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九話◇なつかしウサギ


 長い旅を終えて、開拓村の一行は国境を越えた。

 逃げた村人を探す兵隊を見かけて、森の中に逃げ込んだり、魔獣深森の縁を通る旅の中で体調を崩す子供がいたり、この開拓村の一行に合流しようという他の村人を迎えたり、食料が少なくなりひもじい思いをしたり。

 いろいろあったが、全員が南西の国へと入った。


(教会が話を通しておいてくれて、助かった)


 神官さんは村長と一緒に、国境に来ていた南西の国の兵隊と話をつける。教会が南西の国と話し、迎えに来た部隊が国境砦まで案内してくれる。砦では食料と薬が用意されていた。


 出迎えた南西の国の人の方が驚いた。魔獣深森のすぐ近くを通り、魔獣に襲われること無く、やつれてはいたが無事にやって来たことを信じられないと。なんの冗談か、それとも奇跡か、と。


 光の神々教会から南西の国へと、逃げた村人の話は届き、その国では、そんな逞しい人達ならば、うちの国でもやっていけるだろう。ついでに魔獣被害の多いところで、魔獣対策の役に立ってくれるかもしれん。と、受け入れに乗り気になった。

 おととしにコボルトの群れに壊滅させられた村を復活させようという思惑もあった。


 開拓村の一行は、南西の国で、ひとつの町とふたつの村へと家族ごとに別れることになった。南西の国で受け入れられて、暮らすことができるようになった。

 開拓村のあったもとの国からは、『逃げた住人を返せ』と要請が来たが、南西の国では『そんな者、知らん』と突っぱねた。

 もとの国の方では北の国との(いくさ)の最中で、逃げた住人に関わる余裕が無く、うやむやの後回しになっていった。


 そして若い神官さんは教会の中でちょっと偉くなった。


「人生って、わからんもんだなあ」


 己の境遇に首を捻る神官さん。

 もともと治癒術と回復薬作りは得意な神官さんで、その治癒術のおかげで辛い旅を越えることができた、とか。魔獣狩りの兄弟が、あの神官さんの回復薬はすごい、なんて南西の村で広めてしまった。


「これも、あのくいしんぼウサギのおかげなのか?」


 神官さんは開拓村で薬の研究もしてた。ウサギの肉の薬効を調べるついでに。

 神官さんとしては、「こっちの薬草の方がウサギの肉よりも薬効がありますよ」なんていうのを見つけるつもりだった。ウサギに愛着を持ったままで、未だにウサギ肉のシチューは食べられない。

 ちょっとはウサギが狙われないようになったらと、魔獣狩りの兄弟から魔獣深森で取れる野草やキノコも調べていた。そして回復薬の改良なんてやってしまった。


 光の神々教会では回復薬と治癒術を売りにして、信仰を集めていたりする。ただ、光の神々教会は中央の地から広まっている。

 教会の回復薬の材料というのが、中央で取れる素材がもとになっていた。それでこの地では回復薬の値段が高かった。回復薬とは、教会への寄付が多くないと手に入らないもの。


 神官さんはその材料を簡単に手に入れられないか、他の材料で作れないか、なんて研究もしていた。庭の薬草畑もそのひとつ。

 もともとのレシピのいくつかを魔獣深森で取れるものに変えて、材料を手に入れられやすいものにできないか、と。

 この神官さん流の回復薬の作り方は、神官さんぐらいに治癒術の得意な人が手間隙かけなきゃいけない、という欠点はあっても、これまでの回復薬よりも材料が集めやすいという画期的なもの。

 神官さんはこの回復薬の作り方を光の神々教会に伝えた。新しい回復薬の作り方の開発に加えて、村の人達を全員無事に守り導き救った、なんて噂にもなって、若い神官さんは人気が出た。


「あの神官さんの回復薬と治癒術はスゲエんだ。俺の脚のこの傷を見ろよ」

「この歯形は、ブラックウルフか?」

「おぉ、旅の途中、あの黒い狼に噛まれて酷いことになってたのが、この通りもとどおりだ。しかもあの神官さんは、高い回復薬をツケでいいって」

「ほお、できたお人じゃねえか」

「開拓村なんてなかなか旅の商人も来ねえとこだ。金を稼ぐのも難しい。で、神官さんに捕まえたウサギを持っていって、これでツケの代わりにって言ってみたら、笑顔で、いいですよ、なんて言うんだ。ウサギなんて毛皮にしても、回復薬買えるもんでもねえのによ」

「さすが、噂になる(さち)の神官様だ」


 魔獣の被害の多い南西の国では、魔獣狩りも多かった。魔獣相手にケガをすることも多い魔獣狩りにとって、安く回復薬を売ってくれて、治癒術の腕もいいなんていうのはありがたいもの。

 魔獣狩りの兄弟が広めて、神官さんも頼まれたら回復薬を安く売ってしまう。

 教会は価値が下がるからあんまり安売りするな、と若い神官さんに言うが。


「魔獣狩りが頑張ってくれないと、村の人が安心して暮らせないだろうに」


 と、上に噛みつく性分は相変わらず。だけど、魔獣狩りと魔獣深森に近い村で暮らす人達に、人気の出た神官さんを、光の神々教会も無下にはできない。それで教会の中でちょいと偉くなってしまった。


「と、言っても俺のやることなんて、変わらねえものだけど」


 南西の国で、魔獣深森に近い村と町。もと開拓村の住人を受け入れた、ふたつの村とひとつの町を巡回し、治癒術と回復薬で人々を助ける。新しいところで前の住人と上手くやれるか、心配した神官さんは田舎の村と町を行ったり来たり。

 若い神官さんの祈りのおかげで、魔獣深森の縁を通る旅で無事だった、なんていう風にも伝わって、『(さち)の神官様』という二つ名で呼ばれたりすることに。

 神官さんの治癒術と回復薬を求めた魔獣狩りが、この『幸の神官様』を中心に横の連携を強めたりすることに。


 さて、辺境の国の様子に目を移すと、小さな国はあちこちで小競り合いなんてしてる時代。

 この南西の国は困った避難民を受け入れたことで、他の国からも、税と徴兵が嫌だっていう人が流れてくることになる。

 人の数が増えて行く中で、ちょいと新しい政策なんて始めてみたりする。


 魔獣深森に近い危険な地域は税を安くして、大きな壁で守られた街では税を高くする。人の住みたがらない村に住み着く人を増やそうとする。

 魔獣狩りは森に近い村で稼いで、大ケガをしたり歳を取って引退したら、隠居して街に。そのために税の安い村で魔獣を狩って稼ぐぞ、となる。

 他の土地から来た人も、魔獣深森が近くて危ないけれど、その村なら税も安いしなんとかなると住み着いて、畑を作る。この南西の国では開墾した畑が増えていく。


 他の国が(いくさ)なんてやっていると、魔獣の素材なんてのも売れたりする。

 ランドタートルの甲羅にヨロイイノシシの毛皮、楯や鎧の素材なんてのが売り物になる。他所の国が小競り合いなんてしてると、その国への武器や防具の輸出が増える。


「他所の(いくさ)で稼ぐなんてのは、気にくわない話だが」


 神官さんは苦々しく呟くが、これも人の世というもの。神官さんは身近な人を救うべく、増えた住人と魔獣狩りを支援しようと、治癒術と回復薬作りに精を出す。

 偉くなっても村を巡ることはやめないので、教会の中でも一番の健脚の神官さんとも呼ばれたり。

 魔獣狩りと仲良くなって、一緒になって酒を呑んだりするようになった。

 たまにあの白いウサギを思い出したりするが、やることも増えて忙しなく日々が過ぎていく。


 神官さんがもといたあの開拓村のあった国。

 その国と北の国との戦は長引いて、休戦したり、また争ったり、また休戦して、またまた争ったりと、ふたつの国は仲の悪さを高めるばかり。

 長い時間をかけてお互いに疲弊したところで、それを見ていた他所の国に、二つともまとめて占領された。

 攻め込んだのはこの南西の国。なにせその国は、休戦する度に逃げた住人を返せとうるさいので、だったら返す必要が無いようにしてやろう、となってしまった。

 二つの国が争っている間に、人が増え地力がついた南西の国は、碌な特産物も無かったのにいつのまにか強国になっていた。


「人と人が争い疲弊したところで、魔獣相手に鍛えた人が強くなった、か。なんとも皮肉というか、いや、生きることに真摯であったものが、逞しく育ったということなのか」


 自然の弱肉強食と、人の弱肉強食は少し違うな、と神官さんは考えに更ける。

 その頃には神官さんは少し老けた。もはや若くは無く、髭の似合う頼もしいおっちゃん神官になっていた。


「あれから、十八年か……」


 いつの間にやら十八年。

 あっちの村からこっちの町へと、ひとつところに住まずに、移動してばかりの神官さん。回復薬の研究で後進も育ってきて、そろそろ落ち着いては? なんて周りに言われたりもする。お見合いの話も来たりする。

(さち)の神官』をこの国に迎えてから、豊かになった、とも言われたり。国の偉い人も、うちの娘なんてどうだ? と言ってきたり。


「俺がしたことなんて、ちっぽけなことなんだが」


 髭を撫でながら神官さんは一人ごちる。

 神官さんと共にこの国に来た人達も、すっかりこの国に居所を構えた。もう神官さんが心配することも無くなってきた。


「俺もそろそろ、結婚でもして、のんびり暮らすことでも考えてみるか。ひとつところに腰を落ち着けて、自分の家を持って、そのときは、庭でウサギでも飼って……」


 自分の髭を撫でながら、思い出すのはかつての村外れの一軒家。白いウサギに酒を呑みながら語りかけた、あの小さな村。

 あの村に行ってから、いろいろ変わった。辺境の田舎の村で、自らの身で体験したことが、光の神々の教えとも繋がって、深く真理に近づいたような。


「あの村が、俺の第二の出発点でもあったのか。懐かしいな……」


 かつての国はあっさりと占領された。今ではこの国の一部になった。乗っ取られたばかりでまだ混乱している地域はあるが、ひとつの国になって国境が無くなった。


「あのウサギが今もいるとは思えないが、……まったく、どうしていつまでも気になるのか」


 思い返せば笑みが溢れる。ウサギの間抜けな仕草に、ときおり返事をするように足を鳴らす姿に。ふとしたときに思い出せば、イライラした気分がスッと引っ込んでいく。

 神官さんは気に入らないものにはムカついて、責任感も無く偉そうな人には噛みつく性分だった。今もそれは変わらない。

 だけど、白いウサギと会ってからは、神官さんは少しだけ丸くなった。


「……一度、あの村の跡地を見に行ってみるか」



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