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四話◇リココの実が食べたいウサギ


「らあー、らあー、ら、ららららら、らあー、らあー、らー」


 夕陽が照らす村、若い神官は少しの酒に酔い、歌を歌いつつ我が家に帰る。なかなか歌は上手いが、妙な歌詞の歌を歌って。

 村外れの一軒家、我が家に入る前に庭を見ると、白いウサギがいる。勝手知ったる神官さんの庭。そこをまるで自分のナワバリであるかのように、ちょこんといる。


「お、お前、また来てたのか。ちょっと寄っていけ」


 若い神官は白いウサギを捕まえる。ウサギは逃げもせず大人しく、されるがままに神官の手からぶらさがる。ぶらーん。そのまま神官さんの家の中へと。

 いつのまにか定位置になったテーブルの上にトンと置かれるウサギ。これまでテーブルの上で粗相をしたことも無く、ここでウサギは若い神官の愚痴を聞くことが増えた。

 既にそこが己の居場所であるかのように、ウサギはテーブルの上に座る。


 若い神官はいつものように、自分の苦手なニンジンをテーブルにゴロリと置く。ウサギは手近なニンジンの匂いをフスフスと嗅いでから、コリコリと音を立ててかじり始める。


「お前、太ったんじゃないか?」


 ウサギはニンジンをかじりながら、抗議するように後ろ足でテーブルをタム! とストンピングする。それがいつものことなので、若い神官は気にもせず、安いワインをカップに注ぐ。


「今日はなあ、村で葬式があってな」


 若い神官は椅子に座り、安いワインを一口呑む。


「この村で一番の年寄りの、長老みたいなじーさんでな。村長の、なんて言うのかな、副官みたいな、いや、やっぱり村の長老か? そんなじーさんでな」


 若い神官はじーさんのことを思い出しながらウサギに語る。白いウサギは聞いているのか聞いていないのか、ニンジンにコリコリと歯を立てながらテーブルにいる。


「あのじーさん、村の人に慕われていたなあ。村長と一緒にこの開拓村を立派にした人で、あのじーさんには、俺が神官をちゃんとやろうとしてんのを、見透かされてたような気がする。……俺はあのじーさんみたいに、立派にやれんのかなあ……」


 ウサギがニンジンをコリコリとかじる音を聞きながら、神官さんはいつものようにウサギに語る。


「そのじーさんが、よく歌ってたんだ。

 ♪次こそは上手くいく

  この次こそは、上手くいく

  そう思わないとやってられねえ

  そう信じてないと生きていけねえ

  らあー、らあー、ら、ららららら、らあー、らあー、らー、

 ってな。

 これが光の神々の聖典の中にも、似たようなのがあるんだ。その教えに独力で辿り着いたってんだから、あのじーさん、俺よりよっぽど神官さんじゃねえかよ」


 若い神官はワインを煽る。カップにまた安いワインを注ぐ。


「この村で俺が初めてあげる葬式が、あのじーさんか……、お孫さんも元気だったなあ……」


 魔獣に襲われるのでも無く、年老いて家族に見守られながら、家の中で年老いて死ぬ。これは恵まれた終わりかただ、じーさんみたいな終わりかたは、いいものだ。と、集まる村人は亡くなった長老に感謝を捧げ、祈りを捧げ、残る家族と酒盛りとなった。


「教会のやり方とはちょっと違うが、これも辺境らしさ、か」


 葬式を終えてから、若い神官もその酒盛りに呼ばれて、珍しく村人の前で酒を口にした。わりと一人でコッソリと、ウサギ相手に晩酌してることを、若い神官はまだ村人に隠していた。飲んべの愚痴っぽいところは隠していた。


「魔獣に襲われたり、山賊に襲われたり、なかには領土争いの戦に巻き込まれたり。そういうこともある中で、この村が上手く行ってるのは、なんなんだろうな? あのじーさん、やることやったような、満足したような顔してた……。俺は、何の為に産まれたのか、俺は、何をするために生きているのか……、死ぬときはあのじーさんみたいな顔ができるのか……」


 呟きながらテーブルの上のウサギを見る。ウサギは満足したのか、腹がふくれたのか、転がるニンジンから顔を離して、赤い目を若い神官に向ける。

 何も考えていないような、見ようによっては何か深淵な事を物想うような、赤い瞳。


「人は如何に生きるべきか、そんなもんも、人の欲、か。野に生きる獣は、そんなこと、気にもしてねえよな。お前は幸せそうだよなあ」


 白いウサギは、タム! と後ろ足でテーブルを叩く。ウサギにはウサギの苦労があるんだぞ、とでも主張するかのように。


「あぁ、そうだな。お前も俺と同じ、この地の上で生きるもの、だ。ん? なんだ?」


 白いウサギは若い神官を見る。どうやら若い神官の胸元辺りを見ているらしい。鼻がヒクヒクと動いている。

 若い神官はウサギの見ているところをポンと叩いて、そこにしまっていたものを思い出す。


「あ、忘れてた」


 若い神官が胸元から取り出すのは、黄緑色の片手に乗る小さな果実。


「村長からリココの実をもらっていたんだった。匂いでわかったのか?」


 テーブルの上のウサギは、若い神官の持つリココの実にヒョコリと近づく。若い神官は、おいおいと、ウサギからリココの実を遠ざける。


「おい、これは俺が村長に貰ったんだよ。この村で村長からリココの実をもらうのが、どういうことか、わかるか?」


 ウサギは鼻をヒクヒクと動かす。


「いいか? リココの実の成る木は、魔獣深森の奥の方にあるんだ。もと魔獣狩りの村長が、昔にリココの小さな木を手に入れて、ダメもとで庭に植えたんだ。この辺りが魔獣深森に近いからか、村長の家の庭でリココの木は伸びて、最近になってようやく実をつけるようになったんだ」


 若い神官は、片手に握る黄緑色の実をウサギに見せつけるようにする。


「村長が昔に見つけたリココの実は、これよりもっと大きくて香りも強いんだと。で、村長がこのリココの実をあげる相手ってのは、この村で皆に認められる仕事をした奴なんだ」


 ウサギはわかっているのかわかっていないのか、若い神官の手に持つリココの実をじっと見る。その実から微かに甘い匂いがしている。


「言わば、このリココの実は、この村で村長から与えられる勲章みたいなものなんだよ。俺が村の役に立ってるってことを、村長が認めてくれた証なんだ、わかるかウサギ?」


 若い神官はそう語るが、ウサギはリココの実に夢中なのか、後ろ足で立って前足をリココの実へと伸ばす。


「おまえ、ほんとに食い意地張ってるよな。おい、落ち着け、わかったわかったから。ちょっと離れろ」


 リココの実を持つ腕にすがりつくようなウサギを、もう片方の手で引き離す。若い神官はナイフを取り出して、リココの実を半分に切る。


「まあ、おまえは俺の愚痴に付き合ってくれるからな。だから半分個だ、半分個」


 半分に切ったリココの実の切り口からは、一段と香りが立つ。若い神官は酔った顔で、半分にしたリココの実をウサギに近づける。


「いいかー? ウサギ。俺はこれでも村の中じゃあ、神官としてそれなりにやってんだ。俺が一人で酒飲んで、ウサギ相手に愚痴を溢してるとか、情けない話をしてるとか、可愛いお嫁さんが欲しいとか、そういうこと言ってるのは村の奴には秘密だぞ? それを守れんのならこのリココの実をくれてやる」


 ウサギの赤い瞳は、若い神官の顔も見ずに、リココの実に集中している。他のものは目に映らないというように。若い神官は苦笑する。


「て、ウサギに言ってもわからんよな。ほらよ」


 半分にしたリココの実をウサギに与えると、ウサギはシャクリと一口かじる。目を細めて堪能するような顔をしてから、シャクシャクとかじり出す。


「このくいしんぼウサギめ」


 言いながら、笑いながら、神官さんも半分にしたリココの実をかじる。口に入れてしばらくしてから、ゆっくりじわりと甘さが染み渡る。


「……不思議な味だ。優しい甘さが、後からジワッと来る。辺境で魔獣狩りくらいしか、口にできない森奥の神秘の果実、か」


 一人と一匹は、小さな果実を大事そうにシャク、シャクと食べる。

 若い神官は今日の葬式の、村の長老じーさんが生前に歌っていた歌を思い出しながら、安いワインに口をつける。


「……ららららら、らあー、らあー、らー、……あのじーさん、メロディーに合う歌詞が思いつかなかった、とか言ってたけど、昔は詩人だったのかもな……」


 若い神官は今は亡き長老じーさんに、村を見守りたまえと祈ると指でスッと聖印を切る。酔ってはいたが丁寧に。

 ウサギはそれを見ながら、小さくケプッと息を吐く。


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