雇になんてできない。

 これほどの逸材が小金貨で手に入るのなら安いと言える。

 エステルはキラキラとした目で俺の答えを待っていた。



「私は小金貨のままですか!」



 無作法なこいつにはこれからも手を焼くだろう。

 文字も礼儀もマナーもまだまだのこいつに今後側仕えの教養も身に付かせないといけない。

 だがそれでも彼女を手放したら、俺はもう自分をアホと言い続けるだろう。



「ああ、その給金でいい。だが服装はどうにかしろ。お前のその服だと俺の品位も下がる」

「そんな金なんて──」


 俺は手元にある小袋を投げた。

 ジャラッと音を鳴らして、エステルが中身を覗くと何度もこちらと袋を交互に見た。


「金は出す。それにマナーも講師を付けてやる」

「マナーは別にいら──」

「サリチル!」



 サリチルから指導を受けても令嬢の指導には限界がある。

 それならばお金を払って雇うしかない。

 しばらくお金の出費が増えるが、投資だと思えば高くはない。

 サリチルもそれに気付いて俺に一礼してからエステルの首元を掴んで連れていく。



「人でなしー!」



 何か叫んでいるが、厳しい指導を受ければその元気もなくなるだろう。

 俺も悠長にする言い訳も無くなったので、これからの計画を前倒しで進めようと思う。

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