Pre.9
妹が出かけること自体が珍しいことではあったが、なにより帰りが遅かった。
日も暮れ、周囲からは人が消える時間帯(それでも、港のほうでは賑やかであるのかもしれないが)、何かあったのではと家を飛び出そうというとき、彼女は帰ってきた。血にまみれた姿で。
その目は初め、私を捉えられてはいないように思えた。しかしひとたび認識したかと思うと
『何にもないよ』
彼女の言葉はどこか、それこそ心とでも言えばよいのだろうか。とても深いところに染み入り、しばらく私を放心させたように思えた。
ふと我に返れば、彼女の衣服は確かに汚れてしまっていたが、それ以上にはなんともない様子であった。
「あはは、ごめんね。服よごしちゃって。」
妹はそう笑いかける。なんだったのだろうか、先ほどのは。彼女をあまりに心配に思っていたために、あらぬ幻覚が見えてしまっていたのだろう。
「服はいくらでもどうにかなるよ。疲れただろうに、無事でよかったよ。」
「ちょっとね、遊んでたらいつの間にかこんな時間になっちゃった。」
それ以降はただ、彼女も私もぐっすりと眠った。
ついに魔女は目覚めたと、その知らせは彼らを震え上がらせた。
あのとき逃がしたのはだれか、だれが招いたか。その責任を押し付け合うまま、対策などなく数日が過ぎる。
地区の責任者は、当時の担当者は既に向かった故、とのみ繰り返し、自らの非については触れない。
ついには怒声が飛び交い、耐えかねた者たちは次々と去っていった。散り散りの教会を統べることのできる実力者は、今はいない。その混乱そのものも、根幹に権力闘争があることは確かである。たとえ彼らの存在意義、その生命、国家の命運などという大義がかかっていようとも、所詮は人間というところ。
彼はそう、灰色の人々を眺めて嗤う。私もその一員なのかと。