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五話◇捕まったウサギ


 若い神官は、昼間は村で、優しい神官のお兄さんとして活動する。村人の畑仕事を手伝ったり、村の人や魔獣狩りのための回復薬を作ったり。

 村長と話をして村のこれからを話し合ったり。村で持病がある人のところへ訪問したり。

 神官さんは村の一員として受け入れられて、村の中では上手くやっていた。


 夜になるとウサギを家の中に招き入れて、たまにはかつての街の、ちょっといかがわしいお店に行って、可愛い女の子とハメを外したりしたい、なんて村の人に聞かせられない愚痴を溢す。

 神官さんも若い男で、そこはいろいろモヤモヤしている。かと言って神官さんとしては、そういう話を村の人とできるほど、自分をさらけ出せずカッコをつけていた。神官として悪い噂をたてられる訳にはいかないから。

 そんな日々を過ごす若い神官。


「お、神官さん、こんにちわ」

「こんにちわ、ナッザさん」


 村の中で村の人といつもの挨拶。笑顔でにこやかに。ところがその村の人は片手に木でできた檻を持っている。その檻を見た神官さんの顔が、サッと青ざめる。


「あの、ナッザさん、それは?」

「あぁ、こいつかい?」


 ナッザと呼ばれた村人が持つ木の檻。村の害獣対策の罠のひとつ。その木の檻の中に丸々とした白いウサギが一匹いる。


「畑の近くに仕掛けた罠に、このウサギがかかってたんでさ」

「そ、そうですか」


 神官さんは白いウサギから目が離せない。木の檻の中の白いウサギは、状況が解っているのか解っていないのか、赤い瞳で神官さんを見上げている。キョトン。


「そ、その、ウサギはどうするんですか?」

「うちでシチューにしちまおうかと。丸々と太っていて食いでがありそうで」

「そ、そうですねえ」

「できたら神官さんとこにも持っていきますぜ」

「あ、その、いつもありがとうございます」

「いやいや、こちらこそ、息子の薬代をツケたまんまにしちまって」


 道で話しているとその村人、ナッザの奥さんが息子と手を繋いでやってくる。


「あら、神官さん、こんにちわ。この前はありがとうございます」

「いえいえ、その後、お子さんの足は?」

「すっかり良くなりました。ほら、神官さんにお礼を言って」

「神官さん、ありがとう」

「どういたしまして」


 そつなく挨拶しながらも、神官さんは檻の中の白いウサギが、気になって気になってしょうがない。


(おまえはほんっとに鈍いな! なにあっさり捕まってんだよ!)

 

 実はこの村の周辺、ウサギと言えば目にするのは灰色が多い。白いウサギが珍しいと、最近になって知った神官さん。愚痴を聞かせて晩酌に付き合わせた白いウサギに、すっかり情が移ってしまっている。


(だけど、ウサギをシチューにするな、なんて言えないし、しかし、これを見過ごすなんてのは……)


 心の中で冷や汗をダラダラかきながら、微笑みを絶やさぬ神官さん。その心中も知らずに白いウサギはコテンと首を傾げる。


(お前なあ、このままだとシチューになるぞ、わかってんのか? シチュー! お前のシチューがお裾分けで持って来られたら、俺はどんな顔して受け取りゃいいんだ? のおおおお!)


 神官さんは心の中で悲鳴を上げる。母親と手を繋ぐ子供は、父親の持つ木の檻の中のウサギを見る。


「父ちゃん、ウサギ?」

「おう、ウサギだぞ。今度のシチューはウサギの肉入りだ」

「わあ、お肉だ!」


 ニッコリする男の子。


(おぅ、たくましいな! 村のお子さまは! 笑顔か!)


 この辺り、都市で暮らしてた神官さんと、辺境の村で暮らしている人とは、ちょっと感覚が違う。飼ってる鳥を絞めて、泣く子もいる。そういうことを体験して、村の子供はたくましく育っていく。

 そして、よくも悪くも神官さんは辺境に慣れてなかった。都市で暮らした時間の長い青年で、自分の食べる肉を自分で絞めた経験は無かった。


(この村ではそれが当たり前なんだろうけれど、俺にはまだ心の準備が、ああ、もう、どうしよう? どうする?)


 村人ナッザの奥さんも笑顔で言う。


「ウサギのシチューを食べると風邪引かないって言うからね。これで今年も皆元気ね」

「それだ!」


 つい叫んだ若い神官を、村人ナッザの一家はキョトンと見る。神官はコホンと咳払いしてから話をする。


「いえ、ウサギのシチューに薬効があると聞きまして、それを私は調べているところなんですよ」

「そうなんですかい?」

「えぇ、神官として病に効く薬、ケガに効く薬を研究しています。治癒術で作る回復薬はケガには効きますが、病には効かないことも多いので」

「ほほー」

「ウサギの何が風邪に効くのか、いまだに解らないことが多いのですよね。それで最近はウサギを調べているんです。この辺りでは風邪に効く、とのことですが、別の地域ではウサギの肉は心臓の病に良いとか、精がつく、と言われることもありますね」

「はあ、さすが神官さんだあ」

「ただ、調べるにあたり、私はウサギを捕らえるのに向いてません」


 言って神官さんはチラリと、木の檻の中の白いウサギを見る。


「ナッザさん、もしよければそのウサギ、私に譲って頂けないでしょうか?」

「神官さんの薬作りの役に立つっていうなら」


 首を捻る村人ナッザ、ちょっともったいないかな? という表情。そのナッザの奥さんが、


「久しぶりのウサギのシチューと思ったけれど、そうね、神官さんには息子の薬代をツケにしてもらっているし」

「あ、それなら、そのウサギをツケの代わりに、いえ、ツケと言うか、光の神々教会への寄付ということで、どうでしょう?」


 村人ナッザはそれならと、木の檻を若い神官に差し出す。


「じゃこのウサギは神官さんにどうぞ。つーか、息子の足を治してもらって、ウサギだけってのもなんだし、あとでうちの畑で取れたカブも持っていきますぜ」

「あぁ、ありがとうございます。ナッザさんのご家族に光の神々のご加護のあらんことを」


 若い神官は指で聖印をススッと切り、祈りの言葉を唱えてから、恭しく村人ナッザからウサギの入った檻を受けとる。

 手を振ってナッザ一家と別れると、若い神官はクルリと振り返り、スタスタと我が家へウサギの入った檻を抱えて帰る。

 家に入りバタンと扉を閉めると、若い神官はウサギの入った檻を、ていっと自分のベッドにポイッと投げる。


「お前なあ!」


 若い神官はウサギに怒鳴り、次に頭を抱えて、膝をついて手を組み光の神々に祈り始める。


「あぁ、神よ、己の同情心を満足させるためだけに嘘を吐いたことをお許し下さい。ウサギのシチューを楽しみにしていた子供を悲しませてしまいました。って、この、ノロマ白ウサギいい!」


 立ち上がり木の檻に額をぶつけるように近づいて、中のウサギを睨む若い神官。白いウサギは、なんだこの(せわ)しない男は、という顔でキョトンとしている。


「お前、お前なあ、治療と回復薬で得る寄付金貯めて、この村に聖堂建てる予定なんだぞ? それをツケをお前でチャラにされたら、聖堂建設がさらに遠ざかるじゃねえかよお。何をあっさりと罠にかかってんだよお」


 檻の中の白いウサギは、そんなこと知るか、という目で神官を見る。若い神官はガタガタと木の檻を揺さぶり、ウサギは、やめろコラ、と言うように檻の中で後ろ足をタム! タム! と鳴らす。一人と一匹はそうしてしばらくギャイギャイと騒ぎ。


「はー、はー、あぁ、こんなことウサギに言っても仕方無いか……」


 一通り喚いてようやく落ち着いた若い神官は、木の檻を開けて中から白いウサギを取り出す。いつものようにテーブルの上に白いウサギを置く。


「いいかお前、シチューになりたくなかったら、もう罠にかかるんじゃないぞ」


 若い神官はいつものように、自分の嫌いなニンジンをテーブルにゴロリと置く。白いウサギはニンジンに近づいて、コリコリと食べ始める。


「顔を見る度にニンジン食わせてるだろうに。その上でさらに畑を狙ってたのか? このくいしんぼめ」


 若い神官はいつものように、白いウサギにブチブチと文句を言う。

 白いウサギが満足して、ケプッと息を吐いたところで、若い神官は白いウサギを抱えて、家の外の繁みにポイッと投げる。


「じゃあな、もう二度と村の畑を狙うなよ。そして罠に引っ掛かるんじゃないぞ」


 ウサギは振り向きもせずに行ってしまう。遠ざかる白いウサギを見送って若い神官は呟く。


「野生のウサギに餌付けしてる俺がわりいってのは、わかっちゃいるけどよ……」


 頭でわかることと、心でわかることは違うよなあ、と、ある意味で真理と光の神々の教えに近づけた、と神官さんは白いウサギにちょっとだけ感謝して、祈りを捧げた。


 この日以来、神官さんは村人からシチューをお裾分けしてもらったときは、中に肉が入ってるかどうかが気になって気になって仕方が無い。スプーンでかき混ぜて中身を調べてからじゃないと、口にできなくなってしまった。

 そしてウサギ肉の薬効についても、調べなければならなくなった。

 庭に白いウサギがやって来ないときには、どこかでシチューにされてるんじゃないかと、心配してやきもきしてしまう。


 ある日のこと。村の中で。


「お、神官さん、こんばんわ」

「こんばんわ、ログさん、ハザルさん」


 村に住む魔獣狩り、ログとハザルの兄弟と挨拶する。魔獣狩りは村を魔獣から守るのも仕事だが、森に入って森の恵みを取るのも仕事。ログとハザルは兄弟で魔獣狩りをしていて、二人がかりで重そうに獲物を担いでいる。今日の獲物はイノシシのようだ。


「これは大きなイノシシですね」

「いや、ヨロイイノシシとしてはちっこい方か」

「そうなんですか?」

「皮を剥ぐのがたいへんだが、肉は旨い。おっと神官さんには森で取れた薬草がある」

「いつもありがとうございます」

「こっちこそ、神官さんの回復薬で助かってる」


 魔獣狩りは危険な仕事。ケガをすることも多い。神官さんの作る回復薬をよく使うのも、この魔獣狩りの兄弟だ。

 森で取れた薬草の束を、皮袋から取り出して若い神官に渡す魔獣狩りの兄。で、その腰から下げた袋が何やらモゾモゾ動いている。

 神官さんはその袋を指差して聞いてみる。


「ログさん。ヨロイイノシシ以外にもなにか取れたんですか?」

「あぁ、こいつはな」


 ログが腰の袋に手を入れる。中のものをつかんで取り出す。

 丸々とした白いウサギが現れる。


(おまえはああああ!!)


 心の中で叫び硬直してしまう神官さん。彼の動揺も知らずに首根っこ捕まれた白いウサギは、魔獣狩りの兄の手から、ぶらーんと下がる。


「森からの帰り道で見つけて捕まえたんだ。丸々と太って食いでがありそうだろ?」

「そ、そ、そうですねえ」


 白いウサギはキョトンとしたまま、鼻をフスフスと動かしている。


(お前なあ! 何をあっさりと捕まってんだよ! シチューになっちまうぞシチューに!)


 神官さんはどうしよう? どうする? と悩んでいると魔獣狩りの弟、ハザルが、あ、と気がついた。


「神官さん、ウサギを調べているんだって? ナッザから聞いたんだが?」

「そうです! そんなんです! 言い伝えにある薬効がどうなのかと!」


 勢いよく応える神官に魔獣狩りの兄のログが、ほほう、と。


「グリーンラビットの骨を煎じて飲むと、風邪を引かないってのは聞いたことあるが」

「その話が多いですね。それで魔獣グリーンラビット以外のウサギも、その肉は健康に良いと伝わりますが、薬としてはどうなのか、と謎でして。普通のウサギにはそういった薬効は無いかもしれませんね。いえ、まだ研究中なのですが」

「おぉ、さすが治癒術使いの神官さんだ」


 魔獣狩りの兄ログは片手で首根っこを掴む白いウサギを見て、ずいと神官さんの前に出す。


「神官さん、すまないがこのウサギで、この前の回復薬の代金代わりになるだろうか?」

「あ、はい、ええ、いいですよ」

「神官さんはツケで回復薬を売ってくれるが、あれって本当はもっと高いもんだろう?」

「魔獣狩りのお二人が村を守ってくださるのですから、私もその力になりたいのですよ」

「すまねえな神官さん。おかげで助かる」

「小さな村で助け合わずにどうします。私もログさんとナッザさんが、森から持って来てくれる薬草が頼りですから」

「神官さんみたいな治癒術の使い手が、こんな小さな村にいてくれる方が、有り難いことなんだが」


 神官さんは魔獣狩りの兄弟に、光の神々のご加護がありますように、と祈って指で聖印を切って、白いウサギを恭しく受け取る。ウサギを渡した魔獣狩りの兄ログは、


「このヨロイイノシシのハムができたら、神官さんとこにも持っていくからよ」

「それは楽しみです。ありがとうございます」


 ヨロイイノシシを二人がかりで担いで運ぶ魔獣狩りの兄弟を、神官さんは笑顔で見送る。

 クルリと振り返ると、白いウサギを抱えたまま、村外れ一軒家に勢いよく走って帰る。家に入りバタンと扉を閉めると、自分のベッドに白いウサギを、ていっ、と投げる。ポスンと落ちる白いウサギ。


「お前、お前、お前なあ! またお前のせいでツケがチャラになっちまったじゃねえかよお! 何をあっさりとまた捕まってやがんだよお!」


 ベッドの上の白いウサギは、しれっとした顔で神官さんを見返している。今回は罠じゃ無かったよ、とでもいう顔をしている。ように神官さんには見えた。


「のおおおお、これはいったい、どういう試練なんだ? これじゃ、ちょっと小銭を貯めて、こっそりと街のえっちい酒場に行くこともできやしない……」


 神官さんは苦悩する。その姿を白いウサギは赤い目で見ている。そのウサギの顔が、何やら笑っているようにも見えて、


「このやろう」


 神官さんは握り拳で白いウサギの額をグリグリとする。白いウサギは大人しいまま、なんだよう、という顔でグリグリとされる。


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