第八十二話 勇者の人物像
あれから数日後、王宮ではなくファンフート・テザンの城で勇者のお披露目をすることになった。
勇者はみんなから見えるように高いところに立つという事だ。儀式用に整備されているらしい。
そのためか今日は多くの人がファンフートの城の前に立ち並んでいる。
人が多すぎて勇者から僕達を視認できないかもしないい。
それでも一度勇者が発見してくれる可能性を考えて、サクラはフードを外し人々の中に紛れ込んだ。
「すごい人ねラウール。やっぱり勇者と言う存在は重要なのね。」
「そうだねサクラ。伝説上の人物になっているからね。今まで召喚されたであろう人物は、繁栄をもたらしていたし……サクラがもしかしてと思われた時も狙われたくらいだしね……」
「でもこれじゃあ勇者は見つけることが出来ないかもね?」
「それでも私のこの黒髪をみつけることを期待しましょうよ。」
しばらくし……予告された時刻となり、一人の身なりの良い人物が登場した。
その男は三十歳半ばくらいで……だらしなくはないが引き締まってもいない体で、百九センチはあり長身だった。
短い金髪の髪は丁寧にまとめられている。
「ようこそ庶民よ! 今日はこのファンフート・テザン…………テザンが……ファンフートが召喚に成功した勇者を紹介しよう!!」
「「「「ファ~~~~!!」」」」
この男がファンフート? 見た目からはろくでなしには見えないが……
「静まりたまえ! いつの時代も勇者は繁栄をもたらした! そう……今回は魔王が出現していない時に召喚できた勇者だ!!」
「「「「ファ~~~~~!!」」」」
「うぉっほん!! それはすなわち……被害がなく、繁栄だけをもたらす存在だ!!」
「「「「ファ~~~~!!」」」」
「そう……このファンフートがこの国に繁栄をもたらす!! 教皇ではなく、この私が!!」
「「「「…………ぁ~。」」」」
「んんっ! うん、それでは紹介しよう……これが私の勇者達だ!!」
「「「「うお~~~!!!」」」」
ファンフートの近くにいた男が、きらめく鎧と大剣を装備し前に出て来る。
黒髪の女が赤く鮮やかな色のローブを身に纏い、宝石の付いた杖を持ち、前に出て来る。
貴重そうな素材の軽鎧を着て、左右の腰に片手剣を身に着け、男の子が前に出て来る。
「「「「うおお~~~~!!」」」」
「諸君!これから一言だけ勇者に挨拶をしてもらう。しかと聞け!!」
体格のいい勇者が
「俺はファンフート様の勇者。ダイチ!ファンフート様に忠誠を誓う!」
黒髪の女が
「私はヒミカ!ファンフート様の勇者。私の魔法で、ファンフート様を守護する!」
最後に軽鎧の男の子は
「俺はグンジョウ!ファンフート様の勇者!俺からは逃げられないぜ!!」
「「「「おおおおおぉ~~!!!」」」」
城の前は民衆の叫び声が響き渡る。
そして勇者が僕達二人を見つけた気配は感じられなかった。
その後もファンフートの演説が続き、勇者は堂々とその後ろに立ち、大歓声を受けていた。
ファンフートは国と言うよりも、自分自身の勇者だと強調している。
そして、それに従う勇者も戸惑いもなく受け入れている様子だ。
一通りのお披露目が終わり、勇者もファンフートも城の中に戻っていった。
しばらくは騒ぎが続いていたが、民衆も徐々に減り、帰り始めている。
そしてファンフートについて話している人達がいたが、ろくでなしと言う割には好意的な感想が多かった。
勇者がこの国にいることで、国に繁栄がもたらされると信じているようだ。
~~~~~
僕達は城から離れて、冒険者ギルドに移動した。
早めの夕食を摂りながら、これからのことについて話し合いをしていた。
「これだと、特に僕たちが介入しなくても勇者は大丈夫じゃないかなサクラ?」
「そうねラウール。今のところはそんな印象ね。けどもう少しだけ様子を見てみたいな。」
「そう?サクラがそう言うなら付き合うけど……後はどうやって様子を見る?」
「ん~、勇者って言われても私達と同じ所から来ているなら、冒険者ギルドには来ると思うの。だから少しの間、冒険者ギルドに通いたいな。来なくても……勇者が行くところの情報が、事前に入るかもしれないし。」
「そうか~。同じ考えを持っている人が三人のうち一人でもいたら来るかもね。そうかそうか……そうだね。」
周囲には聞こえない程度の声で僕達は話をしていた。
ここで勇者と遭遇しないのであれば、今度こそは旅に出ようと僕は思っていた。
サクラもここでの心配事がなくなった方が、先に進むのにためらいもなくなると思って少しだけ待つ事にする。
そんな時、思い通りの展開が目の前で繰り広げられていた……
偉そうな身なりの良い男が、受付に向かって怒鳴っている姿があった。
「なぜ出来ない!ただ明日の昼頃に勇者様を拍手で迎えるだけだろ。冒険者ギルドで冒険者に登録したいと勇者様が言っているんだ!それくらいできるだろ!!」
「どんな身分の方でも、特別扱いはできません。冒険者ギルドの規則です。」
「いやいやいや、この国の為になる者だよ?少しは融通を利かせてもいいではないか!!」
不毛な争いが続いているが、ギルマスが出るまでもなく、受付の人がピシャリとシャットアウトしていた。
「思った通りの展開だねサクラ……よっ預言者! さすがサクラっ! よっ悪魔!」
「も~、余計なものまでつけなくていいの。でも明日の昼頃に来るのは確定なようね。チャンスだねラウール。私たちも少し早く来て待ってみよう!」
僕達は明日の昼頃に冒険者ギルドに来る事に決定した。
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僕達は昼よりもだいぶ前に冒険者ギルドにいた。
出来るだけ目に付くのはどこか考えて、登録後に振り向いた時に目に付く、テーブルの席に座っていることにした。
もちろんサクラは頭も隠さず、顔もすべて見えるようにしていた。
そして僕も一つ何か分かりやすいものがないか考えて……月光を腰に備えた。
僕達は飲み物を飲みながら、今後の旅の行き先を話し合って時間をつぶしていた。そして昨日見た人がドアを開けて入ってくると、後ろから勇者三人が入って来た。
装備は昨日と変わらずに、堂々と受付に進んで行く。
先導している者が、他の冒険者に順番を譲れと言うと、低ランク冒険者が何人かは列から離れた。
しかし中堅から上の冒険者で列を離れる者はいなく、結局は列の一番後ろに並んでいた。
そんな様子を見ていた勇者は、自分達が後ろに並ぶのは普通だと感じているようだった。
勇者の順番が来て、受付では特にもめごともなく手続きを終えていた。そして三人は目を輝かせていた。
受け取った冒険者プレートを見て、三人で何かを話し、キョロキョロし始めた。そして、ラウール達が座っているテーブルの方を見つけると、歩み寄ってきた。
先頭を歩いていた体格の良い勇者が僕達の目の前に来た。
「こんにちは冒険者さん。何か飲みながら三人で冒険者ギルドの雰囲気を味わおうとしたんだけど、あなたの見た目が気になってね。冒険者としては先輩みたいだし、一緒に座ってもいいかな?」
そう丁寧な口調で聞いてきた。そこには噂であったような上から見下す様子はない。
「良いですよ、どうぞ空いてる椅子に……まー僕の物ではないですけどね。」
僕の返事を聞くと三人の勇者は椅子に座った。そして先導していた身なりの良い人は、外の馬車で待っていると言って外に出て行った。
意外にゆるい対応だなと僕は感じた。
「じゃあ先輩として先に。初めましてラウールと言います。こっちはサクラ。【黒猫】って言うパーティーで旅をしているよ。あなたたちは勇者様ですよね?」
「勇者様はやめてくれよ。俺はダイチ。この世界ではないところから来たんだ。よろしくな。」
その後にもう二人も続いて話し出した。
「私はヒミカ。私もダイチと一緒よ……勇者様って呼ぶのはやめてね。」
「俺も……僕はグンジョウ。一番年下かな?よろしくね。」
ラウールは予想外だった。
普通の対応だ……
「いきなり悪いな。ちょっとそっちのサクラの見た目がな、俺達のいた所の人と見た目が同じでな。こっちに来てから見たことがなかったから、俺達みたいな見た目の人はいないのかと思ってな。」
そう人差し指で鼻を掻いている。
「私みたいな人はいるのかな~?今まで見たことはないけど。だから住んでいたところも……この見た目で出ていくことになったし。」
「そうなの?そんな事があるの?」
そうヒミカが身を乗り出してきた。
「ん~、ま~私の見た目って変だから。目立ってしょうがないもの……変な方で。」
「じゃあ僕達も目立っちゃうのかな?」
グンジョウが不安そうにつぶやいた。
「勇者と言うだけで目立つでしょう三人とも……何を言ってるんですか勇者の皆さん。サクラは見た目で……あなたたちは勇者の肩書で目立ちますよね。」
三人は小声で何かを話している。
そしてまたダイチが口を開いた。
「サクラはこの世界の人?」
「この世界の人?この世界以外に世界があるの?」
「いや、俺たちはこの世界でないところから来たって言ったろ?」
「そうね。勇者召喚って言うからね……どこからどう来てるのかはわからないけど……」
「俺達はこの世界とは違う、地球という所から来たんだ。」
「チキュウ? シチランジンではない世界? 何が違うの?」
「よくわからね~けど、違う世界に連れてこられたみたいだ。」
「そうなの? よくわからないけど、あなた達はそれでいいの?元居たところに帰りたいとか思わないの?」
「そこなんだよな~。いきなり召喚されて勇者って言われるし。テンプレみたいに魔王もいないし。」
ダイチが話している横からヒミカが口を挟んだ。
「それどころか、前にも召喚された勇者がいるっていうじゃない? 多分同じところから召喚されてるわよ。見たことのある、聞いたことのあるものがいっぱいあったもの。」
グンジョウも話しだす。
「そうそう、異世界転移って言ったらテンプレがつきものなのに……何もないし。特に僕達の役目も強くなるだけみたいだし。召喚したファンフート様の護衛?みたいなもので、もっと強くなるまでは特に役目もないみたいだし。」
ダイチがまた話し出す。
「それなんだよな。せめて悪い貴族が召喚して、次の教皇は俺だ!そのために敵をやっつけるんだ!!……だったら良いけど、意外に今のところ良い人なんだよな。」
「それなのよ~だって何よあの発言。『俺が悪者になるだけで、この国の安全が図られる。そして国民も盛り上がる。失敗しても私の名が汚れるだけで、現教皇には影響はない。』ってどこの格好いい貴族よ。自分がろくでなしって呼ばれているのも知ってたしね。」
「でも、僕はそれくらいだったら呼ぶなよって思ったけど、憎めないんだよな~、誘拐犯なのにね。」
「俺も判断に迷うんだよな。あのついてきてくれた人も、善意でやってるんだよな~。」
三人が自分達だけで話し始めて止まらない。
でも話を聞くと、連れてこられたことに不満はあっても、呼んだ人は悪い人ではなかった?
話が終わらなそうなので僕が声をかけた。
「ねえ、その話はここでしていいの?」
「あまり良くないんだけどな、サクラを見てたらなんか話してたぜ……。でもそこまでの口止めもしてないんだぜ……ファンフート様は。どうしたいのか俺にもわからないぜ。」
「僕もです。冒険者になりたいって言えば、こうやって冒険者ギルドに来ることが出来る。召喚されたばかりの時も、怖がっていた僕を十分に面倒を見てくれましたた。外に出すのも、三人の実力がある程度ついてからにしてくれたし。」
「でも光の神様には召喚したことに毎日謝っていたわよね。じゃあ初めからやるなって言いたいけど。」
僕は思った……自分では判断できないと。
神や教皇の意向には背いている。
しかし、召喚された人がそこまで悲観的ではない。
ん~…………




